第29話「僕の両親と七海さん」

 僕の両親に挨拶する……七海ななみさんがそんなことを考えていたのかと僕はちょっとだけ驚いてしまう。


 ……あぁ、音更おとふけさんと神恵内かもえないさんがニヤついていた理由はこれか。七海さんが僕の両親に会いたがっていると、聞いてたんだなあの二人。


「本当はね、お会いする時にはもうちょっと清楚な服装で、印象を良くしたかったんだけど……まさか今日会うなんて思ってなかったよ。仕方ないよね……バチが当たったのかな?」


 七海さんは今の自分の服を見て、少しだけ苦笑していた。スカートを短くし、制服を着崩したギャル系ファッション……。


 どうやらそれだと印象が悪いのではと心配しているようだ。


 ……バチと言うのはきっと……罰ゲームの告白のことを言っているのだろう……ほんの少しだけ表情が悲しげだ。


 僕は七海さんを安心させるように、握った手に少しだけ力を込めて笑顔を見せる。


「大丈夫だよ。七海さんならどんな服装でも、いい子だってわかってもらえるよ。僕の両親だし、安心してよ」


「……陽信ようしん……ありがと」


 そう、彼女の良さは服装なんかに左右されるものではないし、僕の両親も服装で人を判断しないと信じている。だからきっと大丈夫だ。


 僕等はイートインスペースの端っこ……なるべく人が少ない場所を選んで座った。


 買ったタピオカはそこに置いて、父さんと母さんは別で普通のお茶を買ってきていた。


「改めて自己紹介させていただきますね……陽信の母の簾舞志信みすまいしのぶです。よろしくお願いしますね、茨戸ばらとさん」


「父の簾舞みすまいあきらです。よろしく、茨戸さん」


「は、はい。よろしくお願いします。陽信君とお付き合いさせてもらっている、茨戸七海です! 七海って呼んでください!」


 僕の両親は名乗った後に頭を下げると、それに続いて少しだけ緊張した様子の七海さんが僕の両親へと頭を下げる。


 僕だけちょっと……何と言うか、何を言っていいかわからずに無言でその様子を見ていたのだが……。


 顔を上げた父さんと母さんは……目じりにほんの少しだけ涙を浮かべていた。


「なんで?! 二人ともなんで泣いてるの?!」


「だって……だってねぇ……異性には興味がないのかなとか思っていた息子が、こんなに綺麗で可愛らしいお嬢さんとお付き合いしているとか……正直、信じられなくて……」


「そうだな、あまりそういうことに言及はしてこなかったが……まさかこんな場面を見れるとは……父親冥利に尽きるというものだ」


 二人とも、挨拶の段階であっさりと七海さんを彼女だと認めてくれた。


 それは嬉しいのだが、僕のそういうところを言及するのは恥ずかしいのでやめてほしい。


 いやまぁ、確かに女の子と一緒に居るところは初めて見せたけどさ……。


「と言うかさ……二人とも信じるの早すぎない? いや、僕としては変に疑われるより良いんだけどさ……」


「何言ってるの? 先ほどほっぺにチューしておいて怒ってなくて、恋人繋ぎまでして、今も安心させようとしているのかテーブルの下でこっそり手を繋いでいる二人が、付き合ってないわけないでしょう」


 ……あー、テーブルの下で手を繋いでいるのを頭を下げているときにテーブルの隙間からしっかり見られていたか。


 まぁ、確かにこの光景で付き合ってないって思う人の方が少ないかもしれない。


 あと、チューは事故の産物なので、あんまり言及しないでほしい……。


「茨戸さん……いえ、七海さん……至らぬ点も多いと思いますが、どうかこれからも息子をよろしくお願いします」


「親の贔屓目かもしれませんが、息子は優しさと誠実さに関しては他の男にも負けないと思っています。どうか、見捨てず仲良くしてやってください」


 父さんと母さんは、再び揃って七海さんに頭を下げて、それを見た七海さんは少しだけあたふたしてしまう。


 だけど、七海さんは一度深呼吸をすると、その顔に笑顔を浮かべる。僕の好きないつもの笑顔だ。


「陽信……陽信君はとても素敵な男性です。とっても優しいですし……いつも私が作ったお弁当を美味しいって言ってくれて、いつも一緒に居てくれて……それだけで嬉しいんです私」


「え? お弁当?」


 しまった!! 付き合っているのを秘密にしてたからそのことも当然秘密で……あ、母さんの視線が僕に標的を見定めた……あの目は……怒っているときの目だ……。


 僕は観念して……彼女からお昼のお弁当を貰っていること……もらったお昼代については、デート代の足しにしてそのお返しをしていること……この間のデートの後に七海さんのご両親に挨拶をしたこと……とにかく全てを父さんと母さんに白状した。


「陽信……帰ったらお説教ね……」


「あ、あの……私が好きでやっていたことなんです……だから陽信君を怒らないでください……お願いします」


 母さんの怒気の籠ったその一言に対して、七海さんは僕を庇ってくれた。まるで天使のようなその優しさで僕が感激していると……母さんは僕以上に感激していた。


「七海さん……いい子ね貴女……うちの息子にはもったいないくらいだわ……。陽信、あなた絶対に七海さんを離しちゃだめよ。悲しませたり浮気したりしたら、私は七海さんに付きますからね。息子といえど容赦はしませんよ」


「するわけないだろ、僕は七海さんを守るし悲しませないって、彼女のご両親にも約束しているんだ。浮気なんて、七海さん以上の魅力を持った女性なんているわけがないから、そもそも彼女を裏切ることはないよ」


「そう、それならいいわ。すでに覚悟はできているのなら……私は貴方たちを母親として祝福するわ」


 僕と母さんの会話を七海さんは頬を染めながら聞いており、父さんがそんな七海さんにこっそりと小声であることを教えていた。


「志信……妻と陽信は性格面でかなり似ててね……何と言うか……こうと決めたら愛情を伝えるのが非常にストレートなんだよ。」


「……心当たり……結構あります」


「なぁに、七海さんもそのうち慣れる……かなぁ? ちなみに、私はまだ全然慣れてないんだけどね……いっつも志信にはしてやられてばっかりだよ。あ、もちろん私も、父親として二人を祝福するからね」


 そんなに僕と母さんの言い方って似てるかな……?


