第62話「デザートを食べながら」

「あ~……製菓体験が予約でいっぱいだったなんて~……ごめんね陽信~……。確認しとけばよかったよ~……」


「いや、七海が謝る必要ないよ。僕も確認してなかったのが悪いんだし。お互いの確認不足……。だからさ、そんなに落ち込まないでよ」


「……やっぱり優しいよねぇ陽信は……さっきのカップルみたく、喧嘩になるのも覚悟してたんだけどさー」


「いや、僕も楽しみにしてたからさ……。正直、残念な気持ちは一緒だよ」


 テーブルの上に上半身を投げ出しながら落ち込む七海を、僕は彼女の頭を撫でながら慰める。上半身をテーブルに乗せてるから、ちょっと目のやり場に困っていたりはする。


 あれから僕等は四階を少しだけウロウロした後に、デザートを提供しているラウンジまで移動した。


 広々とした空間には落ち着いた色合いの調度品が置かれている。ゆったりとした空間には、窓から陽の光が差し込んでおり……落ち着いた雰囲気を醸し出していた。演奏はされていないがピアノなんかも置いてある。


 ここなら少しは落ち着いて話せるだろうし、ちょうど甘いものを食べたかったので僕等はその店に入ったのだ。


 そして、案内されたテーブルで彼女は突っ伏してしまって今に至る……と言うわけだ。


 僕等は知らなかったのだが、製菓体験の予約は事前にネット上からもできるらしく……七海はその辺が疎いことと、僕はテーマパークのことを楽しむために、あえてホームページなどの情報を調べなかったことが仇となってしまった形だ。


 それでも100%ネットから予約しなければできないということは無いのだが、今日はタイミングと運が悪く……どうやら団体のお客さんの予約も入ってしまっていたために、いつもなら予約の空いている時間帯も全く空いていなかったのだとか。


 事前準備は大切だというのは分かってたけど、それを痛感してしまったね。


「もっと調べておけば良かったー……。来た時に、工場見学を先にやっておけばよかったかなぁ?」


「できなかったものは仕方ないよ。製菓体験も有料で結構ピンキリだったからさ……。その分をこうやってデザートに張り込んだと思えば良いじゃない」


「……陽信がそう言うなら良いけどさー……残念だよー……」


 七海を撫でていると、僕等を慰めるように気持ちの良い風が頬を撫でてくれた。


 僕等はお店に入ると、天気も良く暖かいので、店員さんにお願いしてテラス席に案内してもらった。


 このラウンジも人はまばらに入っているが、製菓体験程にほどには混んでおらず……幸いに僕等は待たずして席に案内してもらえた。


 改めて……気持ちの良い日の光と爽やかな風が吹いてきて、幾分か沈んでいた七海の表情も明るくなっていく。僕は彼女の頭を撫で続けて……それが気持ちいいのか彼女は顔を少し上げて目を細めていた。


「あー……気持ちいいねぇ。テラス席にして正解だったね」


「少しは、気分は紛れた? まずは甘いものでも食べて気持ちを落ち着けようよ」


 ほどなくして、僕等が注文したデザートが運ばれてくる。七海は製菓会社の有名なお土産品が使われたパフェ、僕はちょっと奮発してチョコレートフォンデュを注文した。


 それと、飲み物にはそれぞれがホットコーヒーを頼んだ。本来は食後に飲むのかもしれないけど、僕は甘いものとコーヒーの組み合わせで飲みたかったので同時に運んでもらっていた。


 パフェは可愛らしい猫のチョコレートが配置されている。チョコレートフォンデュの方には白い二匹の猫が浮かんでいた。どちらも見た目が可愛らしく、まず目で楽しませてくれるデザートだ。


「あれ? このフォンデュに浮かんでる猫って……」


 ちょっとだけその猫に既視感を感じた僕は、チケットと一緒に貰ったお菓子を取り出してパッケージを見ると、フォンデュに浮かんでいる猫と同じ猫が描かれていた。


「ねぇ、七海。チケットと貰ったお菓子のパッケージって。もしかして普通のと違うのかな?」


「え? ほんとに?」


「うん、ほら……ここが猫になってる」


 気になった僕はスマホで通常のお菓子のパッケージを調べてみる。どうやら、チケットと一緒に貰えるのは通常のとは異なるパッケージのようだった。僕のは二匹の猫がまるで遊んでいるような絵柄になっていた。


