第17話「ファッションチェック」
今日は土曜日である。
学校が休みの土曜日、何も予定がない土曜日、いつも通りの土曜日……僕が朝からゲームに興じる休みの日がやってきた。いつもは一週間の中で日曜日と一二を争うほどに待ち望んだ休日だ。
その筈なのだが……。
いつもはウキウキした気分で朝からソシャゲに興じているの言うのに、今日はなんだか調子がおかしい。
集中ができていないというか、すぐに別なことをしたくなってしまう。
(……
そんなことを考えてゲームをやっていたら、パーティが全滅してしまっていた。
『珍しいね、キャニオンくんが全滅なんて。心ここにあらずって感じかな?』
『何かあったんですか……?』
バロンさんとピーチさんの二人が僕を心配してくれている。全滅の理由は単なる凡ミスだ……慣れている人間ならまず起こらない全滅である。
そんな風に、プレイに出るほどに今の僕は集中力を欠いている。自分でもわかっている。
「明日は彼女と初デートですからね……気が付くとそのことばっかり考えちゃって」
正確には明日のデートの事と……今日の七海さんのことを考えてしまっていたから集中を欠いていた。明日の準備は既に万全なのだ。
チケットもすでにオンラインで買って席を決めているし、最初は待ち合わせを映画館にすると考えていたのだが……それはやめようと僕は提案する。
先輩の件と昨日のことを考えると……七海さんが変なナンパに会う確率が非常に高そうだった。
あれだけ可愛い女子が一人でいれば、きっとナンパしないやつの方が少ない。
そんな心配をしている僕に、彼女はあっさりと言ってのけた。
『じゃあ、家に迎えに行く?』
考えてみれば簡単なことだった。家まで迎えに行けばナンパの心配はほぼゼロだ。目から鱗のその提案を僕は受け入れて……今回は待ち合わせはせずに、七海さんの家まで迎えに行くことにした。
彼女は最初、僕の家まで迎えに来る気だったらしい。いや、さすがにそこは僕とは言え男の矜持が廃れる感じがしたので、丁重にお断りしたのだ。
だから昨日、僕は初めて彼女を家まで送ってから帰宅した。そのため、昨日は今までで一番長く七海さんと一緒にいた日になった。
……決して、七海さんの家の場所を知りたかったという理由ではないことは言い訳しておく。
『そういえばさ、同棲してる人達ってこうやって一緒に帰るのかな? それってなんかさー、憧れるよねー?』
帰り道にそんなことを七海さんに言われてしまい、僕は慌てるばかりだった。
まぁ、七海さんも「ごめん、忘れて……」と言ってたからあれは自爆だろう。耳が赤かったし。
七海さんと一緒に同じ家に帰宅……想像するだけで……身悶えしそうだ。
そして、日曜日には一緒に長くいる記録が更新されると思うと……なんだか落ち着かないのだ。
気持ちがソワソワしてしまう。
こちらから連絡をしようかとも思ったが、せっかく友達同士で盛り上がっているだろうところに水を差すのも悪いなぁと思って我慢してたんだけど……。
七海さんからは、逐一報告が来ていた。
『映画、すっごい良かったよー。エッチなシーンはちょっと恥ずかしかったけど……勉強にはなったかな? 今後を楽しみにしててね?』
七海さん、何を勉強したんですか、僕は何を楽しみにすればいいんですかと一人で慌てたり……。
『お昼はハンバーガーだよ、陽信は何食べた? お休みの日もお弁当作ってあげられたら良いのにね、今度、お昼作りに行ってあげようか?』
昼食時には、七海さんのお弁当を思い出し、普段は美味しいと感じているカップ麺が急に味気なく感じたり……。
『明日が待ち遠しいねー。早く会いたーい。夜には連絡するね? 明日は楽しいデートにしようねー』
そんな風に、可愛いことを逐一言ってきてくれるのだ。
そりゃ、ゲームにも身が入るわけがない。
終始ニヤニヤしっぱなしだ。我ながら気持ち悪い。
『いいねぇ、青春だねぇ。初デート……盛り上がらないわけないよね。準備は万全かい?』
「えぇ、万全ですよ。彼女の家まで迎えに行きますから」
『そっかそっか。うんうん……明日はゲームは気にせずに存分に楽しんできてね』
『……気を付けてくださいね』
おぉ、ピーチさんが初めて応援するような意見を出してくれた。これは感慨深い……。
『つまんない映画だったとか面白くないデートだったとか最悪だったとか、酷い事を言われて心が折られないように気を付けてくださいね……』
違った……応援はしてくれるのかもしれないがどこかネガティブだ。
この子の闇がどんどん深くなってきている気がする。よっぽどギャル系が嫌いなのか……。
『ピーチちゃん、そんなこと言わないの……。でも、そうだね。そう言われないようにきちんとエスコートしてあげなよ。そうすれば好感度も上がるはずさ。もう好感度はカンストな気もするけど……』
確かに、ピーチさんの言葉を前向きに捉えると明日のデートがうまくいくかどうかも、僕は気を付けなければならない点なのだ。
……僕としてはここ数日過ごしただけではあるのだが、七海さんと一緒に居られれば、それだけで楽しいのだが……。
よく考えると、それで彼女が楽しいとは限らないのだ。これは一つ、いい勉強をさせてもらった。
『それで? 当日はどんな服装でデートに行くつもりなんだい?』
「服……? 服ですか……?」
服……デートに着ていく服……。
あれ? デートに着ていく服ってどんな服だ? 普段着でも良いんだろうか?
