第27話「レベルアーップ!!」
僕が
その間に担任の先生から呼び出しを受けたりとか細かいことはあったけど、特に大きな事件は起きず、僕等はとても穏やかな日々を過ごす。
……と言うわけにはいかなかった。
いや、これを、事件と言っていいのか僕にはわからないんだけれども。
何と言えばいいのか……分かりやすく言うと七海さんの態度が、一段と積極的になった……気がする。
まず、今まで登校時につないでいた手の繋ぎ方は基本的には掌を合わせるタイプだったのが、デートが完了した次の日の登校から、恋人繋ぎに完全に変わった。
指を絡め合う例のやつだ。
いや、僕も家にお邪魔した際にはよりによってご両親の前でやったけど……それを街中でやるのはまた違ったハードルの高さがある。
ちょっとだけためらう僕に、七海さんは首を傾げながら言うのだ。
『嫌かな?』
『嫌じゃないです』
これは即答だ。迷いはない。ただ、嫌であるわけが無いのだが、それとハードルの高さは別問題なんだと分かってもらいたいんです。
まぁ、結局やったんだけどね……これもそのうち慣れるのだろうか? 自分がどんどんと変わっていく気がする。果たして、この変化は良い変化なのだろうか……。
登校中の周囲の視線は……もうあえて言うまい。
それから、お昼のお弁当にデザートが付くようになった。それも市販品ではない、七海さんの手作りのやつである。
お弁当に加えて手作りのお菓子まで……と非常に申し訳なく思っていたら、これはお母さんである
睦子さんは何故か朝が極端に苦手らしく、朝のお弁当や朝食を作るのは七海さんの役割、妹さんと
それ以外の家事は全部、基本的に専業主婦をやっている睦子さんがやっているという話だ。
だから七海さんが学校にいる間にお菓子の準備等をしてくれて、帰宅後に二人で作っているから……気にしないでと言われてしまう。
これは、次のデートを頑張らないとなあ……。どこに行こうかな?
そして最後に……これはまだ未遂……未遂ではあるのだが……七海さんが僕のほっぺたにキスをしようとしてきている……気がする。
いや、これは本当に気のせいかもしれないのだ。
ここ最近はやたらと距離が近くて、良い雰囲気になると途端に潤んだ目をする時があって、でも赤面して何かを躊躇っている。
そして視線は僕の頬に釘付けだ。唇じゃないというところが、実に七海さんらしくもある。
でも、僕も照れるので……いや、やめて欲しくはないけど……かと言ってやられてしまうと……と言う非常に複雑な思いをここ最近していたのだ。
その態度の急上昇っぷりに、僕の中で某特撮のレベルアップサウンドが鳴り響く程だ。
「とまぁ最近、そんな感じなんですけど、どう思います
「……フラれた僕にそう言う質問を投げてくるあたり、君の行動力と強メンタルを本当に尊敬するよ……」
僕はいま、珍しく昼休みに標津先輩と一緒にいる。僕が先輩に会いに来たついでに、相談に乗ってもらっていたのだ。
ちなみに、七海さんは
「まぁ、こんな良いものを貰ったのだから、相談には乗らざるを得ないだろうね……」
先輩は手の中の透明な袋に入ったお菓子を大事そうに抱えていた。
それは七海さんの手作りお菓子だ。今日のデザートのクッキー……そのお裾分けに僕は標津先輩の元へ来た。
我ながら器が小さいと思うのだが、七海さんの手作り料理は僕だけの特権にしたかったので、折衷案でお菓子を頼むのならどうです? と先輩に提案したところ、先輩はそれでも良いと快諾してくれた。
それを七海さんに相談したら……七海さんは嫌な顔をするどころか、ノリノリだった。
『そうだねー、先輩は陽信をカッコよくしてくれたお礼があるもんね。うん、お礼は大事だよねー』
てっきり嫌がると思っていたのに、これは意外だった。だけど、問題はその後の一言だ。
『それに……周囲へのそう言う気配りは、お嫁さんになった時に大事だもんね……』
ボソッと呟いた七海さんのその一言は、しっかりと僕の耳に届いていた。
……僕は、難聴系主人公にはなれなさそうです。聞いた瞬間、頬が熱くなりました。
とりあえず、聞こえなかったふりはできないので『できた奥さんで僕は幸せ者だよ』と答えたら真っ赤な笑顔でバンバン叩かれた。
うん、選択としては間違ってなかったと思いたい。
そして七海さんは今日、先輩の分のクッキーも作ってくれて、僕がそれを先輩に渡しに来た。
最初は七海さんは自分で渡すと言ってたのだが、ここでも僕の器の小ささの発揮である。七海さんが他の男に手作りお菓子を渡すなど嫌だと、独占欲丸出しのセリフを言ってしまったのだ。
引かれるかなとか思ったけど、七海さんはそれを頬を染めて了承してくれ、今に至ると言うわけだ。
「しかし……どう思うも何もだ……君はそれを喜ばしいと思っているんだろう? だったら何の問題も無いと思うが?」
「いや、僕はそれにどう答えたものかと思いましてね……」
「……ふむ、僕もわからん!」
言い切られてしまった。
先輩は手の中でクッキーを弄りつつ、だけど食べようとはせずにそのまま言葉を続ける。
「だけど、君の状態を聞く限り……君は今、
バスケで例えられてしまったが、概ねその通りだ。
僕は今、どんどんと七海さんに与えられて……そのお返しに何ができるのか見当もついてない。
これでは対等なお付き合いどころではない。貰ってばっかりで心苦しくなる。
「そう言う時こそ……焦らずじっくり……時間をたっぷり使って一本を返すべきなんだよ。良いかい、焦る時ほど冷静にならなければならない」
「冷静に……ですか?」
「そう、冷静にだ。そこから逆転の目は生まれる」
……別に僕は七海さんと勝負をしているわけではないのだが、確かにここ数日で焦っていたのは確かかもしれない。先輩に相談して少し冷静になれたところで、とんでもないことを先輩は口走る。
「だから君は、先に茨戸君にキスをしたまえ。ほっぺたにでいいから」
「何を言ってるんですか先輩?!」
「いや……逆転シュートを決めるとしたら、それしかないかなと思ってね」
簡単に言ってくれる……それができたら苦労しないのだ。キスとか妄想ですら慌てるのに現実なんて難し過ぎる……。それにしても先輩……さっきからクッキーを弄んでるけどどうしたんだろ?
