第32話「大好きと言われた日」

 今日は……ビックリすることが多い日だった。


 陽信ようしんのご両親にお会いして、お母様である志信しのぶさんと連絡先を交換して……。そして、明日から陽信はうちで晩御飯を一緒に食べる。


 それだけでもとても嬉しく、幸せなことだというのに……最後の最後にとんでもないサプライズが待っていた。


 陽信からメッセージでとはいえ……いきなり『大好き』と送られてきたのだ。


 ビックリし過ぎてベッドから落ちて、それから電話して……私は子供のように、電話でも言って欲しいとおねだりまでしてしまった。


 その結果……。


『七海さん……だ……えーと……ふー……大……大好きだよ』


 慣れないながらも必死に言ってくれたその言葉は……私に今日一番の強い衝撃を与えた。二番目はもちろん、ほっぺたに唇が触れたこと……。


 あぁもう! 思い出すと恥ずかしくなるから考えないようにしてたのに思い出しちゃった!


 ……多分あれが偶然じゃなかったら、一番だったのかな……いや、同列一位かな?


 うん……話を戻そうかな……。


 大好きだって言われて、私も大好きだって返すのが精いっぱいで、それ以上はお喋りすることができなかった。


 何にも考えられなくなってしまったのだ。私の今の顔は……きっと真っ赤になっている。


 それを見られなかったのはよかったとして……彼はどんな顔をしていたのだろうか?


 私はスマホの画面を眺める。


 先ほど設定したばかりの、陽信との二人の写真がそこにはあった。


 今日、撮ったばかりの写真……この後、私のほっぺたに……彼の唇が……。


 だからダメだってば、改めて思い出すとまた恥ずかしくなってきた。眠れなくなりそうだから考えるの止めよう。


 今日はこのまま、幸せな気分のままで寝よう……。


「あれ? そういえば……陽信から好きって言ってもらえたの……よく考えたら今日がはじめて?」


 そこで私はようやくその事に気がついた。


 そうだ……それに、私から好きって言ったのも……初日の告白の時以来だよね。


 なんか、もっと言ってるかと思っていたんだけど……明確にお互いに言い合ったのは今日が最初だ。


 うん、なんか今日を記念日にしたくなってきた。


 ゲーム仲間さん達……ありがとう、陽信の相談に乗ってくれて……。そのおかげで今日……私はとても嬉しくて幸せな気分になれました……。


 私は心の中で顔も名前も知らない、陽信のゲーム仲間さん達にお礼を言う。


 今度、一緒にゲームをやらせてもらうときには直接お礼を言わせてもらおう。


 あ、でも……そういうのって嫌がられるかな? その辺は陽信に聞いてみるかな……。


「あらあら、そうだったのねぇ? 意外だわぁ」


「うわぁ……お姉ちゃん……顔真っ赤じゃん……」


 感慨にふけっていたら、いきなり私の部屋の中に二人の声が聞こえてきた。私はゆっくり……ゆっくりとその声がする方向に首を動かす。


 そこには……お母さんと沙八さやが、開けられたドアの隙間から顔を出している光景があった……。


 え……? 何やってるの二人とも?!


「ちょっと!! ノックくらいして……違う、何で覗いてるの?!」


 私の抗議の声に、二人は涼しい顔でため息をつきつつ顔を見合わせる。なんで私が悪いみたいなリアクション取ってるの、二人とも?


「あらあら、だって部屋から変な音が聞こえて心配して見に来たら……なんか陽信君とラブラブな会話している真っ最中なんですもん。声なんてかけづらいわよねぇ?」


「それにノックはしたよ? まぁ、お義兄ちゃん相手にあーんな顔して喋ってたら、気づかないのも無理ないかなぁ。ほんと、ラブラブで羨ましいよ」


 ……沙八、いい加減そのお義兄ちゃんって言うの止めない?


