第52話「招待されました、参加しますか?」
「はぁ……今日は楽しかったなぁ……。おうちで一緒にゲームをやるってのも良いものだなぁ……」
まぁ、一緒にゲーム……というよりも、陽信とぴったりくっついて同じことができることが嬉しかったんだけどね……ゲームは私、見てただけだし。
あの後は一緒にゲームをして、チャットでは陽信のお仲間さん達とお話をして……。なんて言うか、共同作業みたいだった。後半はゲームよりお話がメインになってたけど、楽しかった。
いい時間でお父さんが迎えに来たのでチャットを終わらせて、一緒にうちでご飯を食べて……昨日のお花見とはまた違ったデートができたと、私はとても満足している。
陽信も満足してくれたかな? そうだったら嬉しいな。
ちなみに……ワンピースの下の格好は家に帰って来てから陽信に見せてあげた。
お母さん達が居るから大丈夫だろうと部屋着として見せたのだが……陽信は顔を真っ赤にしてしまっていた。
そんなに刺激的だったかな? 露出的には制服とそこまで変わらないと思ってたんだけど……。まぁ、可愛いところが見られたから良いけど。
私は今、部屋で一人……ベットの上に寝っ転がっている。流石に陽信は今日はもういない。当たり前だけど。
スマホには、今日二人で一緒の椅子に座った時の写真を待ち受けにして、初めてインストールしたチャットアプリのアイコンが表示されている。
私はそのアプリのアイコンを撫でる。私がこういうアプリを入れる日が来るなんて思ってもいなかった。バロンさんは凄く大人の男性って感じだったし、ピーチちゃんもすごく可愛かった。
他の人達もみんないい人で……ああいう人たちに相談したから、陽信は私に対して真摯に接してくれたのかな? それとも、その辺りは陽信の性格によるものなのか……。
まぁ、その辺りは考えても仕方がないことだ。大事なのは……陽信も、陽信のお仲間さん達も良い人たちだったという事実だけで充分だ。
皆さんに、お礼も言えたしね。
それに何より……今日は陽信が私を呼び捨てで呼んでくれたのだ。その時のことを思い出すとベッドの上で足をバタバタとさせて、思わず身体が悶えてしまう。お母さんからはうるさいと注意されるだろうけど、そんなことを考えていられない。
お風呂上りも陽信とお喋りをしていたというのに……その時も陽信は私のことを呼び捨てで呼んでくれた。時間がたったらまた「さん」付けに戻っちゃうかなとも思ったんだけどそんなことは無かった。少なくとも、今日はずっと……みんなの前以外では呼び捨てを継続してくれていた。
その時のことを思い出すだけで、身体が落ち着かなくて、とにかくどこでも良いから動かしたくなってしまうのだ。何なら今すぐ陽信に会いに行ったっていいくらいだ。
夜だから無理だし、この気持ちで陽信に夜にあったらどうなるのかわからないけど……。とにかくそんな気分だった。……まぁ、実際に会ったら会ったで私の事だ……たぶん緊張してもじもじして、何もできなくなっちゃうだろうね……。
「うーん……明日も呼び捨てしてくれるかなぁ……? 学校だと難しいかな? 学校でもしてくれると嬉しいんだけど……陽信にはまだハードル高いかなぁ……?」
そんな独り言まで呟いてしまう。
迷惑かもしれないけど、もう一回……陽信に連絡でもして、もう寝ようかな……。そんなことを考えていたら……見慣れないメッセージがスマホに表示される。表示内容は……『ピーチさんから招待されました』という一文だ。
見慣れないのもそのはずで、それは今日入れたばかりのアプリから表示されたメッセージのようだった。アプリに数字の1が表示されているので、間違いない。
「ピーチちゃん?」
ピーチちゃんは今日仲良くなった陽信のゲーム仲間の……女の子だ。アプリを起動すると、画面上には少しだけ違う一文が表示されている。
