15 悪役令嬢、問い詰められる

 フカフカの地面。

 右から感じるやんわりとした温かい光。

 しかし、視界は真っ暗なまま。


 一体ここはどこだろうか?

 確か、さっきまで私は絵を死に物狂いで描いていた。


 そしたら、目がグルグルし始めて、ふらついて倒れて……って私、まさか死んじゃったの? 

 過労死で死んじゃったの?


 そんなバカな。

 絵を描いていただけなのに……。

 

 「姉さん、姉さん」

 

 遠くの方から彼の声が聞こえる。

 私を「姉さん」と呼ぶのは1人しかいない。

 きっと近くにはデインがいるのね。


 となると、私はどこかで眠っているかしら。

 デインは何度も何度も私を呼んでいる。

 その声は遠く、こちらは反応できない。

 

 「エステル」

 

 次は別の声が聞こえた。

 「姉さん」ではなく私の名前を呼んでいる。

 一体、誰が私の名前を……。


 パパ?

 ママ?

 メイドさん?


 いや、全て違う。

 あの声は、の声は。

 思い切って上体を起こしてみる。

 すると、額の部分に何かがぶつかり、頭に痛みが響く。

 

 「つっぅ……」「痛っ……」

 

 額をスリスリと撫でながら、ゆっくりと瞼を開ける。

 そこは案の定自分の部屋だった。


 部屋の景色は朝起きた時と変わらない。

 ベッドの左には心配するデインが立っていた。

 そして、右側には。

 

 「殿下っ!」

 

 左側にはなんとサクト王子。

 私とぶつけたせいか、彼もまた額を押さえている。

 な、なんで、こんなところにサクト王子が……。


 デインが「姉さん、大丈夫?」と声を掛けてくるが反応できず、私の思考は停止していた。

 激痛だった額の痛みも吹き飛んでいる。

 起きたら、あのサクト王子がいたのよ。

 痛みなんか気にしていられない。

 

 「で、殿下はなぜこのようなところへ……」

 「そりゃあ、婚約者が倒れたって聞いたからさ。心配するのは当然でしょう?」

 「で、でも誰から聞いたのですか?」

 「彼からさ」

 

 サクト王子は部屋の隅の方をさす。

 指差した方にはレン王子が立っていた。

 目を合わすと、彼は気楽そうに手を振ってくる。

 レン王子が……サクト王子に言ったの?


 最近、レン王子とデインの仲が良くなっていることは知っていた。

 一緒に剣術の練習をしているところは見かけていたし、デインは嫌そうにしながらもなんだかんだレン王子に構ってあげていた。

 でも、私にはレン王子とサクト王子の仲が悪い記憶しかない。

 

 「エステル、大丈夫?」

 

 レン王子の隣にはラウンズの服をまとったアナスタシア。

 普段は凛々しい彼女はとても心配そうな顔を浮かべている。

 アナスタシアまで来てたの……。

 

 「姉さん、大丈夫? 起き上がって大丈夫?」

 

 デインは私に左手を掴んで、若干ながら涙目を浮かべている。

 そこまで心配しなくていいって、大したことないから。

 私がそういうと、デインは突然声を荒げた。

 

 「姉さんは倒れたんだよ! 大したことないはずないよ」

 「デイン……」

 

 それから、デインから倒れた後の話を黙って聞いた。

 倒れた私をデインが運んでくれたこと。

 遊びにやってきていたレン王子がそのことを知って、サクト王子とアナスタシアに伝えたこと。


 そして、熱を出していた私は3日間眠り続けていたこと。

 

 「だから、心配するに決まってるよ」

 「…………」

 

 デインは今にも泣きそうだった。綺麗なルビーの瞳を潤ましている。

 …………心配してくれてありがとう。


 優しくデインの頭を撫でる。

 彼の白い髪は絹のように柔らかい。

 でもね、デイン。

 

 3日間ぶっ通しで寝続けて、寝不足だった分を取り返すことができたから今の私は超元気よ。

 今すぐにでも走れそうなぐらい。


 デインをなだめながら、彼と同じく私のことを心配してくれた者の方に顔を向ける。

 会いたくなかったとはいえ、心配してここまで来てくれたんだから、お礼はしておかないと。

 ベッドに座ったままだけど、彼の方に向かって深く頭を下げた。

 

