第57話「最後のデートに向けて」

『そうかい……いよいよ明日から、記念日前の最後のデート……なんだね……』


「えぇ、明日と明後日……それが最後のデートになります」


 とうとう最後……かもしれないデートを翌日に控えた夜……僕はそのことをバロンさんに報告をしていた。今は他のメンバーはおらず、チャットにはバロンさんしかいない。


 他のメンバーについては全体のいつものチャットで報告をしてから……あえて僕は、バロンさんと二人だけのチャットルームを作って話をしていた。


 この件で最初に相談したのはバロンさんだった。


 だから、礼儀……って言うほどではないけれども、なんとなく僕はバロンさんと二人だけで話したい気分になっていた。


『それぞれで……日を分けてデートプランを考えてるんだっけ? 良いねぇそう言うの、僕も今度……プランを考えて妻にやってみようかな』


「えぇ、明日はシチミ……明後日は僕がそれぞれデートプランを考えて……デートすることになりました。いやぁ……自分でこういうのを考えるって、初めてだから緊張しますね」


 今までの僕ならこうやってチャットを使って、どうした方が良いかとかバロンさんに相談していた。


 そしてアドバイスを受けて……それを基に色々とデートプランを考えていたことだろう。


 だけど、僕は今回はあえてバロンさんに一切それを相談していない。


 だからこれは、はじめて僕一人で決めたデートの内容になる。


『何をするかは、もう決めたのかい?』


 バロンさんはそんな僕の考えが分かっているのか、何をするかだけを簡素に聞いてくる。


 彼はここで、どこに行った方が良いとか、最後だから何をした方が良いとか……そういうアドバイスを何もチャットに書き込まない。


 なぜ僕が、バロンさんだけを招待したチャットを作ったのかも聞かないでいてくれる。本当に……バロンさんには最初から最後まで頭が下がる思いだ。


「はい、もう決めました」


『そっかぁ……あのキャニオンくんが……成長したね』


「そうですかね? 今も正直、いっぱいいっぱいですよ」


『そんなことないさ。僕に最後のデートをどうすればいいでしょうかとか聞いてこない段階で……まぎれもなく君は成長しているよ』


 バロンさんにそう言われて……僕はとても嬉しくなる。


 正直な話、自分自身が成長できているのか、それともできていないのか……僕には全く分からなかったからだ。


 だけどバロンさんからそれを言ってもらえたことで、僕の中にほんの少しだけ自信が生まれてくる。


『でもそうだね……聞いてこないからこそ、キャニオン君……緊張してるんじゃないかな? 初めて自分が考えた内容で、大丈夫かなってさ』


 僕はぴたりと言い当てられたその内容に少しだけ苦笑した。バロンさんの言っていることその通りで……僕はとても緊張してたりする。


 考えた内容は変じゃないだろうかとか、彼女はこのデートで楽しんでくれるだろうかとか……そんなことを考えては不安になるのだ。気持ちがモヤモヤして、何をしても落ち着かない。


「……よくわかりますね。そうなんですよ。世の中のモテる男性陣は、こんな不安を持たないんですかね?」


『モテる人の気持ちは分からないけど、僕も妻を初めてデートに誘ったときは緊張して、不安で眠れなかったよ……。だから、その気持ちはよく分かるよ』


 意外な言葉がバロンさんから帰ってくる。


 この人は何と言うか……僕の中では非常に大人で、何でもそつなくこなすような印象だったので、こういう弱い部分を僕に見せてくれるのは新鮮な気持ちになる。


「バロンさんでもそうだったんですね……」


『そうなんだよー、プランを詰め込み過ぎて余裕が無かったり、色々な失敗とかもしちゃったしねぇ。予定していた店が閉まっていたとかもあったかな? それも今では良い思い出なんだけどさ』


「そんなことが……」


 そんな風に彼は僕に失敗談を色々と教えてきてくれた。その話を聞いていく中で……僕の中では段々と緊張がほぐれていった。


 完璧な大人だと思っていたバロンさんも色々と失敗する人だと知れて……おこがましいかもしれないけれども、僕は彼のことをほんの少しだけ身近に感じる。


『だからさ、キャニオン君……不安がる必要は無いよ』


「そう……ですかね?」


『……罰ゲームの告白から約一ヶ月……君に相談を受け続けた僕が保証するよ。君達ならきっと……どんなことも幸せな思い出に転化しちゃうよ』


「……ありがとうございます」


 ありがたいその一言に、僕の中にあった緊張がだいぶ解れていくのを感じた。本当に、バロンさんのような大人の言葉は貴重だし……説得力があって僕の中にストンと落ちてくる。


