第19話「そしてデート当日」
「おはよう、
「……おはよう、
僕は七海さんの自宅から少し外れた場所から連絡して、家から出てきた彼女と会う。ご家族にバッタリと会わないための苦肉の策である。
今日の彼女の格好は、少しおとなしめ……服装自体は白いブラウスに薄い青のロングスカート……。だけど、所々でギャル系と言うのかな? 肩を出していたり、アクセサリーとか小物類が光って見える。
おとなしめなのにギャル系を融合させているというか……僕の語彙力では、これをなんて表現すればいいのかわからない。なんて言うんだろうかこれは?
ただわかっているのは可愛いということだけだ。
僕は昨日買った新しい服に初めて袖を通して、ほんの少しだけ落ち着かないのだが……。これなら少しは彼女の隣に立っても見られる格好かなと、今は思えている。
バロンさんや先輩達には本当に感謝である。言われなきゃ僕は真っ黒で彼女の前に立っていたことになるのだから。
「今日はまた雰囲気が違うね。似合っているよ」
「うん……こっちの格好なら男子とデートだって、お父さんにも気づかれないと思って。
どうやら、七海さんは僕と交際していると言うのは家族には秘密のようだ。
まぁ、僕も秘密にしている。なんとなく言いづらいのだ。気持ちはわかる。
ただ……僕の両親は何か感づいているのかもしれない。
昨日、僕が非常に珍しく服を買ってきて、しかもそれが黒以外というのだから驚かれたのだが……それ以上は特に言及されなかった。父さんは「そうかそうか……」とだけ頷いていた。
そして今朝……二人は出張でもういなかったのだが、両親不在時の生活費が普段よりもだいぶ多くテーブルの上に置かれていたのだ。
こんなことは今までなかった……ありがたいのだが……何も言ってこないのが逆に怖い……。
いや、今は両親のことは置いておこう。今日の僕は服が違うからかどこか無敵感と万能感を覚えている。しっかりと七海さんをエスコートしなければ。
「それじゃあ、行こうか」
「うん。あぁそうだ……陽信、あのさ……」
「ん? 何?」
「その服、似合ってる。格好良いよ」
……しまった、先に言われてしまった。そうだよ、僕に足りないのはこういうところだ。
それに、朝からそれはずるい。彼女は華のような笑顔を僕に見せてくるが、僕はその顔を見返すことができずに顔を真っ赤にする。
心にあった無敵感と万能感が一気に吹っ飛んでしまった。変わりに別のもの……幸福感で満たされる。
「七海さんも……その恰好、似合ってて……その……か……可愛いよ」
僕は精一杯の反撃をするのだが、彼女は「知ってるよー」とだけつぶやいて僕の隣に来ると、そのまま僕の手を取る。いつもと恰好は違うが、いつもと同じ彼女の手にどこかホッとする。
……前は手を繋がれるだけで緊張していたというのに、これも成長したということか。
あ、七海さん耳が赤いからちょっとは喜んでくれてるっぽい。反撃成功かな?
「結局、今日は何の映画にしたの?」
「あぁ、今日は七海さんが見たがっていたアメコミの映画にしたよ。まだ見てないって言ってたからさ。ネットでチケットを買って、席もちゃんと取ってあるから」
「そんなことできるって知らなかったよ。いっつも二人と行くときはその場で買ってたから。……で、ちゃんとカップルシートにした?」
「してないよ、と言うかあの映画館にはそれが無いの知ってるでしょ。揶揄わないでよ」
僕の隣で歯を見せて「ニシシ」とよくわからない笑い声をあげる七海さんに僕は苦笑する。
格好が変わっても中身は七海さんのままだ。僕をよく揶揄うけど自爆もよくする七海さんだ。
まぁ、席は隣同士にしてあるので、実質カップルシートのようなものだ。
「そういえばさ、僕ってこのシリーズ見たことないんだけど、初めてでも楽しめるかな?」
「んー、そこは大丈夫だと思うよ。私も途中から見てハマった口だし。私もシリーズ全部を見ているわけじゃないしね」
「そっか、それならよかったよ。調べたら20作品以上あるんだもんねこのシリーズ」
「陽信もハマったらさ、今度はレンタルして一緒に見てみようよ。まぁ、ハマってなくても付き合わせるつもりだけど」
20作品を全て一緒にか……それは夢のような話だ。それこそ、シリーズ全部を見終わるには一か月なんて言う期間は全然足りないだろう。
いや、無理をすれば行けるかもしれないが。彼女が言っているのはそういうことじゃない。
彼女はこの関係を、どう思っているんだろうか?
