第10話「明日からの為に」
なんとか今日を生き延びた僕は、帰りに七海さんと一緒に生活雑貨を扱うバラエティショップへと来ていた。
正確には群がる男子達から逃げのびた……だが……。明日からの登校が少しだけ憂鬱だ。
いや、隣に七海さんがいるのだから憂鬱など吹き飛ばせ僕。この繋いだ手の温もりを思えば、憂鬱なんて言えるはずもない。
来店の目的はもちろん、僕用の大きめのお弁当箱を買う為で……お弁当箱の選定は、二人であーでもないこーでもないと言いながら、なんというかこう……勝手に、新婚さんってこんな感じなんだろうかと妄想しながら行っていた。
そう考えた直後に
「なんか、新婚みたいだよねー。ヤバイねコレ」
とか七海さんが言い出すもんだから、もう死ぬかと思った。頬染めプラス照れ顔のコンボはとんでもない破壊力でした。ありがとうございます。
「ぼ……僕もそう思ってたところ」
と、か細い声で反撃すると、顔を真っ赤にした七海さんに背中をバンバンと叩かれた。何という心地いい痛み……いや、Mとかそういう意味じゃなくて、本当になんかこう幸せな気分になるというか……。
そんなこんなで、我ながらイチャイチャしてると自覚しつつ、お弁当箱の選定はすんだのだが……。
「これだねー、じゃあ買ってくるねー」
と、七海さんがレジに向かい出した時は流石に焦って止めた。
自分のお弁当箱くらいは自分で買うし、なんなら今日のお昼の材料費だって僕は出したいくらいなのだ。
だけど材料費は断られた……。好きでやったことだからと固辞されてしまった。
ならせめて自分のお弁当箱は自分で買うと僕は彼女に告げて、買ったお弁当箱を彼女に手渡した。
いや、当たり前のことなんだけどね。僕の為に作ってくれるのに、お弁当箱まで彼女に買わせるとか、どんな彼氏だ。
流石にそれはないと、僕にだってわかる。
でも、僕からお弁当箱を受け取った七海さんは顔をパァッと明るくさせる。
「なんか、プレゼント貰ったみたい」
受け取ったお弁当箱を大事そうに抱えた彼女の言葉に、きっとイケメンならこういう時に上手い返しが出来るのだろうと考えるが……あいにく僕にはそんなことは無理だった。
言えたのはせいぜい「明日からも、よろしくお願いします」と頭を下げるくらいのものだ。
彼女は僕の言葉に嫌な顔一つせず「任されました」と笑顔を返してくれた。
それから、明日のお弁当は何が良いと質問を受ける。
僕は七海さんが作ったものならなんでも良いと思ったが、なんでも良いは一番困るパターンだとどこかで聞いたので、とりあえずパっと頭に浮かんだ料理をリクエストした。
「えっと……ハンバーグかな?」
「ハンバーグね、了解。あ、ピーマン食べられる?」
「流石に食べられるよ……僕はパクチーとか匂いのキツい香草系以外はなんでも食べられるよ」
「私もパクチー苦手ー。でもそこは、私の料理ならなんでも食べられるよ。って言って欲しかったかな?」
……そうか、こういう時はそう答えるべきなのか。勉強になる。
彼女の笑顔に、僕はもう遅いと知りながらもその言葉を反復してみたのだが、盛大に笑われてしまった。まぁ、受けたからよしとしよう。
それから僕らは談笑しながら一緒に帰る。もちろん、手は繋いだままだ。
そして、朝に待ち合わせた駅で別れた。
別れ際に、夜にまた連絡するねと言ってくれたので、僕は頷いて肯定する。気の利いたセリフが出ない自身が恨めしいが仕方ない。
だって、ふとしたことで意識してしまうのだ。
罰ゲームだから、彼女は僕と付き合ってくれているのだと。
「とまぁ……ここまでが今日あった出来事です」
『いや、なんかネガティブなモノローグ出してるけどさ、もうそれ彼女の中で罰ゲーム関係なくなってるでしょ? 絶対に君にもうメロメロだよ』
帰宅後に起動したソシャゲをしながらバロンさんに相談したら、僕の葛藤は無意味と言わんばかりに即座にそんな答えが返ってきた。そんな馬鹿なと僕は彼の言葉を否定する。
『今週中でも無理だと思っていた手を繋いで登校をクリアして、更に手作り弁当までもらって、しかもあーんまでしてもらって? 告白されたの昨日だよね? 普通はあり得ないよそれ』
