第48話「陽だまりの中で」

「陽信……お日様が気持ちいいねぇ……ポカポカしてて、また眠たくなってくるよねぇ……」


「そうだねぇ……でも……良いのかなぁ……こんなゆったりまったりしちゃってて……?」


「いーんじゃない? お義兄ちゃんもお姉ちゃんも……たまにはさー……」


 僕と七海ななみさんと沙八さやちゃんは、アウトドアチェアに座りながら、咲いている桜と青空を眺めていた。


 青い空に、薄いピンクがかった白い桜が目を楽しませてくれている。


 そして僕は横目で、バーベキューコンロで炭を起こす準備をしている父さんと厳一郎さんに視線を送った。


 僕はキャンプというものをしたことが無かったので、当然ながら外でバーベキューなんかもしたことは無い。だから、それは父さんも同様だと思っていたのだが……どうやらそれは違ったようだ。


 二人はバーベキューコンロを組み立てると、炭を使って火起こしをはじめる。実は僕も火起こしを手伝おうとしたのだが、父さん達に自分達だけでやらせてほしいと言われてしまったのだ。


 ……どうもこういうのが久しぶりなので、まずは二人で勘を取り戻すところからしたいという話だ。昔は二人とも結構やっていたらしいのだが、今日は本当に久しぶりで……実はこれを楽しみにしていたのだとか。


 僕としては、ここまで連れてきてくれた父さん達にもゆっくりしてもらいたかったのだが……そう言われては逆に僕は足手まといになるし、僕に教えることで二人が楽しめなければそれは非常に悪いので、二人に炭起こしを任せることにした。


「陽信、七海さん、沙八ちゃん……お茶とジュース、どちらがいいかしら?」


 父さん達を見ていたら、母さんが僕等に飲み物を勧めてきたので、僕と七海さんはお茶……沙八ちゃんはジュースを受け取る。


 そして、それを飲んでホッと一息……なんだろうか……時間がゆっくりと流れているようだ。あわただしい日常から離れると、こんなにも時間はゆっくり流れるのか。


 母さん達は、父さん達が火を起こしている傍らで料理を作っている。サラダを作ったり、チーズとかを切って、なんかしゃれた料理を作っている。


 それも僕等は手伝おうとしたのだが、今日は母さん達だけで料理をしたいと断られた。父さん達と断り方がほぼ一緒で……よくわからないけど、それが大人の楽しみなのだろうか?


「三人とも、料理ができるまでもうちょっとかかるから……お散歩でもして来たら? 天気が良いし、きっと凄く気持ちが良いわよー」


 一息ついたところで、僕等は睦子ともこさんからそんな提案をされる。公園を散歩か……ぽかぽかと暖かくて、天気も良いし……絶好の散歩日和ではある。確かに気持ちいいだろうなぁ。


「七海さん、行ってみようか?」


「そうだねー、行ってみようか……沙八はどうする?」


「私はパスー……せっかくだし二人っきりで行ってきなよ。私は今日は部活の疲れを癒すって決めたから、とことん何にもしないつもりー。このチェアが私を放してくれないの……今日の私の彼氏はこのチェア君なのだ……」


 沙八ちゃんは緩い笑顔をしながら、ダラーッとアウトドアチェアに体重を預ける。ジュースを一口飲むと、睦子さんに料理中のチーズをおねだりして一片だけもらうと、それを幸せそうにかじる。


