第30話「七海さんのお部屋訪問」
「あらあら、さすがにそれはダメよ~? 応援するとは言ったけど……流石に高校生の男女が毎晩一緒は許可できないわねー」
「そんなぁ……お母さん、応援してくれるって言ってたじゃない……」
場所はショッピングモールから変わり、僕等は
七海さんからの申し出については、流石にうちの両親も難色を示した。
年頃の男女が……一回だけであるならともかく、毎晩通うようなことはさすがにダメだろうということとなった。
ちなみに、その一回についても僕は後でお説教を受けることになるのだが……それはまた別の話だ。
だけど七海さんは食い下がり……自身の両親が許可を出せばいいでしょうかと言う話にまでもっていった。
そして……
七海さんは不満気に口を尖らせているが、さすがにそれは当然だろうと言わざるを得ない。
いや、僕としては七海さんの申し出は、とてもありがたい話ではあるんだけどね。
でも……流石に毎晩二人きりは僕が持たないと思うんだ……主に理性の面で……。
あの時でさえ、僕は思わず抱きしめそうになっちゃったくらいだし。
せっかく良い影響を貰っていると先生にもいってもらえたのだ、僕の都合でここで彼女の評価を落とすわけにはいかないだろう。
ちなみに親同士の会話はひとしきり終わってからの、睦子さんの不許可である。
厳一郎さんには父さんも母さんも驚いていたが、今では三人で談笑してたりするから、僕の両親の順応力は意外に高いようだ。
「お母さんが応援するのは高校生らしい範囲でよ……でもそうねぇ……とりあえず状況を整理してみようかしら?」
睦子さんは首を傾げながら、まずは僕の両親へと視線を向けた。
「まず……
「そうですね……私も妻も……場所が異なるんですが、一月ほど出張となり……家に帰るのは休みの日くらいになります」
「ここまでお互いに長いのは久しぶりで……昔は二人同時は無かったんですが、それでも出張のたびに陽信には寂しい思いをさせてきました……」
……まぁ、僕は家の中で引きこもってゲーム三昧だったけど……確かにふとした時にはちょっと寂しさを感じていたな。
高校生になった今はもう、そんなことないけどさ。
だからそんな風に、申し訳なさそうにはしないでほしい。僕のために仕事をしてくれているんだから、僕は両親に感謝しかしていない。
それから睦子さんは、七海さんの方へと視線を移動させる。
「そして……七海は、陽信君のためにお夕飯を作ってあげたいのね?」
「うん……陽信は料理ができないし……違うね、ごまかさない。単に私が陽信のために料理を作ってあげたいだけ。彼に私の料理をもっともっと食べてもらいたいってだけなの。これが正直な私の気持ち」
……七海さん、そんなことを考えてくれてたのか。とてもありがたいけど……でもさすがに毎晩は申し訳ないよなぁ……。あと色々と問題が多すぎる。主に僕の理性面で。
最後に、睦子さんは僕に視線を向ける。
「陽信君は……せっかくだからこの機会に料理を覚えたい……と言うことで良いのかしら?」
「そうですね……この機会に料理を覚えて……そして……七海さんに僕の手料理を食べてもらいたいかなぁって……。あ……えっと」
しまった、自分の両親がいるのにそれを忘れてつい本音を……父さんも母さんもニヤニヤとした笑みを浮かべて僕を……見てない……。
なんか、涙目で感慨深げに僕を見ている。
「彼女ができると、こうも変わるのね……」
「まさか陽信がここまで成長するとは……」
……まさか料理を覚えたいというだけで、ここまで感激をされると思ってなかったから、逆にひどく恥ずかしい。
いっそニヤニヤ笑ってくれた方が気が楽だ。
七海さんまで僕を感激した目で見てくる。うん、二人きりならすごく嬉しかったよ。でも今は……ちょっと恥ずかしいです。自業自得だけど。
「うん、じゃあこうしましょうか。折衷案って言うのかしら? これから陽信君は我が家でお夕飯を食べてもらう……その時に、七海と一緒にお料理を作ってもらうことにしましょうか。これなら二人の希望が叶うんじゃないかしら?」
睦子さんの案は僕と七海さんの案を取り入れたものだった。その案に、七海さんは目を輝かせて頷いているのだが、僕の両親は渋い顔をしている。
「いや……そこまでお世話になるわけには……」
「いいんですよー、それにほら……今後の……将来の新婚生活の練習ってことにもなりますし?」
「はい? 新婚生活?」
「あれ? もしかして……陽信君からお聞きしてないですか?」
父さんも母さんも、睦子さんの言葉にきょとんとした表情を浮かべている。
睦子さんは僕が七海さんに言ったプロポーズっぽいセリフについて嬉々として二人に教えていた。
身振り手振りも交えて……と言うか自分と
厳一郎さん、僕そんなにイケボは出してないです。演技上手いし、あなた絶対に普通のサラリーマンじゃないでしょ?
