第11話「初めての夜の会話」

「どどどどどどどどどうしましょうバロンさん?! 彼女から通話のお誘いが来てしまいました? 僕はどうすれば?!」


『落ち着くんだキャニオンくん。連絡すると言われてたんだろう、だったらそれは極普通の事だ。ゲームの事は気にしないで通話したまえ。良いかい、冷静に……冷静に喋るんだよ』


 バロンさんにそう言われ、確かに夜に連絡すると言われていたことを思い出す。


 とりあえず僕は一拍置いてから『大丈夫だよ、僕からかけるね』と連絡をして、既読が付いたのを確認すると通話を開始した。

 呼び出し音が一回鳴るか鳴らないかと言うタイミングで、僕と彼女のスマホは繋がった。


『陽信、ごめんねこんな時間に。ほんとはもうちょっと早く連絡しようとしてたんだけど、初美と歩と話し込んじゃっててさ……今何してたの? またゲームかな?』


「あぁ、うんゲームやってたところだよ。趣味がゲームと筋トレくらいしかないからさ、僕」


 本当はゲームをやりながらバロンさんに明日からの事を相談してたとは言えず、僕は自身の趣味について隠すことなく説明する。気の利いた話題とか触れないので、それくらいしか言う事ができない。


 しかし、スマホでの通話は別に初めてじゃないのに……相手が七海さんというだけでここまで違うのか。


 まるで耳元に七海さんがいるような気がして凄くドキドキしてしまう。声も綺麗だし、ここが自分の部屋じゃないみたいに落ち着かなくなってくる。


『筋トレかぁ、意外と良い身体してたもんね。なんで部活とかやらないの? まぁ、私もやってないけどさ』


「体育会系とか苦手なんだよね。今は身体を鍛えるやり方は動画を見れば事足りるし……身体を動かすのは嫌いじゃないから、筋トレばっかりしてるんだよ」


『あはは、なんとなくわかるー。陽信、大人しいから体育会系って雰囲気じゃないもんね』


 彼女の笑い声が耳に心地よく響く……いや、ダメだろ。また僕は自分の事ばっかり話してしまっている。彼女の事をもっと聞かないと……えぇと、さっき言ってた話題は……。


「そういえば、音更おとふけさんと、神恵内かもえないさんとは何を話してたの?」


『あー……えっと……今日の私、変じゃ無かった? ウザくなかった? 迷惑じゃ無かったかな? その……男子と付き合うのって初めてだからさ……二人に採点してもらってたんだよね……他にも色々と……』


 変と言えば終始変だったと答えざるを得ないだろう。今まで数々のイケメンをフッて来た彼女が僕と手を繋いで登校したのだから、それを変と言わずして何を変だと言うのだろうか?


 他にも色々と言うのは……罰ゲームについての事も話してたのかな? どんな内容を話してたのかは分からないけれども、その辺りを教えてもらうのは難しそうだ。


 ただ、スマホ越しに聞こえてくる彼女の声は少し不安げだ。


 少なくとも、ここで変だったと口にするのはさらに彼女を不安にさせてしまうだろう……。だから、ここは良かった点だけを彼女に伝えるとしようか。


「僕は……女子と付き合うどころか、女子と手を繋いだのも初めてだったし、手作りのお弁当を貰うことも初めてで、色々とビックリしたことはあったけど……全部嬉しかったよ」


 これは嘘偽りのない、僕の心からの感想だ。今日一日で今までの高校生活で嬉しかったことの最上位が塗り替わりまくるという事態が多数起きたのだ。


 今まではソシャゲで目当てのキャラが当たったとか、ランクが高くなったとかそう言う事ばっかりだったというのに……それらが色褪せて見えるくらいに、今日は楽しい事のオンパレードだった。


『本当? ……なんかさ、陽信って妙に冷静って言うか……学校じゃおとなしくて目立たないのに、なんか女の子慣れしてそうな感じなんだけど…。本当に私が初めての彼女なの?』


