13 悪役令嬢、モデルを見つける

 「アナスタシア?」

 「あれ? 君なら僕の婚約者ぐらい知っていると思ったんだけど。ナーシャと言えば分かる?」

 

 レン王子は私に分かるようにか、アナスタシアの短縮形の名を言う。

 どこかで聞いたんだけど…………。


 私は「うーん」と唸って、目を瞑る。

 2人分の記憶が混在する私の脳はパンクしかけ。

 そんな脳内に問いかけて「アナスタシア」のことを必死に思い出す。

 

 「ナーシャ………………はっ」

 

 ナーシャ。

 アナスタシア・N・マーチャーズ。

 そうだ、彼女はゲームに登場するキャラで、レン王子の婚約者。

 この子の存在もすっかり頭から抜けていたわ。


 アナスタシアはエステルと同じヒロインちゃんの恋路を邪魔するキャラ。特に婚約者であるレン王子のルートでは邪魔していたような気がする。

 彼女はヒロインちゃんに物理的攻撃はそれほどなかったものの、言葉による精神的攻撃を与えていた。


 その攻撃に耐えヒロインちゃんがレン王子の心を盗めば、アナスタシアは悔しい思いを持ちつつも退き、ハッピーエンド。

 王子を虜にできなかったら、王子とアナスタシアが結婚するバッドエンド。


 エステルと同じ悪役令嬢なのにアナスタシアが死ぬことはなかったんだよね…………公式のいじわる。

 しかし、なぜそのアナスタシアの名前が上がるのだろう?

 

 「なぜマーチャーズ令嬢の名が…………」

 「彼女とね、ダンスレッスンすることがあるのだけれど、どうも彼女はダンスが苦手みたいで僕の足をよく踏むんだよ」

 

 アナスタシアは確か星光騎士序列7位のナイト・オブ・ウラノス。

 私と同い年にも関わらず星光騎士の地位についている凄腕女騎士。

 しかし、剣術を得意とする彼女にはダンスやお茶などの一般の令嬢が楽しむことは苦手だったような。


 私の記憶とアナスタシアの記憶が頭に入りきらなくてパンク寸前だから、記憶がごちゃ混ぜで正しいか分からないけど、アナスタシアはそんな人だった、たぶん。

 なんて考えていると、レン王子は何か思いついたような笑みでぽんと手を叩く。

 

 「ねぇ、エステル嬢」

 「はい、なんでしょう?」

 「明日彼女に会ってみない?」

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 


 次の日。

 私たちは馬車に乗って、マーチャーズ家に向かっていた。

 馬車は王子のものである。

 

 「……姉さん、なんで僕らはレン王子と馬車を乗り合わせてるの?」

 「『一緒に乗らないか』って言われたのよ? さすがに王子の言うことは断れない」

 

 普段なら私と向き合って座るデイン。

 しかし、彼は私の隣に座って小さな声で話しかけてくる。

 別の馬車に乗りたそうにしていた彼は少し怒りがあるようだった。


 でも、そんなデインも可愛いわ。

 ああ、本当に可愛い。

 女装させても違和感なさそう。

 

 「でもさぁ……」

 「私だって王族の人と馬車に乗るのは避けたかったわ」

 

 王子と一緒に馬車に乗っているところを見られて変な噂を立てられると、絵を描くどころではなくなってしまう可能性がある。絵に集中できないなんては嫌だわ。

 

 「ちょっと2人とも聞こえてるんだけど~」

 

 正面にはにこやかな様子で座るレン王子。

 相変わらず彼のチャラさは健在だった。

 昨日に続き、今日も会っているけど、レン王子この人よほど暇なのかな? 


 ていうか、王子自らが侯爵令嬢の邸宅に行っていいの? 

