第18話「思わぬ遭遇」
「バレるバレないじゃなくて、うちら彼氏がいるのに他の男と遊ぶとかありえないから、ナンパならよそ行ってよ」
「つれないこと言うなよ~。そんな格好してるんだから、どうせ遊んでるんだろ?」
制服でもスカートを短くしているので足の露出はいつも通りだけど、普段見ない肩の露出の方にドキドキする。……いや、足の方もドキドキするな。
もう一人の女の子はどちらかというとおとなしめの服装で……清楚系とでもいうのだろうか?
極力肌の露出を抑えていて、言ってしまえば二人とは真逆の格好をしている。
眼鏡もかけていて、服装同様におとなしい印象だ。少なくとも僕は学校では見たことない女子だ。
今日は七海さんとはもう別れた後で、別の友達と遊んでいるんだろうか?
いや、そんなことはどうでもいいか。まずはこの状況の整理だ。
彼女たちはナンパされている。
そのナンパを嫌がっている。
僕はそれを目撃した。
さて、僕は彼女たちを助けるべきか否か……。
まぁ、助けるべきだろうな。考えるまでもない。
彼女の友達を見捨てるなんて、明日のデートで七海さんに合わせる顔が無くなってしまう。だから助けるのは決定事項だ。
きっと正義感にあふれた物語の主人公なら、後先考えずに突っ込んでいっても何とかなるんだろうけど……だけど、僕は喧嘩をしたこともないし……相手は3人だ。情けないが負けは目に見えてる。
だから、保険はかけておこう。
僕はその保険を少し探して……それからナンパされてる三人に声をかけた。ちょうど彼女たちは手をつかまれそうになっているところだった。
「やあ、偶然だね。三人ともここに来てたんだ? そっちの人たちはお友達?」
できる限りフレンドリーに、笑顔を忘れずににこやかに浮かべて、僕はその一団に声をかける。彼女たちの名前を呼ぶようなことはしない。個人情報保護は大切だ。
女子三人は、突然の僕の登場に驚いたようにこちらを向くのだが、男性達は……唐突に声をかけてきた僕に眉尻を上げて苛立ったような表情を向けてきた。
「なんだぁ? お前誰だよ?」
沸点低いなぁ。
もっと僕にも彼女達に声をかけていたような、爽やかな笑みで接してもらいたいものだ。まぁ、さっきの笑顔は下心見え見えではあったけど。
僕に凄んできたのは一番彼女達に積極的に声をかけていた、茶色い髪を肩まで伸ばして帽子を斜めにかぶった長髪のイケメンだ。
でも、イケメン具合は標津先輩に比べるとだいぶ劣るか。劣化先輩だな。
「僕は彼女達の……」
「関係ないならすっこんでろよ上下真っ黒の根暗ゴキブリ君。痛い目見たくないだろ? さっさと消えろよ」
……せめて最後までセリフを言わせてほしい。食い気味に無関係だと断じられた僕はゴキブリ野郎と言う不名誉なあだ名までいただいてしまった。
後ろの男性二人も、劣化先輩の言葉ににやにやと笑いながら僕を見ている。劣化先輩VSゴキブリ男……B級映画っぽいタイトルだな。
「聞いてんのかてめぇ?! 関係ないならさっさと消えろや!!」
「無関係じゃないですよ、えーっと……僕はそう……」
……この様子だと、友達だって言っても無関係だろと言ってきそうだな。なんて言っておこうか……。見ると音更さんたち三人は僕に心配そうな視線を送ってきていた。
特に心配そうなのは、見覚えのない女子だ。彼女は今にも泣きそうな視線を僕に向けている。
彼女と視線が交差する。うん、ごめんね。心配させて。僕は安心させるように微笑むんだけど……。
……あれ?
……なんか彼女の目に……見覚えがある……もしかして……? いやでも……。確信が持てない。
でも……違ってたらごめん、七海さん。
僕は自分の彼女に心の中で謝る。そして、三人の中の見覚えのない女子を指さした。
「僕はそこの女の子の彼氏なんですよ。ナンパにあってたら止めるのは、彼氏として当然でしょう?」
見覚えのない……だけどその目が気になる彼女を指さして、僕はその子の彼氏であると告げる。
そして、それを聞いた男達は大爆笑する。僕はそんなに面白いことを言っただろうか?
