第49話「お花見の終わりと次の約束」
僕等と七海さんがレジャーシートに寝っ転がり、舞い散る桜を楽しんでいる最中……みんなはそれぞれのお花見を楽しんでいた。
父さん達は一緒にお酒を飲んで語り合い、母さん達は主婦同士の会話をしている。花より団子……と言う状態である。
それは大人同士の会話であり、僕等は割り込めないし、割り込む気もないものだ。いつかは僕も、父さん達とお酒を飲む日が来るのだろうか?
「スー……スー……」
そんな中、僕の隣で寝ている七海さんの寝息が聞こえてくる。ポカポカ陽気に当てられて、ウトウトしていた七海さんはいつの間にか寝てしまったようだ。
彼女も色々と疲れてしまったのかもしれない。僕は着ていた上着を彼女にかけると、レジャーシートの上に座りなおす。
電池は少ないけど……ちょっとバロンさんに報告でもしようかな? 七海さんを起こしちゃ可哀そうだし。あ、写真は一枚だけ撮っておこう……。
そう考えていたところで……写真を撮る音に合わせたように、僕の前にちょこんと座る影が現れた。
影の正体は……
沙八ちゃんはチラリと七海さんを見てから、七海さんそっくりだけど、ほんの少しだけ目の吊り上がった顔で……僕に微笑みかけてきた。
「お義兄ちゃん、少し私と話さない? ほら……私と二人だけって今まで無かったからさー」
唐突な提案に僕は少しだけ戸惑った。確かに沙八ちゃんとこうして二人だけ……今は正確には隣に寝ている七海さんが居るけど……差し向かいで話す機会というのは全く無かったな。
「あ、警戒しないでよ。私は別にお義兄ちゃんに変なことを聞くつもりは無いからさ……。ただ、お姉ちゃんとのことを聞きたいだけ」
「……前から思ってたんだけどさ……その『お兄ちゃん』って呼び方……なんて言うか……むず痒いね。僕、一人っ子だからさ」
「あれ、嫌だった? 絶対にお姉ちゃんとお義兄ちゃんは結婚すると思ってるから、この呼び方にしてるんだけど……」
「いや……嫌じゃないよ……」
結婚って……
なんだか僕、最近「嫌じゃないよ」が口癖になりつつある気がする。みんなの聞き方がズルいってのもあるけどさ。
「それで……七海さんとのことを聞きたいって、何が聞きたいの?」
「んー……そうだね、色々あるんだけどさ……。お義兄ちゃんってさ、お姉ちゃんのどこが一番好きなの?」
唐突に出た予想外の質問に、僕は少しだけドキリとして冷や汗が出そうになる。寝てるとはいえ……七海さんを横にして非常に答えづらい質問である。
「……そんなの聞いてどうするの?」
「いや、お姉ちゃんからお義兄ちゃんの好きなところはよく聞くんだけどさ。お義兄ちゃんから聞いたこと無かったなぁと思って」
七海さん……何をそんなに喋ってるの? ちょっと恥ずかしいけど……沙八ちゃんは瞳を輝かせて僕のことを見てきている。
……好きなところ……好きなところかぁ……改めて聞かれると深くは考えたことが無かった……というよりも、好きなところが多くて一番って決めづらいなぁ。
「やっぱり、おっきいおっぱい?」
「違うよ。いや、嫌いという意味じゃなくて……。というか、女の子がおっぱいとか言わない方が良いよ」
自身の胸を両手で持ち上げるような仕草をして、僕に見せてきた沙八ちゃんを窘めつつ……僕は改めて七海さんの好きなところを考える。
好きなところ……好きなところかぁ……。
僕のためにお弁当を作ってくれたり、料理や勉強を教えてくれたりする、面倒見の良さ。
たまに大胆に迫ってきて、それに対して僕が返すと真っ赤になって恥ずかしがる、可愛らしさ。
僕が好きなことに理解を示して歩み寄ってくれるその心の広さや、僕を好きでいてくれる一途さ……。
何よりも……誰よりも僕のことを考えてくれる、暖かい優しさ。
数え上げればキリがないよなぁ……。あえて表現するなら……。
「一番好きなのはやっぱり、可愛い所かなぁ……」
「それって、見た目?」
「じゃなくて性格の話ね。面倒見が良かったり、心が広かったり……たまに自爆して赤くなったりとか、そういう全部ひっくるめた優しいところが……可愛いって思えるかなぁって」
「そうだねぇ……お姉ちゃん優しいもんね。そういう意味では、お義兄ちゃんにピッタリだよねー。お義兄ちゃんみたいな優しい人、聞いたことないもん」
僕は七海さんにそんなことを言われていたのか……光栄に思いつつも……ちょっとだけ気恥しい。沙八ちゃんもこれで納得してくれたかな?