 いや、あのね。別に良いんだけどね……聞くたびに頬が緩んじゃうんだよね……私が……。


 だから……いまいち怒れない……覗かれたというのに、微妙に怒れない私が居るんです。


 その後も、二人は今回の件を根掘り葉掘り聞きだそうとしてくる。私も私で……嬉しさからかちょっと口が滑ってしまった。


 メッセージで陽信から先に大好きと言ってくれたことを、ポロッと二人に言ってしまったのだ。


「何それ?! 見せて!!」


 と、沙八にお願いされるが流石に拒否した。と言うか、一言だけなのだから見せる意味もないし……見せたら見せたでスマホの壁紙で何を言われるか……。


 そんな中、お母さんはニコニコと笑いながら嬉しそうにしていた。


「ねぇ、七海。今回は陽信君から大好きって言ってくれたのよね? それって凄いことなのよ? 男の人から大好きって……なかなか言ってくれないのよ?」


「あ、うん……やっぱり、そうなの?」


「そうよー……お父さんなんてお付き合いしてから、私が大好きって言って言って言い続けて……やっと言ってくれるようになったんだから」


 なんだか思わぬところでお母さんの隠れた肉食性を垣間見てしまった気がするが……そこは置いておこう。


 その話を聞いて……きっかけがあったとはいえ、陽信は私から言わなくてもちゃんと言ってくれたんだなと実感する。


「それでね、七海……貴女はその気持ちにちゃーんと応えてあげないといけないと思うのよね?」


「気持ちに応える? そりゃそうだけど……さっき、私からも大好きってちゃんと言った……よ……」


 しまった、墓穴を掘った。思い出して私の頬は熱を持ってしまう。なんでわざわざ私は二人にさっきのことを改めて言っちゃっているのかな……。


 二人とも聞いてたんだから、ニヤニヤした笑みを浮かべてないでなんか反応してよ!!


「うんうん……それはとっても大事ね。お母さん、仲が良くて安心するわー。でも、孫の顔はまだ当分先でいいからね? ちゃんと節度を守って高校生らしくね? だから……これを七海にあげる」


「私も、中学生で叔母さんは嫌だなぁ……まぁ、お姉ちゃんとお義兄ちゃんならその辺は心配ないんじゃない? どっちも基本的に奥手みたいだし」


「まままままままま孫って何よ?! だから私達、キスもまだなの……って何コレ?」


 そう言ってお母さんは……どこからか取り出した二枚のチケットを私に手渡してきた。


 受け取ったチケットは水族館のものだ。確か、子供のころに家族でよく行っていた思い出の場所でもある。


「わぁ、懐かしいねこの水族館。確かすっごい館内が綺麗で、イルカショーとか、触れ合い場とかもあったっけ……どうしたのこれ?」


「ちょっとした貰い物よー。七海……貴女はそのチケットを使って陽信くんをデートに誘いなさいね?」


「へ?」


 いきなりの申し出に、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。沙八はお母さんの発言を聞いてキャーキャー喚いている。


 ちょっとうるさいけど……うん、私もちょっと声を上げたくなる。


「水族館デートってすっごく良いのよー。周囲は薄暗いけどガラスから見える水中が光ってるから……雰囲気が幻想的って言うか神秘的になっていて……。動物園デートも良いんだけど、私は付き合いたてなら水族館をまずはお勧めしたいわねー」


「……それってもしかして、お父さんとの体験談?」


 ちょっと……いや、だいぶ両親のそういう話を聞くのは抵抗があるのだが……お母さんは両頬に手を当てて照れたように頷いた。


 そっか、あの場所って私にしてみれば家族との思い出の場所だけど……お母さんにはお父さんとの恋人同士の時の思い出の場所でもあったのか……。


 私が誘えば、それが私と陽信の思い出の場所にもなるというのは……なんだか感慨深いというか、ちょっと感動的ですらある。


「懐かしいわー……薄暗い中でお父さんと手を繋いで一緒にお魚を見て……もじもじするお父さんがじれったくて可愛くて……」


 なんだかその光景は容易に想像できる。お父さんはあぁ見えて割と恥ずかしがり屋だ。


 きっとお母さんがグイグイ引っ張って行ったんだろうな……とか思っていたら……


「可愛すぎて私から迫って、物陰で半ば強引にファーストキスを奪っちゃったのよねぇ……。真っ赤になったお父さん可愛くて可愛くて……良い思い出だわぁ」


 もの凄い発言が飛び出した。私も沙八もお母さんのその発言に顔を見合わせ、頬を染めて黙ってしまう。


 お母さん、超肉食じゃん!