 僕と七海さんは、そんな沙八ちゃんを見て苦笑しつつ顔を見合わせた。


「じゃあ、陽信……二人で行こっか?」


「そうだね、行ってみようか」


 僕はアウトドアチェアから立ち上がると、七海さんに対して手を差し伸べる。七海さんは僕の手を見て柔らかい微笑みを浮かべると、僕の手をそっと取った。


 立ち上がった僕等は一度手を離して、みんなに頭を下げてから一緒にその場から移動を始める。僕の背中に沙八ちゃんが「頑張ってね」と小さくエールを送ってくれた。


 この子もほんとにいい子だ。


 僕等はそのまま、公園内へと散歩に向かう。みんなが見ているので照れくさくて手は繋いでいないが、二人で絶妙な距離を保ちつつ並んで歩き、談笑する。


「なんか、みんなに気を遣わせちゃってるかなぁ……? 僕等も手伝えるのにね」


 たぶん、沙八ちゃんも気を使って僕等を2人にしてくれたんだろうな。こんなに甘えてしまって良いのだろうか。


「うーん……お母さん達で計画したみたいだし、言ってたように自分達で色々したいんじゃない? お父さんとかそういうところあるし……」


「あー……確かに……うちの父さんと母さんもそういうところあるなぁ……」


「まぁいいじゃない。今日はみんなに甘えようよ。二人っきりになれたしさー」


 七海さんはそう言うと、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。今日は腕を組んで歩きたい気分なのだろう。僕もその手を振り解くことなく自然に受け入れる。


 みんなが見えなくなってからしてきた辺り、彼女も心得ている。流石に両親の前では恥ずかしい。久々の腕組みで……僕等は多少ぎこちないながらも、ゆっくりと公園の中を歩いていく。


 整備された道の両脇には桜の他にも、赤や黄色といった花が咲いていた。風も穏やかに吹いていて、非常に気持ちが良い。


「なんて花なのかな? 綺麗だねぇ。」


「綺麗だよねぇ……写真でも一緒に撮ろうか?」


「うーん……今はまだいいかな。とりあえずさ、のんびりお散歩しようよ」


「うん、そうだね……」


 僕等はそのまま、桜の咲く道を二人で歩く。


 緑色の芝生が太陽の光を反射しており、綺麗な緑色がまるで絨毯のようだ。その芝生から真っ直ぐに伸びた桜の木に咲いている、白や薄いピンクの花弁が風に揺れている。


 ……一部は葉桜になっているが、シーズンだとこれが満開になっているのだろうか?


 そうだったらとても圧巻だったんだろうな。でも、今のこの白とピンクと緑が混在している状態もとても綺麗だと思う。


 風が吹くと、ざぁざぁという音と共に周囲の枝が揺れて、ほんの少しだけ花弁が枝から離れて僕等の周囲に落ちてくる。


 柔らかく暖かい風が頬を撫でて来て、とても気持ちが良い。


 そんな穏やかな雰囲気の中で、好きな人とのんびり散歩できるなんて……すごく幸せだ。


「なんかさぁ……こういうのも良いね。ちょっと高校生のデートっぽくないかもしれないけどさ、穏やかで……のんびりできるって……」


 七海さんも僕と同じ気持ちなのか、凄く穏やかな笑顔を浮かべていた。確かに高校生っぽくはないかもしれないね……。でも、たまにはいいよね。


 僕と七海さんは二人だけで穏やかな会話をしながら歩いているけど、昨日の夜のことはあえて口にすることは無かった。


 なんだかこの雰囲気にそぐわないし……あの話は昨日の夜だけにとどめておきたかったからだ。


 歩いている中で、道の両脇の桜の枝が伸びて天井を覆い、まるでトンネルになっているような道に出る。周囲がさくらに囲まれていて、そこから落ちた花弁が地面に白い模様を作っている。