 それは単にバロンさんから色々と事前にアドバイスを受けていたからであって、決して冷静だったわけでは無いんだけど……どうやら彼女からは僕は冷静に見えていたらしい。


『待ち合わせにも私とぴったり同じくらいに来てくれるしさ。長時間待っちゃうの、覚悟してたんだよ?』


「それは言った通り、眠れなかっただけでたまたまだよ」


『私の髪型変えたのすぐに気づいてくれたのも、たまたま?』


 それも本当にたまたまだ……。バロンさんからアドバイスを受けて無かったら気づけなかったろうし、気づいていたとしても可愛いなんて間違っても口にできなかったと思う。


 いや、可愛いと言ったのは彼女から催促されて何とか言えただけなんだけどさ……。


「たまたまだよ。その証拠に、七海さんから催促されるまで可愛いって言えなかったでしょ? それくらい僕は女の子慣れしていないんだ。今だって女子と話しているという事実に緊張してる」


『……可愛いって、無理に言わせちゃってたかな?』


「あぁ、いや。可愛いって言ったのは本心からだよ……そうじゃなくて、女子にそう言うのは初めてだから……最初は照れ臭くて言えてなかったでしょ?」


『あははそうだね……そっかー……そっかぁ……可愛いって思ってくれたかー……ありがと』


 小さく呟いた彼女の可愛らしい声が妙に僕の耳に残る。


 そこで僕と彼女の会話が一時的に途切れてしまった……しまった、ここからどう話を繋げばいいんだろうか。

 ……いや、バロンさんも言ってたじゃないか、彼女の事を聞けと。なんでもいい……とにかく何でも……。


「ぼ……僕の趣味はゲームと筋トレって言ったけどさ、そう言えば七海さんの趣味って何なの? 」


「私の趣味ー……? そうだねぇ……本を読んだり、映画を見たり……美味しいものを食べたり……ショッピングしたり……割りと平凡な趣味ばっかりだよ?」


 映画!! 映画が来たぞ、バロンさんからのミッションの映画が来た。


 僕はあんまり映画見ないから知らないけど、いや、アニメ映画とかゲームの映画とか特撮映画しか見ないから知らないけど、ここをとっかかりに彼女の好みを把握するんだ。


「映画かぁ……僕って映画ってあんまり見ないんだけどさ、七海さんはどういう映画が好きなの?」


『私? 私はそうだね、アクション系も好きだし、恋愛系も好き……でも悲しい話やホラーは苦手かな。ハッピーエンドで終わる話が好き。……陽信はアニメ系の映画が好きなのかな? アイコンのキャラの映画とか?』


 バレてる。


 しかも僕、アイコンを変えるの忘れてたよ……。最後の方の口調は少しだけ意地悪いような、僕を揶揄うような口調だけど、嫌味は感じられない。

 ……ちょっと意地悪い口調で言われるのもなんかいいなと思ってしまった。


「……うん、好きだよ、アニメ映画。七海さんも見るんでしょ?」


『む~……やっぱり冷静に返してくるよねー……もうちょっと慌てた声が聞きたかったのに……まぁ、それは、おいおい聞ければいいかな』


 これは冷静に返したんじゃなくただ諦めただけなんだけど、どうやら彼女には冷静に聞こえたようだ。


「七海さん、映画好きなんだよね? 今ってどんな映画が公開されてるの? 僕その辺詳しくなくて……教えてもらえないかな?」


『そうだね、ちょっと前ならアメコミが映画化したシリーズ物の最新作を見たいなーって思ってたんだけど、ちょっと思うところあって、話題になってる恋愛映画が見たい気分なんだよね。でも、それって結構エッチなラブシーンとがあるらしいから敬遠してたんだけど……』


「じゃあさ、今度の土曜日……それを一緒に見に行かない?」


『え……?』


 いや、『え?』は僕も僕自身に言いたかった。僕は今何を言った?


 なんでいきなり誘ってるんだ、僕。


 それに、今の会話の流れだと『結構エッチなラブシーンのある映画を彼女と見たい男』と言う最低な絵面になってしまってないだろうか。


 七海さんも沈黙してしまった……とにかく何か言わないと!


