第50話「彼女が部屋に来た日」
昨日の両家でのお花見はとても楽しく……大勢で外出して行うイベントが終わるのを寂しいと感じたのは、僕にとって初めてのことだった。
昔はそういう時は、早く帰ってゲームしたいなとか思っていた僕がそんなことを思うなんて……。
もう何度実感したか分からないけれども、人とはここまで変わるものなのか……。これは良い変化であると思っておこう。七海さんに関わって、悪い変化があるとは思えないしね。
それに、終わりは寂しかったけれども……次のことを約束して終われるというのは幸せなことだと思う。
そして……今日も負けず劣らず楽しく、幸せな日にしようと、僕は緊張しながらも意気込んでいた。
何故なら……
「えっと……これで良いのかな? 『はじめまして『シチミ』です。よろしくお願いします』……っと……陽信、これでいいの?」
「うん、大丈夫だね。ほら、みんなから返事も来てるよ?」
「ほんとだ、メッセージアプリとそんな変わらないんだね。この人達が陽信のゲーム仲間さん達なんだね」
振り向いた七海さんが、僕に微笑みかけてくる。
そう、今日は七海さんが僕の部屋に遊びに来ているのだ。七海さんを部屋に上げたのはこれが初めてだ。
彼女は今日、白いワンピース姿にメガネという格好で……まるで良いところのお嬢様みたいに見える。
女の人って服装とかでこうも変わるのか……見るたびに新しい魅力を僕に見せてくれて、嬉しいやら緊張するやら……。
まぁ、部屋に来た目的は色気のあるものではなく。僕がやっているゲームを見てみたいというのと、ソシャゲ仲間のみんなと話をしてみたいというのが主目的ではあるが……。
特に、ソシャゲ仲間達には僕にアドバイスをしてくれてた件でお礼が言いたいらしい。七海さんらしい律義さだ。
まだゲームには参加せずに七海さんはチャットアプリで話すだけだが、僕はチームのみんなにそれでも良いかを聞いてみたところ……。
『うん、いいんじゃないかな? うちは初心者歓迎だし、ゲームにも興味持ってもらいたいね』
『私も賛成です。キャニオンさんの彼女さんとお話ししてみたいです。色々聞きたいこともありますし』
『例の砂糖製造機のエンジン部分さんが参加? いいじゃない』
そんな風にいろんな声が聞こえてきたが、少なくともチャット参加者からは満場一致で了承を得ることができた。
いや、待って。なんですか砂糖製造機のエンジン部分て。
言及したところ、その例えだと僕は燃料らしい。……燃料かなぁ僕? むしろ七海さんが燃料じゃない? まぁその辺は突っ込んでも仕方ないのでスルーだ。
もちろん、僕が七海さんの罰ゲーム告白を知っているということは……自分達が言うのは違うだろうと秘密厳守を誓ってくれた。
そんな感じでチームのみんなからは了承も得られ、何の問題もなく七海さんと二人で過ごせると思っていたのだけど……。
「陽信、お茶とお菓子を持ってきたわ。お茶請けは七海さんのお土産のお手製クッキーだけど、七海さんはお菓子も上手なのね、いただいたけどとても美味しかったわ」
「手作りじゃないけど、ケーキも買ってきてるから後で食べてね。いやぁ、まさか息子の部屋に女の子がいる時を見る日が来るとは……」
ちょいちょい、父さんと母さんが七海さんをもてなしにやってくるのだ。ちゃんとノックはしてくれるし、気を使ってのことだとはわかるんだけど……。
初めての息子の彼女に浮かれる両親ってこんななの? まぁ、やましいことをしてるわけじゃないから良いんだけどさ。
朝から父さんと母さんはソワソワと落ち着きなく、僕よりもよっぽど浮き足立っている。
「父さん、母さん……七海さんとはもう何回も会ってるじゃない……」
「陽信……息子の彼女を家にお迎えするのは、今までと心構えが違うのよ」
「そうだね、陽信が彼女を部屋に入れるという事実だけで、私達は緊張するよ」
この調子で、二人は朝から念入りに七海さんを迎える準備をしていた。
