どーして我々が拡散するスギの種なんぞに負けにゃならんのだ!
鈴木怜
どーして我々が拡散するスギの種なんぞに負けにゃならんのだ!
「どーして我々が拡散するスギの種なんぞに負けにゃならんのだ!」
「種というか花粉ですよね」
「花粉は人で言うところの種と同じなんだから種で構わんだろうが!」
また始まった。教授の悪いクセだ。自らが花粉症だからってスギに対して八つ当たりするのは。
「いい加減地球上の全スギの種の撲滅計画でも始めた方がいいのか……?」
「それやったところでこの無菌室には意味がないですよね」
教授がフラスコをもてあそぶ。『そりゃそうだが』という文字が中の液体に現れた。相変わらずどんな法則の下で生きているのかわからない人だ。
「そもそもあんまり種種言うのやめてくださいよ教授」
「なぜだ」
わかりきってることをまた聞くんですか? と僕は息を吐いた。
「だってそれ、花粉症から逃げるために作った
僕は教授の白衣をひっぺがす。教授という呼ばれ方には不釣り合いなほど白い柔肌が見えた。
白衣の下にはかつての自らの体臭を感じるためにサイズのあわないワイシャツとネクタイを着込んでいて、それがあどけなくて人の受けがよさそうな顔と相まってアンバランスな魅力とただ者ではないオーラを醸し出している女の子がいた。
まあつまりは、教授は女の子になったどこにでもいるマッドサイエンティストなのだった。
教授は、つまらんと言いたがってるような顔をした。頬もぷくぅ、とふくれている。
「馬鹿を言うな。これは老いから逃れるためにだな」
「それだけならわざわざ女の子の身体にしなくてもいいと思うんですよね」
「それはどこぞのバカ弟子がだな」
「へー僕以外にもお弟子さんがいたんですね会ってみたいなー」
「君のことなんだが?」
「え? 今何か言いました? 最近は耳が遠くなってつらいなー」
「そうか君も老いが来たのか新しい
「今よりもイケメンにしてくれるなら考えます」
「だったら君は早く男性の
「自分で開発したくせに」
などと適当に軽口を叩きあっていると、僕の頭にとある疑問が浮かんできた。
「教授」
「なんだ」
「なんでまたスギ花粉八つ当たりしてるんですか? 理由はさておきその
「それがな、今年になってこれも花粉症になりよった」
教授が遠い目をする。魂が花粉症にでもなってるような声のトーンだった。
心中お察しいたしますよ、などと僕が言ったら教授に叩かれた。まったく弟子にひどいことをするものだ。
――まあ、それはそれでいいのだけれど。
「教授」
「……今度はなんだ」
「かわいいですよ」
「――――ッ!?」
教授は何も言い返さなかった。いやむしろ、言い返せなかったとするべきか。
唇を重ねたのだから。
息が続かなくなるまで続いたそれは、最初はもがいていた教授が動かなくなったように教授の頭を塗りつぶしていった。
「……君もなかなかマッドになってきたじゃないか」
「はて? 何のことやら」
今ので教授はきっとわかってしまったのだろう。僕がさぼる理由が。
「……あーもうまったく! どーして我々が拡散するスギの種なんぞに負けにゃならんのだ」
教授の鼻が赤くなっているのは、花粉だけのせいではないだろう。
その後で教授がぼそっともらした、君はもともと世界で一番のイケメンだろう、という言葉を僕は聞かなかったことにした。
どーして我々が拡散するスギの種なんぞに負けにゃならんのだ! 鈴木怜 @Day_of_Pleasure
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