練習台としてなのか、罰ゲームとしての義務感からなのか、それとも……本当に僕に好意を寄せてくれているのだろうか。時々、悲しそうな顔をするのは罪悪感からなのか。
僕はこの関係が罰ゲームであるということを知っている。でも彼女は、僕がそのことを知っているとは知らずに、僕に笑顔を向けてくれている。
屈託のない笑顔で、そこには悪意の欠片もなく……僕はその笑顔を見るたびに、彼女を騙している気分になるのだ。
本当、女の子の状態を教えてくれる親友ポジションや、今の状態がどういう状態なのか都合よくパラメータで表示されないものだろうか。僕はそういう経験が乏し過ぎるので、全くわからない。
『僕はもう、彼女さんは君にメロメロだと思うけどねぇ……一週間に満たない付き合いではあるけどさ、君から見て彼女さんは、そうやって男を騙せるような人なのかい?』
バロンさんの問いかけへの答えはノーだ。
それは即答できる。彼女はそんな……はっきり言ってしまえば器用な人じゃないと思う。だけど、それとこれ……僕が好きだという感情とは別じゃないかなとも思ってしまうのだ。
我ながら何と言うか……ネガティブをこじらせているとは思うけど、どうしてもあと一歩の勇気が出ないのだ。ここまでやっておきながら……。
「陽信……? もしかして、映画は一人で見る派だった?」
彼女の言葉に我に返る。今の僕は彼女とデート中なのだ。ネガティブな考えは後にして、今は彼女と楽しむことだけを考えよう。
「そんなことないよ。ただ、家でレンタルで見るとなると必然的に二人っきりで、緊張して映画の内容が入ってくるかなと思ってさ。それにシリーズとしても多いし……見終わるのに一ヶ月以上はかかるよね」
僕の言葉に、彼女の顔に一瞬だけ陰が差す。
……しまった、直前まで罰ゲームのことを考えていたので一ヶ月という単語を出してしまった。なるべくそのことは出さないようにしていたのに、失敗した。
彼女はその陰を一瞬で引っこめると、一度目を閉じて僕にほんの少しだけ、気が付かない程度に悲しそうな笑顔を向ける。
「……じゃあさ、少なくともさ……シリーズ全部見終わるまでは私達、付き合っていようね?」
……その言葉は一ヶ月経過しても僕と付き合ってくれるという解釈でいいのだろうか? 僕は、己惚れてもいいのだろうか?
……変な空気になってしまったので、僕は軽口を叩いてこの空気を吹き飛ばすように努める。彼女にこんな悲しい顔をさせてはだめだ。今日は楽しんでもらわないと。
今日は彼女のための日なのだ。
「ひどいなぁ、シリーズ全部見終わったら僕、フラれちゃうの? だったらなるべく見るのは引き延ばさないと……。前にも宣言した通り、僕は七海さんを離す気はないんだけど」
言ってから、我ながらちょっと気持ち悪いかなとも思ったが、七海さんは僕の言葉にいつもの笑顔に戻ってくれた。良かった、引かれなかった。
「大丈夫だよ、シリーズはずっと続くから。もう来年も新作の公開決まってるんだよ?」
「なるほど、長寿シリーズになればなるほど、僕等の関係は安泰というわけだね」
僕らは笑いあった。やっと七海さんもいつもの笑顔だ。僕はほっと胸をなでおろして、手を繋いで映画館に向かう。
「……やっぱり、陽信って女の子と付き合ったことあるでしょ? 妙に慣れてるし、服だってわざわざデート用に新調したりさ。私なんて、前からある服だよこれ?」
「そんなことないよ……今日だって僕、ソシャゲの友達とか
「ちなみに、なんて言われたの?」
「先輩には『君は忍者か暗殺者なのかい?!』って言われたよ。ひどくない?」
七海さんがそこで吹き出した。
「……忍者……忍者って……」
どうやらツボに入ってしまったようで、顔を伏せてプルプルと震えている。うん、ちょっとツボが分からなかったけど受けたならよかったと思っておこう。
「昨日はじゃあ……忍びの技で私たちを助けてくれたんだね……改めて……ありがとう忍者さん……」
「……本当に忍者ならもっと華麗に助けてるよ」
笑いに震える声で彼女にお礼を言われてしまったのが、ちょっと複雑だった。
そんな風に話しながら移動していると、映画館についたのはあっという間だった。