 本当に……デート前にバロンさんと話ができてよかったと思う。


 そんな風にありがたく思いながらも、僕はバロンさんに対して決めていたことを告げた。


「バロンさん……僕はこれを記念日前の最後の報告にしたいと思ってます。次に報告するのは、記念日の……全部終わった後で……そう考えています」


『へぇ……なんでそう思ったんだい?』


「明日と明後日のデートは……僕等が初めて自分達で考えたデートになるんです。だからそれを……後から誰かに言うのは……」


『確かに無粋だね……それは二人だけの……大事な思い出にするべきだ。うん……理解するよ』


 バロンさんは僕の言葉を理解してくれた。そのことがありがたく……同時に僕は申し訳なくなる。


「すいません、今まで相談に乗ってもらって不義理かもしれないですけど……」


『不義理なんかじゃないさ。気にしないでよ。でも、条件だけ付けさせてもらっても良いかな?』


「条件……ですか?」


『全部が終わった後の報告は……幸せなものでお願いするよ』


 その条件に、僕は二つ返事で了承する。僕も、それ以外の報告をするつもりはないし……。まだちょっと不安はあるけど、きっと大丈夫だと信じている。 


『……それにしてもさぁ、デートの前日なんだから……僕なんかより彼女と話してた方が良いんじゃないの?』


 バロンさんはそう言うが……これでしばらくはバロンさん達と話すことはしなくなるのだ。であれば、報告のタイミングは今しかない。


 それに……。


「大丈夫ですよ……彼女も今……いろんな話をしている最中のはずですから」


 僕は彼女を思いつつ、バロンさんとの会話を続けるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「初美、歩……ありがとうね。私と陽信を……会わせてくれて」


『……いきなりどうしたんだよ七海? あたしらがやったのなんて、罰ゲームで告白させたくらいだけど』


『そーだよー? 怒るならともかく……お礼って』


 私は明日のデートの前に……とにかくお礼を言っておきたい人に片っ端からお礼を言っていた。


 お父さん、お母さん、沙八には直接伝えて……。志信さんやトオルさんにも、さっきメッセージでお礼を言った。


 もしかしたら明日と明後日が最後になるかもしれないからだ。だから今日は陽信とは連絡せずに……みんなと連絡を取っていた。……もちろん、全員に伝えた後は最後に陽信にも連絡を取るけど。


 陽信も陽信で、バロンさんと話をすると言っていたからまだまだ時間はあるだろう。


 そして私は最後の一人に連絡する前に……この件の発端となった初美と歩にお礼を言っていた。


「罰ゲーム……。うん、罰ゲームだったけどさ、私は陽信に会えてとっても幸せになれた。明日と明後日の……最後かもしれないデートを迎えることができるよ。だから、二人にはありがとうって言っておくね」


 私のその言葉に二人は何も言ってこない。ただ、一言だけ私に対して返答してきた。色々と私の言葉で察してくれたのかもしれない。


『全部終わったらさ……私等も簾舞に謝るよ。いや、謝らせてくれ』


『うん……そうだねー……。どんな結果でも……謝らせてほしい』


 少し気に病んだようなその言葉に、私は明るく返答する。この二人からは謝罪は必要ないと私は思っている。だって決めたのは私だから。


 だから……私は二人とはもっと違うことがしたかった。


「湿っぽいのじゃなくてみんなで集まってさ、パーっとやろうね。二人の彼氏と一緒に、ダブルデート? トリプルデートとかも楽しそうだし」


『……そうだな、みんなでパーっとやろうか。そん時は、私等が奢るよ』


『うんうん、パーっとカラオケとかボーリングとか、遊園地とかも良いよね。二人をもてなすよー』


 上手くいかなかったときのことは考えないで、私は初美と歩からこれから先に起こる楽しい未来について話をする……それから二人との会話を終わらせた私は……最後の一人に対して連絡を取る。