『ピーチさんからチャットに招待されました。参加しますか?』
チャット……今日は大勢でワイワイやっていたけれども……それのお誘いのようだった。
画面上には参加と拒否の二文字があり……私は参加の方をタップする。この辺りはメッセージアプリのグループ機能とそう変わりは無いらしい。
参加者は私とピーチちゃんの二名だけ……ちょっとだけドキドキするな。
『こんばんわ、シチミちゃん……。こんな時間にごめんなさい。今お一人ですか? お話して大丈夫ですか?』
「こんばんわ、ピーチちゃん。一人だよー。大丈夫だよ。どしたの? お喋りはいつでも歓迎だけど、二人だけって……ちょっと緊張するねぇ」
ピーチちゃんは、とても可愛らしい女の子……だと私は思っている。
言い回しがいちいち可愛いくて、かといってぶりっ子を作っているわけでもないように見える。文章だけではあるが、私にはそれが自然な可愛さに感じられた。
だから、昼間にお互いをちゃん付けで呼び合いたいと思って提案したのだ。彼女はそれを最初は渋ったが……最終的には承諾してくれた。
『キャニオンさんは……一緒じゃないんですか? 恋人同士だし、お部屋で一緒とかだったら……』
「いやいやいや、無いから!! 流石にこの時間まで一緒とか無いよ!! 夜は一緒にご飯食べて……。あ、私の家族ともだけどね? もう家に帰ってるよ。キャニオンくんに用事だった? チャットに呼ぶ?」
ピーチちゃん、凄い事考えるな。流石にこの時間まで一緒とか……いや、他の人は分からないけど、私達にはまだ早いよ。でも、陽信を気にするってことは彼に用事だったのかなと思ったのだけど……。
『いえ、シチミちゃんと二人でお話ししたかったので……大丈夫ですよ』
よくよく考えたらチャットに私だけ招待しているのだから当然か。でも、昼間にもいろいろとお喋りしたのに何かあったのかな? まぁ、私ももうちょっと話したいと思っていたし、ちょうどよかった気もする。
陽信には後で、ピーチちゃんと二人だけで話したんだよってことを報告しようかな。内容は内緒だけど……きっと驚くだろうな。またちょっと、やきもち焼くかな?
でも、やきもちを狙って焼かせるのも趣味が悪いし、あくまでも女の子同士の内緒話で……何かあったら陽信に相談するくらいにしておこう。
そんなことを考えていたのだけど、今日の会話は……私とピーチちゃんだけの秘密になる。
『シチミちゃん、今日はありがとうございました。年の近い女の子ってチームに居ないんで……なんだか、私にお姉ちゃんができた気分でした。楽しかったです』
「私も楽しかったよー。私、妹居るんだけどさ。ピーチちゃんは私の妹ともタイプ違ってて……中学生なんだっけ?」
『はい、二年生になります』
『それで……私が今日、シチミちゃんに言いたかったことがあるんです。でも、キャニオンさんが居ると言いづらくて……だからこんな夜に連絡しちゃいました』
「言いづらい話? 時間については私は構わないけど……ピーチちゃんは大丈夫なの?」
『いま、ベッドの中でこっそりとスマホをいじってます。お父さんとお母さんはもうお休み中なので、ちょっと悪いことしてる気分ですけど……最近はこの時間でもこうやってチャットしてるんで、平気です』
言い方がいちいち可愛くて、私もこんな頃があったのかなと微笑ましくなってしまう。
彼女がちょっとだけ悪いことをしている気分に浸っているのなら、大丈夫だよと言ってあげるべきかなと思ったところで、彼女は連続してチャットに書き込みをしてきた。
『……私、シチミちゃんに謝りたいことがあって、今日は連絡したんです』
謝ること? ピーチちゃんに謝ってもらうことなんて何もないはずだけど……。昼間に私が何か失礼なことをしていて、私の方が謝るなら別だけど……。何かしたっけ?