今週中は無理だと思っていたんですか……。
まぁ……そこについては突っ込まないでおこう。アドバイスをもらう身なのだし、きっと目標を高く設定していてくれたのだと思っておこう。
「そうなんですかねぇ? いや、罰ゲームって言っても彼女は男性に慣れるためにお付き合いしているわけですから、僕を相手にシミュレーションしてるんじゃないんですかね?」
『いや、罰ゲームでの告白からのお付き合いってもっと事務的と言うか……むしろ『私が付き合ってあげてるんだから調子に乗らないでよね、学校では話しかけないでね』くらい言うと思ってたんだけど』
「彼女はそんな子じゃありませんよ」
アドバイスをいただいている身だと言うのに僕はバロンさんの物言いに少しだけムッとして反論してしまう。
文字だけだから僕が不快に思っていることは伝わってないだろうけど、想像とは言え彼女の事を悪く言われると少しだけ嫌な気持ちになる。
まぁ、この辺は文字で伝わらないニュアンスと言うものだろう。バロンさんも悪気がないのは分かっている。
『とりあえず、今の彼女の状態については、以下の可能性が上げられるかな』
バロンさんはそう言うと、彼女についての状態を考察する。
『可能性1、男を翻弄することに快楽を見出している、小悪魔タイプである……傾国の美女とでもいうんだっけそういうの?』
「それは無いと思いますよ、男性慣れしていないって……罰ゲームを決める時に彼女の友達が言っていましたから」
だからこそ草食系、絶食系だと思われていた僕が選ばれたのだ。それに、そういう人なら過去に告白してきた数々のイケメン達をフルことなく積極的に交際していただろう。
可能性1については、万に一つも無いと断言できる。
『可能性2、どうせ一ヶ月後に別れることが確定しているんだから、嫌われても構わないから自分の理想の彼女像を作って君で試している』
なるほど……あれが七海さんの理想とする彼女像の演技……男子慣れしていないというのにずいぶんと積極的に来ていたからおかしいと思ったが、無理して演技していたのなら納得だ。
……あれが本当に演技なら、女性と言うものは恐ろしい。前にも考えたことがあるが、彼女はきっと役者として食べていける。
綺麗だし、可愛いし、スタイル良いし、性格も良いし、とにかく可愛いし。
『可能性3、告白した日に君に助けられたことで、君に対して既にメロメロになってしまっている』
「それが一番無いと思いますよ。だって、僕がやったことって彼女に水がかからないように庇ったくらいです。そんなんでメロメロって……あるんですかね?」
まぁ、表現の古さは置いといて……あの程度の事は僕じゃなくてもできることだ。そんな事ですぐに人を好きになるのだろうか?
いやまぁ、今日ずっと彼女に翻弄されっぱなしだった僕が言えた義理では無いのだが……それでも、僕を好きになる動機付けとしては……なんだか信じられないという気持ちだ。
『可能性4、実は君は異世界から転生してきたチート持ちで、告白された女性をメロメロにする能力持ちだった』
「限定的すぎません、その能力?」
告白された女性をメロメロにするって、そもそも告白された時点でメロメロなんだろうから、気づかないし無意味な能力だ……。バロンさん、変なオチを持ってきたな。
『まぁ、僕としては3の可能性が一番高いと思っているんだけど』
『私は1だと思ってます。すぐに別れた方が良いですよ』
ピーチさんが会話に入ってきたが、それだけ言うとすぐに居なくなった。彼女は一貫して七海さんに手厳しい。人の心を玩ぶ行為が許せないのだろう。正義感が強い人だ。
「僕はその中だと2ですかね。たぶん、僕は嫌われても構わない練習台なんですよ。だから色々できるし、周囲を気にしないで行動できる」
『まぁ、2でも3でも君がこれからやることに大差は無いんだけどね』
先ほど、ピーチさんは僕にすぐに別れた方が良いと忠告してくれた。それは彼女の正義感からの発言だろうが、人の心を玩ぶという意味では僕も大差が無いのだ。
この罰ゲームの間に彼女に僕を好きになってもらって……なってもらったその後……僕はどうするのだろうか?
