第5話「結果報告」

『それで、告白の結果はどうだったのかな? さぁ、教えてくれたまえよ、キャニオンくん』


 文字だけでもうバロンさんが画面の向こうでニヤニヤとしているのが伝わってくる。いや、告白を受けるってのは貴方知っているでしょうが。


 でもまぁ、アドバイスをもらった見返りとして報告をすることにはなったのだし……それに、これからのアドバイスもしてくれるというのだから報告くらいは良いだろう。


「まぁ、予定通り告白は受けましたよ。まぁ、色々ありましたけど……」


『色々? その色々の所を詳しく聞きたいなぁ……』


 う……やっぱりそうなるよね……とりあえず僕はゲームをしつつ、その辺りの詳細をチャットに書いていく。僕が彼女を助けた話から、一緒に帰った話まで詳細を。

 ……僕が上半身の裸を彼女に見られたことは伏せておいた。変な事を勘繰られても困るし。


『いやー、青春だねぇ。まさかそんなピンチから女性を助けるなんて、君はあれかな? ヒーローか何かの資質を兼ね備えているのかな?』


 いえ、単に筋トレとソシャゲが趣味の陰キャです。助けられたのもたまたまです。


「でも一緒に帰った時は困りましたよ。彼女は妙に口数が少なくて……共通の話題も分からないですし、どういう話をすればいいのかバロンさんに聞いておけば良かったですよ……」


『ふむ、そういう話題まで僕に頼るというのは感心しないけど……そうだね、そう言うときは自分の事を話すんじゃなくて、彼女の話をまず聞いてあげるようにするのがいいんじゃないかな?』


「それが難しいから苦労しているんじゃないですか……」


 聞いてあげると言っても七海さんは口数が妙に少なかったし、僕が何を言ってもなんだか上の空だったのだ……その状態で何を聞きだせと言うのだろうか。

 僕の趣味はソシャゲと筋トレだけだし、そんな話題を出しても彼女にはつまらないだろうし……と考えている間に駅についてしまったのだ。


『そうだね、まずは彼女の趣味の事を聞いて、彼女に興味があることをアピールしつつ、それから話題を膨らませていくんだ。間違ってもそこで、自分の事だけを喋るような事をしちゃだめだよ』


 僕の心境なんて知らずに、バロンさんは僕への忠告を続けてくれていた。そうか、趣味を聞くか……考えてみたら、僕って彼女の事を何も知らないんだよね。罰ゲームで告白してきた女の子ってだけで、ほんとに何にも……。


 バロンさんの言う通り、まずはそこから始めてみようかな。


「でも、バロンさんってそう言うの詳しいですね。学生時代はモテたんじゃないんですか?」


『いや、全部ネットの受け売りだよ。学生時代にモテるなんてとんでもない。今の世の中調べればいくらでも情報が出てくるから便利だよねぇ』


 感心した僕の心を返して欲しい。受け売りかよ。まぁ、確かにそう言う情報はネット上にも溢れてそうだけどさ……。


『……私は上手くいくと思えませんけどね……傷つく前に、キャニオンさんは彼女と別れるべきですよ』


 ピーチさんがほんのちょっとだけ書き込んできた。彼女は僕の事を心配してくれているのだろう、一貫して七海さんとのことを反対してくる。その心遣いはありがたいが、流石に僕から彼女に別れを切り出す気にはなれなかった。


「まぁ、もう頭を物理的に切っちゃって傷はついたからさ、これ以上は傷つくことは無いと思うよ」


『え……? 怪我……したんですか?』


 冗談めかした僕の言葉に、ピーチさんは反応する。僕は額を切ったことと、倒れてしまったので保健室に彼女が運んでくれたことを追加で説明した。


『キャニオンくん、怪我までして彼女を助けたの? それはさっき聞いてなかったよ。大丈夫なのかい? 頭は危険だから病院に行かないと……ゲームなんてやってる場合じゃ無くないかい?』


『額を……そんな……大丈夫なんですか?』


 バロンさんとピーチさんがそれぞれ僕の心配をしてくれている。あぁ、さっきの説明ではそこまで言わなかったから、バロンさんも少し慌てたようだった。

 僕は気分も悪くないし、痛みも持続してないから大丈夫な事を伝えるが、二人とも僕に少しでもおかしいと感じたら絶対に病院に行くように強く言ってきた。


 ……うーん、平気だと思うんだけど、そう言われると不安になってきた。両親が帰ってきたら、ちょっと相談してみようかな。


『それじゃあ、告白も無事に受け入れて終わったことだし……今週の目標を決めてみようか』


「今週の目標?」


 いきなりバロンさんが変な事を言い出した。目標とはなんだろうか? と僕が疑問に感じていると、すぐさまその回答をチャット上に記載していく。


『君は今週中に、彼女と手を繋ぐことを目標としようじゃないか。付き合っている男女なんだから何もおかしい事じゃない。あ、無理強いはダメだよ? あくまでも彼女から手を繋ぎたいって言ってもらえるように行動するんだ』


 バロンさんから、いきなり高いハードルが提示された。女の子と手を繋ぐ……そんなことは今まで生きてきてやったことないぞ。

 あ……でも……。


「今日、彼女とよろしくと握手しましたけど、それは手を繋いだことには……」


『ならないねぇ。恋人繋ぎはハードル高いから、手を繋いでの登下校を今週中に達成しようか』


 僕にとって十二分に高すぎるハードルが提示される。手を繋いで登下校って、非常に憧れるシチュエーションだけど、そこまでの好感度をどうやって稼げばいいんだ?

