第41話「それぞれの報告」
その日のデートにあったことをソシャゲ仲間に報告する……
最初の相談やアドバイスなどを得て、
『いや、もう……キャニオン君……勘弁して……甘い……甘すぎて……僕のようなおっさんにはもう耐えられない……て言うか色々と順番おかしいよ君ら……』
残念ながら頼りにしていたバロンから返ってきたのは、そんな懇願だった。もうすでに教えることは無いといわんばかりに……彼の報告に甘いという感想を漏らしていた。
『それで、それからどうしたんですか?! キャニオンさん!!』
そんな彼とは対照的に……話に食いついているのは、今まで否定的だったピーチである。なんだかんだで彼女は恋バナが好きなのか、陽信の話に非常に食いついていた。
ちょうど陽信が水族館で七海にほっぺたにキスされ、一緒にお土産を買って帰ったところまでを話し……その続きを懇願していた。
ただ、陽信としてはそこで衝撃的な出来事は終わっているので、これ以上は特に言えることは無いのだが……。とりあえず、懇願されたため帰宅するまでの話をチャットに書き込んでいく。
「いや、普通に……彼女の家に一緒に帰って、夕ご飯を食べましたよ。今日はデートの日だから疲れてるだろうって、彼女のお母さんが夕飯を用意してくれてて……」
『それも重要ですけど、その後ですよ!! ……ちゃんとキャニオンさんからも、キスしたんですか?』
思わず吹き出しそうになる一言がピーチから飛び出し、陽信は目を丸くする。
『ちゃんとキスしたのか』
なんて衝撃的すぎる単語を目にしても……そんな行動を彼が取れているわけもなく……。正直にそのことを告白する。
「え……いや……それはその……できてないです」
『えぇ……一番盛り上がるところじゃないですか……水族館デートで……魚の泳ぐ水槽の前で青い光に照らされてお互いにキスをする……ロマンチックじゃないですかぁ……』
『いやぁ……ピーチちゃん……盛り上がってるところ悪いけど……僕は水族館の中でのキスはお勧めしないかなぁ……周囲に人も居るし……たぶん、普通に迷惑になると思うよ?』
「そうですねぇ……今回もお土産コーナーの外で彼女が一瞬でやってきたので……ロマンチックというより……僕としては奇襲攻撃を受けたみたいな感じですし……」
ピーチが恋に恋する少女のような発言をするのだが、あいにくと男性陣としてはその意見にあまり賛同できていなかった。
というか、陽信にしてみれば水槽の前でのキスとかはハードルが高すぎた。前に精神的なハードルを壊したことはあったが、それを木製のハードルとするとそのハードルは鉄製くらいの頑強さである。たやすく壊せないハードルだ。
ただ、バロンにしてみれば陽信の行動も大概ではあるのだが……その辺りは特に突っ込まない。気持ちが盛り上がった若い子の行動と思えば、それも仕方ないとも思っていた。
「そもそも僕からキスって……どうやればいいんですかね? ……ちなみになんですけど、バロンさんは初キスってどうやったんです?」
その辺りを女性であるピーチに聞くのはセクハラめいている気がしたので、陽信はバロンへと質問をぶつける。
『ん~……僕の初キスかぁ……もう覚えてないなぁ正直……。でも、相手の唇に自身の唇を重ねることの気恥しさはわかるよ……結婚している僕も未だに慣れないからさぁ……』
恥ずかしい……ということはさり気にやってはいるということは白状しているのだが、未だにキスになれていないという点については陽信は親近感を覚えた。
『ただ……そうだね……初めてのキスを思い出深いものにするかどうかってのは……キャニオン君だけじゃなくて、彼女さんも重要じゃないかな? こういうのは……お互いの気持ちの問題だからさ』
『バロンさん……ほんとは初キスのこと、覚えてるんじゃないんですか? 教えてくださいよー』
『どーかなー? 年を取ると忘れっぽくなるしねー……。それにねピーチちゃん……僕の持論だけど……そういうのは恋人と二人だけの、大切な思い出にしたくない?』
随分とロマンチストなことを言うのだが、まるで考え込むようにピーチの書き込みはそこで止まる。陽信もそれを見て……確かにそう言うのは二人の思い出にしたいかもしれないと感じていた。
『……確かにそうですね……私も……まだ未経験ですけど……初キスの思い出は大事にしまっておきたい気もします。……ごめんなさい、不躾なことを聞いて』
『気にしないでー。若い子がそう言うのを聞きたがるのは自然なことだから。これは僕の持論だし。逆に惚気て喋りまくりたいなんて人もいると思うよ?』
ピーチの謝罪を受け取って、なおかつフォローも忘れないバロンの言葉に感心しつつ……陽信は今日のデート中の出来事を、頬に手を触れながら思い返す。
(確かに……思い出深いキスって……僕自身だけでは無理だったよね)
唇ではないが、今日のほっぺたのキスだって陽信にしてみれば……思い出深いものになった。それは自分自身の行動と、七海の行動が合致した結果だともいえる。
今日のデートは、七海から誘われ、彼女に抱き着かれ、手作りのお弁当を一緒に食べて……とても幸せな気分になったのだが……それと同時に自分からも何かをしてあげたいと思うようになった。
その結果が、プレゼントを彼女に渡すことだった。お土産コーナーのその場で買ったものだけど……気持ちは沢山込めたつもりである。
「……うん、でもそうですね。やっぱり、気持ちは大事ですよね」
『うん? なんか気持ちを伝える方法を思いついたのかい?』
「えぇ、ちょっと思い付きですけど……やってみたいことができました。少し時間はかかるかもしれませんけど……頑張ってみます」
『……頑張ってくださいね、キャニオンさん』
なんだかんだで今日の「おつり」を差し引いても、陽信は自身の方がもらいすぎだと感じていた。だからこそ……これからのやることを決意する。それに対して素直に応援してくれる二人に感謝を感じながら……
「たぶん、七海さん……僕と同じように……
そんなことを呟いて……もう少ししたら彼女に連絡してみようと考えた。
陽信のその考えは正解だった。彼が自身のソシャゲ仲間達に今日のデートを報告をしている同時刻……
「うっわぁ……お姉ちゃんが思ったよりも乙女だった……口にできずにほっぺって……」
「まぁ、七海らしいといえばらしいわねぇ。ねぇ、お父さん?」
「そうだな……いや、陽信君は実に誠実だな……」
七海の報告を聞いた三者三様の言葉を聞いて、彼女は頬を染める。最初のうちは、今日のことは詳らかに説明するつもりはなかったのだが……気づけば気持ちが盛り上がって、頬にキスしたところまで喋ってしまっていた。
(私の馬鹿ー!! なんでそこまで喋っちゃうの!!)
