第56話「僕等らしい付き合い方」

「高校生らしいお付き合いってさぁ、どこまでOKなんだろうねぇ……」


「えっと……陽信……いきなりどうしたの?」


 この前、学校帰りにゲーセンによって撮ったプリクラを見上げつつ……そんなことを僕は呟いた。スマホで撮った写真とはまた違った趣があって、これは良いものだと思う。


 隣の七海はプリクラを眺める僕を、頬を染めながら見てきている。


 恥ずかしながら僕は、プリクラなんて撮ったことが無かったので、これは僕にとって人生初プリクラだ。


 それを伝えた時……僕と『初めて』を共有した喜びからか……七海は撮影の瞬間に、僕の頬にキスをしてきた。


 思い返すと、水族館以来の頬へのキスだ。その場面が、このプリクラにはバッチリ収められている。


 もちろん、その後に僕から離れた七海が真っ赤にした顔を覆い隠す姿もこれには残している。彼女は嫌がったが……やっぱりここまでが彼女の様式美だろうと、珍しく僕がごり押した結果だ。


「いや、ほら。このプリクラさ。僕にとっては宝物だけど……。実は毎日1回は眺めちゃってるんだけど……こうやって頬にキスするってのも、高校生らしいお付き合いからは逸脱しちゃうのかなって思ってさぁ」


 頬にキスしているプリクラを僕が見せると、彼女はその時のことを思い出したのか少しだけ頬を赤らめるが、すぐにその赤みを消して平静を装う。


「それ言うなら……厳密には学校帰りのゲーセンもダメなんじゃない? 校則ってどうなってるんだっけ? その辺、気にしたことなかったなー」


 ごまかす様に身体を伸ばした彼女は、まるで猫みたいに僕の膝の上にうつぶせの姿勢で上半身を預けてきた。膝枕とはちょっと違う形だけど、彼女の身体の柔らかい感触と体温が、僕の伸ばした足にじんわりと広がる。


 そのまま彼女は僕を見上げながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべながら自身の唇に人差し指を当てて、小首を傾げる。


「……なに? 陽信……もしかして……もっと凄いことしたいとか?」


「そういう意味じゃないよ……。って……七海……自分で言ってて照れないでよ……」


 僕の上で彼女は笑っているが……その頬が改めて赤くなっているのは隠せていない。それが微笑ましくて、思わず僕は笑みが零れる。僕の微笑みを見て、ますます彼女は頬を赤くする。


「そういうことは気づいてても言わないの! ほら! 次のデートの場所、今日は決めるんでしょ!!」


 ゆっくりと僕から離れた彼女は、スマホを持ち直して色々と検索をし始める。暖かさを失って残念だが……僕も、彼女の隣でデートの場所を検索する。


 今日は僕と彼女……それぞれでデートプランを考える日となっていた。


 だったら別に一緒の部屋にいる必要も無いじゃないかという話もあるのだが、これにはちょっとした事情がある。


 最初のデートは……僕から映画館に誘って、一緒に映画を見た。


 二回目のデートは、七海から水族館に誘われて……忘れられない思い出ができた。


 先週の三回目のデートは、土曜日に皆でお花見をして、日曜日には部屋で一緒にゲームをして過ごした。


 どれも楽しかったし、かけがえのない思い出となった。それは確かで、疑いようのない事実だ。


 そして記念日まで残り一週間を切った今日は……四週目の休み……そのデートをどうするかという話になった。


 一か月記念日直前のデートと言うこともあるからか、七海もなんだか気合いが入っていて……。話をするにつれてお互いに行きたい場所が増えていき、どこに行くか決めにくくなってしまうのだ。


 例えば、もう一度水族館に行ってイルカショーを今度は見てみようかとか、二人だけでお花見に行った公園に行ってみようとか、行ったことのない遊園地や動物園はどうかとか……。


 ただ街中をブラつくのもいいし、見てみたい映画を見に行くとか、いっそのこと前に言っていた家で映画を一緒に見るのも良いよねとか……とにかくやりたいことが大量に出てくるのだ


 そうやってワイワイと、あーでもないこーでもないと決まらない計画を話すのは……実は非常に楽しいのだが、それで一向にデートの計画が決まらないのは困りものだった。


「なかなか決まらないねぇ……」


「まぁ、流石にいっぱいあり過ぎだよね……これ二日じゃ無理でしょ……」


 案が出過ぎて、どれにすればいいのか非常に迷うところだった……。


 何故なら、このデートはもしかしたら僕にとって……いや、僕等にとって最後のデートとなるかもしれないのだ。僕としては、僕が誘った場所に彼女を連れて行きたいという思いが強かった。


