第15話「勝利の女神(贔屓)」
「とまぁ、こんなことがあったわけですよバロンさん」
『いやー……今日も濃い一日を送ったねぇ……キャニオンくん……。君、実はトラブルメーカーだった?』
失敬な。僕は平凡な男子高校生だというのに……。
でも、
学校でも指折りのギャル系美少女に、罰ゲームで告白されてお付き合いをする。
……罰ゲームってところが、かろうじて信じられるポイントか。
でも、罰ゲームのはずだけどここ数日の僕は非常に幸せな気分に浸ってしまっているから、やっぱり信じられないかもしれない。
『でもまぁ、その場の雰囲気もあるんだろうけど……よくやったよねぇ……実質的に30対1の状態で勝ったなんて……バスケのスリーポイント対決だから、スコアは90対3かな? あっはっは、大差も大差だね』
「まぁ、その場の雰囲気と、相手が負けたと思ってくれたからでしょうね」
そう……僕は
僕は標津先輩との勝負の前にまず、20本ほどお手本と称してスリーポイントを連続で見せてもらった。傍らで、ずっと見て……やり方を教えてもらう……という建前で。
本当は単に先輩の体力を少しでも削ることが目的だった。あとは、本番前に彼がリズムを崩してくれることを願って、僕の下手なスリーポイントに指導までしてもらった。
……部活の主将と言うだけあって、普通に面倒見がよくて申し訳なくなったが、とりあえず僕は投げ方を丁寧に教えてもらった。
そして僕は、最初の一投に全力を注いで……とにかく集中してその最初の一投を入れることだけを考えて……それは達成された。
完全にまぐれ、そのまぐれが最初の一投に来たというだけの話なのだが……先輩の動揺は目に見て取れた。
七海さんが僕に対して歓声を上げたのも先輩の動揺を誘っただろう。
だけど、それは僕も同様で……まぐれ当たりが続くわけもなく、そのあとの9投はすべて外した。最後の方なんてリングに届いてすらいなかった。
だって七海さんから「カッコいい! ステキー! 好きー!」とか言われたんだよ? そんなの動揺するよ?
あれ、今思い返すと好きって言われてた僕? ……幻聴だったのかな?
まぁでも……その一投を決めた事で僕の勝利条件は満たされた。
一投でも入れれば僕の勝ちというハンデがあったから。少なくともこの時点で負けはない。
誤算があったとすれば、先輩はそのあと動揺をしていたはずなのにスリーポイントを10本連続で決めたということか。
20本ほど投げた後に、下手な僕の指導をして、最初に僕が勝利条件を満たし、さらには七海さんは僕の応援をする。
これだけの動揺材料が揃っておきながら、最初の20本も含めて合計30本のスリーポイントを全て決めたというのは驚愕だった。
僕はバスケの経験は無いのでわからないが……もしかしたら最初の20本が逆にウォーミングアップになってしまったのか、それともその程度の本数は余裕だったのか……この辺りはバスケ部主将を舐めていたと言わざるを得ない。
こうして、実質的に10対1……最初の20本を入れれば30対1の構図ができあがったわけだ。
普通であればハンデの分を差し引いても引き分け以下だ。事実、僕にあったのは敗北感なのだから。
だけどその敗北感は、七海さんの一言で吹っ飛んだ。
『
僕の出した条件……『勝負の結果をどうするかは七海さん自身に選択させてあげてください』ということから、七海さんは僕を勝者と判定した。
出来レースもいいところだが、先輩はその結果を受け入れてくれた。
『本当……不正も不正、だって最後の判定を彼女さんがするってことは、それって実質的にキャニオンくんが決めた本数が0本でも君の勝ちって言っちゃえばそれまでじゃないか』
「まぁ、そうですね。完全に不正ですね」
もしも彼女が勝負後に先輩に惹かれてしまっていたら、どんな状況だろうとも結果は逆だったけどね。
まぁ、交際を一度断った相手に対して七海さんがそんな選択をするとは思えなかったが……それでも万が一ということもある。
