第2部「僕と積極的な彼女」

第26話「僕等のちょっとした変化」

 僕と七海ななみさんのデートが無事に終わり、その流れでご両親への挨拶も済ませた次の日の学校で……僕は放課後に、担任の先生から呼び出しをくらっていた。


 呼び出された議題は成績面、素行面での問題ではなく……七海さんとの関係性についてだった。


 先生は僕と相談室に二人になると、言いづらそうにしながらも……少しだけ身を乗り出して僕に切り出す。


簾舞みすまい……ちょっと確認したいんだが……お前は茨戸ばらとに……その……いじめられているわけ……じゃあないんだよな?」


 ……何を言い出すかと思えばと、僕は呆れてしまう。


 何をどうすれば僕が七海さんにいじめられているという発想になるのだろうか?


「僕は七海さんと健全な男女交際をしているだけで、別にいじめられてるわけじゃないですよ? 男女交際自体は校則で禁止ではないですよね?」


「本当か……? そうか、そうだな……すまなかったな、失礼なことを聞いて」


 僕の言葉に最初は怪訝そうな表情を担任は浮かべるのだが、何度もいじめを否定することで、安心したように一息つく。


 僕の言葉で納得するくらいなら、最初からこうやって僕だけを呼び出して聞くようなことをしなければいいのにと、少し不審な視線を担任へと向ける。


 僕の視線を受けて、担任は苦笑を浮かべながらも事の経緯を説明してくれた。


「いやな、頭から血を流したお前が保健室に運ばれて、それから二人が一緒に登校しだして、男女交際しているっていうじゃないか。何かをごまかすためにやっているんじゃないかって、話が持ち上がってな……」


「あぁ……そうなんですか……」


 確かに状況が特殊ではあったから……字面だけ聞くと気になってしまうのも仕方ないとは思う。


「それにほら……言っちゃあなんだが……その……二人は……だいぶ、えーっと……タイプが違うだろ? 接点もなさそうだったし……交際したのが悪い理由でなければ良いんだ」


 うん、だいぶ言葉を選んでくれたな。


 まぁ、陰キャとギャルですからね。確かに接点は全く無かったです。先生方にも不思議に思われるのも仕方がないとは思う。まぁ、罰ゲームと言うのが理由だがそれは言えないので黙っておく。


 それでも……七海さんがいじめをするような人だと思われるのは、彼女を侮辱されているようで面白くないな。


「七海さんは優しくて可愛い、僕の自慢の彼女ですよ。昨日はデートした後にご両親にも挨拶させてもらいました。不純な交際はしていないので安心してください」


 ついつい、強い口調で言い返してしまう。


 うん、別に僕……担任相手に惚気る必要は無かったよね。つい言ってしまった。


 僕のそんな態度は初めてだったからか、担任は少し面食らいながらも、その顔に笑みを浮かべていた。


「そうだな……格好はともかく茨戸は授業態度も良いし、成績は簾舞よりも上だ。いじめとかそんなことをする人間ではないとはわかっているんだが…………それでも担任として、確認はしなければならなくてな。すまない、謝罪するよ」


 先生はそういうと、僕にわざわざ頭を下げてきた。


 大人にこんな風に頭を下げてもらうというのは緊張するし、非常に申し訳ない気持ちになったので、慌てて僕は先生に気にしてないことを告げる。


 ……うん、先生も大変なんだな。ちょっと強い口調で言った点については僕も謝っておいた。そこで僕と先生との面談は終了することとなった。


「大人しい簾舞がそんな風に言うなんてな、どうやらお互いに良い影響を与えているようだ……。どうせなら勉強も、茨戸に教えてもらいなさい。かなり上位だぞあいつ」


 去り際に、先生は僕にそんなことを言ってくる。そんなに変わったかな僕?


 ……しかし、七海さんそんなに成績が良かったんだ。今度、本当に勉強を教えてもらおうかな?


 とりあえず、僕は先生にぺこりと頭を下げてから七海さんの待つ教室へと戻ることにした。


 呼び出されたから先に帰っても良いよと言ったのだが、僕と一緒に帰りたいから待つと言ってくれたのだ。これ以上待たせても悪いと、足早に教室へと急ぐ。


 教室の前までついて僕は、少し息を整えて教室内に入ろうとしたところで……中から聞こえてきた声に一瞬だけ扉を開く手を躊躇した。


『それにしてもさー、七海の趣味が簾舞みたいな陰キャだなんて意外だったよー? 何? どんな気まぐれで付き合うことにしたのさー?』


『そーそー、知ってる? 最近の七海にフラれた男子達、陰キャの方が行けるのか!って、変な陰キャムーブしてるらしいよ? 付け焼刃だから全然だめだけど。男って単純だよねー』


『だったらむしろ、もともとの陰キャのヤツらの方が可愛く見えるよねー』


 中から聞こえてきたのは、音更おとふけさんとも神恵内かもえないさんとも違う女性陣の声だ。七海さんのギャル友達だろうか?