「ほんとだ……。可愛いパッケージ……私と陽信みたいだね」


 七海はそう言うと、自分の貰ったお菓子のパッケージを見せてきた。そこには……頬をピッタリとくっつけて寄り添う二匹の猫の絵柄だった。


「僕のとも……ちょっと違うね。色んな絵柄があるのかな。でも……それが僕と七海みたいって、ちょっと照れ臭いよ」


「いーじゃない。たまにはこうやってピッタリくっついてみようよ。今日帰ったら、さっそくやってみる?」


 まだパフェを食べる前ではあるが、七海の機嫌はある程度直ったようだった。先ほどまで落ち込んでいたのが嘘みたいな笑顔を、僕に向けてくれている。


「製菓体験は残念だったけどさ、次の楽しみに取っておこうよ。あ、僕のチョコレートフォンデュ、結構量があるから一緒に食べよう。ほら、イチゴどうかな? バームクーヘンとかもあるよ」


 僕はフルーツを刺した鉄串にチョコレートを付けて、彼女に差し出した。まだパフェを食べる前だった彼女は、突然の僕の行動に少しだけ面食らっていた。


「……私、まだ自分のパフェ食べる前なんだけど……でも……美味しそうだね……いただこうかな……」


 僕が差し出したフルーツを七海は口にする。それから、お返しと言わんばかりに自身のパフェを僕に差し出してきて、僕はそれを遠慮なくいただいた。


 そうやって、僕等は自分のデザートを食べたり、お互いにデザートを食べさせ合ったりしながら……テラス席での和やかな時間が過ごす。風が気持ちよくて……景色も良い……最高のロケーションだ。


 七海がチョコレートパフェを食べ終わっても、僕が頼んだチョコレートフォンデュはフルーツやバームクーヘン、ポテトチップスなんかの多量な具が皿の上に乗っていたので、まだまだ味を楽しむことができる。


 だから、僕は七海に残った具材をチョコに付けながら食べさせていた。


 実はチョコレートフォンデュはちょっとお値段がお高めなのだが……。今日のデートは、それぞれで会計を済ませることにしている。こうすれば、僕は少しでも彼女にお返しができるという寸法である。


 逆にこれで割り勘にしたら彼女に多く出させることになるので……そこだけは僕は譲れないとできるから、きっと彼女も納得してくれるだろう。


 僕から差し出されたフルーツを食べる七海は幸せそうな笑顔を浮かべている。たまにその彼女の笑顔を僕は写真に収めていたのだが……。


「……陽信、変なこと考えてるでしょ?」


「え? なんのこと?」


 僕が次々と七海に食べさせていると、彼女は唐突に僕にジト目を向けてくる。どうも僕の考えは読まれてしまっているようだけど、僕はその視線を受けてもあえて惚ける。


「……ありがとね」


 チョコレートのついたバームクーヘンを口にした彼女は、苦笑を浮かべて……納得したように僕にお礼を言ってきた。笑みを浮かべたためか、唇の端にほんの少しだけチョコレートがついている。


 お礼を言われた嬉しさと、その唇を見て……ほとんど無意識に僕はその端のチョコレートを指でそっと取ると……そのまま指に付いたチョコレートを自分自身で舐めとった。


 七海も呆けた表情を浮かべるが……それ以上に呆けたのは僕の方だった。


 ……僕、何をしたの? 何したの僕?!


「あ、いや?! これはね……その……?! 何と言うか……思わず……やってしまったというか……いや、あの……嫌じゃなかった……かな?」


 僕の顔は真っ赤だけど……それ以上に七海の顔は真っ赤だった。とりあえず僕も心を鎮めるためにフォンデュを一口食べるが、これは甘いものを食べても、コーヒーを飲んでも心が落ち着かない。


「……覚えてる? 陽信が標津しべつ先輩と初めて会ったときのこと……」


「標津先輩?」


 真っ赤なままの七海は、僕に標津先輩の話を振ってくる。ここでなんで標津先輩が出てくるんだろうか……そう思っていたら……彼女は言葉を続けてくる。


「あの時さ……私、陽信のほっぺについてたご飯粒をパクって食べたんだよね。懐かしいよね。やっぱりさ、そう言うのってやりたくなっちゃうよね」


「……懐かしいね、そんなこともあったねー……。あの時は正直、恥ずかしかったなぁ……」


「恥ずかしかったの? 陽信、何も言わないんだもん、私だけ意識してるのかと思ってたよ。少しはあの時の気持ちわかった?」


「そうだね……よくわかったよ。こんな気分だったんだね、七海は」


 確かに突然のトラブルが発生したり、それを元にして仲直りしたりさらに仲良くなったり……。そう考えると、今日のデートって今までの僕等の流れをなんだか改めてなぞっているみたいだな。なんだかそう考えると、とても面白い気がする。