何せ、先輩のスリーポイントシュートは男の僕でも見惚れるほどに格好良かったのだ。
この関係が罰ゲームである以上、何があるかわからないと……僕はちょっとだけ不安でもあった。
まぁ、杞憂に終わったが。
……勝負が終わった後の七海さんの抱きつき攻撃は凄かった……柔らかくて暖かくて良い匂いで……。露出が高いから触れる肌の面積も多いし……。
そこから恥ずかしがって、赤面してからちょっとだけ離れるまでがワンセットだ。
あの感触は……正直忘れられてないです……なんせ初抱きつきだし……。
『……ねぇ、キャニオンくん。僕が最初に君に言ったこと、覚えてるかな?』
「最初に言ったこと?」
バロンさんが話を変えてきた。最初に僕が言われたこと……。
いや、日々色々と言われすぎて絞り切れない……。このタイミングで言うってことは……。
「僕が彼女に好きになってもらうように……って話ですか?」
『ご名答。相変わらず察しは悪くないよね君は』
「まぁ、最初に言われたことですから覚えてますよ流石に……」
バロンさんに相談したことがきっかけで、僕は彼女と付き合うことを選んだんだ。そして……僕は僕なりにだけど、彼女に好かれるように努力はしてきた……してきたのかな?
でも、なんというか……今までと違って言動には気を付けるようにしているのは確かだ。
何かそのことで、バロンさんに気になることでもあったのだろうか?
『君さぁ、逆に彼女さんのことメロメロに好きになっちゃってない?』
画面に表示されたその一言に、僕の心臓の鼓動はドクンと一回だけ大きくなる。
それは図星……だった。
『あぁ、勘違いしないでね。別に僕はそれを悪いと言っているわけじゃないんだ。君が彼女さんを好きになっているなら、それはそれでとても良いことだと思うよ』
「……そうなんですか?」
てっきり僕は、そんなことでどうすると叱責されるのかと思ったが……まぁ、バロンさんがそんなことを言うとは思えないけど、それに近いことは言われるかと思っていた。
だけど、その次の一言は僕にとっては衝撃だった。
『うん。だって彼女さんはどう見ても君のことをメロメロに好きになってるからね。これで君が彼女さんを好きなら晴れて両想い。何の障害も問題もなくなる』
「そうでしょうか……彼女が僕のことを……?」
『いや、逆にそれで好きじゃなかったら、僕は世の中の女性が信じられなくなるよ』
え? まだ付き合い始めて……火曜日からだから……3日目だよ? そんなに早く目的達成ってことある?
でも……もしそうなら……ちょっと……いや、かなり嬉しい。
『私はそうは思いませんけどね……絶対……弄んでるだけですよ』
唐突にピーチさんが会話に割り込んできた。いや、チャットだから割り込むも何もないんだけど、彼女の意見から僕の頭は一気に冷え込んでくる。
『ギャル系なんて男子を弄んで陰で笑っているに決まってますよ……お友達の方はニヤニヤ笑って見てたんでしょ? きっとキャニオンさんが何も知らないと思って笑ってたんですよ……』
……なんだろうか、彼女の言葉で一気に頭が冷えてきた。彼女の言葉はネガティブだし、非常に偏見に満ちているのだが……確かに七海さんの友達である
「ピーチさん、僕のことを心配してくれるのはありがたいよ。ありがとう……。でも、彼女はそんなに悪い子じゃないと思うんだ。だからそう悪く言わないでほしいな」
僕はあの笑みに悪意が感じられなかったのだ。
それに……彼女達は最初に言っていたじゃないか「罰ゲームだとは自分たちからは明かさない」と。
だからきっと、あのニヤニヤは別の意味だ。
『……ごめんなさい。キャニオンさんが心配でつい……』
「いや、ありがとう。おかげで冷静になれたよ。僕はこれから、もっともっと努力して彼女に好かれるように頑張るから」
そう、僕はまだまだ自惚れるには早すぎる。
だいたい付き合ってまだ三日目なのだ……彼女が驚異的なチョロさ……いわゆるチョロインでもない限り、あの姿は彼女なりの『理想の彼女像』を演じていると思った方が良いだろう。
