20 悪役令嬢、変装をする

 次の日の学園。

 僕、デインは1人で登校していた。

 母さんとの約束通り、姉さんは来ていない。


 姉さんがいたら、きっと楽しいんだろうな……。

 と叶うことのない想像をしつつ、教室に入り席につく。

 

 「デイン、おはよーん」

 「おはよ、レン」

 

 席に着くなり、声を掛けてきたのは国の第2王子レン。

 彼とは星光騎士で顔を合わせることが多かったので、学園でも自然と一緒にいた。

 

 「デイン。エステル嬢の様子はどう?」

 「元気にやってるよ。学校には頑固としていかないみたいだけど」

 「そうかぁ……エステル嬢がいたら楽しいだろうにね」

 

 レン王子はしょんぼりした顔をする。

 やっぱり、同じことを考えてたんだ。

 そうだよね。


 姉さんがいた方が楽しいよね……でも、姉さんはきっとあの人に会いたくないんだろうな。

 噂をすれば、教室にあの人が入ってきた。

 教室に黄色い声が響く。

 

 「サクト様!」

 「今日もカッコいいわ」

 

 姉さんの名ばかりの婚約者、サクト王子。

 僕はある理由でずっとあの人が嫌だった。


 サクト王子の隣には黒色ロングの少年と赤茶色のロール髪の少女。

 彼らは友人で国の宰相の息子ハンスとその妹シャルロットでいつも一緒に過ごしていた。

 

 「デイン、レン、おはよう」

 「……おはようございます」

 「今日もエステルは来ていないの?」

 「はい、そうですが」

 「そうかい。邪魔したね」

 

 そう言ってサクト王子は去っていく。

 シャルロットは「エステル様は婚約者なのに殿下は来ていないことを知らないんですね」と、ハンスは「サクトが仕事ばっかしてるから嫌になったんだよ」と自由に発言。

 いつものことなのか、サクト王子は呆れた様子ではぁと溜息をつくだけだった。


 あの人……早く他の人を見つければいいのに。

 姉さんはきっとサクト王子あの人なんかに振り向くことはない。

 じっと去っていくサクト王子の背中を見つめていると、肩をちょんちょんと叩かれた。

 

 「デイン、兄さんになんか用でもあった? 話しにくいことなら僕から言っておこうか?」

 

 レンはニコッと笑う。

 彼はサクト王子の弟だが、2年前まではあまり仲がよくなかった。

 なんせ両方が両方、何をしでかすか分からない人だったのでね。


 それに昔のレンはどこかサクト王子から距離を置くようなところがあった。

 僕はてっきりレンが王位に就きたいからかなと思っていたけど、そうではなかったらしい。


 ともかく、レンとサクト王子の関係はだいぶ変わった。

 すれ違っても話すことはなかったのだが、ここ最近のレンはサクト王子に甘えるらしい。(本人曰く兄さんをいじるのは楽しいかららしいが)

 あの2人に何があったのだろうと思うが、今の所何も聞いていない。

 

 「デイン、僕をじっと見てどうしたのさ?」

 「なんでもないよ。サクト王子にも用は特にないから」

 

 サクト王子にはそのうちに用ができる。

 その時、自分の口で言いに行くから。

 



 ★★★★★★★★




 その日の夕方。

 私、エステルは引きこもりを宣言したにも関わらず、街に来ていた。

 私の顔をしている者がいたり、貴族が来たぞと注目もされたくなかったので、変装している。

 

 男装ってかなり動きやすい。

 そう。

 私は街の女の子ではなく、男の子の服装をしていた。

 うん、これならあそこに行っても違和感ないはず。


 私がなぜ自分の足で街に来ているのかというと、材料を集めるためにやってきていた。自分の望んだものは大抵自分が動かなくとも運んでくれる。


 服は仕立て屋が来るし、靴屋だってそう。

 でも、私が本当に求めるものはやっぱ自分の目で見ないといけないわ。


 私が欲しいと思っているもの—————それはラピスラズリ。

 瑠璃と知られる宝石の1つ、ラピスラズリ。

 私はそれを砕いて絵の具として使いたかった。


 この方法で絵を描いている人がいる。

 前世の有名画家フェルメールだ。

 彼の作品「真珠の耳飾りの少女」の青いターバンにはラピスラズリが使用されている。


 あの青さ、とんでもなく綺麗だったわ。

 ずっと見ていられた。

 といっても、実際に見たことはないのだが、それでもあの作品には魅了された。

 フェルメールほど技術を持つわけではない。

 しかし、挑戦してみたいものはしたい。


 だから、こうして使えそうなラピスラズリを探しに来た。

 ゆっくり歩いていると、大通り沿いにある画材店が見えてきた。


 ここだわ!


