第31話「意外な人の援護」
『えーっとさぁ……キャニオンくんさぁ……いまさら僕に何を聞きたいことがあるって言うのさ……もう僕に教えられることは何もないよ? 既に免許皆伝だよ君?』
『逆に私達が聞きたいですよね……どうすればこんな短期間で、家族ぐるみのお付き合いまでできるようになるのか……』
「いや……むしろ聞きたいことが増えすぎてますよ……。相手のご両親とどういう話をすればいいのかとか……バロンさん、既婚者っぽいですし……高校生にはノーヒントでは荷が重いですよ」
家に帰宅した僕は、夕飯後にこってりと両親に絞られた。そりゃもうがっつり怒られた。過去最高に怒られた。
実は二人とも……僕に何かしらの変化が起きたことは感づいていたそうなのだが、それは新しい友達ができたとかそういう程度で、彼女ができたとは完全に想定外だったそうだ。
そして怒られたのは主に彼女ができた件ではなく……日々の昼食代の件や、お世話になった相手の家族のことを伝えなかったことを怒られたのだ。
うん、そりゃ怒られるよね……。僕はその辺は仕方ないと割り切って、両親からのお説教を受けていた。
そして、お説教から解放された僕は今、こうやってバロンさん達に報告をしているというわけだ。
『あー……なるほどねぇ……相手のお義父さんに気に入られる方法かぁ……いや、君はもう相当気に入られてるよね? だったらあとはもう、地道にゆっくりといくしかないと思うよ? お酒が飲める年ならまた別だけど……君、高校生だし』
「やっぱりそうなりますかぁ……。ちなみにバロンさんは、結婚されてるんですよね? お義父さんに認められるまでに何をしたんです?」
『僕はとにかく、相手のお義父さんがお酒好きだったからさ、一緒にひたすら飲んでたよ。飲めないけど、妻と結婚したかったから頑張って飲めるようになったよ。ちょっと前時代的かもしれないけどね』
お酒かぁ……さすがに参考にはならないなぁ……。でも『相手と結婚したいから頑張る』っていう部分は見習うべき姿勢かもしれないな。
……あ、いや。まだ結婚とかそういう話は早いんだけど。でも、頑張るって言うのは大事だよね、うん。
明日から、改めて頑張ろう。
『ちなみにですけど、キャニオンさん。ちゃんと毎日、彼女さんに好きって言ってあげてますか?』
唐突に、ピーチさんからそんなメッセージが送られてきた。
僕と七海さんのデートが終わった日から……ピーチさんは彼女に対してネガティブな発言をしなくなった。
むしろ、僕と彼女の仲を応援してくれているような所すらある。
「好き……ですか? いや……照れくさくて好きって……そういえば、明確に言ったこと無かったなぁ……」
デートが終わった日に、なんとなく自分の部屋で大好きだよと独り言を呟いたけど……直接彼女に対して好きだよとは……僕からは言った覚えがない……。
可愛いとか、似合ってるとか……そういうことを言うのには抵抗がなくなってきたけれども、好きとかそういうのを明確に言うのはどうも……。
今日も、雰囲気は良くなったけど言ってないね……。
『ダメですよそれじゃ! いいですか? よく男の人は黙ってても分かるだろうって言いますけど、女の子は言ってくれなきゃわかんないんです。ちゃんと好きって言ってあげないと!』
『おぉ……ピーチちゃん……なんだか随分と協力的だねぇ……おじさんビックリだけど、なんだかうれしいよ』
……いや、本当にピーチさんどうしたの。そんなにグイグイ来てるけど。何があったのっていうくらいに、僕に……むしろ七海さんの方にか? 協力的になってきている。
その変貌ぶりにバロンさんも驚いている。僕もビックリです。
まぁ、ピーチさんが前向きな意見を言ってくれるようになったのは良いことだ。
「うん、女性からの意見ってのは重要だけど……それってピーチさんの体験談なの?」
『いえ、少女漫画ではそうですから。それに、私も好きな人には、毎日好きって言ってほしいですし』
バロンさんがネットからの受け売りだと思ったら、ピーチさんは少女漫画からの受け売りだった。
いや、自分も言って欲しいと言っているから、体験談も含むのかな?