居間や台所の掃除に始まり、ケーキを買ってきたり、二人で昼食を作ったり……色々やっていたのでそれで終わると思っていたら……まさか頻繁に部屋にも来るとは……。
……僕もちょっと部屋の掃除はやったけど、僕よりよっぽど気合いが入っている。
まぁ、来るたびに七海さんは嫌な顔せずに父さんと母さんを迎えてくれるけど。嫌な顔できるわけないけどさ、その表情は心からのものに見える。
「今日は何時くらいに出発なの?」
僕はため息をつきながら、両親がいつまで居るのかを確認する。二人とも、明日からは出張先で仕事のはずだから、今日もそうのんびりはしていられないはずなのだ。
「私もお父さんも、あと1時間もしたら出る予定よ。陽信と七海さんと一緒に昼食もとれたし……これで来週も頑張れるわ。
「私も一緒にお昼が取れて、楽しかったです。またいろんなお話、聞かせてください。
七海さんが僕の両親を笑顔で励ますと、二人は感極まったかのように震えていた。その気持ちは、よくわかる。七海さんの応援は……力が湧くものだ。
「それじゃ、二人ともごゆっくり。陽信、出がけにまた声をかけるけど……私達が居なくなっても七海さんに変なことしちゃだめよ?」
「まぁ、一晩一緒に居て何もしない陽信なら平気だろうけど……一応は言っとくよ。やるとしても、ちゃんと高校生らしい範囲でね?」
「わかってるよ。二人とも準備あるんでしょ。こっちはもう気にしなくていいから」
二人が少しだけ名残惜しそうに出ていったことで、僕と七海さんはスマホでの会話を再開する。僕はパソコンの方ではゲーム画面を、スマホではチャットを起動している。七海さんはスマホのチャットのみだ。
「隣にいるのに画面越しに会話するのって、なんだか不思議だね。でも楽しいかも」
「確かに不思議な感じだね……。まぁ、七海さんがバロンさん達と会話してるってのがもう僕には不思議なんだけどさ……」
まさかこんな日が来るとは思っていなかった。チャットには改めての皆の挨拶が次々に書き込まれていく。
『改めて……シチミさんはじめまして、バロンです。一応、このチームのリーダーやらせてもらってます。話はよくキャニオンくんから聞いてますよ』
『シチミさん……はじめまして……ピーチって言います。キャニオンさんにはお世話になってます。よろしくお願いします』
二人以外にも続々とメンバーが自己紹介をしていく。七海さんはそれを一通り見て、一人一人に丁寧に返信をしていっていた。本当に律儀だ。
ちなみに『シチミ』というのは彼女のチャット上での名前だ。何にするか迷ってたけど、分かりやすいということで彼女が本名をもじって自分で決めた名だ。
「陽信はここでは『キャニオン』って名前なんだ? じゃあ、キャニオンくんって呼ぼうかな」
「僕もシチミさんって呼ぶから、良いと思うけど……」
「それだといつも通りだしさー、どーせならゲーム上でくらい逆で……呼び捨てしてほしいかなー」
「シチミ……って? なんかそれ、彼女できて調子に乗ってるヤツみたいにならない?」
「いいじゃん。ちょっとやってみてよー」
僕としてはチャット内でも『さん』付けで言い方をしたかったんだけど、両手を合わせて可愛くおねだりされたらやらざるを得ないな……。
「シチミは今日、ゲーム自体は僕の横で見てるので……チャットだけですけどよろしくお願いします」
『おやおや、キャニオンくんが誰かを呼び捨てにするって初めて見たよ。やっぱり彼女さんなんだねぇ。特別感がにじみ出てるよ』
試しにやったらバロンさんに揶揄われるようなことを言われてしまった。七海さんは……。
「陽信、特別だって! なんか嬉しいなぁ……うふふ、チャットだけでも楽しいかも」
……うん、喜んでいるようだしまぁいいかな。
七海さんがチャットに喜んでいる間に、僕はゲーム画面をパソコン上に表示する。
「これが、陽信がみんなとやってるゲーム? なんか綺麗な画面だね。可愛いキャラもいっぱいいるしねぇ。私、ゲームってほとんどやらないからなぁ……あ、陽信のアイコンの子だ」