「凄いな……狙って作ったのかな? それとも自然にこうなったのかな?」


「すごく綺麗……通ってみようか……」


 僕等はその桜のトンネルを通る。天井が真っ白で、まるで僕等は雪の中にいるような錯覚を覚える。僕等はあえて歩調を遅くして、ゆっくりとトンネル内を歩いた。


「七海さん、写真を撮ろうか?」


「うん……そうだね……」


 僕は綺麗な風景に写真を撮りたくなって……七海さんも僕の提案に静かに頷く。


 お互いの写真と、それから……同じようにトンネルを歩いていた、家族連れの人に頼んで僕ら二人の写真を撮ってもらう。


 頼んだ家族連れの人達は快く、僕等の写真を撮ってくれた。僕等もお礼に彼等の写真を撮る。


 その家族にお礼を言った後、それからも散歩は続く。すると、少し低いけれども柵に囲まれた池へと辿り着いた。


 池の周りにも桜が咲いているけれども、ここだけちょっと寂しい雰囲気だ。


「凄い広い池だね、なんかお魚とか泳いでるのかな?」


「さすがに何もいないんじゃないかなぁ……」


「なんかちょっとここだけ寂しい感じだねー、鯉とか泳いでないのかなぁ?」


 七海さんは僕から離れて柵の近くまで行くと、池の中の様子を覗き込むようにしている。僕も少し遅れて柵に近づくのだが……その時、七海さんが小さく悲鳴を上げた。


「キャッ!!」


 池の近くで芝生が濡れていたのか、七海さんが少しだけ足を滑らせて体勢を崩してしまう。


 池の周囲の柵は僕等の背丈よりもはるかに低く、軽く乗り越えられる程度の高さしかない。


 足を滑らせた七海さんが、その柵の方へと倒れこんでいき、慌てた僕は七海さんの名前を叫んで彼女の手を引き、僕の方へと力いっぱい抱き寄せた。


 腕を引いたため七海さんの腕を痛めてしまったかもしれないが、彼女がそのまま柵へとぶつかるか、池に落ちてしまわないように僕は彼女を力強く抱きしめる。


「七海さん! 大丈夫?! 池の周りは危ないから気を付けないと!」


「あ……ありがとう陽信……滑ってビックリしちゃって……えっと……その……」


 抱き合う形となったため、彼女の体温がはっきりと感じられる。それと同時に、心臓の鼓動が早くなっているのも認識できた。僕の鼓動も自然と早くなってしまう。


 これはきっと七海さんがちょっとだけ危なくなって、慌てたから以外の理由もあるだろう。


 そのまま抱きあっていたかったが、ずっとそうしているわけにもいかず……僕が少しだけ彼女を抱きしめる力を緩めると、自然と彼女の身体も僕から離れる。


 するとどうなるか……僕等は自然とお互いがお互いを見つめ合う体勢となった。


 とっさとは言え抱きしめてしまったからか、それとも彼女と見つめ合ったからか、僕の心臓の鼓動はさっきよりも高鳴る。七海さんも頬を染めて、僕を見る目を潤ませていた。


 僕等は互いの目を見つめ合い……そして……。


「ママー、あのお姉ちゃんたち、何してるのー?」


「こ、こら……ダメよ邪魔しちゃ……行くわよ……」


 第三者の声で、僕等は我に返った。


 うん、お約束な展開だけどさ……。確かに家族連れとかも多い公園だからね……もうちょっと自粛するべきだったかな?


「そ……そろそろ戻ろうか」


「う……うん、戻ろうか。準備できてるよねきっと」


 それから僕等は来た道を戻り、みんなの待つ場所へと戻った。道中では僕等は先ほどとは異なり、少しだけ言葉が少なくなる。そして僕等は……腕を組んだままの状態でみんなの元へと戻っていった。


「あらあら、まあまあ、お母さん嬉しいわー」


「ふむ……行きと帰りでお互いの距離感が違うとは……やりますね陽信」


 ……しまった、冷やかされると思ったから適当なタイミングで離れようと思ったのに……すっかりその機会を失していた。


 母さん達は、揃って笑顔を浮かべて親指を立ててきている。


「二人ともおかえり~。先に食べてたよー。お肉美味しいよー」


 沙八ちゃんは父さん達が焼いているお肉を食べつつ、おにぎりにパクついている。なんか、うちの母さんと仲良くなったのか、沙八ちゃんは母さんにお肉を食べさせてもらったりもしていた。