『……ごめんなさい、今日は落ちますね』
そういってピーチさんはチャットからいなくなった。
彼女は言い方はキツかったが、きっと僕を心配してくれていたのだろう。もしかしたら、ギャル系の女子に嫌な思い出でもあるのかもしれない。
『ピーチちゃんの言葉でどうなるかと思ったけど、前向きに捉えてくれたようでよかったよ。ごめんね、彼女もきっと悪気はないと思うんだ』
ピーチさんが居なくなったのと入れ替わるようにバロンさんが書き込む。彼女の事を咎めなかったのは、僕と同じことを感じていたのだろう。
この人は本当に頼りになる人だ。
「いえ、気にしてませんよ。それに彼女のおかげで頭が冷えました。僕は、彼女に好かれるようにもっと努力していきたいと思います」
『……もう心配ないと思うけどねぇ……まぁ、前向きに努力することはいいことだ、正しい努力は悪い事じゃない』
「さしあたって僕は何をすればいいですかね?」
『そこで僕を頼らないでくれればもっと格好いいんだけど……ていうか、僕の発言なんてほとんどネットの受け売りなんだから、君も調べればいいだけじゃないの?』
……彼はいつも僕へのアドバイスをネットの受け売りというが、本当にそうなんだろうか?
実は僕もネットでいろいろと調べてはみたのだが……どれもこれもピンとこないのだ。
だけど、彼に言われたことは非常に心にストンと落ちる。説得力があると言うか……。だからどうしても、最終的に彼に頼ってしまうのだが……。
『まぁいいや。明日は今日の彼女のケアをしてあげなよ。今日の一件でもしかしたら……少し不安に思っているかもしれないから、そこをちゃんと慰めてあげるんだ』
「不安って……僕は勝ちましたし、大丈夫だと思ってたんですけど……」
『んー……彼女が不安に思っているのはきっと『これからも君に同じような勝負を挑んでくるやつが増えるんじゃないか』って点だと思うよ』
……あぁ、そういう可能性もあるのか。それだと……先輩の勝負を受けたのは少し軽率だっただろうか?
『君から聞く限りの彼女さん像でしかないけど……自分のせいで、君が危険な目に合うことを気にしちゃってるんじゃないかな。だから君は……嘘でも虚勢でも意地でも何でもいい、そんなことは平気だってアピールして彼女を安心させてあげなよ』
「……なるほど、確かにそうですね……ありがとうございます」
あの後、僕らは一緒に手を繋いで帰ったけど……彼女は内心で不安がっていたのだとしたら……。察してあげられなかったことを、とても情けなく感じてしまう。
『まぁ、「バスケ部と勝負して勝った」って結果は、噂としていろんなヒレがついて駆け巡るだろうし、明日はきっと平和だと思うよ。思う存分イチャイチャしなよ。日曜日のデートの話なんかしちゃってさ』
「……そうですね、何の映画を見るのか……話を聞いて決めておきますよ」
『うん、そうするといい』
いまだにデートと言う単語を見るだけでドキドキするが、それもなんだか心地よかった。
もしも彼女が不安がっているのなら……いや、そうじゃなくても明日までに何かいい言葉を考えておこう。こればっかりは、バロンさんを頼るわけにはいかない。
僕はいつもなら集中しているソシャゲもそこそこに、明日彼女に会ったときに言うべき言葉をずっと、頭の中で考えていた。
……ちなみにこの後、七海さんから大量のメッセージが来て……内容は全部、僕に関する褒め言葉だった。
そんなに褒められる事はしてないんだけどなあと、自分が汚い手で勝ったことの後ろめたさを感じていたのだが……それも、次の一文で吹っ飛ぶ。
『抱きついたけどさ……ご褒美にほっぺにちゅーくらいはした方が良かったかな?』
正直……嬉しいけど……それをあの場でやられたら僕の心臓が持ちませんよ、七海さん……。
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