第15話 アキレウスの慟哭

 アキレウスに扮装したパトロクロスの戦死という思いがけないできごとを前にして、両軍は一時停戦状態になってしまった。

 そのうち、ギリシャ軍のあいだに、ざわめきが生じた。

「アキレウスだ」

「アキレウスがきた」

 軍勢が両側に退いたあいだから、アキレウスが鎧も着けずに歩み出てくる。

 横たわったパトロクロスのからだに駆け寄ると、すがりついた。兜を剥ぎ取られたままの顔に頬ずりした。

 ウア~ンという異様な声が響き渡った。

 あの、恐れられた超戦士が、子どものように声を放って泣いているのだった。

 やがてアキレウスは、友のからだを両腕で軽々と、けれど大事そうに抱くとすっくと立った。

 黙って見守っていたヘクトールの方を向いて、何か叫んだ。

 そして、背を向けると、パトロクロスの遺骸を、愛する姫君のように両腕に抱えたまま、ギリシャの軍勢の中に姿を没した。


「これでトロイアの運命は決まってしまったのだわ‥‥」

「そんなことありませんわ、カサンドラさま。ヘクトール様が負けるはずがないのですから」

 いいえ、わたしは知っている。いつか夢でみた、ヘクトールとアキレウスの闘いの帰趨きすうを‥‥

 でも、忠実なマルペッサにも、この夢だけは信じて貰えそうもないのだった。

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