『もしもし? シチミちゃん……? いよいよ明日……なんだね、シチミちゃん。記念日前のデート……楽しみなんじゃない?』


最後の一人として連絡したのは……ピーチちゃんである。ピーチちゃんには色々と近況を聞かれて、明日と明後日のデートについても既に話をしていた。


 そうしたら、最後に電話でお話しできないかなと向こうから言ってきてくれた。私はそれを二つ返事で了承した。ピーチちゃんとは実に一週間ぶりのお話だ。


「楽しみだけど……すごく緊張もしてるんだよね。自分で考えたデートって初めてだから……」


『そういえば、お付き合いはキャニオンさんが初なんだっけ……。自分が考えた計画って緊張するもんね、私も気持ちは分かるよ……』


「え?! ピーチちゃんデートの経験あるの?!」


『いやいやいや違うよ! 小学校の時、男の子を誘って2人で科学館に行っただけだよ!! デートとかそういうちゃんとしたものじゃ……』


「ちょっと待って何その話?! 立派なデートだよそれ! すごいなぁ、小学校の時になんて……私より進んでたんだねピーチちゃん……」


 まさかピーチちゃんがデート経験ありだったなんて……。科学館かぁ……私も陽信と行ってみたら楽しいのかな? 今度その辺り聞いてみようかな……。


『私のことはいいよもぅっ。それでさ、どこに行くかはもう決めたの? やっぱりサプライズで当日までのお楽しみにしてるとか?』


「いや、サプライズにはしてないよ?」


『そうなの? お互いに考えるって言うから、てっきりサプライズにするのかと思ってたけど……』


「私も最初はそう思ってたんだけどね……でも二人で話しているうちに、変にサプライズにするよりもどこに行くか共有しておいた方が良いよねってなったんだ。ほら、行く場所の服装とかもあるし」


 最初は私も当日まで秘密の方が良いかなと思っていたんだけど……陽信と話し合った結果、結局はサプライズではなくなった。……まぁ、お喋りしながら場所を決めていたから、気持ちが高ぶって秘密にしきれなかったって言うのもあるんだけど……。


 それでも、そっちの方が私達らしい気もする。知っているからこそ、ドキドキするって言うのもあるしね。


『それで? いったいデートではどこに行くの?』


「明日は……私が行って見たかったテーマパークにしたんだ。そこで一日……キャニオンくんと過ごすつもり……。日曜日は、キャニオンくんは動物園と神社に行きたいんだってさ。場所が近いんだよね。今から楽しみだよ」


 私は何と言うか、ひたすら楽しい思い出を作りたくてテーマパークにしたんだけど、陽信はどっちかというとゆっくり過ごすことを選んだのか……その二つを巡ることを提案してきた。


 神社って言うのが意外だったけど……陽信と一緒ならきっとどこでも楽しいよね。


『いいねぇ……。シチミちゃん……明日と明後日は……楽しんできてね? それでさ……来週の記念日……全部終わってから……私にも結果を教えてね。絶対に上手くいくとは思うけどさ』


「ありがとう、ピーチちゃん。うん……絶対に良い報告ができるように……明日と明後日は頑張るよ」


『逆に変な結果になったらさ、私がキャニオンさんに怒るから!! キャニオンさんはしばらくチャットに顔を出さないって言ってたけど……シチミちゃん泣かせたら許さないんだから!!』


 可愛らしくも頼もしいその応援に、私は心がとても温かくなる。改めて私はピーチちゃんにもお礼を言う。今日は決めていたとはいえ……お礼を言ってばかりの日だなぁ……。


『……っと……もうこんな時間か……。シチミちゃん、これからキャニオンさんとも話すんだよね? これで私とのお話もしばらく無いと思うと寂しいけど……私は良い報告をワクワクして待ってるからね』


「うん……ありがとうピーチちゃん……またね。バイバイ」


 私はピーチちゃんとの通話を終えて……一息つく。これで……お礼を言いたい人には全員言い終えたかな?


 一ヶ月近く経って……ここまで来れて……本当に皆には感謝している。私は改めてありがとうとみんなに心の中でお礼を言う。


 実は……今日は陽信とこの後は話をするつもりは無かったんだけど……ピーチちゃんに言われてちょっとだけ話したくなっちゃったな……。そう考えていたら……タイミングよくスマホに陽信からの着信が入った。


 私は即座にスマホを通話状態にする。


「もしもし?」


『もしもし七海? 今、大丈夫?』


「大丈夫だよ。どうしたの? 今日はお世話になった人と話すから、連絡は明日ねって言ってたのに……」


『いやぁ……そう思ってたんだけど……。なんかさ……声が聞きたくなっちゃって……迷惑だったかな』


 迷惑なんかじゃない。私はその言葉に……予想外のこの事態に嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。


『明日で四回目のデートだけどさぁ、今までも色々あったよねぇ……。僕と七海が出会って……もうだいぶ経った気がするけど、まだ四回目なんだよね』


「そうだね、なんかさ……陽信とはもっと長く一緒に居る気がするよ。最初のデートは映画に行ったよね……あの時は前日の陽信……カッコよかったなぁ」


『あれは……ちょっと僕的には情けない思い出で……バシッとカッコよく助けられてればよかったんだけどね』


「そんなことないよぉ。水族館も楽しかったよね、学校での生活も……陽信がいるだけですごく日々が楽しかったよ……」


『……僕も、七海と付き合いだしてから学校が凄く楽しくなったよ』


 それから私達は、あえて明日の話ではなく……出会ってからこれまでの話を二人でした。


 明日のことは楽しみだけど、あえて私達は話題にせず……思い出話に花を咲かせる。そうして私は……いや、私達はデートの前日にも、幸せな気分になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る