……これは心強い味方と言っていいのだろうか?
『たまに少女漫画ではあるんですよ。主人公の女の子が好きな男の子にそっけない態度を取られちゃって、悩んでるスキにライバルのイケメン男性キャラに取られちゃいそうになる展開とか……。お互いが素直になれないからすれ違うとか……そういうの』
『あー、確かにそういう話は聞いたことがあるなぁ。なんだっけ、男性が女性を大事にするやり方と、女性が男性を大事にするやり方は違うって話だっけ?』
そんな話が……あるの?
僕は特に突っ込み入れずに、二人のメッセージを注視する。ピーチさんはその後も続けてチャットに書き込んできた。
『キャニオンさん、言葉にできないならまずはメッセージから……彼女さんに一言……大好きだよって言ってあげてくださいね? 女の子はそうじゃないと不安になるんですから。二人はちゃんと幸せになってくれないと……私、怒っちゃいますよ?』
『……ごめん、キャニオンくん。僕ちょっと席外すね。妻にちょっと急に言いたいことができたんで、すぐ戻るから。うん、気にしないでね』
そのまま、バロンさんの書き込みは途絶えた。
……もしかして、ピーチさんの言葉で少しだけ不安になったのだろうか?
きっと、奥さんに大好きだと言いに行ったんだろう。向こうは向こうで大変なのかもしれない。
大好き……大好きか……。
何度も確認するが、僕と七海さんの関係は罰ゲームから始まっている。でも、僕はもうそんなことは関係ないくらい、彼女の事が好きになっている。それは事実だ。
じゃあ彼女は? 今日、膝枕までして……実はバロンさん達には言っていないが、僕の唇がほっぺたに触れてしまい……そのことに不快な表情一つしていなかった七海さん……。
彼女は今も、これが罰ゲームの関係だと思っているのだろうか?
うん……流石にもう……違うと思う。今日の僕の両親へのあの反応を見て……僕は自覚してもいいだろう。いつまでも鈍感ではいられない。それを言い訳にする時期はもう、過ぎている。
僕は彼女を好きで、彼女は僕を好きだと思ってくれていると……胸を張って言っていいと思う。
もしかしたら、それは自惚れかもしれない。
だけど、そう考えて行動しないと……何か嫌な間違いをこの先に犯してしまいそうだ。だから僕は……彼女も僕を好きだと思ってくれていると考えて、これから行動しよう。
とは言っても、好きになってもらうよう努力するって意味ではやる事は変わらないけどね。
それを自覚して何もしなくなるのは……七海さんに失礼だ。
しかし、こうやってバロンさんやピーチさんと話をすると冷静に、客観的に見ることができるからありがたいな。
「ピーチさん、ありがとう。僕は……電話はハードルが高いんで、まずはメッセージで好きだって伝えてみるよ」
『そこで電話を選ばないのはキャニオンさんらしいですけど……頑張ってくださいね』
「でもなんで、ピーチさん……急に僕等を応援してくれる気になったの? あんなにネガティブだったのに……」
僕の言葉に、少しだけピーチさんの返信が止まるが……それはほんの少しだった。
『……その辺は女の子の秘密ですけど。そうですね、あえて言うなら……お二人の話を聞いて、私も前に進まなきゃいけないと思ったからですかね』
随分と大人な回答が来た。凄いなぁ、ピーチさんは。
もしかしたら、ギャル系にいじめられたとかそういう過去があったのかもしれない。僕等の話を聞いて、そんなギャルばかりではないと思ってくれたのなら、それはとても良いことだ。
僕は簡単な礼をピーチさんに言ってからチャットを終了すると、七海さんにメッセージを送るためにアプリを起動する。
七海さんからは……特にメッセージは来ていないな。今日はもう寝ているかな?