「……ところで簾舞君……僕はこのクッキーをどうすればいいだろうか。食べたいのだが、残しておきたいこのもどかしさよ……」
「……いや、写真を撮ればいいんじゃないですか?」
僕の言葉に目から鱗とばかりに先輩は渡された星形のクッキーの写真を撮る。もちろん僕も写真を食べる前に撮っていて、スマホに保存されたその写真を改めて眺める。
僕がもらったクッキーの形は……ハートだった。
(……こういうところで、七海さんは本当に……。あぁ、もう。嬉しいよねほんと)
写真を撮り終えた先輩はクッキーを早速食べて感激していた。
そういえば、先輩の新しい恋とやらはどうなったのだろうか? 七海さんのクッキーを喜んでいるから、まだ吹っ切れてはいないのだろうか?
まだ諦めていないということは無いと思うが……確認しておこうかな?
「先輩……そういえば、新しい恋はどうしたんですか?」
「あぁ、しばらくは探すのをやめたよ。茨戸君のことも完全に吹っ切れているから、安心したまえ。僕はしばらく、バスケに集中することにした」
「は? なんでまた……」
「君に負けた僕が色恋などまだ早かったんだよ。僕の夢はプロバスケのプレイヤーだ。それにはまだまだ精進が足りないと、君との勝負でよくわかった。だから……まだ恋はお預けだ」
……だから僕、先輩の教室に行ったときに女子の先輩達に物凄い目で睨まれたのか?
先輩、僕は汚い手で勝っただけですからそこまでストイックにならなくても……。本当にバスケが好きなんだなこの人。その点は素直に尊敬できる。
とりあえず、僕が恨みを買うと七海さんにもいらない危険が及ぶかもしれないから……その辺はフォローしておこうか……。
「先輩、それじゃあダメですよ。守るものがある方が人は強くなるというじゃないですか、だから……先輩はバスケも恋もどっちも両立しないと」
「簾舞君……それは、どういうことだい?」
「別に無理矢理に恋人を探す必要は無いですけどね、例えば試合の終盤……疲れ切った先輩……あと1本のシュートで逆転できるという状況……そんな時に恋人からの声援があれば、それが力になるんじゃないんですか?」
「……なるほど……それも一理あるな……ふむ……」
先輩はそのまま少し考え込んでいる。もしかしたら、僕の言った状況を頭でシミュレートしているのかもしれない。
「……確かに、力が湧いてくる気がするよ。そうだね、無理矢理に恋人を探すことはしないけど、好きだと思える子が現れたら……その時は相談させてくれたまえ」
先輩は良くも悪くも単純だ……これで僕……ひいては七海さんが余計な恨みを買うこともないだろう。
でも先輩……僕に恋の相談って言うのは……結構ハードルが高いんですけど。まぁ、できる限りはさせてもらいますかね。
それから僕は先輩と別れて、七海さんの元へと戻る。七海さんは既に教室に戻ってきていて、音更さん達と談笑していた。
「七海さん、先輩に渡してきたよ。先輩、喜んでた。ありがとうね」
「そ、そう。良かった。うん、本当、良かったよ」
……七海さんの顔が赤く、そして音更さんと神恵内さんがニヤニヤしている……。
「二人とも……なんか変なこと七海さんに言った?」
「いやぁ~? 別に変なことは何にも言ってないよー? 色々と聞きはしたけどさー」
「そうそう~、今日の放課後をお楽しみにね~」
神恵内さん……その一言は何か言ったね?
僕が何かを聞こうとしたところでちょうど昼休みが終わってしまったので、何があったのか聞くのはお預けになる……。
結局、僕は何があったのかを聞くことなく放課後になったのだが……。
一緒に帰る際に、七海さんからお誘いを受けた。
「ねぇ、陽信……今日さ……このままちょっとお買い物に付き合ってくれない? お母さんに夕飯の材料頼まれてて……」
「あ、うん、もちろんいいよ。この間のショッピングモールで良いのかな?」
珍しいな、夕飯の材料は既に
「うん、あ、それとさ。一緒にタピオカ飲んでみない? 飲んだことないでしょ、タピオカ。モールの中にあるんだよねタピオカのお店。もうブームも落ち着いてるから、並ぶこともないだろうし」
……あの二人のニヤニヤはこのことを指していたのかな?
もじもじしつつ、なんとも七海さんらしいささやかなお願いと言うか……微笑ましいお願いである。外見とのギャップが凄い分、破壊力が凄い。
「もちろん良いよ。七海さんの頼みなら、何でも付き合うよ」
僕が了承すると、彼女は嬉しそうに笑顔を僕に見せてくれた。そんなお願いくらいいくらでも聞くのに……本当に可愛いな七海さんは。うん、タピオカの代金くらいは僕が出させてもらおう……。
「……お互いに違う味買ってさ、一口交換……しようね?」
はにかみながら言われたその一言の意味が、僕には一瞬分からなく……。気づいた時には、僕の顔は一気に赤くなるのだった。
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