 それにしても父さん……いまだに慣れてないのかい母さんの愛情表現に。まぁ、いっつもタジタジになっているのは見ているけどさ。


 あと七海さん、凄く納得したように頷いているけどさ、どちらかと言うとやられているのは僕の方だと思うんだけど?


 その辺は今度、じっくり話し合ってみようかな。


「陽信……貴方は七海さんを好きだというのであれば、当然好きなところは言えるのね? 私は陽さんの好きなところは即座に10個以上言えるわ」


「僕も七海さんの好きなことなら10個程度なら軽いけど……いや、母さん……ここでは止めておこう。公共の場だよ。人の目もある」


「……それもそうね。少し興奮しちゃったわ。ごめんなさいね、二人とも」


 少しだけ暴走しだした母さんを僕は止める。


 もちろん、僕は七海さんの好きなところは10個以上は軽く言えるけど……流石にこの場では躊躇われる。


 僕が止めたことで母さんが落ち着いたので、この場はお開きの雰囲気となった。


 タピオカを飲みに来ただけのはずなのに、とんだことになってしまったものだ……。七海さんへの埋め合わせは、また今度しようかな。


「さて、ちょうど今日は車で来ているから、七海さんを家まで送ろうか。そちらの親御さんにも挨拶させていただきたいしね……。知らされていなかったとはいえ、今までお礼も言わずに実に失礼なことをしていた」


 父さんは立ち上がると車のキーを取りだす。


 ここでの話はここまでのようなので僕も立ち上がり、七海さんと母さんの方へと視線を向けると……ちょうど母さんと七海さんが連絡先を交換しているところだった。


 うん……僕も厳一郎さんと交換したけどさ……そういうの普通なの? 普通の事なの?


「本当に申し訳ないけど七海さん……これからも息子をよろしくお願いしますね……何かあったら遠慮なく頼ってください」


「はい、志信さん。こちらこそよろしくお願いします。陽信君のお昼はお任せください!」


「今度、陽信の子供のころの写真とか送るわね。欲しい写真があったら言ってちょうだい」


「是非、よろしくお願いします!!」


 なんか変な取引が成立してる?!


 くそ、これは僕も厳一郎さんに七海さんの子供のころの写真をお願いするべきか……。うん……そんな勇気出ないよ……無理だ……。


 僕の失意をよそに、何かを理解しあったのか母さんと七海さんはハグをしあっていた。


 僕と父さんはその二人を苦笑しながら見つつ、席の上のものを片付けるのに、二人から離れる。


 まぁ、仲良くなってくれたなら良いよね。うん、現実逃避かもしれないけど。


「しかしだ、お昼は七海さんが用意していただけるからそれに甘えるとして……陽信、明日から夜はどうする?」


 父さんは片付けながら……僕に気になることを言ってきた。夜?


「夜って……なに、またなにかあったの?」


「実は帰ってから話そうと思ってたんだがな、明日から父さんも母さんも長期に出張になりそうなんだよ。一月くらいかな? その間、お前は家に一人になるからな……いい機会だし自炊を覚えたらどうだ?」


「……そうだね、朝は軽くパンとか食べれば良いけど……夜はカップ麺とか外食じゃあ味気ないし……僕も料理をやってみようかな」


 前に七海さんが家に来た時に一緒に料理したら……意外と楽しかったんだよな。父さん達が居ないなら、良い機会だし、僕も料理を覚えてみようかな?


 そうすれば将来……僕も七海さんに料理を作ってあげられるだろうし……何だったらお互いにおかずを持ち寄ってお昼を食べても楽しそうだな。


 うん、そうだね。僕の次の努力は料理を覚えることだ。


 そんな風に考えていたら……いつの間にか背後に七海さんが立っていた。


 僕も父さんも驚いて背後を振り向く。母さんも、七海さんの移動速度にビックリしたのか目が点になっていた。


「すいません、お話が聞こえてきちゃったんで……明日から……二人はおうちにいらっしゃらないんですか?」


「あ、あぁ……うん、そうだね。私も母さんも、長期で家を空けることになると思うけど……その間、陽信は家に一人になってしまうね……」


「そうですか……」


 僕の方に横目で視線を送りつつ、七海さんは何かを言いたげにしていた。


 でもなかなか言葉を出せないのか何度も口ごもり……言いかけてはやめるという行為を繰り返す。


 僕も父さんも、近づいてきた母さんもその姿に首を傾げていたのだが、やがて七海さんは意を決したように口を開いた。


「あの……お二人が不在の間なんですけど……私がお家にお邪魔して……陽信君の夕ご飯を作ってあげたいと思ってるんですけど、ダメでしょうか?」


 ……七海さん、そんなことを考えていたのか……。あ、父さんも母さんも、七海さんの提案にあっけにとられた顔をしている……。


 うん、七海さんもちょっと暴走気味かな?

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