とりあえず……アプリを起動してメッセージを書こうか。……なんて文面にしようか。
『今日は楽しかったよ、明日からもよろしくね……大好きだよ』
書いてみたはいいけど……なんか大好き部分がとってつけたような感じになってないかなこれ? どうすればいい文章になるんだろうか……。僕は文が特別上手いってわけじゃないから迷うな……。
そんな風に文章を書いては消し、消しては書きを繰り返していたところで……僕は致命的な操作ミスをしてしまう。
「あッ……?!」
気づいた時にはもう遅く……よりによって僕は、前置きも何もない、ただ文章に「大好きだよ」とだけ書いた状態でメッセージを送ってしまった。
それを起点に色々文章を変えてたから……よりによってそれだけを送ってしまった……。何の脈絡もなくただ大好きと送るとは……一番の悪手ではないだろうかこれは?
慌ててメッセージを削除しようとしたところで……送ったメッセージには既読マークがつき……そして七海さんからすぐさま電話がかかってきた。
あー……七海さん、変に思って電話をかけてきちゃったかな? 僕がその電話に出ると……電話口から聞こえてきたのは相当に慌てた彼女の声だった。
『なななななななななななななな何をいきなりおく、送って、送ってきてるの陽信ッ?! 何かあったの?!』
電話を取った瞬間、ドタバタと言う音とともに七海さんの声が壊れた音楽プレーヤーのように繰り返した状態で僕の耳に届く。……変に思うどころか、相当に慌てさせてしまったみたいだった。
「七海さん、さっきはどうもありがとうね」
『いや、こっちこそ……じゃなくて!! なんなのいきなり!! 大好きってだけのメッセージ送ってきて!! 私、慌てすぎてベッドから落っこちちゃったんだからね!!』
それがさっきのドタバタ音の正体か……うん、びっくりさせてごめんなさい。
「事情を説明すると……まぁ、長くはならないんだけどさ……。僕ってほら、七海さんに直接好きって言ったことなかったでしょ? だからせめてメッセージで送っておこうと思ってさ……嫌だったかな?」
『嫌なわけないじゃん……。でも……なんで突然そんなこと思ったの?』
鋭いな七海さん……うーん……どうしようか……。
……そうだな、ここで変な嘘はよくないよね。厳一郎さんも嘘はよくないって言ってたし。
これは、チームの皆……主にバロンさんとピーチさんだけど、相談に乗ってもらっていたってことを伝える良い機会かもしれないな。
「実はさ……僕って女子と付き合うことが無かったから、今日話したソシャゲのチームの人達に、色々と相談に乗ってもらってたんだよね。そしたら今日、ちゃんと好きって言ってるかいってアドバイスをもらって……そういえば僕から言ってなかったなって気づかされたんだよ」
『ふ~ん……そうなんだ……だからあんなに、色々と手慣れたような感じだったのかな?』
「黙っててごめん、なんか言い出しづらくてさ。……怒った?」
『んー……逆かな。私だって
……良かった、打ち明けて。
それから僕等の間にほんの少しの沈黙が流れて……七海さんは呟いた。
『……ねぇ、今……言ってくれないかな?』
「へ?」
『いーまー……電話でー……おねがーい……ね?』
……そのハードルが高いからメッセージにしたんだけど……これたぶん、言わないとダメな奴だよね。言わなかったら……色々と台無しになるよね。
「……ちょっとだけ、待ってもらえる?」
『うん……待つよ?』
僕はいったん部屋から出て、冷蔵庫からペットボトルに入った水を取ってくる。それを言うと思ったら緊張でのどがカラカラになったからだ。そして、少し喉を潤してから深呼吸をする。
「七海さん……だ……えーと……ふー……大……大好きだよ」
『うん、私も大好き……』
……なんだこの背中が痒くなる感じ?!
世の中のイケメン達はこんなことをサラッと言えてるの?!
本当に凄いなぁ世の中のイケメン達は……これはさすがに慣れそうにないぞ僕……。
『じゃね、陽信。おやすみ!!』
「あ、うん……おやすみなさい」
七海さんは、少し慌てたようにそれだけを言うと電話を切ってしまった。
僕は潤したばかりだというのに、また乾いている喉に対して水を流し込む。
心臓の鼓動は早くなり、目が爛々としてしまっている。とても気持ちが高ぶって、落ち着かない……。
……まさか七海さんからも大好きと言われるとは思わなかったなぁ……。僕……今日眠れるかなぁ……。
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