「あ、いや、違うんだよ。エッチなシーンを七海さんと見たいとかじゃなくて、ほら、これからもお弁当作ってくれるって言ってたでしょ? だからせめてものお礼に、僕に映画くらい奢らせてほしいなって思って、だから、そんな変な意味じゃないんだよ、七海さん? 聞いてる? 聞いてます? おーい?」


 僕の言い訳に返ってくるのは沈黙だけで……ちょっと……いや、だいぶ焦ってくる。


 まだ付き合って一日しかたっていないというのに、早くもやらかしたか?


 僕が絶望的な気分になっていると……スマホ越しから彼女の笑い声が聞こえてきた。


『プッ……アハハハハ、やっと陽信の慌てた声が聞けたよー。うん、変に冷静よりもそういう陽信の方が私は好きだなー。可愛い。大丈夫だよ、分かってるから……ただ……』


 ちょっとだけ声のトーンを落とした七海さんは、僕に申し訳なさそうに言葉を続けた。


『その映画、土曜日に初美と歩と一緒に見に行く約束しちゃったんだ……先に陽信に電話すればよかったね……』


 悲しそうな彼女の声に、僕は作戦の失敗を実感した。そうか、女子同士で見に行くなら仕方ないよね、先約を優先するのは当然だ……。


 ……いや、バロンさんも言ってたじゃないか。『僕から誘う』のが重要だって。


 ここで挫けてどうする? だったら僕が取るべき行動は……一つしか無いだろう。


「……日曜日」


『え?』


「日曜日は空いてますか? だったら僕とは日曜日に映画に……映画館にデートに行きませんか? もちろん、お弁当のお礼ですから僕が全部出しますし……僕が七海さんの好きそうな映画を調べて……それを一緒に見ませんか?」


 勢いと焦りから思わず敬語になってしまった僕の言葉に、またもや沈黙が返ってくる。


 ……これを断られたら、たぶん、だいぶ凹む。下手したら三日は凹む……。いや、一週間かな……?


 日曜日は、僕がやっているソシャゲのチームイベントの最終日……一番イベントが盛り上がる日だ。


 だけど僕は……それよりも七海さんを選ばせてもらう。チームのみんなには悪いけど……。


 たっぷりの沈黙の後、少しか細い七海さんの声がスマホから聞こえてきた。


『……お弁当のお礼……なんだよね……その……デート?』


「はい、もちろんです。だから明日から、七海さんの好みの映画とか色々教えてください」


『……じゃあさ、私は明日からもっと気合い入れてお弁当作んないといけないね。陽信に美味しいって思ってもらえて、お礼してもらえるに十分なお弁当を作ってあげるね』


「それじゃあ……」


『……うん……日曜日……デートしようか』


 僕はスマホ越しに叫びたいのを我慢しつつ、でも大きな声で「はい、しましょう」と返事した。


 たぶん今の僕は最高に気持ちの悪い笑顔と、気持ちの悪い動きをして身体全体で喜びを表現している。それが彼女に悟られないのが救いだ。


『……じゃあ、そろそろ寝るね。……おやすみなさい、陽信』


「おやすみなさい、七海さん」


 そうして僕はスマホの通信を切った直後に……またバロンさん達とのチャットアプリを起動する。そこには僕が彼女とどういう話をしているのか予想が書かれていたのだが……僕は即座にバロンさんに向けてメッセージを送った。


「バロンさん……女子と夜に会話するって……凄いんですね……僕、興奮して寝られるか分かりません」


『……何を話したの何を……君もあれだね、彼女を通して女の子慣れした方が良いね』


「あと、映画なんですけど土曜日じゃなくて日曜日に一緒に行くことになりました。だから日曜日のゲーム内イベント、参加できません。ごめんなさい」


『あぁ、全然それは構わないよ……って、もう映画に誘ったの?! 僕から焚きつけといてなんだけどさ……展開早すぎない? 大丈夫? 無理しすぎてない?』


 バロンさん……僕もそう思います。でも、悔いはありません。

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