第28話「予想外の展開」
「そういえば僕、タピオカって飲んだことないなぁ。ブームになってた時は行列に並ぶ気も起きなかったし、そもそも一緒に飲みに行く人も居なかったしね」
「そうなの? じゃあ人生初タピだねー。
僕等は七海さんが頼まれたという夕飯の材料を一緒に買ってから、タピオカ屋……この表現があってるかわからないが、とにかくタピオカ屋に行って、それぞれが飲みたいものを注文した。
ブームの時はかなりの行列ができていたようだが、今はほんの少し待つ程度ですぐに順番が回ってくる。
まさか僕がタピオカを飲むことになろうとは……。
さっきは七海さんに、並ぶ気が起きなかったとは言ったものの、もしもその頃に七海さんと一緒だったのであれば……僕は並ぶのも苦ではなく、むしろ楽しかったのではないだろうかと想像する。
まぁ、あまり意味のない想像だ。でもきっと、そういう時間を楽しんでいた恋人同士も居たんだろうな。……いや、僕がこんなことを考えるとは、自分の変化にビックリだ。
とりあえず僕は飲んだことが無いので、定番のタピオカミルクティーにして、七海さんはオレンジティー? と言うものにしていた。目にも鮮やかなオレンジ色がとても綺麗だ。
会計時には、僕がまとめて支払いをしておいた。七海さんは多少渋ったが、僕がもう支払い済みだということを伝えると渋々納得してくれたようだ。
日々のお弁当やクッキーのお礼もあるんだし、これくらいは素直にさせてほしいところだが……こういうところも七海さんの良いところだろう。
改めて僕はオレンジティーを持つ七海さんを視界に入れる。
透明感のある綺麗なオレンジ色が、こうしてみると七海さんに実に似合っている。タピオカの感想としては少し違うかもしれないが、それはとても素晴らしい絵画のようだった。
「七海さん、写真を撮ってもいいかな?」
「え? あ、うん。いーよ、撮って撮ってー」
あえて言葉を少なくして七海さんに写真を撮っていいかを尋ねた僕は、許可を得るとそのままタピオカを持った七海さんの全身の写真を撮る。
オレンジ色が透けたプラコップを持って、笑顔を浮かべた七海さんの……最高の写真が僕のスマホに保存された。
これは、待ち受け決定だな。
「へ?」
呆けた七海さんは、そのまま僕の元へ近づき、撮られた写真を見て……悲鳴にも似た驚きの声を上げる。
「ちょっと?! てっきりタピオカの方だけだと思ったのになんで私と一緒なの?! 不意打ちだからポーズ取れてないし!! これじゃ可愛くないでしょ?!」
「いや、ほら。オレンジ色が七海さんに合っててすごく綺麗だったから。待ち受けにしたいなと思って。よく考えたら僕、七海さんの写真を撮ってなかったし。大丈夫、自然でとても可愛いよ」
むしろ変に表情や仕草を作ってない分、僕はこっちの方が好きだな。
七海さんの良さが凄く出ていると思う。これは自画自賛とかではなく、あくまでも被写体が良いからだな。
……ロック画面だと親にバレるし、設定するのは壁紙の方にしておこう。
「うー……じゃあ私も陽信の写真撮って待ち受けにするし!! と言うかなんで今まで撮ってなかったんだろ……盲点だった……と言うわけでなんかポーズして!!」
七海さんが混乱して僕に無茶ぶりをする。
僕にポーズなんてできるわけないでしょ……。とりあえず、僕はさっきの七海さんのようにタピオカミルクティーを手にもって……普通に突っ立ってみた。
「……陽信、なんかピースとかポーズしてよ。はい、ピース!!」
「えぇ?! ピ……ピース?! ……こ……こんな感じ?」
ぎこちない笑顔を浮かべながら、僕はピースサインをする。
七海さんは少し呆れた表情を浮かべるが、すぐに何か悪戯を思いついたような笑顔になるとゆっくりと僕に近づいてきて……ちょうど僕等は隣り合うような形になった。
不思議に思っている僕をしり目に、七海さんは即座に反転して僕と同じ方向を向くと、お互いの頬が触れるほどに顔を近づけてきた。
いや、実際に頬は触れていて、僕の頬に柔らかい感触が当たっている。
そして僕が慌てる間もなく、七海さんはスマホを持った手を伸ばした。いわゆる自撮りの体勢を取り……即座にシャッター音が鳴り響く。
「へっ?!」
「はい、撮ったー!! ツーショットゲットー!!」
写真を撮ってはしゃぐ七海さんに驚いて、止まっていた僕はようやく動き出すことができた。そして、思わず七海さんの方へと顔を向けてしまう。
そう……頬が触れるほどにすぐ横に七海さんの顔があることを忘れて、僕は顔を回転させて七海さんを視界に入れようとしたのだ。
その結果どうなったかと言うと……。
僕の唇は、七海さんの頬に軽く……本当に軽く……だけど確かに……触れたのだ……。
すぐに僕は離れたのだが、唇には先ほど頬に当たったのと同じ、七海さんの柔らかい頬の感触が確かに残っていた。
「え……?」
「あ……」
僕の唇が当たった部分を抑えた七海さんが、僕を見てくる。僕も何も言えずに、ただ七海さんを見返すことしかできなかった。
奇しくも
先輩……あなたの発言がフラグだったとか……気づけませんよ流石に……。いや、ここは先輩に対してお礼を言うべきなのか? フラグを立ててくれてありがとうと。
しばらくの間、僕等は無言でお互いを見つめ合う。
ショッピングモールの中の騒めきだけが耳に聞こえてくる中……七海さんがまた僕に近づいてきた時だった。
不意に、僕の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「陽信……? こんなところで会うなんて奇遇ね。お隣のお嬢さんはどなたかしら?」
その声に僕は一気に現実に引き戻される。
その声はあまりにもなじみ深く……普段から僕が聞きなれている声……。
そう……僕の母親の声である。
「父さん、母さん……?」
「え?! 陽信のお父さんとお母さん?!」
そこには、手を繋いで買い物袋をぶら下げた僕の両親……母親である
……まって……父さんと母さん、なんで手を繋いで買い物袋をぶら下げてるのさ?