……そう思っていたら……ピーチちゃんから出てきたのは衝撃的な一言だった。
『私、キャニオンさんがシチミちゃんとお付き合いすることに……最初は一人だけ反対していたんです……。それこそ……別れるべきなんてことも……言っていました』
昼間の会話ではそんなことを微塵も感じさせなかったその言葉に……とても衝撃的なその言葉に、私は一瞬だけスマホの操作する手を止めてしまった。
そして同時に、こんな可愛い子に対して謝罪させてしまった自分を恥じる。彼女は知らないけれども……彼女の懸念は……きっと当たっていたんだから。少しだけ震える手で、私はピーチちゃんに聞いてみる。
「……キャニオンくんは、相談する時になにを言ってたの?」
『ギャル系の女の子に告白されたって言ってたんです。それで私……キャニオンさんは真面目で大人しい人だって知ってたから……。いえ、ゲームの中だけで知った気になっていたから……。遊ばれてるだけだって思って……だから……最初のうちは交際に反対してたんです』
私の胸が少しだけ締め付けられる。
文章の端々から伝わってくるのは、彼女が陽信を思ってそれらの反対意見を言っていたという事実と感情と、今の私に対する謝罪の気持ちだ。
それに……これはきっと……。
「ねぇ、ピーチちゃん……反対してたって……過去形だよね? 今はもう違うのかな?」
『えぇ、そうです。安心してください。今はもう、二人を応援してますよ』
「まぁ、そうだよね。応援してくれてるから、私に対して大好きって言うように言ってくれたんだもんね」
『えぇ、だってキャニオンさん、毎日毎日、シチミさんとの日々を楽しそうに話すんですもん。デートの日の話なんて……二人がお互いを大切に思ってるのが理解できて……それでは私も……お二人を応援しようって決めたんです』
あぁ、やっぱりだ……。私はその言葉でわかっちゃった。ピーチちゃんの気持ちがわかっちゃった。
私の考えはきっと当たっている……。やっぱり、謝るべきは私の方だった。
『だから、今日はシチミちゃんと話せて嬉しかったんです。それと同時に、くだらない思い込みで反対していた自分が恥ずかしくなって……。だんだんそれが大きくなって……どうしても謝罪がしたくて……』
いったん途切れるその書き込みを見て、私も色々と考える。昼間にあんなに仲良くしてくれた彼女が、勇気を出してこんな風に私に謝罪してきた気持ちを考えると、胸が痛む。
『ごめんなさい。完全に自己満足で、勝手ですよね私……。こんなことを言っても、シチミちゃんを困らせるだけなのに……せっかく仲良くしてくれたのに』
「ねぇ……ピーチちゃん……一つだけ聞かせてもらっていいかな?」
『なんですか……? 私に答えられることならなんでも……』
「間違ってたらごめんね。もしかして……ピーチちゃん……キャニオンくんの事……好きだった?」
そこで一度……ピーチちゃんの書き込みは途絶える。その途切れた書き込みが、答えのように私には感じられていた。そして……少しだけ時間を空けてから彼女からの返答が書かれる。
『……ごめんなさい……そうです……私、キャニオンさんが好きでした。顔も、本名も、住んでるところも知らない彼が……私は好きでした』
私はその文を見て、ちょっと意地悪な聞き方かもだったかと反省する。彼女が謝る必要は無いのに、文字だけだと細かいニュアンスとか、意図が伝わりにくいなやっぱり。難しいなぁ……。
責めるつもりはなかったのに、勇気を出した彼女を責めるやり方になったのなら逆効果だ。私が言いたいのは……もっと違うことで……。
そういえば……確かこのアプリ……音声のやり取りもできるんだっけ?
私はアプリの設定を見ると、このアプリには音声で相手と話せる機能があるようだった。少しだけ私は躊躇ったんだけど、でも……今の気持ちを正しく伝えるにはこれが一番いいと思った。
陽信と話す時とはまた違う緊張が生まれるが、ピーチちゃんが出した勇気に比べればこんなのは微々たるものだと、私は彼女に対して提案をする。
「ねぇ、ピーチちゃん……ちょっと……文字じゃなくて……音声機能でお話しても大丈夫かな? なんかね、私……ピーチちゃんとお話ししたい気分なんだ」
『え……? お話……ですか?』
「うん……夜遅いし迷惑かな?」
『……大丈夫です、私も……シチミちゃんと直接お話したいです』
断られたらどうしようと思っていたけど、ピーチちゃんは私の提案を承諾してくれた。
こうして、生まれて初めて……私は顔も名前も知らない、年下の女の子とお話をすることとなった。
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