 うーん。レン王子の行動はよく分からない。


 そんなレン王子は鼻歌を歌い、ルンルン気分で窓の外を眺めている。

 まぁ、アナスタシアは美人だった覚えがある。

 彼女と会ってみるのはそれなりの収穫がありそう。

 マーチャーズ邸に到着し、私たちは馬車を降りると、これまた綺麗な庭が広がっていた。


 アナスタシアは侯爵令嬢。

 この庭の規模には頷けるわ。

 まるで友達の家に行くかのように楽し気に歩くレン王子。

 私たちは彼の後ろを付いて行く。


 そして、扉の前まで来ると、レン王子は慣れた手つきでコンコンと叩き、出てきた使用人に話をする。

 使用人も王子が来たのに驚く様子もなく、アナスタシアを呼びに行った。


 使用人が下がって数分後、黒髪ロングの美少女が出てきた。

 彼女のこげ茶色の瞳はどこか冷たく感じ、レン王子の方に向けられている。

 彼女の目は殺気を感じるのはなぜだろう。


 私はそう思いつつ、美少女をじっと観察する。

 艶やかな黒髪を揺らす彼女がアナスタシア。

 やっぱりアナスタシアは可愛いわね。


 私よりずっと美人だわ。

 これはいいモデルになりそう。

 

 「やっほー、ナーシャ」

 

 レン王子はアナスタシアに手を振る。

 すると、彼女は落ち着いた……というか苛立ち交じりな声を出した。

 

 「殿下…………今日は何の用ですか? 練習をサボっていていいんですか? そのままだと星光騎士になれませんよ」

 「確かにそうだけど、今日は君に会わせたい人がいてさ」

 「会わせたい人?」

 

 アナスタシアはレン王子の背後を覗くように見てくる。

 彼女の冷たい視線が突き刺さった。

 なんだろう……警戒されている感じは。


 しかし、不満そうながらもアナスタシアは私たちを迎え入れてくれた。

 部屋に案内され、それぞれソファに座る。

 あったソファが2人ようだったので私とデイン、レン王子とアナスタシアに分かれて向き合って座った。

 座るなり、ため息交じりにアナスタシアは話をし始めた。

 

 「私、これから剣術の練習をしようと思っていたのですが」

 

 さすが星光騎士のアナスタシアだわ。

 

 「じゃあ、僕もそれに付き合うよ。2人は傍から見ている? それともここで待ってる?」

 

 うーん、どうしようか。

 待っているだけなのも暇になるし、私も少しやってみようかしら。

 もしかしたら、何かいい発見があるのかもしれない。

 

 「私もやってみたい」

 「姉さん!?」

 

 私がそう言うと、デインは驚いたのか声を上げる。

 デイン。

 私は木刀に触ったことないし、怪我しないか心配なのだろうけど、ちょっと気になったからやってみたいの。

 すると、アナスタシアが少し明るいトーンで尋ねてきた。

 

 「公爵令嬢も剣術をなさっているのですか?」

 「いえ、私はやってないけど、デインがやっていたのを目にしていたら実際にやってみたいなと思って」

 「…………そうですか」

 

 アナスタシアも許可を出してくれたので、私は貸してもらった動きやすそうな服に着替える。

 広い庭に出た私はデインから姿勢などを教えてもらい、木刀を振っていた。

 ちらりと見ると私の少し離れたところで、レン王子とアナスタシアが向き合って木刀を構えている。

 真剣な表情のアナスタシアは美しい黒髪を束ね、ポニーテールにしていた。

 

 「ナーシャ、いくよ!」

 

 レン王子が走り出すと、アナスタシアも足を動かす。

 カランっ。

 二人の距離が0になった瞬間、木刀が音を立てた。


 2人の木刀は交差している。

 一時接戦であったのだが、数分後アナスタシアが押し勝ち、レン王子を容赦なく座らせた。


 サッと木刀を振る音。

 冷静な彼女は木刀の先をレン王子の顔に真っすぐ突きつけていた。

 アナスタシア……強いわ。

 

