12 悪役令嬢、ダンスを練習する
ママと約束した次の日から、私はダンスレッスンや勉強を再開した。
本当は絵を描きたいんだけどなぁ。
そう思いつつ起きて支度をして、まずアトリエに行こうとしたところ、デインに捕まってしまった。
「少しだけ、少しだけでいいから。筆に触らせて」
絵を描きたくて、描いてないと狂ってしまいそうだった私は、必死にお願いをした。
だが、「姉さんはアトリエに入ったら鍵かけそうだから、午後からね」と言われ、レッスン室に強制連行。
デインはよほどママが怖いらしい。
私は少しだけ絵を描いてから、練習しようと思ってたのに。
そんな彼はどこか疲れていたように見えた。
が、尋ねると本人は「なんともないよ。気にしないで」と答えた。
昨日帰ってから剣術とかの練習をして、疲れが残っているのかも。
それなら休んでほしいわ。
その間、私は絵を描いているからさ……。
部屋に入るなり、ソファに座って靴を履き替える。
最近履くことがなかったヒールのある靴に足を入れ、立ち上がった。
私は王子の婚約者ではあるものの、成人はしていないので社交界の場には出たことはない。
しかし、エステルはこの年でダンスを極めている。
ダンスは体に染みついており、考えることなく踊ることができそう。
記憶を取り戻すまでの
「姉さん」
デインが左手を差し伸べてくれたので、私はその白い綺麗な手を取る。
顔を上げると、彼の頬が薄っすらと赤く染まっているのが目に入った。
やはり疲れて熱でもあるのだろうか?
「ねぇ、デイン。熱でもあるの? 頬が赤いわよ」
「な、ないよ! ぼ、僕って代謝がいいからちょっと動いただけで赤くなるんだ」
「…………そうなの? それは元気な証拠だわ。でも、無理はしないでね」
私は左手でデインの肩を持ち、デインは右手を私の腰に当てる。
「姉さん、いくよ。ワン、ツー、スリー」
この世界でのダンスはワルツ。
私はリードしてくれているデインに合わせて、ステップを踏む。
デインの掛け声とともに靴の音がカツカツ。
さすがデインね、本当に踊りやすい。
でも、デインは養子になるまではダンスなんて縁がなかったと思うのだけど。
デインの顔をよく見るとデインの目の元には黒いクマがあった。
昨日はなかったクマだ。
…………さては昨日の夜に練習したわね。
「ね、姉さん。な、なんで僕の顔をずっと見ているの?」
デインの顔はさっきより赤くなっている。
本当に代謝がいいんだわ。
「なんでもないわよ。寝ぐせもついていないから気にしないで」
なんていい弟なんだろう?
姉さん、幸せだわ。
その日の午前中は可愛い弟とともにダンスをして過ごし、幸せ気分で午後から作品作りに取り掛かった。
★★★★★★★★
数日後。
その日も午前中はダンスのレッスンをすると決めていたので、私はアトリエではなく別の部屋に来ていた。
来てデインを待っていたんだけど…………。
「やっほー。エステル嬢」
「なっ」
レン王子がなんでこんなところに…………。
陽気な様子で入ってきたレン王子は軽く手を振って、壁際にあるソファに座る。
彼の背後にいたデインも一緒に入ってきた。
驚きのあまり思考を停止させていたが、意識を取り戻すとすぐにレン王子に一礼をする。
「お、おはようございます、レン様」
「おはよ」
ソファに座るレン王子は自分の家にいるかのようにリラックスしている。
なんて人…………本当に王子なのだろうかとつい疑いたくなる。
「レン様、なぜこのような所に?」
「いやぁ、僕はデインと話してみたいから来たんだけど」
レン王子は私に教えるように視線を動かす。
彼の視線を追いかけると、デインが入り口付近で黙って立っていた。
「エステル嬢がダンスの練習をすると聞いたから、まぁ、待つついでに見させてもらおうと思ってさ」
え?
何ですって?
私は思わず目を見開いてパチパチと瞬き。
一方、レン王子はニコリ、肩をすくめた。
デイン?
王子を待たしていいの?
ていうか、レン王子は待ってくれるの?
妙に黙っているデインの方を見ると、デインはなぜか私からすぐに目を逸らした。
「デインがね、エステル嬢を一旦逃がしてしまうと中々捕まえにくいから、話は後にしてくれないかって言ったんだよ。エステル嬢って練習サボるんだね、意外」
黙秘しているデインの代わりに説明するレン王子はフフっと笑う。
デイン、それは私が部屋に鍵をかけてしまうことを心配しているんでしょうけど、それで王子を待たせるのはどうかと思うわ。
…………まぁ、デインがレン王子と話していたら、当然私はアトリエに行くんだろうけど。
「それに、ほら。エステル嬢って完璧令嬢って巷では言われているらしいじゃん? 僕、エステル嬢のダンス見てみたかったんだよね。ていうか、僕と踊ってみない?」
ガンガン話してくるレン王子は席を立ち、こっちに真っすぐ歩いてくる。
そして、彼は私の右手を取って手慣れたように私の手の甲にキスをした。
なっ。
「一曲踊りません?」
「…………レン様がお望みとあらば」
王子を相手に断れるわけないわ。
私たちは部屋の中央に移動し、体制を整える。
ちらりとデインを見ると、デインはどこか苦しそうな顔をしていた。
私が何かしでかさないか心配なのね。
でも、大丈夫。
ダンスなんて目を閉じていてもできるから。
「では、お手並み拝見」
レン王子は余裕そうな笑みを浮かべ、ステップを踏み始める。
私もそれにならって、足を動かす。
体が温まりステップをきちんとできているか確認すると、顔を上げた。
そこにあったのはどこかで目にしたことがある彼の優しい笑み。
…………はて、一体どこで見たことがあるのだろう?
前に見た無邪気な感じの笑みじゃないんだよね。
微笑みかけながらも冷静にこちらを見る瞳。
開けている窓から花の香りを乗せた風が吹いてくる。
本当にどこかで…………。
ワルツのリズムで軽やかにステップを踏む。
その瞬間、私の脳内に電撃が走った。
はっ!
そうだった!
レン王子も乙ゲーのキャラじゃない!?
ヒロインちゃんがダンスできないから、優しいレン王子が練習に付き合ってあげるというスチル。
今、私がいる状況は背景以外あのスチルとほぼ同じだった。
正面にいるレン王子はゲームで見た時よりも少し幼さがあるけど、15歳になったときの彼と見た目はほぼ同じ。
絵のことで頭一杯になってて、全然気づかなかった。
完全に忘れてたわ。
「いたっ!?」
とっても重要なことに気づい瞬間、レン王子が声を上げる。
足元を見ると、私のヒールがレン王子の足を思いっきり踏んでいた。
し、しまったっ!
一番やってはいけないことをしてしまったわ!
「レン様! すみません!」
すぐさまレン王子から離れる。
彼はあまりの痛さに顔をしかめていた。
そりゃあ、そんな顔をしてしまうわ。
ヒールの靴で踏まれたんだもの…………激痛に決まってるわ。
足は大丈夫かしら?
骨は折れていないかしら?
「あ、足の骨、折れていないですかっ!?」
「だ、大丈夫だから。さすがに骨は折れていないよ。それに……」
「それに?」
「誰かさんのおかげで慣れているから」
「誰かさん?」
その王子の足を何度も踏む誰かさん、凄いわ。
とんでもない精神の持ち主ね。
苦笑いをするレン王子はこう答えた。
「君なら分かるでしょ? 僕の婚約者、アナスタシアだよ」
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