七海さんは僕の後ろから、顔をすぐそばまで近づけて一緒にパソコンの画面を見ていた。
良い匂いにドキドキしつつ。僕はゲーム画面を見せて、戦闘画面や色々な画面を見せていく。今はイベントも特に無いので、それぞれが思い思いに遊んでる状態だ。
彼女は僕が何かをするたびに、納得したように頷いたり、感心したように声を上げたりする。ゲームをしたことが無いと言った通り……見るものすべてが新鮮なのかもしれない。
『しかし、キャニオン君から聞いてたけど、シチミさんとキャニオン君の進展は早いねぇ。おじさんびっくりだよ』
ゲームをやっていると、バロンさんが感慨深げなことを書き込んでいた。他の皆もその言葉に同意していた。
「皆さんが、キャニオンくんにアドバイスしてくれたおかげですよ。本当に、お世話になったみたいで……ありがとうございます」
『いやいや、二人の頑張りがあってこそだよ。若い子の恋バナでみんな盛り上がってたし、こちらこそありがとうございます』
バロンさんやみんなは、早くも七海さんと打ち解けたようで、会話が盛り上がっている。
逆に僕は……会話内容が僕に対する褒め言葉とか、七海さんの僕に対する想いとか、そんな話なので……正直、参加しづらかった。自分の褒め殺しを見ているようだった。
『あれ? キャニオン君が参加してきてないけど……どうしたのかな?』
「あぁ、キャニオンくんなら私の隣で照れてます。ほんと、私の彼氏は可愛いです」
それを言っちゃうの?!
あぁ、チャットが『照れるなよー』とか、『リアルで隣にいる発言を聞くとは…』と、変な盛り上がりを見せている。
「そう言えば、前にキャニオンくんが私に大好きって初めて言ってくれた時も、皆さんの後押しがあったとか……本当に嬉しかったです」
『あぁ、あれは僕等ってよりも。ピーチちゃんの単独での功績だよね。彼女が言うべきだって強く言ったからこその、キャニオンくんの行動だったよね。僕も動かされた一人だけど』
『……バロンさん……それは秘密にしておいて欲しかったです……』
「そうなんですか!? ありがとうございますピーチさん! おかげで最高の思い出ができました!」
『いえ……私なんて……そんな……喜んでもらえたなら……』
七海さんはそれからも、ピーチさんに感謝の言葉を伝え続ける。それに対するピーチさんの書き込みは、ほんの少しだけ歯切れが悪い。もしかしたら、初期の頃の彼女への発言を気に病んでるのかも知れない。
僕はあの時のとこを思い出して、今更ながら照れ臭くなった。だからこそ僕も、ピーチさんへと感謝の気持ちを書き込むことにした。
「ピーチさん、僕からもありがとうって改めて言わせて。あれで僕は、気持ちを伝える大切さを知ることができたからね」
『キャニオンさん……そう言ってもらえると……嬉しいです。お二人とも、幸せになってくださいね』
「ありがとー。私達、絶対に幸せになります!」
そこからは、七海さんとピーチさんのガールズトークが繰り広げられる。
僕はその会話を見てほっこりしつつ、その間に開かれた別なチャットルームに招待される。その内容は……。
『いやー、女の子同士の会話って……めっちゃいいなぁ……文字だけなのに華があるよ。キラキラして見える。』
『ピーチちゃん、確か中学生くらいじゃなかったっけ? 若い子同士の会話はおばちゃんに若さをくれるわ〜』
『このチャットログは永久保存だね……。音声にしてなくて良かったって改めて思うよ』
そんな、ピーチさんと七海さんの会話を見守る会だ。僕も二人の会話を邪魔をしないよう見守ってるが、とても和む会話だ。和む会話……なんだけど……。
なんか、モヤモヤする。
なんでだろうか、二人の会話が弾むのを見て僕も嬉しいはずなのに、胸の奥で何かがモヤモヤとして落ち着かない。
「陽信! ピーチちゃんって凄い可愛いよ! 超ラブリーなんだけど!!」