『それで、キャニオンくんはお弁当を作ってもらって、何か彼女にお礼をしたのかい?』
「あ、いえ……お礼は言いましたけど……色々あって何かお返しをするってのはしてませんでした……」
そうなのだ、僕はお弁当を作ってもらって、唐揚げをあーんまでしてもらって彼女に対してお礼の言葉だけしか言えてない。材料費は断られたのだから、お礼のしようがなかったのである。
それを伝えたらバロンさんからは呆れたような答えが返ってきた。
『材料費って……君ねぇ、お弁当屋さん相手じゃないんだから……そう言うのじゃなくて何かスイーツを奢るとか、そう言う形でお礼してあげないと』
あぁ、なるほど……そう言うやり方もあったのか……全然思いつかなかったと言うか……テンパりすぎて考えが至らなかったと言うか……。
いや、一緒に帰ったんだからいくらでもチャンスはあったんだ……これは僕の落ち度だ。
「じゃあ、明日からはお礼を……」
『あぁ、まってキャニオンくん。君が今日何もしなかったことで、次のミッションを考え付いたよ。君は今週の土曜日……彼女をデートに誘うんだ』
「デート?!」
突然現れた指令に、僕は慌てる。僕からデートに誘うなんて一足飛び過ぎる指令であり、僕にできるとは到底思えない……そんな指令を彼は僕に与えるというのだ。
今日の事を放課後デートと彼女は言ってたが、誘って来たのは彼女の方だし、一緒に帰る延長線上だから大丈夫だったけど……自分からデートに誘うとなると……難易度は爆発的に上がる。
『難しく考える必要はないよ。彼女は対等なお付き合いを望んでいるんだろう、だからお弁当のお礼として適度な返礼は必要だ。……そうだね、映画でも一緒に行くと良い。定番だね』
映画デート……何だろうかその未知の響きは。僕に到底できるとは思えないのだが、それを僕にしろと言うのかバロンさんは。
『ちょっと前時代的かもしれないけど、その日のデート代は全部君が持ってあげると良い。お弁当を作ってくれたお礼とすれば、彼女もすんなり受け入れてくれるんじゃないかな? 君はお昼代を親から貰っているというから……それを貯めておけば余裕だろ?』
確かに、彼女はお弁当をこれから毎日作ってくれると言っていた。それをそのまま甘受するというのは……申し訳ないし、彼女の言う対等な関係と言うものから程遠い気がしてしまう。
彼女とこれからも付き合い続けるためには、きっとバロンさんの言う通り、適度に彼女にお返しをしなければ、きっと僕は彼女に負い目を持ち続ける。
罰ゲームの関係だからこそ、せめて対等のままでいたい。これから先がどうなろうとも。
『今日は君は、自分の事ばかり話してしまった……それは彼女が聞き上手だからってことなんだろうけど……明日からは君は彼女の趣味嗜好をきちんと知ると良い。どんな映画が好きか、彼女の傾向を聞いておくんだ』
「……ちょっとハードルが高いけど頑張ります」
『見る映画を決めたらチケットは事前に予約しておくと良い。当日に買うとなると慌ただしいし、彼女も自分の分は出すとか言うかもしれないからね、先に買っておけばそう言う事もない』
「わかりました……ちなみに……その情報も……?」
『もちろん、全部ネットからの受け売りだよ。映画デートの時はそうするとスマートらしい。ランチとかのお会計も、席を立った時なんかに先にサッと済ませておくと良い』
……ネットの受け売りとは言え参考にはしたい意見だな、とりあえず心に留めておこう。
『いいかい、あくまでも君からデートに誘うという事が重要だ。いつまでも待ちの姿勢でいちゃいけないよ。君が彼女にとても興味があるという事を、どんどんアピールしていくんだ。じゃないと、いつまでたっても好かれないと思うよ……いや、僕はもう好かれまくってると思ってるけどね』
「バロンさん、ありがとうございます」
『いえいえ、とりあえずうまくいくことを願っているよ。それに……キャニオンくん、彼女に好かれることも大切だけど、君も彼女を好きになる様に努力するんだよ、そうやってお付き合いを続けてくれれば、学生時代に碌な青春を送れなかった僕としても嬉しいかな』
「えぇ、分かりました。僕も彼女を好きになるよう……頑張ります」
頑張ると答えたが、実はその点に関しては大丈夫だと僕は考えていた。
何せ今日一日で、僕はこれが罰ゲームの交際だという事を認識しておきながら、彼女に惹かれ始めているのだ。
いや、もう……正直に言ってしまえば……だいぶ好きだ。それくらいの自覚は……流石に持っている。
……我ながら……チョロいなぁ。
僕がそう考えた瞬間、スマホにメッセージが届く。送り主は……七海さんだ。そこには、こんなことが書かれていた。
『……いま、通話しても大丈夫かな?』
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