せめて……せめて本人の居ないところでやってください! 七海さんも顔を赤くしてるし……。
すっごい逃げたくなってきたけど……どこにも逃げ場がない……。
説明を聞き終えた僕の両親……特に父さんはニヤニヤとした笑みを浮かべている。母さんはいつも通りのクールな顔だが、目だけがいやらしく笑っている。
「そういうことであれば……よろしくお願いします。食費は当然、出させていただきますので……」
僕の両親は納得したのか、七海さんのご両親に頭を下げた。それに合わせて、七海さんのご両親も僕の両親へと頭を下げる。
「どうせ将来、家族になるのだからお気になさらず……とは言っても私が逆の立場でもお支払いしますし……。そうですね、出張から帰宅された際には、我が家で若夫婦の料理をみんなで堪能しましょうか」
若夫婦って何ですか厳一郎さん!!
いや、でもここで否定すると「結婚する気はないのか?」的な話できっとまた盛り上がるだろうから藪蛇になる。黙って耐えるしかない。
そして、そこから先は親同士の会話が始まる。
食費云々の話から始まり、お互いにどういう仕事をしているのかとか、主婦同士の会話や、男親同士の会話……僕等には口を挟めない領域の話だ。
必然的に、僕と七海さんは手持ち無沙汰になってしまう。
どうしたものかと困っていると……七海さんが衝撃的なことを言い出した。
「陽信、私の部屋に行こっか?」
「へ?」
「お父さん、お母さん、私達……部屋に行ってるから。お話し終わったら教えてー」
驚きのあまり二の句が告げなくなっている僕に構わず、七海さんは僕の手を引いて移動する。睦子さんも厳一郎さんも「わかった」とだけ言って僕等を見送った。
いや、良いんですか二人とも?! 大事な娘さんの部屋に彼氏とは言え男が入るんですよ?!
これは僕なら何もしないだろうという信頼の表れなのだろうか……いや、まぁ……なんもできないですけどねきっと。
七海さんの部屋の前には「ななみ」とひらがなで書かれた表札のようなものがかけられている。ハートマークで作られて木製の……見た感じ手作りのものだ。
「それ、私が小学生の時に作ったやつなんだよね……外したいんだけどさ、お母さんが可愛いから付けときましょうって……」
少し恥ずかしそうにしながら、七海さんは僕を部屋に招いてくれた。
今から僕は、生まれて初めて女子の部屋に入る。
ドキドキしながら……僕はその一歩を踏み出す。自分の頭の中では、これは歴史的な一歩であると勝手にナレーションまで流れている。
脳内BGMは無駄に壮大な奴だ。
そして初めて入った女子の部屋は……なんとも綺麗で可愛らしい部屋だった。
もしかしてギャル系ならもっとゴテゴテしてるのかなとか偏見を持ってたんだけど、白を基調にした落ち着いた雰囲気の部屋だ。
整頓もきちんとされていて、なんだかろうか……とても良い匂いがする。女の子の部屋ってみんなこんなにいい匂いがするんだろうか? 初めてだから全然わからない……。
「陽信、ここ座って」
少しだけ挙動不審気味になっている僕に、七海さんは薄いピンク色の座布団を出してくれた。
いや、座布団じゃなくてクッションと言うのかこれは? 薄いピンク色で、レースがついていて、やたらとふわふわしている。
僕はそのクッションに腰を下ろすのだが……七海さんは自分の分のクッションを出していない。
勉強机の椅子の方に腰かけるのかな? ……それだと高低差でちょうどスカートの部分が僕の目線に来るから目のやり場に……と思っていたら……。
「えい♪」
「七海さん?!」
僕は正座ではなく胡坐をかいてクッションの上に座っていたのだが……その僕の片方の足に……七海さんが頭をポフッと乗せてきた。
これは……膝枕である。え? 僕がするの?!