いつの間にか七海さんはチャット内でも、現実でもピーチさんを『ちゃん』付けで呼んでいた。僕はその笑顔を見て、嬉しいのになんだか耐えきれなくなって……。
気づけば、七海さんのワンピースの端っこを摘んでいた。
「……陽信?」
七海さんは首を傾げて、頬に指を添えていた。僕はその一言で我に返り、慌ててワンピースの裾から手を離す。
なんで僕、そんなことをしたんだろうか……。いや、わかってる……これはちょっとした嫉妬だ。
我ながらみっともないと思っていたら……七海さんは僕に嬉しそうに微笑みかけながら、ピーチさんへメッセージを送る。
「ピーチちゃん、ごめんね。キャニオンくんが構ってあげられなくて拗ねちゃったから、ちょっと構ってくるね? 皆さんも、また後でー」
『あらら、それは申し訳ないことを……それじゃあ、シチミちゃんをキャニオンさんにお返ししますねー』
「七海さん!?」
その書き込みを見た僕は思わず叫んだのだが、その一言をきっかけにチャットは大いに盛り上がりを見せる。いつの間にかピーチさんも七海さんを『ちゃん』付けで呼んでたのはビックリだ。
七海さんはスマホを机の上に置くと、僕のベッドの上に腰掛けた。
「せっかく部屋で二人なんだから、スマホばっかり見てたら……寂しいよねぇー?」
「いや、別に寂しいってわけじゃ……」
「さっき、子供みたいに私の服を摘んだのは誰だっけ?」
七海さんは慈愛に満ちた微笑みを浮かべるが、揶揄ってきているのは明らかだ。僕も、嫉妬を自覚してしまった手前、言い返せない。
僕は観念したように、彼女の隣に腰掛けた。
「白状するよ……二人が仲良さそうなのは嬉しいけど、ちょっとだけ嫉妬しちゃった」
「今日は陽信の嫉妬記念日だね、妬いてくれて嬉しいってのは、ちょっと意地悪かな?」
「まぁ、前に僕も
「あはは、そんなこともあったね。懐かしいってほど前じゃないけどさ、あれから三週間も経つんだね」
三週間……もうそんなに経つのか……。いや、まだ三週間しか経っていないと言った方が良いのだろうか? 長いようであっという間……後一週間で一ヶ月……記念日が来るのだ。
七海さんもそのことを考えているのか、二人の間には沈黙が流れる。
その沈黙を先に破ったのは、七海さんだ。
「ねぇ、名前……呼び捨てで呼んでくれない?」
突然の一言だけど、僕はその言葉に驚きはせずに、静かに彼女の顔を見る。
呼び捨て……僕は今日まで誰かを呼び捨てしたことはほとんどなかった。男友達も君付け、女性はさん付け……。最後に誰かを呼び捨てにしたのはいつだったか、もう覚えていない。
「……どうしたの急に? 呼び捨てって……『さん』付け……嫌だった?」
「嫌じゃないんだけどさ……なんか……たまに壁を感じるって言うかさ……寂しいかなって」
壁を感じる……か……僕は壁を作ってたという意識は無かったんだけど……もしかしたら無意識にそういう考えはあったのかもしれない。
だから僕は、彼女に近づいて……それから……囁くのではなく普通のトーンでその言葉を口にする。緊張はするが、言うなら今しかないと……どこかで確信していた。
「七海……」
そういった瞬間に、彼女は頬を紅潮させて僕にガバリと抱き着いてきた。急に勢いよく抱き着いてきたため、僕は彼女を支えることができず、そのままベッドの上へと押し倒される形となる。
「陽信……陽信……」
「……七海……大丈夫だよ……壁なんか無いから」
少し震える彼女を、僕はあやす様に背中を優しくポンポンと叩く……。彼女はまるで僕の感触を確かめるように頬ずりをしてくる。勢いのせいか、ワンピースの足元ははだけて、太腿が露になっていた。
そうして僕等が抱き合っていると……僕の部屋の扉が開いていることに気づいた……。あー……これは……。
「……陽信、何してるのかしら?」
ベッドの上で抱き合う僕等を見た母さんと父さんは……その冷静な目を僕等に向けて静かに呟くのだった。
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