 僕は声に聞き覚えはないけれども、向こうは僕の方を知っているようで……次々に出てくる言葉は七海さんに対して揶揄うような言葉も含まれている。


 ……そうだよな、僕と付き合いだしたらそういうことも言われちゃうよね。少しだけ七海さんに対して申し訳ない気持ちになるのだが……。七海さんからの反論は特に聞こえてこなかった。


 女子達は口々に好き勝手なことを言っている。


 明確な悪口ではないのだが、それは今まで七海さんがフッて来た男子達と僕を比べるような言葉が多かった。


 僕はそれを、教室の前で立ち尽くしながら聞いていた。……彼女達の言うことはあくまでも事実だ。


 僕は身長も高くないし、顔だちも整っていない、財力もあるわけじゃないし、運動だって成績だって抜群に良くはない……。そんな僕を選んだ理由を、みんな興味津々になっているだけなのだ。


 そこに、特に悪気があるわけではないと思う。


 まぁ、仕方ないかなと諦めて教室に入ろうとした直後……七海さんの声が聞こえてきた。


『うーん……そうだね……私から言えるのは……今までの男子達と比べると……陽信がダントツで良い男だったから……私から告白したってことかな? 今までの男子達なんて陽信に比べたら……普通かな』


 その一言に周囲は一瞬黙り……それから爆笑した。僕の方が良い男とか、ありえないということを含んだ笑いだ。僕も七海さん……それはさすがに無理があるよと思ったのだが……。


『ふふっ……それにね……』


 七海さんの口調が先ほどまでのものからガラリと一変する。


 僕も聞いたことのない、艶のあるその一言に、笑っていた周囲が一瞬で静まり返った。


 僕は思わず、ドアの隙間から教室内を覗いてしまう……ちょうど隙間からは七海さんの顔が見えて……そこにいたのは……僕が見たことの無い顔をした七海さんだった。


『陽信ね……彼……脱いだらすごく逞しいんだよ? それこそ、抱かれたら他の男の事なんて考えられなくなるくらい……ね? 皆は……そういう男子に魅力って感じないかな?』


 その表情は艶っぽく……目が離せないほどに魅力的で、妖艶な笑顔を浮かべている。


 周囲の女子達も七海さんのそんな顔を見るのは初めてなのか、息を飲んで二の句が継げなくなってしまっていた。


 赤面をして生唾を飲み、七海さんに見惚れたような表情を浮かべる女子も居るくらいだ。それくらい……今の彼女の魅力は筆舌にしがたいものがあった……。


 あった……のだが……七海さん……貴女なんでそんな大嘘ついてるんですか……。


 僕が見せたのは上半身だけで不可抗力だし、抱かれたらってわざと誤解させる言い方してるけど、僕がしたのは慰めるのに抱きしめただけでしょうに。


 しかも七海さん、あの時は顔真っ赤にして恥ずかしがってたし……。


 まぁ、彼女も僕を悪く言われて怒ったと解釈しておこう。そこが頃合いかと……僕は教室の扉を開けて中に入り、七海さんに声をかけた。


「お待たせ、七海さん。先生の用事も終わったからさ、そろそろ帰ろうか?」


「陽信!! もー、遅いよー。こんなに待ったんだから、帰りにコンビニでアイス奢ってよね!! あ、モナカがいーなー」


 先ほどまでの妖艶さが嘘のように、いつもの華のような笑顔を僕に向けて僕の傍まで来ると、彼女は僕の手を取って不満気に口を尖らせた。


 周囲の女子達は金縛りから解けたかのように動揺し、その中には僕の顔を頬を赤くさせながら見てくる女子も居た。


 うん、七海さん……女子達を揶揄いすぎ。僕まで変な目で見られてるじゃない。


「それじゃ皆、また明日ねー。バイバーイ」


「七海さんに付き合ってくれてありがとうね、さようなら」


 教室に残る彼女達をしり目に、僕等はそのまま手を繋いで帰宅する。


 手の繋ぎ方は……まるで彼女達に見せつけるかのように恋人繋ぎだ。彼女達はかろうじて「うん、また明日……」と返すのが精いっぱいで、僕等を見送る。


 しばらく手を繋いで歩くのだが……僕は呟くようにして七海さんに問いかける。


「ねー……なんであんな、誤解受けるような言い方したの?」


「あ、やっぱり聞いてた?」


 ぺろりと舌を出して、七海さんは悪戯した女の子のように微笑む。そこには先ほどの妖艶さの欠片も感じ取ることができない。


 いったい、どこであんな表情覚えてきたんだろうか?


「だってさー、みんな陽信の良さを全然分かってないんだもん。だから陽信の魅力を分からせてやろうと思ったのー。がんばった彼女をそこは褒めてよー」


「はいはい、ありがとう。でも、僕の魅力が何なのかはわからないけど……その魅力は七海さんだけ知ってくれていればいいよ……」


 まぁ、あんなことを七海さんが言ったところで僕の魅力なんてたかが知れてるだろう……変な噂がたっても嫌だし……七海さんと居られれば僕はそれでいいんだ。


 あれ、横の七海さんが途端に静かになった?


 彼女は少しだけ俯いて、頬を染めている。


「ほんと……ほんっと陽信ってそういうところあるよね……。よくサラッとそういうこと言えるよね……」


 なんのこと……あー……意識してなかったけど、確かにちょっとくさいセリフだったかもしれない……。


 たぶん、色んな人に毒されてきているんだろうな……僕……。


 そうして僕等は、お互いに笑いあう。


 デートを終えてから、僕等の関係性は変わってないようで、ほんの少しだけ変わった気がする。


 何がとは具体的に言えないが、良い方向に変わったと感じていた。


 ……ちなみに、アイスはしっかり奢らせていただきました。気持ちを返せるチャンスは、逃さないようにしないとね。

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