 七海も七海で、妙に気合が入っていて、自分で提案したところで僕と過ごしたいと言う気持ちが伝わってくる。『喧嘩のお詫びも兼ねてご奉仕させて』なんて、わざわざ扇情的な言い方までしてくる始末だ。


 もちろん、その後は『今の無し!』って叫んで自爆してたけど。たぶんあれは、睦子ともこさんの入れ知恵だろう。


 それもあって僕は『高校生らしいお付き合いってなんだろう……』と考えてしまったのだが。睦子さんは口ではそう言いながら、なんかけしかけてきそうで怖いのだ。


 あれはなんだろうか……獲物を逃さないハンターのような姿勢なのだろうか?


 その辺……七海が睦子さんに似なくて良かったと思うところでもあるし。似ていたらどうなっていたんだろうと……妄想が膨らむ場面でもある。


 話を戻すと……デートの内容だ。それが決まらないと話にならないわけだ。


 だから僕は、せっかく二日あるんだから土曜日は七海が行きたいところに、日曜日は僕が行きたいところに……それぞれ1日ずつデートプランを考えようという提案をしてみた。


「いいねそれ、楽しそう」


 そして、彼女は僕の提案に二つ返事で了承してくれて、今に至ると言うわけだ。


 だから僕等は同じ部屋に居ながらも、それぞれがスマホをいじっているのだ。まぁ、検索しながらお喋りは継続しているんだけどね。先ほどと違うのは、行き先については決まるまであえて二人とも口にしないことくらいかな。


「ねぇ、陽信……さっきの話だけどさぁ……」


「さっきの話?」


「高校生らしいお付き合いってやつ」


「あぁ……いや、別に何と言うか……変なことをしたいわけじゃないから安心してよ」


 そんな中で、彼女は先ほどまでの僕の言葉を確認してきた。あぁ、変なことを言っちゃったし……少し心配させてしまっただろうか。まぁ、変なことを言ってきたのはどっちかというと七海の方だけど。


 少しだけスマホから目を離した僕は、彼女へと顔を向けて安心させるように笑顔を向けた。僕の視線に気づいた彼女も、僕の方へと顔を向ける。


「そうじゃなくって! なんて言うかさ。お母さん達も、志信さん達も高校生らしい範囲でって言うけど……あんまりそれに囚われなくても良いと思うんだよね」


「……と言うと?」


「だってさ、私達は現役の高校生なんだから。私達がやる行動は全部『高校生らしい』行動ってことにならないかな?」


 ……結構な暴論が飛び出した気がする。それを言ったら僕等は何をしても良いということになってしまうし……そんなことを言い出したら歯止めがきかなくなってしまわないだろうか?


「……それはちょっと屁理屈じゃない?」


「うん、屁理屈だと思うよ」


 僕の言葉を、彼女はあっさりと認めた。その返答に苦笑する僕に彼女は言葉を続ける。


「私の友達にもさー……彼氏がいる子もいるんだけど。なんて言うのかな…正直、聞いてて恥ずかしくなるようなくらい関係が進んでいる子もいるんだよね……いや、もうほんと……すっごいの……」


「そんな話を聞いてるの?! それはちょっと……心配になるなぁ……」


「まぁ、前までは単に話を合わせるのに聞いてたくらいなんだけどね……。女子同士の会話ってやつ?」


 よく、女子の方がそういう話題は男子よりもエグイって聞いたことはあるけど……。七海……変な影響は受けないでよね? 心配そうな僕の顔を見て、彼女は安心させるように僕の頭を撫でてきた。


「でもね、初美と歩は……割とその辺はスローペースなんだよね。まだ彼氏とキスくらいしかしてないってさ。そんな風にさ……人によってペースって結構違うんだよね」


 それはちょっと意外だった。てっきり彼女達も結構進んでいる方だと思っていたのだけれど、そうではないらしい。もしかしたら、付き合っている彼氏とやらに関係があるのかな?