ホッとしたのもつかの間。彼女は七海さんそっくりな揶揄うような笑顔を浮かべて、僕に質問を続けてきた。
「で? 外見的要因ではどこが一番好きなのかなー?」
おぉう……外見的要因か……これはまた答えづらいことを……。そう言うのって、何を言っても角が立ちそうな気がするんだけど……。そんなに聞きたいの?
「やっぱさ、おっぱい?」
「いや、さっきから何なのそのおっぱい推しは。僕に何をどう答えさせたいの」
「いや、クラスの男子がよく『やっぱり女は胸だよな』って言ってるからさ。男子ってみんな好きなのかなって。お姉ちゃんのふわっふわだよ。ふわっふわ……もう、すっごいの!」
……うん……今朝とかその感触を少しだけとは言え堪能した身として余計に答えづらい。
まぁ、健全な中学生なら胸に目が行ったり意識が行ったりするのは仕方ないとしても……僕はそうだなぁ……。
最初に七海さんの外見のどこが好きかと言われて、思いついたのは、胸ではなかった。
「目……かなぁ……? 綺麗な……七海さんの瞳」
「目? 胸でもなく、お尻でもなく……目なの? お義兄ちゃん、随分変わったフェチなんだね」
「どこでそんな言葉覚えたの?! いや、フェチとかじゃなくて……七海さんの瞳ってさ……すごく綺麗じゃない?」
そう、改めて考えると……僕は七海さんに真っ直ぐに見つめられるのが好きなのだ。
その綺麗で宝石のような大きな瞳……時折不安に揺れたりするが……優しく僕を見てくれるあの目で見られると……とても心が暖かくなる。
「目……かぁ……ふーん……それは意外な答えだったなぁ……」
沙八ちゃんはそこで、少しだけ考え込むように腕を組んだ。
変なことを言ったつもりはないんだけど……なんだか審判されているようで少しドキドキする。そして、沙八ちゃんは僕から視線を外すと七海さんの方へと視線を向けた。
「お姉ちゃん、良かったねぇ。お義兄ちゃんはお姉ちゃんにぞっこんだよー」
沙八ちゃんのその一言に、寝ているはずの七海さんの身体がビクリと大きく震えた。え? 起きてたの七海さん?
ゆっくりと七海さんは上体を起こし……赤くした顔で沙八ちゃんを睨みつけていた。
「さーやー……何を陽信に聞いてるのよぉ……恥ずかしくて起きらんなかったじゃないのぉ……」
どこから聞いていたんだろうか、僕も思わず羞恥に頬を染めてしまい、七海さんの顔をまともに見られそうになかった。沙八ちゃんは僕と七海さんの顔を見て、にこやかな笑みを浮かべている。
「いやぁ、男子が苦手だったお姉ちゃんが、なんでお義兄ちゃんは平気だったのか凄い疑問だったんだよね。でも、今日の話でその理由がよく分かったよ……お義兄ちゃんがこんな人だから、お姉ちゃんは平気だったんだね」
「……そうだよ、陽信だから私は平気なの……恥ずかしいから言わせないでよ」
睦子さんそっくりの優しい微笑みを浮かべながら、沙八ちゃんは真っ赤になった自身の姉を微笑ましそうに見つめていた。改めて言われると……非常に照れるな……。
それから沙八ちゃんは僕の方へと身体を向けると……わざわざ正座をしてから僕に頭を下げてきた。
「陽信さん……これからも姉をよろしくお願いします」
僕のことを兄と呼ばず、あえて名前で呼んできた沙八ちゃんの言葉は……七海さんへの想いで溢れているようだった。
……やっぱり沙八ちゃんも、七海さんが大好きなんだな。
だから良い機会だし、僕に色々と質問をしてきたんだろう。もしかしたら、心のどこかで色々な心配が渦巻いていたのかもしれない。
「うん……任されました」
僕も正座をして姿勢を正してから、沙八ちゃんに頭を下げる。これで、沙八ちゃんとも一つのケジメというか……少しあった壁みたいなものが無くなったかな?