「えっと……それって……ほっぺに?」


「あらあら、そんなわけないわよー。もちろん、唇よ?」


 自分の唇を人差し指でチョンとつついて、いつもの微笑みを浮かべるお母さん……。


 あの時に見せた表情とは違うが……それはまた可愛くも色っぽい仕草だった。


 今度、陽信に真似して見せてみよう。


 そして、私は改めてチケットに視線を落とす。


 この場所はお父さんとお母さんのファーストキスの場所で、陽信と私がそこでデートするって思うと……。


 私の中に嫌な予感が芽生えた。


「まーさーかー……お母さーん?」


 私は首だけを、まるで錆びた玩具のようにゆっくりと動かすとお母さんの顔に視線を送る。


 私がお母さんの真意を察した事に気づいたのか……その顔に満面の笑みを浮かべていた。


「七海、あなたはその水族館で……陽信くんにチュッてキスしちゃいなさい!」


「やっぱりいいぃぃぃぃぃ!?」


 お母さんの真意に気づいた沙八はまたもやキャーキャー言ってる。


 写真撮ってきてとか言われるが、撮れないわよそんなもの!!


 ……いや、私も思い出としてなら欲しいけどさ……普通できないでしょ?


 水族館の職員さんに頼むの? 『私たち今からキスするんで写真撮ってもらえますか?』って? 水族館の人を困らせるだけだよ!!


「それからもう一つ……七海、あなた……次のデートでは陽信君と腕を組んで歩きなさいね?」


「腕を……?」


「手を繋ぐのもいいけどね……腕を組むって相手とすごく密着するでしょう? そうすることで親密度が凄く上がると思うの。お母さんは少なくとも……お父さんに抱き着くの大好きなの……安心できて」


 またさりげなくお母さんの惚気が始まるが……腕を組む……かぁ……当然、私から組むことになるんだよねと、私は自分の身体を見下ろす。私の視界には……私自身の胸があった。


 ……腕を組むってことはその……これが……陽信に……その……。


「大丈夫よ……陽信君なら喜んでくれるから……七海のその武器を有効活用する良い機会と思いなさい!」


 お母さんと沙八が揃って親指を立ててくる。私の気持ちも知らないで勝手なことを……そう思ったとき……スマホのメッセージ音が鳴り響いた。


 誰かと思って画面を見たら……それはさっき『おやすみ』を言った陽信だった。


 あれ? どうしたんだろ?


『七海さん……さっきはちょっと変な感じになっちゃったけどさ……僕は七海さんのこと大好きだから。言わされたわけじゃ無いからね。明日からもまたよろしくね』


 その言葉を見た瞬間に……私の中の何かに火がついた。


 たぶん、私がおねだりして言ったことを少し気にして……でも照れ臭くて、精一杯に気持ちを伝えてくれているのが分かるメッセージ……。


 これを見て気持ちを動かされないなんて、ありえるかな? 私はありえないと思う。


 私は電話をしたい衝動を必死に抑えて即座にメッセージを返すと、お母さんに向き直る。


「お母さん……私……水族館デート頑張るね」


「あらあら、随分やる気になったわね。陽信君からのメッセージのおかげかしら?」


「うん……」


「じゃあ七海……さっき私は色々と言ったけど……目標とか何をしようとかは、とりあえず忘れちゃって良いわ」


 先程は色々と言ってきたのに、お母さんは急に前言を撤回するようなことを言ってきた。


 だけど、私は黙ってお母さんの言うことを聞く。


「私の言葉は片隅に置いておいて……まずは二人が全力でデートを楽しむこと。そうすれば自然と上手くいくはずよ。目標に縛られて、楽しくなくなる方が問題だもの」


「うん、ありがとう……お母さん」


「でも、気持ちが盛り上がったからって朝帰りはダメだからね? ちゃんと二人で家に帰ってくるのよ? 高校生のデートは、家に帰るまでがデートです」


「台無しだよお母さん!!」


 私は叫んだけど……その後はみんなで笑い合った。


 うん、気合入った! さぁ、今度は私から陽信をデートに誘うぞ!


 余談だけど……この時、お父さんは一人でしみじみと晩酌をしていたらしい。


 私と陽信が会話しているところを見て、感動と男親としての複雑な感情が入り混じって飲まずにいられなかったんだとか……。


 だから私達が、お母さんとの水族館デートのこと聞いたよと言ったら、お父さんは赤い顔を益々赤くさせて照れちゃった。


 それをお母さんが寄り添って慰めて……うん、何となくだけど……お母さんの気持ちが分かった気がする。


 私と陽信も、こんな関係になれたら良いな。

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