 「殿下、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 「顔を上げて、エステル」


 そう言われたので、ゆっくりと様子を見ながら顔を上げる。

 そこには柔らかな笑みを浮かべる彼の顔があった。

 イケメンプラスバックから差し込む日の光のせいで神々しく見える。

 ああ、この人を……描いてみたい。


 「気にしないで、大丈夫だから」

 「……」

 「えーと、エステル?」

 「……」

 「ぼーっとしてどうしたの? エステル?」

 「あ、はい!」


 おっと、危ない。

 危うく自分の世界に入って帰ってこないところだった。

 そして、私は心配してやってきてくれた2人にも頭を下げる。

 

 「レン様、アナスタシアにも心配な思いをさせてしまい申し訳ありません」

 「大丈夫さ」「このくらい当然よ。友人だもの」

 

 2人は私に安心してというばかりに温かい笑みを向けてくれる。

 アナスタシアは星光騎士だから練習しないといけなかっただろうし、忙しいかったはず。


 レン王子は……レン王子は暇だったかもしれないけど、剣術の練習をしないといけなかったはず。

 その時間を割いてきたんだ。


 本当にありがたいわ。

 と私が心の中で再度感謝していると、アナスタシアが「それにしても……」と話を始めた。

 

 「エステル、倒れるまで何かやっていたようだけど、何に熱中していたの? 私はそれが気掛かりだわ」

 「僕もナーシャと同意見だよ。そんな囚われるぐらい夢中になっていたことがエステル嬢にあったなんて」

 

 えっと、えっと。

 私が画家のエドワードであること、絵を描いていることはデインとパパ、ママ、そしてメイドたちぐらいしか知らない。

 レン王子とアナスタシアに言ったら、私の引きこもり計画を反対されそうで嫌だったのだ。もちろん、サクト王子に話すのは論外。

 背中に冷や汗を感じる。

 

 「エステル、何か隠しているの?」

 

 サクト王子は何を察したのか、私に迫ってくる。

 レン王子とアナスタシアも私のベッドに寄って、身を乗り出してきた。

 あわわぁ……。


 権力を持つ3人が一斉に問い詰めてくる。

 こんなに恐ろしいことはない。

 でも、言えない、言いたくない。

 口籠っていると、私の前に救世主が現れた。

 

 「殿下、レン、アナスタシア様。姉さんは目覚めたばかりで疲れているようなので、少しそっとしていただけますか。気になるのは分かりますけど」

 

 先程まで泣きそうになっていたデインが冷静な態度に変わっていた。

 私を守るように、未来の権力者3人に話す。

 私の心中を察しての行動。さすが、私の弟だわ。


 3人は「それもそうだな」とか「後で聞けばいいものね」とか言って、挨拶をしていくと私の部屋から出ていった。

 デインも3人とともに部屋を出ていく。


 ふぅー。

 とりあえず正体バレは回避できたわね。

 息をすぅーと吐き、豪快に寝転がる。

 アナスタシアが「後で聞けばいいものね」って言ってたから、今回は一時回避できたって感じね。次会った時には問い詰められるんだろうなぁ。


 でも、どうやってごまかそう? 

 無理矢理感はあるけど、ピアノしてたとか、勉強してて倒れたと言ってみようか。案外騙せるかも?

 絵のことを誤魔化す作戦を考えていると、カチャと扉が開く音が聞こえた。私は急いで起き上がる。


 現れたのはデイン。

 彼は3人を送り出し、私の部屋に戻ってきたようだ。

 気のせいだろうか、彼の身長が少し伸びたような気がするのは。

 デインはこちらにゆっくり歩いてくる。

 

 「デイン、身長伸びた?」

 「伸びてはいるけど……3日で気づくほど伸びてはいないと思うよ」

 「それもそうね」

 

 彼はベッド左側に置いてある椅子に座る。

 そして、最愛の弟は真剣な表情でこちらに真っすぐな瞳を向けてきた。

 ……なんだろう? 


 お腹でも痛いのだろうか?

 デインのお腹を心配していると、彼はこう言った。

 

 「姉さんにさ、大事な話があるんだ」

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