第6話「その頃の彼女」
私……
別に彼の事が好きだから、告白したわけではない。
これは罰ゲームでの告白なのだ。
罰ゲームで告白して、一か月間お付き合いを続けるという罰ゲーム。
人の心を玩ぶ最低の行為……改めて、最低だと私は自覚してしまう。
おとなしい人であれば誰でもよかった……こう言うとまるで通り魔のようであるが、事実……彼にしてみれば通り魔にあったようなものだろう。
言い訳になるが、この罰ゲームを考えたのは私ではない。私の友人である
そう、最初は人の心を玩ぶ行為だと渋ったのだが、結局……私はその罰ゲームを受け入れた。
私は見た目こそ派手に着飾っているが、ちょっとした事情で男の人が苦手で……格好自体も二人が私に施してくれた、いわば私の心を守る壁のようなものだ。
やたら薄着で壁も何も無いが、ともかく……私はあの格好をして、二人と一緒に居る時は男子ともなんとか普段通りに話せている。友達にもなれた人もいると思う。
けど、それができるのは二人と一緒に居る時だけだ。男子と二人っきりにはいまだになれない。
だからこそ、二人はそんな私を心配しているのだ。
今は良いがこの先、私は大学に進学する気だし、初美は美容師の夢のため、歩もデザイナーになるためにそれぞれが専門学校へと行くことを考えて、日々勉強している。
私達は三人共、馬鹿っぽく見られがちだが成績はそこまで悪くない。夢のためにも勉強は頑張っている。
この先、確実に私の進路は二人と別なものとなる。二人のいない私が……大学で変な男に引っ掛からないかを、二人とも非常に心配しているのだ。
それこそ、私の母親以上に、私の事を心配している節がある。
だから今回の罰ゲームを提案したのだろう。私が少しでも男の子に慣れるためにと……。
選んでくれた男の子も、この二人から見て安全そうな男子だと判断しての事だと思う。確かに、陽信君なら話したことは全く無いけど、いつも静かなので無害そうだと私も感じていたので……私は二人の後押しもあって告白することにしたのだ。
そして私は彼に今日、告白した。最低だと思いつつも、自分が男の子に慣れるチャンスだと、利己的な理由で彼に告白した。……本当に最低だ。
でも、告白されることはあってもすることが無かった私は、罰ゲームの告白なのに非常に緊張してドキドキしていたのだが……それ以上に彼の姿勢に驚かされていた。
今まで私に告白してきた人たち……運動部の主将は私の胸ばっかり見ていた、ヤンキーは私の脚ばっかり見ていた、眼鏡をかけた真面目そうな男子は私の二の腕ばっかり見ていた。
みんな、私に告白する時は私の顔ではなく私の身体のどこかを見て……何かを期待するような目つきを私に向けていた。
だけど彼は違った。彼は私の目だけを真っ直ぐに見て……私の身体のどのパーツにも目もくれていなかったのだ。真剣に、私の目だけを見ていた。
過去のどの人とも違うその反応に、私は緊張とは違う何かを感じる。
そして私が勇気を出して……罰ゲームなのに勇気も何も無いが……勇気を出して告白を終えた瞬間に、彼は私に向かって駆け出していた。そしてあっという間に私を地面に押し倒して、覆いかぶさってきた。
え?! 襲われる?!
