やがて花が世界を包めば

あきふれっちゃー

 ことばは種であり、歌が水だと僕は考えて作曲をする。僕が書いた種は、僕から歌という水を得て少しだけ、ほんの少しだけ成長する。

 花を咲かせることはおろか、発芽すら気の遠くなるくらい果てしない道のりだけれど、それでも僕は種を作って水を与える。そうしていくうちに、どこかの誰かが僕と一緒に種に水をあげてくれるようになる。


 僕は机に向かって種を作る。先の丸くなったグラファイトにも気を取られず、僕は熱心に種を作る。その種は僕の、あるいは僕ではない誰か、人ではない何かの思いを込められて作られる。

 いつか芽を出し、葉を付け、詞が言の葉となって世界に伝わってくれるように祈りながら、夢想しながら僕は机にかじりつく。

 時には水をやりながら種を作る。そうしていると種と水の境界がわからなくなって、腐らせてしまうこともある。だけど挫けずに僕はまた種を作る。


 僕は五弦でできた栄養を手に持ち、種に水を与える。一人で、もくもくと。心の汗を流して、心の涙を流して、心が笑って、心が恥ずかしがって、心が叫んで。

 水は僕のお腹の底から湧き上がって、喉を震わせて種に水をやる。僕一人の水では種は発芽に至らないけれど、それでも種が嬉しそうに喜んでくれたなら僕の役目は終わる。そうして次の誰かに僕は種を託して、新しい種を作る。



 新しい種を作る。



 少しずつその種が、人目を浴びていく。最初は日陰で、コンクリートの上に転がっていただけの干からびかけていた種が誰かの手によって温かな土壌へ移されていく。

 少しずつ、少しずつ広がる、拡散する。様々な人たちが色んな栄養を以て種に水を与えてくれる。

 種は身震いする。少しずつ、少しずつその殻を破るように。温かい人目を太陽光の代わりにして呼吸をする。



 芽が生える。



 詞が葉を持ち、言の葉になってより多くの人たちの耳に届く。

 更に多くの水が与えられる。種は腐ることなく、貪欲にその水を吸い続ける。瑞々しく、荒々しく、静々として、猛々しく、与えられ続ける。

 そしてその水に乗って更に広がる、拡散する。



 花が咲く。



 言葉は人々の心に浸透する。それでも花はまだ水を吸い続ける。より美しく、より繊細に、より大胆に自らの存在を示すために咲く。



 そして僕はまた新しい種を作る。その種に水をやり、そっと日陰に置き去りにする。本当は最初から、日当たりのいい場所に置いてやりたいが、今の僕ではまだそれは叶わない。

 またどこかの誰かが日陰で水をやる。水をやらずに、温かな土地へ種を移してくれる誰かもいる。栄養だけをやる誰かもいる。色んな誰かの支えで詞は拡散し、育ち、芽を出して花を咲かせる。



 そして僕はまた新しい種を作る。いつの間にか種は最初から肥沃な土地にあり、すぐに沢山の水と栄養を与えられて花を咲かせるようになる。僕の種は簡単に拡散するようになる。



 そうしたら次は僕は新しい、僕が作った物ではない日陰の種を探す。今にも消えかかりそうな日陰の種を探して、少しでも温かな土壌の上に移す。そうして繋げる、広げる、拡散する。

 そうして世界が、花に包まれてくれたのなら――。

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やがて花が世界を包めば あきふれっちゃー @akifletcher

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