第14話 ヘクトールの奇襲
アマゾンの女王と銀の鎧のアキレウスの一騎打ちを中心に、一進一退だったトロイア方とギリシャ軍の戦いに変化が起きたのは、陽も傾き始める頃だった。
海岸の方向に土煙が上がり、みるまに近づいてくる。
「カサンドラさま、あれはヘクトール様の軍勢です!」
マルペッサが叫ぶ。
「ギリシャの陣地から戻って来たのね」
「誰かがペンテシレイア様とアキレウスの闘いを知らせのかもしれません」
ギリシャ方も背後に迫る敵に気づいたものか、隊列に乱れが生じている。
「アアッ、あれはたしか、ヘクトール様の戦車です!」
ヘクトールが、2頭立ての戦車をかって、ギリシャ兵の真っただ中を無人の荒野を行くような勢いで近づいてくる。
銀の鎧のアキレウスの背後の位置に来ると、ヒラリと戦車から飛び降りざまに、ヒョウと長槍を投げた。
「アアッ‥‥」
声にならない叫びが上がった。
ヘクトールの槍が、アキレウスの銀の鎧を貫いた。
光る槍先が胸から突き出ているのが見える。
「やったーア、カサンドラ様、あのアキレウスをヘクトール様が!」
次の瞬間、銀の鎧の戦士はドウと倒れた。あっという間もないできごとだった。
周囲のギリシャ勢も、トロイア勢も、凍り付いたようになっている。
「ヘクトール殿、よけいなことを!」
女王ペンテシレイアの悲痛なアルトが響いた。
ヘクトール兄上が、倒れた戦士に歩み寄ると、銀の兜を剥ぎ取る。
何か叫ぶ。聞き取れなかったけれど、「これはアキレウスではない」と言ったとわたしは確信した。
ギリシャ軍の間からどよめきが起こる。どよめきは次第にはっきりした言葉となって城壁の上まで押し寄せてくる。
「パトロクロス、パトロクロス、‥‥」と、叫んでいるのだった。
「アキレウスではなかったのですか‥‥」
「パトロクロス、たしかアキレウスの乳兄弟‥‥」
「そして無二の親友‥‥」
海の女神テティスから生まれたアキレウスは、パトロクロスの母親の乳を飲んで育った。
だから、幼いころからアキレウスの行くところ、いつも影のように相伴っていたのがパトロクロスだったのだ。そんな、分身のような大事な存在を亡き者にしたとしたら‥‥
「これでアキレウスは、ヘクトール兄上を絶対に許せなくなる‥‥」
胸に真っ黒い雲がひろがるのを、おぼえないでいられなかった。
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