 僕には女の子の好感度を教えてくれる頼れる親友ポジションはいないのだ。現実世界の恋愛が困難だと言うのは数値化ができないからなのだ……何ポイント稼げば手を繋げるというのだ。


『難しく考えすぎだよ。そうだね、決行は今週の金曜日にしようか。それまでに君は彼女の好感度を稼ぐんだ。やり方は任せる』


 金曜日って……今日が火曜日だからあと三日……いや、当日を除くと二日しかないじゃないですか。ムリゲーがすぎませんかそれ?

 それに、そのやり方を教えてください。任せないでください。


 そうチャットに返そうとした瞬間に……僕のメッセージアプリに七海さんから連絡が入った。


 連絡先は交換したけど……まさか初日に彼女から連絡が来るとは思っていなかった僕は、心の準備ができていないままに反射的にそのメッセージをすぐさま表示してしまう。


 焦って読んだその内容は……。


『私達付き合ってるんだしさ……明日から一緒に登校しようよ。駅で、7時半に待ち合わせでいいかな?』


 僕が見た事でメッセージには即座に既読の文字が付く、下手に選択していなかったら既読は付かない状態でバロンさんに相談できたのにと、慌てた僕はバロンさんにこのことをすぐに報告する。


「バロンさん、大変です! 彼女から明日一緒に登校しようってメッセージが来ました、僕はどう返せばいいんでしょうか?!」


『何が大変なの! そんなの即座にOKに決まっているでしょうが! ほら、早く!! そっけない感じじゃなくて、ちゃんと一緒に登校できて嬉しいって伝わる文にするんだよ!! ほら、早く!』


 慌てる僕に対するバロンさんの返答は早かった。嬉しさが伝わる文面? それってどんなものだ?! 生憎、僕は作家じゃないんだ。嬉しさを文面で表すなんてできるか!!


 既読となってから、僕はしばらく文面を考え込んでしまった。既読スルーと思われてたらどうしよう……。


 いや、こういうのは変に捻ったらだめなんだ、思いつかないなら直球で行くしかない! ままよ!


『七海さんと一緒に登校できるなんて嬉しいです。7時半ですね、了解しました。楽しみにしてます』


 なんだろうか、凄く固い文になってしまった気がするが、今の僕にはこれが精一杯だ。これ以上気の利いた文なんて書くことはできない。

 どう思われるのか……文を送るとすぐに既読が付いた。そして、七海さんは僕に対する返信も早かった。


『私も楽しみにしてるね』


 返ってきたのはその一文だけだったのだが、なんだろうか。僕は頬がにやけるのを止められない。女の子に楽しみにしてるなんて言われるのは初めてなのだ……にやけても仕方ないだろう。


「バロンさん、明日7時半に駅で待ち合わせすることになりました。僕はどうすれば良いですかね?」


『……少しは自分で考えて欲しいけど……そうだね、7時半に待ち合わせなら、待ち合わせ場所には7時には着くように出発した方が良いだろうね』


 ずいぶん早くないだろうか。そんな僕の疑問に答えるようにバロンさんが続ける。


『少し早いくらいがちょうどいいよ。遅刻をするより何倍もマシだ。遅刻をする……と言うのは一番やってはいけないことだよ。そのつもりが無くても相手を軽んじていると思われてしまうものだ。それに……』


「それに……?」


 バロンさんはそこから一拍置いて、茶化すように続きを書いた。


『可愛い彼女とは少しでも早く会いたいだろう?』


 可愛い彼女……と言われて僕は頬が熱くなるのを自覚した。改めて言われると、一ヵ月の期間限定とはいえ……七海さんは僕の彼女なんだよな……。自覚するとまたにやける頬が止められなくなる。


『いいかい、キャニオンくん。君はこれから彼女に好きになってもらう必要があるんだ。だから……何よりも彼女を優先してあげなさい。あぁ、ゲームの方のイベントは気にしなくていいよ。チームに籍は置いておくし、まずは彼女との仲を深めるのに注力してくれ』


 ……うーん、そう言われちゃうとゲームの方もイベント真っ最中だから続けたいし……何より、僕が抜けることでチームに迷惑をかけたくは無いんだけど……。

 バロンさんにそう言われると、ありがたい反面、申し訳なくなってしまう。


『理想は彼女も一緒に趣味であるゲームを楽しんでくれることだけど……そこはまず置いておこう。まずは彼女との仲を深めるんだ。なぁに、大丈夫だよ。惚れた弱みって言うだろ。彼女が君の事を好きになれば、きっと一緒にやってくれるさ』


 確かにそうだな……七海さんも僕と一緒にゲームをやってくれたらそれはそれで最高に楽しいだろうな。少しだけその事を想像すると……ダメだ、にやけが止まらない。


「わかりました。じゃあ僕は明日、早めに家を出たいと思います。だから、今日はもう寝ますね。おやすみなさい」


『うん、おやすみ。うまくいくことを願っているよ』


 バロンさんには本当に足を向けて寝れないな……どこに住んでるか顔も知らないけど……。きっと、あっちの方角だろうと僕は勝手に考えて、明日一緒に登校する七海さんの事を考えながら眠ろうとした……。


 なんだか興奮してしまい……いつもよりも1時間近く長く寝付くのにかかってしまったのは、我ながら単純だと実感させられるのだった。

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