「あ、ちょっと僕……お手洗い行ってくるね……残っているフォンデュ、何だったら食べちゃっていいから。少しだけ待ってて」


「うん、分かった。待ってるよー。あ……先にお会計済ませようとしちゃダメだからね?」


 僕は席を立ったのだが……七海に先に伝票を確保されてしまっていた。さらに釘まで刺されて……僕の考えは完全に読まれてしまったことに苦笑する。


「わかったよ、それじゃあ待っててね……。店員さんには変なナンパがこないように見ててもらえるか頼んどくから、のんびりしててね」


 僕は降参したように両手を上げて、そのまま一時的に席を立つ……まぁ、目的の一つは先手を打たれてしまったけれども……それは良いとしようか。


 これで無理矢理にお会計をしたら、それこそ喧嘩になるかもしれない。ここはお互いの気持ちを尊重しておこう。店員さんはナンパについてお願いしてみたら、ここは家族連れやカップルが来るからまずないから大丈夫ですよと言ったものの、快く了承してくれた。


 と言うか「いやぁ、愛されている彼女さんが羨ましいですねぇ」とまで言われてしまい……僕は自分がかなり恥ずかしい行動をしたことにそこで気づいてしまう。うん、仕方ないよね。だって心配だし。


 カフェ外にあるお手洗い等から僕が戻った時に見た、一人で景色を眺めながらコーヒーを飲む七海の横顔が綺麗で……僕はちょっとだけ遠目から写真を撮る。


 その写真を撮る音で彼女は僕が戻ったことに気づいたのか、不意に写真を撮られたことに少しだけ恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。


 それから僕等は互いに一度ずつお手洗いに席を立って……のんびりとした時間をそこでしばらく過ごした。七海も戻ってきたときには僕の写真をお返しと言わんばかりに撮っていた。


それから店員さんが好意で、テラス席に座る僕等二人の写真を撮ってくれた。残っていたフォンデュをあーんするところまで写真を撮ってもらえた……と言うか店員さんがせっかくだからそれも撮りましょうと言われてしまって撮ったんだけど……。


 僕等は店員さんにお礼を言って、ラウンジを後にした。予想通り会計の時にほんのちょっとだけ揉めたけど、七海はそれを予想していたのだろう。僕の説明に割とあっさりと引いてくれた。


 それから僕等は四階を少しだけウロウロする。


 お互いにチョコポップを買って交換したり、出口のところには座れるコーヒーカップや、赤い電話ボックスなんかが置いてある場所があり、そこで二人で色々な写真を撮る。こういうのをあれかな、フォトジェニックって言うのかな? それとも『映える』って言うのかな?


 製菓体験はできなかったけど……それを補って余りある思い出ができたと思う。僕は座りながら、今日撮った写真を見てそう思った。すると……七海が僕を下から覗き込むようにしてはにかんだ笑顔を見せてきた。


「ほらほら陽信! なーに満足したような顔してるのよ! そろそろミニ鉄道のメンテナンスも終わってるだろうし、乗りに行こうよ! まだ行ってない施設もあるし、そこにも行こうね! 今日はまだまだ、いっぱい楽しめるんだから!」


 僕は目を瞬かせて彼女の顔を見返した。……そうだよね、今日のデートは……まだ続くんだよね。


「さっきまで、落ち込んでいたとは思えないねぇ。七海が嬉しそうで、僕も嬉しいよ」


「落ち込んでた気分なんて、陽信のおかげでぜーんぶ吹っ飛んじゃったよ。それにさー……これはこれで良かったよね」


「良かったって?」


「また来る時の楽しみができたよね! なんか冬はさ、閉演時間が伸びてイルミネーションとかも綺麗らしいよ。その時には……ちゃーんと事前に予約して製菓体験しようね♪」


「じゃあ……指切りでもしよっか?」


 僕は冗談めかして七海に対して言ってみたのだが、七海は即座に僕に小指を差し出してきた。一瞬だけ僕はきょとんとしたが、お互いに微笑み合うと僕は七海と自身の小指を絡め合った。


 そのままお決まりの約束事のセリフを言うと……二人で少しだけ大きな声で笑いあった。七海は、これから先の約束ができたことにとてもうれしそうに笑っている。


 絶対にこの約束を果たすために……僕は自分の気持ちを引き締めなおすのだった。

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