19 悪役令嬢、幻の騎士に出会う

 気づけば、午後9時。

 昼食を食べ、作品制作に取り掛かった私。

 しかし、時間はあっという間に過ぎていた。


 あれまー、時間が経つのは早いわね。

 さっきデインが帰ってきたと思ったのに。


 夕方ごろ、学校を終え八星騎士の会議も終えたデインがアトリエにやってきたのだ。

 デインは忙しい一日だったようで、顔に疲れが出ていた。

 なので、「早く休んでちょうだい」と言うと、


 「姉さんもちゃんと時間を守るんだよ」


 と寮監のような発言をして、アトリエを去っていった。

 時間はもともと守るつもりでいたので、速筆になれるよう考える時間を減らして筆をひたすら動かしていた。


 窓の外を見ると、月が出ていた。

 今日の月はどこか赤い。

 レッドムーンとかいうものかしら……。

 思わず珍しい月の様子に見とれる。


 いけない、いけない。

 手を止めたら時間がもったいないわ。

 月なんて見ることぐらい後でできる。

 と思って、キャンバスの方に顔を向けた瞬間、


 「ねぇ、君がステラート家のご令嬢?」


 そんな声が聞こえた。

 誰っ!?

 開けていた窓の方に向くと、誰か1人の人がいた。


 風でマントが揺れている。

 顔は月明かりのせいか、真っ暗で見えなかった。


 もしかして、侵入者!?

 素早く立ち上がると同時に筆をおき、机に置いていたナイフを手に取る。


 「あなたは誰っ!?」

 

 驚きと緊張のせいで、声が大きくなる。

 ……………………正直、怖い。

 すると、男は余裕な様子でフフフと笑った。

 

 「そんなに警戒しなくても」

 

 シルエットからするに大人ではない。

 しかし、私よりも身長は高く、声から判断するに男。


 もしかして、私が学校に行かなかったから、生徒会役員とかがやってきた!?


 緊張感とともに、ゴクリと息を飲む。

 でも、生徒会役員ならちゃんとアポを取ってくるはず。

 いきなり部屋までやってくるなんてありえない。


 —————やっぱり、不審者。

 

 「ねぇ、僕の質問に答えてよ。君はステラート家のご令嬢でしょう?」

 「何の用? あなたは誰?」

 

 男はふーむと唸った。

 ナイフを持つ手からは汗がにじむ。

 

 「君がステラート公爵令嬢で間違いないようだね」

 「質問に答えていただけるかしら」

 

 きつめの口調で言うと、男は「オーケイ。オーケイ」と軽く手を振る。

 

 「じゃあ、後の質問から答えようか…………僕は星光騎士の序列13位、ナイト・オブ・テルス」

 「!」

 

 ナイト・オブ・テルス。

 それは幻とされる騎士で、100年間以上その騎士になったものはいない。序列は一番低いがそれなりに力がある者がなる。

 この人がそのテルスだというの?


 ——————いや、ありえないわ。

 

 「そんな冗談はやめてください。あなたは一体どなたですか?」

 「だから、ナイト・オブ・テルスだって言ってるでしょ?」

 「それは騎士名。あなたの名前があるでしょう?」

 「そうだね、僕の名前はキット。ステラート公爵令嬢にお会いしたくやってきました」

 

 男は丁寧に頭を下げる。

 その瞬間、彼の胸元にあったものが光った。

 目を凝らして見ると、光ったものは星光騎士の勲章。

 幻の騎士ナイト・オブ・テルスの勲章……彼の言っていることは本当なの?

 「頭を上げて」というと、彼は素直に頭を上げた。


 「本当に用事はそれだけ?」

 「ええ。ご令嬢が何をしているか知りたかったから、ここまで来たんだよ」


 キットはゆっくりとこちらに足を進めてくる。彼の服はラウンズの制服。徐々に顔の全貌が見えてくる。


 綺麗な顔……………………。

 男は紺色の髪に黒の瞳を持つ少年だった。

 私の同じくらいの年に感じる。

 

 「へぇ、公爵令嬢ってこんな絵を描いているんだね」

 

 キットは壁に立て掛けている絵にちらりと目をやる。

 その瞬間、私の肝が冷える。

 う、うん、大丈夫。

 きっとエドワードとはバレないはず……。


 エドワードとサインしている絵は劣化しないように布を被せていた。

 隠れていないのはサインをしていない未完成の作品だけ。


 大丈夫、バレないわ…………。

 すまし顔でそっと警戒していると、キットは「ねぇ」と声を掛けてきた。

 思わず私はビクッと肩をはねさせてしまう。

 

 「な、なんですか」

 「これって君が描いたんだよね」

 

 キットはサインなしの絵を指さす。

 

 「…………はい、そうですよ」

 「なんだか、君の絵はエドワードとかいう人の絵に似ているね」


 なっ。

 背中にバッと冷や汗が増えたのを感じる。


 「そ、そうですか? もしかしたら、私がエドワード様の作品に憧れているせいで、似たようなタッチになってしまったのかもしれません…………」


 苦笑いで答え、キットの方をちらりと見る。

 どうやら彼が疑う様子はなさそうだった。

 よし、信じてもらえたようね。

 よかった。


 そうして、キットは満足するまで未完成の絵を見ると、やってきた窓の方に向かう。

 

 「じゃあ、また来るね。エステル」

 

 そう言ってベランダからジャンプして、去っていった。


 「え? ちょっと待って」


 ベランダに行き下を見たが、人はもういなくなっていた。

 体を乗り出したまま、キットの目的について考える。


 彼は本当に何のためにここに来たの? 

 私を「エステル」であることを何度も確認する様子からするに私に用があったようだった。

 キットは私と同い年……もしや、生徒会からの刺客? 

 学校に来いと言いに来たのかな?


 でも、なぜ先にテルスなんて名乗ってきたのだろう?

 大体、幻の騎士はいないはず。テルスになった人なんて聞いたことがない。

 新聞でも見たことはないわ。


 考えれば考えるほど、彼の謎が深まるばかり。

 明日、デインにテルスのことを聞いてみよう。

 デインなら何でも教えてくれるし、そうすればすぐに分かるだろう。


 そうして、私はもう不審者がやって来ないよう窓をきっちり閉め、作品制作に戻った。

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