第11話 アマゾンの女王

 長い会議がようやく果て、王宮を出るころには日はとっぷりと暮れていた。

「カサンドラさま、やっぱり駄目だったのですか」

 神殿への帰途をトボトボとたどるわたしに、忠実なマルペッサが声をかける。

「そう。ヘクトール兄上も、父上の王陛下も、少しも耳を傾けてくれないわ。それどころか、夢で見た情景を話せば話すほど、まるで見知らぬ女を見るような目をするの。そのうちに、居合わせた兄弟たち、パリスも、トロイラスも、将軍たちもみんな、奇妙な目になって‥‥」

「アキレウスへの返事の期限はあと九日あるのでしょう。きっと、アイネーアスさまが何とかして下さいますわ‥‥」

「そうだといいけど‥‥」

 

 マルペッサに肩を抱えられるようにして、城門に通じる石畳の広い道を横切ろうとしたとき。

 ワァーッ、ワァーッという歓声が風に乗って聞こえてきた。

 城門のあたりに黒山のように人だかりがしている。

「あれは何かしら、マルペッサ」

「見てきますわ」言うと城門の方へ走ってゆき、また風のように舞い戻ってくる。

「アマゾンの女王の軍団が来たんですよ。強い援軍だそうです」

「アマゾンの女王‥‥」

 そういえば聞いたことがある。イーデーの山を越えたはるか彼方、霧ふかいカッパドキアの奥地にあるという謎めいた国で、女王が治めているという。男の子が生まれると川に放り込んで殺し、女の子だけを戦士として育てる。なんでも女戦士のなかには弓を引くのが邪魔だと、右の乳房を切り取る者もいるとか。


 群衆に囲まれて騎馬の一隊が近づいてくる。先頭に立つのは見事な白馬を乗りこなし、鎧兜で固めた戦士。兜の赤い羽根飾りが夕闇のなかにも際立つ。

 と、白馬の戦士がこちらに向かって真っすぐ進んできたかと思うと、ヒラリと馬を降りて兜を取った。

 現れたのは眩いばかりの金髪。まるで戦いの女神アテーネーのような凛々しさ。この長身の美女こそがアマゾンの女王と、直感された。

「その錫杖しゃくじょう月桂樹げっけいじゅをあしらった‥‥。アポロンの巫女、カサンドラさまではありませぬか」

 豊かなアルトが響きわたる。

「あなたは‥‥」

「アマゾン国の女王、ペンテシレイア。カサンドラさまとは以前、この戦いが始まる前に、いちどお目にかかったことがあります。」

「はアー?」

「お見忘れなのも無理ありませぬ。あのときは旅の騎士に身をやつして、夢殿にうかがってアポロン神のお告げを求めにまいったのですから。」

「そういえば‥‥」と記憶をまさぐるが、浮かび上がってきそうで来ない。

「どんなお告げを申したのでしょうか」

「そなたは銀の兜に銀の鎧で身を固めた戦士とこのトロイアの城下で闘い、一歩もひけを取らぬだろうと」

「銀の兜に銀の鎧‥‥。まさか」

「そう、それがギリシャ一の戦士アキレウスだと聞き及んだのです。だからこうして‥‥」と周りを取り囲む乗馬姿の戦士たちをみやると、「わがアマゾネス軍団の誇る十二神将を引き連れて、援軍に参ったのです。アキレウスと闘い、倒すために」

「ペンテレシアさまなら、きっとアキレウスを倒せますわ!」

 マルペッサが叫ぶ。

「そうだそうだ!もうアキレウスなんかこわくないぞ」

「アマゾンの女王、ばんざーい!」群衆から口々に叫びが上がる。

「ああ‥‥」

 確かにそんな夢を見て、お告げにして語ったことがあった。

 でも、ヘクトールでさえ対戦を避けるような超戦士に、いくら伝説の女戦士だからと言って勝てるものだろうか‥‥。

 もしかしてわたしのいい加減なお告げのせいで、この凛々しくも美しい女戦士は死地に追いやられてしまうのではないかしら。


 そんな思いをよそに、女王ペンテレシアは闘志満々の面持ちで、これから部下とともにプリアモス王と会見すると言って、取り巻きの群衆を従えたまま王宮の方へ馬を歩ませていったのだった。

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