「あ、でもさ。色々と話を聞いて勉強はしてるから……いざって時は安心だよ?」


「またそういうことを言う……そんなこと言って、自爆しても知らないよ僕は」


「あははー、耳年増ってやつかなー。いやー、人生って何が役に立つかわからないよねぇ」


 ひとしきり笑い合った後に、七海は急に真顔になって再び僕に近づいてきた。そして、僕の背中に自身の背中を合わせるようにぴったりとくっつくけて来た。彼女の体温が再び、僕の背中に広がっていく。


「陽信さ……前に自分からキスするの、ちょっと待ってって言ってたよね?」


「あー、僕言ったっけ……そんなこと?」


「忘れてるフリだよねそれ。覚えてるでしょ。どう? 勇気出た?」


 そういえば……だいぶ前に僕……電話でそんなことを言ったっけ……ちょっとだけ惚けてみるのだが、彼女はそんな僕にカラカラと笑いながら僕の惚けを看破する。


 背中で動く彼女の体温がとても心地いいが、僕はその時のことを思い出して赤面してしまう。なんで僕あんなこと言ったんだろうか……いや、いつかはやろうと……やろうと思っている時はあるんだけどさ……。


「いや、次のデートでは前向きに検討させていただきたく……」


「それ結局やらないやつじゃん!」


 彼女は僕の背中で、さらに笑い声を大きくする。僕のあいまいな返答に怒っているのではなく、むしろその反応はどこか安心したような色さえ感じられる。


 僕が少しだけばつが悪い思いをしていると……急にふんわりと柔らかくあたたかな感触に包まれる。


 七海が、僕を後ろから優しく抱きしめてきていた。


「……うん、やっぱりそれくらいのペースが……私達にはちょうどいいよ。だからさ、これからもさ……私達らしくやって行こうね?」


 僕の高校生らしく……と言う悩みに対して、彼女は僕を優しく包んでくれた。確かに、少しだけ僕は『高校生らしく』って言う言葉に囚われ過ぎていたかもしれない。


「……そうだね……時間はこれから……いくらでもあるしね……僕等のペースで……ゆっくり行こうか」


「そうだよね……いくらでも……いくらでもあるよね」


 本当に、いくらでも時間があるのかはわからないけれども……。それでも僕は、あまり急がずにゆっくりと……七海との関係を進めていきたいと改めて思った。そう願った。


 そして、七海のその言葉がきっかけで……僕は日曜日に行きたい場所が頭の中にフッと浮かぶ。少し地味かもしれないけど……これなら七海も楽しんでくれるんじゃないだろうか?


 抱きしめられたことと、行きたい場所が決まったことで、頭の中がすっきりとした気分になっていく。


「ちなみにさ……今の七海は、どこまでならしてもいいのかな……?」


 抱きしめられてちょっとだけ安心した僕は、調子に乗ってそんなことを口走ってみる。そんな僕に、彼女は慌てる様子もなく顔を近づけて、優しく僕の耳に囁いてきた。


「……逆に……どこまでだったら陽信はしてくれるのかな?」


 質問に質問で返されてしまった……と言う問題ではない。僕はその七海の言葉に顔全てを真っ赤にして、全身から汗が噴き出した。てっきり慌てると思っていたのに、ものすごいカウンターを喰らってしまった……。


 僕の心の中には敗北感と……変な満足感が同時に満たされていく。


「僕の負け……降参だよ……どこで覚えたのそんな返し方……」


 抱きしめられたまま僕は両手を上げて彼女に対して降参の意を示す。僕の両手を見た彼女は、嬉しそうに笑うのだが、僕からピッタリくっついたまま耳元で喋る。非常にくすぐったく、背筋がゾクゾクとしてしまう。


「すっごい恥ずかしかったけど……一矢報いれた気がするよ。迫ってこられたらどうしようかと思っちゃった」


 そういう割には彼女は頬も赤らめず耳も赤くなっていなかった。もしかしたら恥ずかしさよりも、彼女の中では僕を降参させたという喜びが上回っているのかもしれない。


 ……これは後で一人で恥ずかしがるやつかな?


 そう考えていたら、彼女は僕から離れると……思い出したように唇に人差し指を添えながら、僕に艶やかな微笑みを向けてきた。


「唇にキスしたくなったらいつでも言ってよね。それくらいなら……私はいつでも大丈夫だからさ」


 そう言った後の彼女は……流石に恥ずかしさが上回ったのか、いつも通りに自爆した……。


 うん、やっぱり七海はこうじゃないとねと、僕は謎の安心感を覚えるのだった。

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