「あー、なんだよ一番地味な子の彼氏かよ。じゃあいいよ、その子だけ連れて帰んな。根暗ゴキブリと地味眼鏡でお似合いだよ。他の子は俺等が……」
「いや、そういうわけにはいかないですよ。他の二人も嫌がってるんでしょ? 流石に彼女の友達を放ってなんて帰れないですよ」
今度は僕が劣化先輩の言葉を遮る。
それが彼には相当に腹の立つことだったのか……彼は僕の胸倉をつかんで今にも殴り掛かりそうな姿勢を取ってきた。
「イキッてんじゃねーぞ陰キャが!! 殺されたくなきゃさっさとどっかいけや!! てめーの彼女もまとめてやっちまうぞ?!」
その瞬間に、僕がかけていた保険が到着する。お願いしていたとはいえ、タイミングはバッチリだ。
「何をされているんでしょうかお客様……? ほかの方にご迷惑ですので、こちらまで来ていただけますか?」
それは、見るからに屈強な数人の警備員さん達だ。彼らは男たちを逃がさないように、僕らを含んで取り囲んでいる。お願いしていたよりも人数が多いことにこちらとしてもビックリだ。
「お……俺らは別に何も……」
「あぁ、警備員さん。いいところに来てくれました。暴行罪の現行犯です。警察を呼んでいいただけないですか?」
「はぁッ?! なんだよ暴行罪って?! なんもしてねーだろが!!」
胸倉を掴んだままの劣化先輩が僕を睨みつけながらも、驚愕の声を上げる。
「知らないんですか? 胸倉を掴んだだけで暴行罪って成立するんですよ。これだけの目撃者もいますし、言い逃れできないでしょ。警察に逮捕されますよあなた」
僕は……怖さから震えそうになる体を必死になって抑えながら、努めて冷静に彼に事実を告げる。
ネットでの聞きかじりの知識ではあるが、確かそんな話を見たことがある。まぁ、実際に警察を呼ばれても面倒だから脅しでしかないけど……。
彼は逮捕という単語に体が固まってしまったのか、僕の胸倉から手を離すことができなくなっていた。
「あなたたち二人も、この人と一緒なら同罪になっちゃうんじゃないですか?」
構わずに僕は、残りの二人に対して首だけを動かして視線を向けて口を開く。
別に一緒にいるだけで同罪になるわけがないのだが……僕の視線を受けた二人は、先ほどまでの笑みがなりを潜め、途端に不安げな表情を浮かべている。
「お……俺らは関係ねーよ。そいつがナンパしようって言いだして……。胸倉掴んだのもそいつだけだし、捕まるならそいつだけだろ」
「そ……そうだよ、俺らはそいつに付き合っただけだ、別に何かしたわけじゃない。関係ねーよ。おい、行こうぜ」
こういう人たちの友情など脆いものなのか……劣化先輩の連れの二人は警備員に囲まれた枠から出ようとする。
劣化先輩はそんな二人に対して、絶望と怒りを混ぜた表情を向けていた。
「そうですか、確かにこの人しか僕の胸倉は掴んでいないですし……あなたたち二人は関係ないかもしれないですね。行ってもいいですよ」
僕らの言葉に二人はほっとした表情を浮かべると、そのまま警備員さん達の人垣が少しだけ割れ、そこから二人は足早に去っていった。
本当、見切りが早いというかなんというか……。
「オイ!! 待てよお前ら!! お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一方で、見捨てられた劣化先輩はやっと僕の胸倉から手を放し、逃げた彼等を追おうとするのだが……それはさすがに警備員さんに止められていた。
二人に対する恨み言がショッピングモールに響くが、彼は警備員さんにそのままどこかへと連れていかれた。
別に僕は本当に彼を暴行罪で起訴したいとかは無いので、あとはこのまま警備員さん達にお任せだ。彼女達を助け出せた段階であとはどうでもいい……。
とりあえず、僕は警備員さん達にお礼を言うとそのまま三人に駆け寄った。
「三人とも、大丈夫だった? ごめんね、格好よく助けられなくて」
「いやいやいや、十分だよ。ありがとうね
「ほーんとほんと、まーた初美が相手の男をボッコボコにぶん殴っちゃうかと思ったけど、ホッとしたよー」
音更さんが握り拳を作ると自身の目の前に持ってきて、神恵内さんがそれを呆れたように見ていた。……あれ? もしかして僕が助けなくても自分達で何とか出来たんだろうか?