 ……流石は七海さんの妹というべきか。コミュ力がきっとハンパじゃないんだろうな。


 厳一郎さんと父さん達は肉を焼きながら食べて……あれ? 珍しいな……父さんがお酒を飲んでる? 普段は弱いからそんなに飲まないし、今日は車で来たから飲まないと思ってたのに。


 二人は僕等をチラッと見ると、持っているお酒の缶をぶつけ合いながら「若夫婦にかんぱーい!!」とか叫びだした。ここまで酔ってる父さんを見るのは……初めてかもしれない。


「あぁ、帰りは母さん達が運転するから……お父さん達にはお酒を飲んで良いわよって言ったの。うふふふふ……」


「さぁさぁ、二人ともお腹すいてるでしょ? おにぎりは作ってきたし、お肉もどんどん焼くから。あ、テーブルの上には作ったサラダとかおつまみ系もあるからそっちも食べてね」


 なんだか母さんの目が光っている気がしたが、それには気が付かなかったことにしよう。


 バーベキューコンロではタレに漬け込まれた羊肉や豚肉、牛肉、ソーセージなどがジュウジュウと音を立てながら焼かれていて、良い匂いがしていた。玉ねぎやニンジンなどの野菜類も良い焼き色がついている。


 そして、テーブルの上には、母さん達が作ったトマトとモッツァレラチーズと鶏肉のサラダや、卵焼きとかが入ったお弁当箱、クラッカーの上にチーズをのせたオードブルみたいなもの、フルーツやマシュマロなどのデザート系なんかが置かれていた。


「あ、私これ好きー。陽信もほら、食べてみてよ?」


 七海さんはその中からクラッカーを一つとるとそれを一口で食べ、それから僕にもそれを差し出してきた。


 クラッカーの上にはチーズとリンゴが乗せられていて、シロップがかけられている。僕はそれを口に入れると、チーズの塩気とリンゴの酸味、それとシロップの甘みが口いっぱいに広がった。


「美味しいねコレ。なんかお菓子みたいだけど……お酒のおつまみなのかな?」


「うん。お父さんが好きなおつまみなんだけどさ、お菓子みたいだよねー」


「ほらほら、二人とも。この辺のお肉焼けたわよ。飲み物はクーラーボックスから取ってね……あ、お酒と間違えるとかベタなことしちゃだめよ?」


「あ、ありがとうございます睦子さん。いただきます」


 僕は睦子さんから焼けたお肉が乗せられた皿を受け取ると、それを七海さんと一緒に食べる。


 網で焼かれて余計な油が落ちているからなのか、それとも炭の香りのおかげなのか……普段のフライパンで焼く肉とは一味も二味も違っていた。ソーセージも中にチーズが入っていた、かぶりつくと熱々のチーズで危うく口をやけどしてしまいそうになる。でも……とても美味しい。


 きっと、青空の下で食べるというこの状況も美味しさに一役買っているのだろう。


「美味しいね、陽信。あ、おにぎりはどれ食べる? ツナと……シャケと、椎茸コンブがあるよ」


「あ、じゃあ……椎茸コンブでお願い」


 おにぎりを受け取って食べると、これがまた肉によく合う。散歩をして腹ペコだったからか、僕等は夢中になって食事を楽しんだ。


 青空の下でみんなで料理を食べて、ワイワイと騒いで……。今までのインドア派だった僕からは考えられない楽しさだ。


 そして、お腹っぱいになった僕と七海さんは、揃ってレジャーシートの上に寝転んだ。


 その時……彼女の髪や顔に桜の花びらがくっついているのに気づく。


 僕はその花びらをそっと取ると……みんながワイワイと騒いでる中で、僕等はお互いを見つめ合い静かに微笑み合った。


 ポカポカとした陽だまりの中で……僕等は時間を忘れてお花見を楽しむのだった。

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