そして二人同時に頭を上げると……沙八ちゃんはその顔に年相応の笑みを浮かべて僕へと詰め寄ってきた。
「それじゃあさ!! お義兄ちゃんの学校の誰か格好いい人、紹介してくれない?! 二人見てると私も彼氏欲しくなっちゃうんだけど……同年代だと良い人いなくて……」
切り替えが早い!! 沙八ちゃんからさっきまでの真剣な声色は消え、年相応の無邪気な女の子に戻っていた。
「紹介って……僕、紹介できるほどに友達は多くないんだけど」
「ええ~? あれだけお姉ちゃんに対して色々してるのに友達少ないの? なんか随分極端だねぇ、お義兄ちゃんは」
呆れられてしまった僕は、少し写真を探してみるが……。いや、改めて見ると男友達の写真ってほとんど無いな……。少ない上に写真撮るって発想すら出ないからな……。
僕の写真フォルダに残っているのはゲームのスクショか、七海さんと出会ってからの写真ばかりだ。
……男性で唯一あるのは、
「うわ、この人めっちゃイケメンじゃない!! 背たかっ! お義兄ちゃんとの身長差すごっ!」
いつの間にか僕の背後に移動していた沙八ちゃんが、標津先輩の写真を見てはしゃいでいた。
「まぁ、カッコいいよね。標津先輩……うん、カッコいいんだけど……」
「あぁ、この人がお姉ちゃんの胸ばっかり見てフラれたって先輩なの? へー、こんな人だったんだ」
僕が口ごもっていると……沙八ちゃんは先輩の情報をあっさりと口にする。七海さんを見ると困ったような笑顔で、舌をペロッと出していた。
先輩のこと喋ってたんだ……。
「うーん……私はお姉ちゃんほど胸ないし……ダメかなぁ……? でもお姉ちゃんに告白したなら、私にもワンチャンあるよね……。お義兄ちゃん、今度機会あったら先輩さん紹介してよ」
「いや、沙八ちゃんが良いなら僕は良いけど……」
僕はチラリと七海さんを見ると、七海さんもちょっとだけ困惑した表情を浮かべていた。
自分に告白してきた男性を妹に紹介すると言うのは、胸中複雑なんじゃ無いだろうか。いや、紹介するのは僕だけどさ。
「えっと……前も言ったけどさ、先輩……私の胸ばっかり見てきたんだけど、沙八は平気なの? いや、悪い人じゃないんだよ……悪い人じゃ……」
たまらず七海さんも口を出してきたけど……言葉から、七海さんの中で今の先輩の評価がちょっと上がってることが伺えた。
「お姉ちゃん何言ってるの……。男の子はね、いくつになってもおっぱいが好きなんだよ? おっきな胸を見るなんてふつーふつー。それにいきなり付き合うとかじゃなくて、あくまで紹介してもらうだけだし。まずはどんな人か、知りたいだけだよ」
随分と大人な発言をする沙八ちゃんに、僕も七海さんも面食らってしまう。
この子、随分とませてる……。いや、もしかして沙八ちゃんって性格は睦子さん似なんだろうか?