「強いんだね、音更さん……」
「こんな格好しているとよくナンパされるからねー。自衛するためにおに……彼氏に鍛えてもらってるんだ。たぶん、下手な男よりは強いよ」
「おに……?」
「あー、初美の彼氏って義理のお兄ちゃんなんだよ。格闘家やってる
「いいじゃん。義理の兄弟は結婚できるんだから、何の問題もなし」
あいにくと格闘技には詳しくないのでその名前は聞いたことが無かった。だけど、そんなお兄さんに鍛えられているならやっぱり僕は余計なことをしたのだろうか。
しかし……音更さんは随分と濃いキャラの人だったようだ。義理の兄弟が彼氏って、まるで漫画のようだ。
「それなら僕、余計なことをしちゃったかな……?」
「いやいや、助かったよ。今度ナンパを受けて相手をぼこぼこにしたら、彼氏がボディガードでずっとつくとか言い出してたからさ」
それならよかった……のかな? まぁ、僕が余計なことをしたということでなければよかった。
「でも、簾舞って凄いよねー。これも愛の力ってやつなのかな? ねぇ、七海ー? そろそろポーっとしてないで会話に参加したら?」
神恵内さんが、そういうと後ろのおとなしい女性に対して声をかける……。
……やっぱり……彼女だったんだ。
僕は改めて彼女の目を見ると……やっぱり眼鏡の奥のその眼には見覚えがあった。あの綺麗な目は……。
「七海さん……?」
「う……うん……えっと……
そこにいるのは学校とは全く違う……学校の時とは正反対ともいえる格好をした……七海さんだった。
……確信が持てたわけじゃなかったんだけどね。
「私……ギャル系のファッションも好きだけど、実はこういう格好も好きでさ……二人と遊ぶときはわりかしこうなんだけど……えっと……がっかりしちゃったかな?」
「……そんなことないよ。可愛いし、似合ってる。ほら、僕なんてこんな根暗ゴキブリって言われるような上下真っ黒だし、こういうのを、私服がやばいって言うのかな?」
音更さんと神恵内さんが僕の言葉にプッと噴き出した。うん、あれはさり気にうまい表現だよね。僕としては怒るよりも納得感の方が強かったよ。
まぁ、今日は服を買ってよかったといったところか……。彼女にも会えたし、ナンパからも助けられた。ナンパの方は別にいなくても良かったみたいだけど。
「よかった……でも、よく私だってわかったね?」
「それが愛の力ってやつでしょー?」
「そーだねーそーだねー、そうだよねー簾舞?」
そういわれると……罪悪感が沸き上がる。僕は七海さんだと確信してわかって助けたわけではないのだ……それこそ、それを告げるとがっかりされるかもしれないけど……。
「……いや、ごめん。見覚えがある目だとは思ったけど、確信が持てたわけじゃなかったんだ。でも……きっと七海さんだろうなとは思ってたよ。がっかりしちゃったかな?」
僕の言葉に、七海さんはゆっくりと首を横に振ると僕に笑顔を見せてくれた。眼鏡はかけているし、いつもと恰好は違うけれど、その笑顔はいつもの笑顔だ。
「ううん、がっかりなんてしてないよ。陽信がそういう優しい人で、私は嬉しい」
「良かった」
それから少しの間、周りに誰がいるかも忘れて僕と七海さんは見つめ合った。なんだかそれだけで幸せな気分になる。
それを中断させたのは、二人の友達の言葉だった。
「お熱いねぇ、お二人さん。このまま二人でデートしちゃえば? あ、明日もデートだっけ?」
「そうだそうだー。行っちゃえよー」
その言葉で僕らは現実に引き戻される。
七海さんは茶化してきた二人に怒って、僕はあいまいな笑顔を浮かべるだけだった。
二人が許してくれるならそれもいいかなと思ったのだが……自身の格好を見下ろしてそれを思い直した。
「そうしたいのはやまやまだけどさ、今日は僕、明日のデート用の服を買いに来たから……今日は予定通り三人で楽しんでよ」
「陽信……そんな……わざわざ……?」
「いや、ほら。僕ってこんな服しか持ってなかったからちょうどいいなって思ってさ。だから明日はもうちょっと違う格好で会えると思うから、楽しみにしててよ」
少しだけ申し訳なさそうにした七海さんだったが、そんな顔をしないでほしい。改めて僕は自身の格好を見るのだが……本当に真っ黒で、今の七海さんの隣に立つのが恥ずかしくなってしまうのだ。
だから今日は、こうやって不意に会えただけで満足しておいた方が良い。これ以上は僕がいたたまれない気持ちになってしまう。
「なるほどねぇ、やるじゃん簾舞。それじゃあ楽しみは明日にとっておいた方が良いねぇ」
「んじゃんじゃ、今日は彼女を借りとくねー。簾舞ー。」
二人は納得してくれたのか、まだ少しだけ名残惜しそうにする七海さんを連れて行く。僕はまた明日ねと七海さんに挨拶すると、七海さんは黙って首を縦に振り二人についていった。
そして、踵を返した僕の背中に七海さんの疑問がぶつけられた。
「ねぇ、陽信……明日は……どっちの私が見たい?」
僕は振り返り七海さんを見る。非常に難問であるが、僕は僕なりに考えて彼女に笑顔で答える。
「七海さんが自然になれる格好なら、どっちでもいいよ」
お弁当のリクエスト時には彼女を困らせそうな答えだが、彼女は僕の答えに満足そうに微笑んでいた。
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