券を引き換えて飲み物とポップコーンを買って……準備は万全だ。
「ねぇ、やっぱり私も半分出すよ」
「ダメだよ。今日は日ごろのお弁当のお礼なんだからさ。ここで半分出してもらっちゃったら、僕はどうやって七海さんにお返しをすればいいのさ」
彼女は僕の言葉に渋々ながら納得してくれた。
ちなみに、今日の昼も僕が出す。
最初はこの時に何かプレゼントでも送った方が良いのかな? とも思ったんだけどそれはバロンさんに止められた。
『うーん、さすがにまだそれは早いんじゃないかな。少し重い気がするよ。プレゼントは送るとしたら、一ヶ月記念日とかの方がまだいいと思うよ』
一ヶ月…一ヶ月か。
僕はそれを記念日にできるよう、頑張ろう。
だから、今日のお昼代も僕持ちで、あとはショッピングモールをブラブラしたら、夜に七海さんを家まで送って……今日のデートは終了。そんなプランだ。
もっと色々とやった方が良いのかと考えていたんだけど、そういうわけでもないらしい。
そうこうしている間に上映時間が迫り、僕らは一緒に映画を見た。
アメコミ映画って見たことなかったんだけど、アクションの派手さや、ストーリーの重厚さなど見応えがあり、かなり面白かった。
映画を見終わった後の七海さんなんか興奮しっぱなしで、とりあえず近くの喫茶店で感想を言い合うことになった。
「いやー、もう手に汗握るってまさにあのことだね、凄かった!! それにあのラスト!! 感動的だけどちょっと切ない……やっぱりヒーローは地球のために戦わないとダメだよ!!」
「そうだね、面白かったよ。でもやっぱり前作を見てなかった僕は、ちょっと「なんで?」ってなるところもあったなぁ」
「私もそうだよ。見たことないシリーズの話が入っちゃってたから、気になって気になって……。今回のはシリーズの集大成っていう意味がよくわかったよ」
「あれ、七海さんも知らない話が入ってたんだ。すごい楽しそうな顔をしていたから、てっきり全部知っているのかと思ったよ。」
「……もしかして、映画を見ないで私の顔見てた?」
しまった、途中でよくわからない展開になった時に、映画を見る七海さんはどんな顔なんだろうと思って彼女の顔を見ていたのを自ら白状してしまった。
半眼で僕を睨むようにする彼女に、僕は目をそらしながらごまかした。
「ほら、隣にいたから目に入っちゃったんだよ……たまたま……たまたまだよ」
僕のごまかしに七海さんはしばらく半眼のままだったが、許してくれたのか仕方ないなと言わんばかりに苦笑を浮かべる。
それから僕らは感想を言い合ったり、お昼を一緒に食べたり……彼女が僕の服を見立ててあげると一緒に服を見たりと、とても楽しい時間を過ごしていた。
それこそ、時間の経過があっという間に感じられるほどで、気がつけばもう夕方だった。
今日は彼女とは夕方までと考えていた。あまり夜遅くなっても親御さんが心配するだろうし、さすがに夕飯まで一緒に取る度胸が、そもそも僕には無いからだ。
夕飯まで女子と二人きりって……割とハードルが高いと思う。
「今日の晩飯はどうすっかなぁ……」
僕はそろそろ彼女を家まで送ろうかと考えていた中で、我知らず呟いていた言葉を七海さんに聞かれてしまった。
「今日の夜? お家で食べるんじゃないの?」
「あぁ、今日は両親とも出張でいなくてさ。帰ってくるのは明日の夜の予定なんだよね」
「じゃあ今日の夜ってどうするの?」
「あぁ、適当に総菜でも買うか、出前か外食かなって思ってるけど……」
僕の言葉に、七海さんは少しだけ何かを考えるような素振りを見せてから口を開く。
「……そんなのダメだよ、栄養とか偏るよ?」
「んー……でも、僕って料理しないからなぁ……まぁ、一食くらい平気でしょ」
「……うん、わかった」
七海さんのその言葉に、てっきり僕は納得してくれたのかと思ったのだが違っていた。彼女の表情はどこか意を決したように、強い決意を瞳に宿していた。
「ん?」
「今日は私が、陽信の家に行って夕飯を作ってあげる!!」
……え? なんでそうなるの?
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