僕が女子に膝枕をする日が来るなんて、想像すらしていなかった。僕の膝に七海さんの温かさがじんわりと広がっていく。
「さすが鍛えているからかな? ちょっと固いね陽信の太腿。固めの低反発枕って感じかな?」
七海さんは僕の太腿に手を這わすと、その感触を楽しんでいるように僕を見上げて笑顔を向けてくる。なんでいきなりこんなことやってるの七海さん?!
あ……ちょっと触られすぎると色々やばいんですけど……耐えろ……耐えろ僕……。
僕がそんな風にあたふたしていると、七海さんは優しい微笑みを浮かべて、太腿に這わせていた手を外して、自身の胸の前で合わせていた。
「ねぇ、陽信……明日からご両親居なくて寂しいよね。でも……私と一緒に居られる時間が増えるし、私の家で夕飯を食べるなら……寂しくないよね?」
あぁ……そうか……七海さんは僕を慰めてくれるためにわざわざこんなことをしてくれたのか。
たぶん、自分が膝枕をするのは恥ずかしいから、僕の膝枕に乗ることにしたんだろうな……。
……ちょっとずれてる気がするけど。その心遣いがとても嬉しい。
「まぁ……昔は寂しかったかもしれないけど、今は平気だよ……もともと部屋でゲームやるのが好きだったしね」
「ふーん……私ならちょっと寂しいって思っちゃうかな。ちなみに今って、どんなゲームをやってるの?」
「今はソシャゲをパソコンでやってるかな。スマホでチャットしながらだけどさ。チームに所属して、その人たちと一緒に遊んでるんだ」
「そうなんだ……ゲームかー……私やったことないんだよね? 今度さ、そのゲーム私もやってみたいな。一緒にできる?」
……ゲームを一緒にか。ピーチさんも応援してくれるようになったし……大丈夫だろうか?
帰ったらバロンさん達に聞いてみようかな。
「チームには確か空きがあったから……今度、みんなに聞いてみるよ」
「よろしくね……」
僕の膝に頭を乗せた七海さんとの会話は、この上なく穏やかに進行していく。時々、七海さんが体勢を変えるために足を動かすもんだから、チラチラと目がそっちに行ってしまう。
そのたびに七海さんは「気になるのー?」と悪戯する子供みたいな笑顔を見せてくる。
話す話題も落ち着いてきて……沈黙が二人の間に流れると……七海さんが今日のタピオカ屋の出来事を口にする。
「ほっぺに……」
「え?」
「ほっぺにチュー……されちゃったね……陽信のお父さんとお母さんにも見られちゃったみたいだし……」
「ごめん、ビックリさせちゃったかな? あれはまぁ……事故みたいなもんだよね」
「……ビックリしたけど……嬉しかったよ……陽信からしてくれて……」
七海さんはトロンとした目で僕を見てきている。七海さんはその時に触れた頬に手を添えて……それから僕の頬にも手を伸ばした。
「ほんとは……私からしたかったんだけどなぁ……」
……耐えろ、僕の理性。
こんな可愛いことを言われても、今は両家の親が居るんだ。変なことをしたら一発アウトだし、色んな信頼を裏切るぞ。
僕と七海さんはしばらく無言で見つめ合い……そして……。
「七海ー!! お話終わったわよー!! そろそろ帰られるから二人とも部屋から出てきてー!!」
睦子さんの叫び声が聞こえてきた……うん、まぁ……お約束だよね。こういう時に邪魔が入るのは。
七海さんもそれはわかっていたのか……苦笑して僕の膝の上から離れていく。
先ほどまであった心地良い重みが無くなったことに、僕は少しだけ寂しくなる。
それから僕等は両親の待つ玄関前まで移動して、
「……明日から改めてよろしくね、陽信。私が料理、教えてあげるからね」
「うん、こちらこそよろしくね」
そっか、明日から僕も一緒に七海さんの家に帰ることになるのか。なんだかそれって……。
「通い婚みたいねぇ?」
僕が思っても言えなかった一言が睦子さんから飛び出してきた。改めて言われて……七海さんも僕も顔を赤くした。
こうしてこの日、簾舞家と、茨戸家は……家族ぐるみのお付き合いと言うやつをスタートすることになったのだった。
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