「それにお姉ちゃん……忘れたの?」
沙八ちゃんは七海さんの返答を待たず、まるで飛ぶようにレジャーシートから立ち上がり、ふわりと地面に両足で着地する。
「私はダンス部なんだよー。ダンサーが見られるのを嫌がってどうするのさー」
そして、沙八ちゃんはその場で、軽やかなステップを踏みだした。
即興なのか、それとも普段練習している動きなのか……鼻歌でリズムをとりながら、僕等に披露するように華麗に踊り出す。
音楽も無く、周囲に観客は僕らだけだけど……それは紛れもなく沙八ちゃんのステージだった。
楽しそうに笑顔で踊る沙八ちゃんにつられて、みんなも思わず笑顔になり……。
「よーし、私も踊るぞ沙八ー! この筋肉美を見たまえー!!」
「良いですな厳一郎さん! 私も行きますよー!」
「お父さんズも良いよー! 一緒に踊ろー!」
観客だった父さん達は、その楽しそうなステージに参加する。
厳一郎さんは上半身を脱いでタンクトップ一枚になり、その見事な筋肉を披露しながら、父さんはなんだかおぼつかない足取りだけど、楽しそうに飛び跳ねている。
母さん達はお酒を飲んで無いからか、そのステージには参加せず……笑いながらスマホでその様子を撮影していた。
桜が舞う中で、三人が踊る。
てんでバラバラで変だけど、楽しそうで、幸せそうに踊る。
僕はその光景に思わず立ち上がり、七海さんに手を伸ばした。
「七海さん……僕等も踊ろっか?」
僕の手を見た七海さんは、キョトンとした顔を僕に向ける。それから、ちょっとだけ吹き出すように笑って……僕の手を取ってくれた。
「陽信、ダンス苦手なんじゃ無かったっけ?」
「良いんだ、下手でも。あんなに楽しそうなら、参加したくなっちゃうよ。僕らしくも無い考えだけどね」
「んーん、逆だよ。私は陽信らしいと思う」
「そうかな?」
「そうだよ」
お互いに、それ以上の会話はいらなかった。
そして満面の笑顔を相手に向けると……僕等もステージに参加して、手を繋いで一緒に踊る。
やっぱり下手で、苦手で、身体はうまく動いてくれないけど……それは紛れもなく幸せで楽しい時間だった。
母さん達も交代で踊りに参加したり、撮影したりと……いつの間にかみんなで踊っていた。
その踊りはみんながヘトヘトになり動けなくなるまで続いて……最後まで立っていたのは沙八ちゃんだけだった。流石、現役のダンス部だね。
そして、楽しい時間は過ぎてしまえばあっという間で……。
気がつけば、帰宅する時間となってしまう。名残惜しいが、こればっかりは仕方ない。何事にも終わりはつきものだ。
「陽信くん、夏はみんなで海キャンプでもしようじゃないか。きっと楽しいし、七海の水着姿も見られるぞ!」
「いーね! 海! お義兄ちゃん、それまでに、先輩さん紹介してねー!」
そんな帰りの中、酔った厳一郎さんが提案をしてきて、沙八ちゃんも賛同する。沙八ちゃん……キャンプは嫌って言ってなかったっけ?
それから、親同士はその話に乗って計画を今から話し始めているようだった。なんとも気が早い。
海……海かぁ……。僕はチラリと七海さんを見る。彼女は僕の視線に気づいたのか、ちょっとだけ視線を逸らして呟いた。
「陽信はどんな……水着好き? やっぱり……ビキニとか……?」
その一言に七海さんのビキニ姿を想像してしまうが……同時にその破壊力にものすごく心配になった。
「七海さん……海では絶対に僕から離れないでね……。あと、パーカーとか必須で。脱ぐなら僕等の前だけにしてね?」
僕の言葉に七海さんはキョトンとしてから、僕に柔らかい笑顔を向けてくる。
「心配症だなぁ、私の彼氏は。大丈夫だよ。絶対に離れないから」
「そりゃ、心配するよ。僕の大事な彼女だからね」
僕らは互いに笑い合い、この先のイベントについて話し合いながら帰路につくのだった。
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