 「さ、さすがだね。ナーシャ」

 「……当たり前です。私は陛下と国を守る星光騎士ナイト・オブ・ウラノスですから」

 

 堂々とした態度のアナスタシア。

 情けなく座り込んでいるレン王子。

 その様子はどちらが王族なのか迷うほどであった。


 アナスタシア、カッコいいな。


 私は彼女みたいに騎士にはなれないだろうけど、責めて自分の身は自分で守れるようになりたい。

 そんな思いでひたすら木刀を振っていると、「公爵令嬢、その振り方はよくないですよ」と静かなトーンで声を掛けられた。

 振り向くと、艶やかな黒髪をなびかせるアナスタシアが立っていた。


 彼女の後ろ奥でデインとレン王子が組み合っている。

 

 「アハハ。私はやっぱり騎士に向いていないね」

 「……1日で剣術の修得は不可能です。毎日練習しなければ」

 「そ、そうよね」

 

 私が答えると、アナスタシアは何も言う様子がなく、気まずい空気が漂っていた。

 ふわりと優しい風が草木を揺らし、サァーと爽やかな音が耳に入る。

 何か話さなきゃ…………。

 話題探しに困っていると、何も話す様子がなかったアナスタシアが先に口を開いた。

 

 「……公爵令嬢はなぜこんなにやってきたのですか? 令嬢にはご友人がいらっしゃるではありませんか」

 

 確かにエステルにはたくさん友達はいた。

 私が家に呼べば、彼女らは嬉しそうな顔で来てくれる。

 でもね…………。

 

 「私の尊敬する方から『色んな経験をしなさい、色んな人に出会いなさい。そしたら自分がしたいことが見えてくる』って言われたことがあるの。だから、そのことは大切にしようと思って」

 「…………」

 

 中学時代、マンガ家を目指していた私は美術の先生にそう言われた。

 いい作品を生み出すには自分が得た経験が大事だって。

 もちろん、技術があることが前提の話なのだけれど、人を感動させる作品を作るには人生の経験値が物を言う。


 それに、いい作品作りのためだけじゃない。

 私にいたのはみんなうわべだけの友達。

 本当の友達と言える人はいなかった。

 私はこの世界での本当の友達がほしい。

 

 「だからね、アナスタシアに会いにきたの」

 「…………そうですか」

 

 あとアナスタシアをモデルにした絵を描いてもいいかなと思って来たわ。

 

 「それにね、この剣術とかみたいに意外と自分ができないことに挑戦してみるって楽しいの! もちろん、怖い思いもすることはあるけどね。それでも楽しいわ!」

 

 と私が熱く話していると、アナスタシアは顔を俯けていた。

 しまった。語り過ぎてしまった。

 

 「アナスタシア…………?」

 

 名前を呼んでも彼女からの返事はない。

 アナスタシアは顔を俯けたままだ。

 も、もしかして、嫌われた?

 

 「エステル公爵令嬢」

 

 ちらりと見えるアナスタシアの頬はほんのりと赤く染まっていた。

 もしかして、さっきたくさん動いていたから、熱中症にでもなったのだろうか?

 

 「アナスタシア、だいじょ……」

 「あ、あの私、同世代と中々仲良くなれなくて…………」


 アナスタシアは顔を上げる。

 彼女の瞳は真っすぐこちらを見ていた。


 「そ、その公爵令嬢がよければなんですが、また会っていただけませんか?」

 

 へ? 

 また会う?

 また会ってくれるのっ!? 

 えー!? 私、嫌われていたと思ったのに! やった!


 思わず笑みがこぼれる。

 そんなの、答えは決まってるわ。

 

 「もちろん! また会いましょ!」

 

 私がそう答えると、アナスタシアは可愛すぎる柔らかな笑みを浮かべた。

 次の機会は私の家に来てもらって、モデルになってもらえると嬉しいな!!

 その日の夜の私はアナスタシアをモデルえさにして、アイデアスケッチをするのであった。

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