「とりあえず家にある服は……ほとんど黒系ばっかりですね……よく考えたら……。ズボンもゆったりしただぼだぼのやつで……あとジーパンくらいかなぁ?」
僕の一言に、バロンさんの言葉が止まる……そして……。
『キャニオンくん……君、先輩くんと仲良くなったんだよね? ちょっと全身の写真を撮って先輩くんに送ってみてもらえるかな?』
『キャニオンさん……流石に……違いますよね?』
二人から心配そうなメッセージが来た。何かダメだっただろうか……。
僕は部屋着であるジャージから普段着に着替える。制服、部屋着以外はゲームを買いに行くか本を買いに行くくらいしか出かけないので、いつも着ている普段着の数もそんなに多くない……。
とりあえず、着て……どうやって全身を写そうか……。
あぁ、そういえば父さんが使っている全身が映る鏡があったな……それを使わせてもらおうか。
唐突に僕が自分の全身写真を撮りだしたことに、家にいた両親は首を傾げていた。その視線は無視して、僕は全身の姿を撮ってから先輩にメッセージを送ってみた。
「先輩、今って大丈夫ですか? 相談なんですが……ちょっと明日の七海さんとのデートで着ていく服を見てもらってもいいですか?」
それから10分ほど経過して、先輩からの返答が来る。
『フラれた僕にそういうことを告げる君の神経のずぶとさは凄いね……。いいよ、今は部活の休憩時間だから送ってみてくれたまえ』
……言われてみればそうだったが、ファッション関係で僕には頼れる人は先輩くらいしかいないのが現状だ。
ソシャゲのチームの皆とはネット上だけの付き合いだし、数少ない僕の交友関係はみんな、服を買うならそれ以外を買う人間だからだ。
「すいません、頼れる人が先輩しかいなくて……写真を送りますね」
僕は自分の写真を先輩に送ると、すぐに両方ともに既読が付く。そして、それからの先輩からの返信は早かった。
『簾舞君……僕もバスケばかりにかまけているからファッションにはそこまで詳しくない……詳しくない前提で聞いてくれたまえ』
先輩はそんな前置きをしてきたが……何かおかしいところがあっただろうか。
『なぜ上下全部が真っ黒なんだい!? インナーもアウターも全部黒で、パンツも黒って君はあれか? 生来の暗殺者か忍者なのか? あと、そのシャツに書かれた赤い文字は何なんだい? 全部が真っ黒だからその文字がやたら目立つし、黒に赤文字ってなんか怖いよ!!』
「先輩、さすがに僕……下着姿は送ってないですよ。パンツの色は緑のトランクスです」
『教えなくていいよ!! この場合のパンツはズボンの意味だ!! そこで小ボケを挟まなくていいよ!!』
そうなのか。僕はずっとズボンと呼んでいたからそんな呼び方があるなんて馴染みが無かった……。そうか、ズボンのこともパンツというのか……あれ、じゃあパンツはなんて言うんだ? いや、そんなことはどうでもいいか。
『簾舞君、もしかして君の持っている服は、全部が全部そんな服なのかい?』
「そうですね。同じような服しか持ってないです」
『今すぐ服を買いに行きたまえ!! カジュアルウェアの量販店で問題ない!! そして全身写真を逐一僕に送るんだ!!』
……どうやら、僕の服装は完全にNGだったようだ。しかも先輩は、部活中だというのに逐一チェックをしてくれるらしい。とてもありがたい。
そっかぁ……これはダメだったか……いや、半分くらいはわかっていたけどね。
「わかりました、ありがとうございます先輩」
『うん。僕も部活中だからあんまりこまめには見られないかもしれないが……店員さんにもきちんと話を聞いてみることをお勧めする。いいかい、基本はシンプルだよ』