 ルンルン気分で扉を開ける。

 そのお店には筆や、絵の具、額、布など多くの画材が置いてあった。

 来る人が限られているため、店内にはそれほど客はおらず。

 新聞に目を通していたカウンターにいるおじさんに声を掛ける。

 

 「あの、ここにラピスラズリの粉は売っていませんか?」

 「ラピスラズリですか……」

 

 男は新聞を机に置くと、頭にのせていたメガネをかける。

 

 「セレステ! ちょっと来てくれないか?」

 

 おじさんは背後の方に向かって大声で言う。

 ん? 

 セレステ…………セレステ!?

 え、そんなまさか。

 

 「はい! 今すぐ行きます!」


 奥の部屋からはそう答える少女の声。

 数秒後、声の主とされる黒髪の少女が姿を現した。

 こちらにニコリと笑って一礼。

 そして、彼女はおじさんの方を向いた。


 「店長、なんでしょうか?」


 じっくり現れた少女を観察する。

 彼女はやはり私が知っている“セレステ”だった。

 セレステ・シエリオット。


 乙女ゲームの主人公だ。

 そんな彼女がこんな所でバイトをしている。

 

 主人公が画材店で働くなんて、シナリオにはなかったはず。

 多分、なかった。

 少なくとも入学したての頃は。

 

 「セレステ、ラピスラズリをお探しのお客さんだ。奥に案内しておくれ」

 「はい、分かりました」


 元気よく返事をする主人公ちゃんセレステ

 やっぱり彼女の明るさは健在のようね。

 でも、なんでこんな所で働いているのかしら?

 

 「ラピスラズリをお求めのお客様、どうぞこちらへ」

 「あ、どうも」


 セレステに案内され、私は店の奥へと入っていく。

 奥には店頭には置かれていない商品がズラリ。


 貴族しか買えないような高そうな筆に、さまざまな布。

 これ全て商品なのね………………。

 とながめなら歩いていると、セレステがある場所で足を止める。


 「ラピスラズリは国産のものから海外から取り寄せたものまであります。国産のものはこちらに」


 セレステは目の前の箱のふたを開ける。

 そこにはキラキラと金の部分が光を放つラピスラズリがあった。


 「これが国産のもの?」

 「はい。国産のものももちろん質は良いのですが、私のおすすめとしては隣国アルカナ産のものですね。こちらはどれを手に取ってもいい、作品にお使いなさるには持って来いの品です」


 セレステはフフフと楽しそうに話す。

 ああ。

 彼女が主人公ちゃんじゃなかったら、正体を明かして、作品について語り合いたい。


 —————彼女となら面白い作品ができそう。


 とじっと見つめていると、セレステは私からの目線が気になったのか「どうかしました?」と言ってくる。


 「いや、なんでもない。ただあなたが楽しそうに話すものだから」

 「あ、すみません。でしゃばってしまって………」

 「いいですよ。僕も作品作り大好きですから」

 

 そう答えると、セレステはぱぁっと笑顔を見せる。


 「私、最近ある方の作品に夢中になってしまって」

 「ある方?」

 「はい! かなりお若い方らしいのですが、有名な画家さんなんです。ご存知ですかね……エドワード様と言う名前なんですが」

 「なっ」


 ご存知も何もそれは私だよ! 

 なんで知ってんの! 

 夢中って!

 セレステはデレデレした表情で“エドワード様”について語る。


 「実際のエドワード様の作品は見たことがないのですが、雑誌や新聞記事で見る作品はどれも美しい! こんな私が言うのもなんですが、美術界で新たな風を吹かせているというか……ともかくどんな世代や性別で合っても見とれてしまうんです、ってお客様大丈夫ですか?」


 私は顔を両手で覆っていた。

 あまりにも恥ずかしすぎて。

 この子………まるで推しキャラについて語っているみたいじゃない。


 その推しキャラはエドワード(私)なんだけれど。

 セレステがあまりにも心配してくるので、「大丈夫、なんともないから」と答える。


 「すみません、勝手にしゃべりすぎちゃって。えーと、お客様はラピスラズリをお求めなんですよね? 何グラム必要ですか?」

 

 セレステは営業モードに戻ったのか、先ほどの態度に変わる。

 エドワードについて語られるのは恥ずかしいけど、もうちょっと話を聞いていたかった。


 私はあまり実際の見た人の感想を聞いたことがない。

 もちろん、デインやパパから感想を貰うことがある。


 しかし、彼らは身内。

 意識してなくても、贔屓が出ているかもしれない。


 でも、セレステはそんなのじゃなさそう。

 本当の感想を聞いてみたい。

 

 「ねぇ、セレステさん。もうちょっとお話しませんか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る