結局彼も今までの男子と同じ……いや、それ以上なのか? 私はここで無理矢理に乱暴されてしまうのかと……一気に怖くなって悲鳴を上げるが、足は動いてくれなかった。
せいぜい悲鳴を上げるくらいで……だけど、その認識が間違いだったとすぐに気づかされる。
私が押し倒された直後に、水が地面にぶちまけられたような音と、ガンと言う何か固いものが何処かにぶつかった音が私の耳に響き、彼の身体を通して私の身体にも衝撃が来る。
何が起きたのかと、恐る恐る目を開くと、そこには額から血を流してずぶ濡れになった陽信君の姿があった。
彼の血が、私の頬を濡らし……彼は私に笑顔を向ける。
『大丈夫? 七海さん……? 怪我してない?』
自分が怪我をして、ずぶ濡れになった彼が最初に出した言葉は、私への心配だった。そしてその直後に……彼は倒れたのだ。
私のせいで死んじゃったかとパニックになりかけたが、すぐに先生を呼んで……彼を保健室に運んでもらった。
保健室の先生は濡れた彼の衣服を脱がせてテキパキと治療しベッドに寝かせる……陽信君は何とも無さそうだと言われた時には本当にほっとした。
……色々あって彼の上半身を見てしまい、意外に鍛えられている姿に更にドキドキした。
おとなしいだけの貧弱な男の子だと思っていたのに、彼は全然そんなことなかった。意外に逞しい。
そして、今まで出会ってきたどの男子よりも、彼は紳士で優しい事を知った。
そんな彼が告白を受け入れてくれた時、私の中に喜びと同時に強い罪悪感が襲ってきた。……そして、告白を受け入れられて嬉しいと思う自分にも驚いた。
助けてくれた時に、咄嗟なのか名前で呼ばれたのが嬉しくて、お互い名前で呼ぶ提案はできたのだが、できたのはそれだけだった。それ以上、私は彼に何も言えなくなってしまった。
帰りも一緒だったというのに、徐々に強くなる罪悪感からか、それとも二人で一緒に帰るという状況に緊張しているからか、私は彼と碌に話せなかったのだ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
最後の最後、連絡先は交換できたし、明日からは私は陽信君……ううん、陽信の彼女として振る舞うのだ。今日みたいな失態は見せていられないと少し気合いを入れる。
ふと……罰ゲームなのに、私はなんでこんなに気合を入れているんだろうかと思う。これは一ヵ月限定の付き合いだ。だけど……彼との別れ際に……なんであんなに寂しくなったんだろうか。
私はその気持ちを振りほどくと、先ほどから通知音が鳴りっぱなしのスマホに目をやる。
……私が考え事をしている最中もスマホの通知音が鳴りっぱなして……たぶん、二人が告白の結果を催促しているのだろう。私はスマホを見る……予想通り、二人からのメッセージが矢継ぎ早に着ていた。
『どうだった? 告白成功した?』
『まー、だいじょぶだよねー。でも結果だけ教えてー』
私はそのメッセージを見て苦笑を浮かべる。そして、グループチャットのメッセージに簡素に一言だけ、結果を報告した。
「成功したよ。色々あったから明日詳しく報告するね。今日はもう寝るから、お休み」
それだけ返信して私は会話を打ち切った。まだ何件かメッセージが来ていたが、私が寝たと思ったのか二人からのメッセージもすぐに収まる。
それから私は……深呼吸をして連絡先を交換した陽信を選択する……アイコンは何かのアニメのキャラだろうか? 髪型を編み込みんだ女の子のキャラクターだ。こういうの好きなのかな?
高鳴る鼓動を押さえることもせず、私は彼にメッセージを送る。
『私達付き合ってるんだしさ……明日から一緒に登校しようよ。駅で、7時半に待ち合わせでいいかな?』
ちょっとそっけないかな? と思いつつも送ったメッセージには即座に既読が付いた。すぐに見てくれたことに対して嬉しさを感じると共に……何故かなかなか来ない返事にやきもきした。
何か変な事を言ってしまっただろうか? ……既読スルー? それとも、女の子に慣れてないから慌ててるのかな? そうだったら親近感が湧いてくる。
返事が来るまで……たぶんそんなに長い時間では無かったと思うのだが、私にはとても長い時間に感じられた。そして、やっと返事が来た。
『七海さんと一緒に登校できるなんて嬉しいです。7時半ですね、了解しました。楽しみにしてます』
嬉しいという一言に私は嬉しさから飛び上がり、寝っ転がっていたベッドが軋む。敬語なのはちょっと気になったが、きっと慣れない中でのメッセージなのだろう……。そんな彼が少し可愛く感じられた。
……可愛いってなんだ。彼の事を何も知らない癖に、私は何を考えてるのか。
今の私の気持ちがつり橋効果からのドキドキなのか、それとも私が彼に惹かれ始めているのかは分からない。もしも惹かれ始めているというのならば我ながらチョロすぎると思う。
二人の心配も的を射ていたという事になる……いいや、私はチョロくない。あくまでも彼は男の子に慣れるためのお試しの彼氏だ。私はチョロくない! これは吊り橋効果のドキドキだ!
「でも……うん……仮とは言え私は彼女なんだから……それくらいはいいよね、きっと」
私は二人の友人に宣言した通りに、今日は早く寝ることにした。一つの決意を胸に、私はベッドに潜り込む。
明日はいつも以上に早く起きる必要があるのだ。
待ち合わせ……彼氏と初めての待ち合わせと言う事実に緊張しながらも……昼間の精神的な疲労からか、私はすぐに睡魔に襲われ……そのまま意識は夢の中へと沈んでいく。
夢の中に上半身裸の陽信が何回も出てきて、その度に起き上がってしまい……その日はいつもより寝不足になってしまったが……予定通りにいつもより早く起きれたので、私は無理矢理にそれを良しとすることにした。
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