再度お礼のメッセージを送るのだが、そこからは既読は付かなくなった。もしかしたら部活に戻ったのかもしれないと、先輩とのやり取りを終えた僕は、バロンさんとピーチさん達にもゲームを抜けることを告げる。
『うん、よかったよ……服のことを聞いておいて』
『……まさかそこまでひどいとは思ってませんでした』
二人にまでそんなことを言われてしまい、いつも出掛けている服装で服を買いに行くのが急に恥ずかしくなってきてしまった……これがいわゆる『服を買いに行く服が無い状態』ってやつか。
しかし、覚悟を決めて買いに行かなければならないと……僕はお金を下ろしてからちょっと遠いが街中にあるショッピングモールの中の量販店へと移動することにした。
明日、七海さんとくる映画館もここにあるから、下見も兼ねておこう……。
そして、僕の初めての服選びが始まった。
最初は量販店だし「あれ?服ってそんなに高くないじゃないか?」とか一点一点の服を見て軽く考えてたんだけど……全部そろえると結構高いのである。
バイトをしていない高校生のお財布事情には優しくない……。
こんなことなら、バイトをしておけばよかったかなと少し後悔することとなった。僕にできるバイトに何があるのかわからないけど……。
……七海さんってバイトしてないのかな? 彼女と一緒にバイトとか……いや、ダメだな。七海さんばっかり見てミスを連発しそうだ。
試着して、先輩に写真を送りながらだから結構時間もかかった。律儀に先輩は写真に対して的確に突っ込みを入れてくれたのだ。
『あまり選択肢が多くても混乱するから、下は黒スキニーに絞るんだ。そこから上をどうするかを選ぶんだよ。さわやかな感じにいこう』
先輩の助言通り、黒スキニーのパンツ、白とネイビーの太めのボーダーシャツ、白いアウターのシャツ、それと飾り気のないシンプルなベルトを選んだ。
実は靴も真っ黒なんですということを伝えると、靴も薄い青色のスニーカーを一足、別の店で購入した。
最後に全身の写真を先輩に送ると『それなら良いね、無難だ。さわやかに見えるよ』と言われたので、大丈夫だろう。
僕は先輩にお礼を言うと『お礼なら君がもらっている茨戸君のお弁当で……』と言われたので、それだけは丁重にお断りさせていただいた。
ただお礼として、七海さんに先輩にも先輩用のおかずを一回だけおすそ分けしてあげてくれないかと、さりげなく聞いてみることを伝える。
……即座に文字からもものすごい喜びが伝わってくる返信が来たのだが、そんなに食べたかったのか……。
しかし、普段の服を買う倍以上の金額が吹っ飛んでしまったのだが……まぁ、いい機会だと思っておこう。
あとは親に「どうしたの?突然服なんて買って」と見つからないようにだけ注意すればいいや。
なんだか服を買うだけなのにどっと疲れてしまった……明日のデートのためにも早く帰ってゆっくり疲れを癒そうか……そんなことを考えていると……僕の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ちょっと、やめてくれない? うちらみんな彼氏いるしお断りなんだけど?」
「いいじゃない、今は女の子三人なんでしょ? 一緒に俺らと遊ぼうよ。バレなきゃ大丈夫だって」
聞き覚えのあるその声の方に視線を送ると……そこには七海さんの友達の音更さんがいた。
そういえば、今日は三人で映画を見るって七海さん言ってたし、彼女もここに来ていたのか……。
彼女達のただならぬ雰囲気に少し遠くから彼女たちを改めて見るのだが……僕は少し困惑してしまった。
そこは
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