後悔してもすでに遅く、三人は微笑ましいものを見る目で七海のことを見ていた。その視線は暖かいものではあるのだが、今の七海には少しだけその視線が辛かった。
「それにしても……お揃いのストラップにぬいぐるみ……可愛らしいチョイスね」
「そうでしょ? すっごい可愛いの!! 早速スマホに付けたんだ♪ あ……」
スマホに付けたピンクのイルカのストラップを見せて、七海は思わずはしゃぐ。そんな娘の姿を見た睦子は、彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。
「七海、陽信君とのデート……楽しかった?」
「お母さん……いきなり頭を撫でるのやめてよ……でも……ありがとうねチケットくれて……。すっごい楽しかったよ」
その一言に、厳一郎は目に涙を浮かべ、沙八はどこか安心したような笑みを浮かべた。自身の姉が良い方向に変わっていることを目の当たりにして……三人ともホッとしたのだろう。
そのタイミングで……七海のスマホに着信が入る。相手は陽信だった。
そしてそこで、報告会はお開きとなる。睦子は無言で七海に部屋に戻る様に促し、沙八もそのまま自身の部屋へと入っていく。厳一郎は……冷蔵庫から酒を取り出し、祝杯だと言わんばかりに晩酌の準備を始めた。
逸る気持ちを抑えて部屋に戻った七海は、スマホの通話を開始する。
「もしもし、陽信?」
『七海さん、こんばんわ。今大丈夫かな?』
「ううん、大丈夫だよ。どうしたの? 私の声が聞きたくなった?」
『それもあるけど、七海さん……大丈夫かなぁって思って。たぶん、僕が居なくなってから報告会、開かれたでしょ? 前も似たようなことあったからさ……』
自身を気遣ってくれたその言葉が嬉しく、七海の顔がパアッと明るくなる。それから、少しだけ口を尖らせて先ほどまでの出来事を陽信へと少しだけ愚痴る様に伝える。
『え……? キスの事まで言っちゃったの……? いや……ほっぺだけど……うわぁ……僕、明日からお邪魔する時どんな顔すればいいんだろ』
「あはは、大丈夫だよー。それにしても陽信からかけてきてくるって……またゲームの人にアドバイス貰ったの?」
『違うよ、これは僕の判断……。まぁ、色々と報告したけど……今日は楽しかったねって、なんだか無性に七海さんと話をしたくなってさ』
「……うん、私も楽しかった。でもあれだね、陽信からもキスをし返して来てくれたら……今日は120点のデートだったねー?」
揶揄うような七海の言葉に、電話口の陽信が吹き出すのがわかった。それを聞いた七海は少しだけ意地の悪い笑い声をあげている。
『……じゃあさ、今日のデートは何点だった?』
「七海先生から100点満点を差し上げます! でも、キスし返してくれたら120点だったなって話だけだよ。安心してねー」
楽しそうに言う七海のその言葉に、陽信が黙り込んでしまった。
七海は流石にちょっと揶揄いすぎたかなと首を傾げ、謝ろうかと考えた瞬間に……先に陽信が口を開いてきた。
『僕からキスするのはさ……もうしばらく……待ってね?』
「ふぇっ?!」
まるで不意打ちのようなその一言に、どこか間抜けな叫びを七海は上げてしまう。声の様子から、陽信がそれを照れながら言っているのが伝わってくるのだが……それ以上に七海はその不意打ちの一言に何も言えなくなってしまう。
頬は熱くなり、お互いに沈黙の時間が流れる。その沈黙を破ったのも、陽信の方だった。
『おやすみ、七海さん……明日また学校でね』
「あ……うん……おやすみなさい……陽信……」
『……大好きだよ、七海さん。今日は……ありがとう』
それだけを言うと、陽信は七海の返答を待たずして電話を切った。たとえここで陽信が七海の返事を待ったとしても、呆けた彼女には言葉を発することはできなかっただろう。
それからしばらくして……その場に力なくへたり込んだ彼女は、先ほどまでは通話状態となっていたスマホの画面を見つめると、絞り出すように弱々しく呟いた。
「うー……陽信ズル過ぎるよ……私にまたこんな不意打ちしてきて……もう……覚えてなさいよ……」
言葉とは裏腹に、その顔にはだらしのない笑みが浮かんでいるのだった。
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