「あぁ、これ? 久しぶりにお父さんと帰宅時間が重なったから、買い物デートを楽しんでいたのよ。時々やってたんだけど……知らなかった? 好きな人と手を繋ぐのは自然な話でしょう? ちなみに今夜は豚の生姜焼きよ」
「……母さん、息子に惚気るのはちょっと」
相変わらず母さんは、眼鏡の奥の鋭い視線を崩すことなく父さんへの愛情表現をストレートに決める。
母さんはいわゆるクーデレと言うやつだ。いや、実の母親に属性を付けたくないけど、あえて付けるならと言う話だ。
いっつも冷静な顔をして、父さんへの好意をストレートに伝えて二人でイチャついている。
父さんは、そんな母さんのストレートな愛情表現をいつも一身に受けているのだが……今日はさすがに外と言うことで恥ずかしそうだ。
手を繋いでいるところを僕に見られたことも、大きいのかもしれない。
「それで、陽信? さきほど貴方がほっぺにチューをしていた、そちらのお嬢さんはどなたかしら? もしも無理矢理にチューしたというなら、私は息子を叱らなければならないのだけど……」
そこから見てたのかよ……うわー……なんて言い訳をしようか……。いや、もう覚悟を決めて付き合っていることを言ってしまおう。
「実は……」
「ち……違います陽信……君のお母さん!! 私、無理矢理なんてされてません!! あの……私、陽信君とお付き合いしています、
僕が言うよりも先に、七海さんはタピオカティーを手に持ったままでその場でお辞儀をする。
その言葉を聞いた瞬間……母さんは……首を傾げだした。
「えーっと……レンタル彼女ってやつかしら? 確かあれは高校生は利用できないはずだけれども……」
……なんで母さんそんなこと知ってるのさ。いやまぁ、それは置いといて……流石に僕に彼女ができた……しかもギャル系の女の子って言うのは信じがたいよね……。
「本物です!! 私は陽信君の本物彼女です!!」
でも七海さんは何とか信じてもらおうと、先ほどの母さんの言葉をなぞる様に、僕と手を恋人繋ぎにして母さんに見せつける。
その姿を見た母さんは……持っていた買い物袋をドサリと地面に落とす。
「……ここで立ち話もなんだし……喫茶店にでも入りましょうか……あ、でもタピオカを持ってるのね……持ち込みは、できないしどうしましょうか……えっと、じゃあ……そうね……どうしましょうか?」
いつもクールな母さんが、珍しく目に見えて動揺していた。
そんなに僕に彼女がいることが衝撃的か……いや、まぁ……我ながらその気持ちがわかってしまうのが悲しいが。女の子と接点なんて、全く見せてなかったもんね僕……。
「母さん落ち着いて……ちょっと行った先にイートインスペースがあるはずだから、そこで話をしようじゃないか。二人も、それでいいかな?」
「そ、そうね。私としたことがちょっと取り乱しちゃって……ごめんなさい。二人とも、それでいいかしら?」
……うーん、七海さんとタピオカを飲むはずがとんだことになってしまった。せっかく誘ってくれた七海さんに申し訳が無いなぁ……。
「七海さん、大丈夫? なんだったら……断っても良いよ……。家に帰ってから僕から説明しておくからさ」
「ううん、私も一緒に行くよ。それに……ちょうどよかったし……」
「ちょうどいいって……何が?」
七海さんはそこで少しだけ間を溜めて……僕の方へと真剣な眼差しを向けてくる。
「今日ね、私が陽信にお願いしたかったのは、次のお休みにご両親に挨拶させてほしいってことだったの……」
……え? 僕の両親に挨拶って……七海さん……そんなことを考えていたの……?
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