人だった君



 ぼくは邪神です。


 低次元の人間にとっては、おぞましく忌避きひされる存在ですが、だからこそぼくにすがる者たちも少なからず存在します。


 たまに低次元に召喚されてみれば、そこには身に余る怨念を抱え、世界の破壊を願う哀しい人間や、手に負えない力に触れてしまった愚かな人間たちがいました。

 断っておきますが、ぼくは低次元の世界をどうこうする意志も権利もありません。召喚されたから仕方なく顔を出せば、その世界の人たちに抵抗されて追い出されるのがいつものパターン。


 あいつらひどいんですよ? ぼくは「お邪魔しました。すぐ帰ります」と言ってるのに、「俺達は邪神だろうと退けてみせる!」とか勝手に盛り上がって、ぼくの話を聞いてくれないのです。

 言っておきますが、勇者リア充たちが使う武器とか魔法なんてぼくには何の影響も与えません。その気になれば空間ごと転移させて、はいサヨナラですよ。

 でもそういう時に限って、勇者一行あいつらは「決戦だ!」と盛り上がっているし、ぼくだって謂れも無く敵意を向けられたら、流石にカチンと来ますよ? だから適当に苦戦させた後で、空しくなって帰るわけですが。

 加えてぼくの言葉は低次元では音どころか表現すら歪んでしまい、クロニカいわく「無駄に抽象的で尊大な物言い」に聞こえるそうなので、そもそも説得すら無理なのです。


 このように、邪神であるぼくは何もしなくても、その肩書きだけで忌み嫌われて排除される訳です。

 クロニカにこの話をしたら「つまり、かみさまはゴキブリなのですね」と言われて後で滅茶苦茶へこみました。害虫と同一視されるほど、ぼく何か悪いことしたの!?



 いきなり脱線しましたが、クロニカの話に戻ります。

 クロニカが元々いた世界は戦乱が続き、民主主義も人権も存在しない文明レベルでした。ぼくを召喚したのは頭に山羊の頭蓋骨を乗せ、真っ白な衣装で顔まで隠しているような、どう考えても崇めてはならないものに縋っちゃった人カルティストたちでした。


「恐るべき冥府の王よ、我らが悲願を聞き届けたまえ!」


 様子見程度に顔を出した瞬間、野太いオッサンの声でいきなり「願いを聞け」とか言われて、ぼくは地雷を踏んでしまった事に気付いて後悔しました。

 経験則で語れば、この手の人たちはぼくに特定の人物や国家、あるいは集団を滅ぼすように頼んできます。

 そんなの嫌ですよ。第一、ぼくが管轄外の世界に干渉すると、司法の神に呼び出されて説教喰らいますからね?


 でも低次元の人たちは、ぼくの言葉なんてちっとも聞いてくれません。

 この時も祭壇の上には牛とか豚の首が並べて、これが願いを叶える為の代価とか抜かしやがります。どうせなら首から下、ちゃんと血抜きして食肉加工したものを捧げてくださいね!?

 ぼくは一刻も早く帰りたくて「そんなの要らないから、自分たちで何とかしてね? ぼくもう帰ります」と、その場にいる連中に伝えました。


「おお、冥府の王よ! これだけの供物ではまだ足りないと仰せられるか! 貴方様の渇望を満たす為、更に多くの血を望まれるのですか!」


 言ってないし! そんなのいらないし!

 ぼくが欲しいのは、SSRの美少女キャラとそのフィギュアだよ! そこまで文明が発展していない貴方達に期待しても、無駄だと知ってるけどね! だからぼくは彼らの言い分に耳を貸さず、さっさと冥府に戻ろうとしました。


 ――幼い悲鳴が聞こえるまでは。


 彼らはきっと、ぼくが畜生の首くらいでは求めに応じないと予想していたのでしょう。祭壇の前に生贄を引きずり出すと、泣き叫ぶ彼らの心臓を手にした短剣で一突きにします。大人の掌ほどのある大ぶりの短剣でした。そんなもので心臓を突かれたら、神の力をもってしても蘇生は不可能です。相手が子供なら尚更でしょう。


 戦災孤児なのでしょうか。

 ぼさぼさの髪、ひどくやつれた頬が彼らが置かれた境遇を物語っていました。ボロを纏わされ、手足を縛られた子供たちは一人、また一人と殺されていきます。山羊の頭蓋骨を被った男達は噴き出た血を浴びて誰も彼もが赤く染まっています。幼い悲鳴に交じって聞こえるのは野卑で耳障りな声。彼らは笑っていました。

 子供たちの血をぼくへの供物とする気でしょうか。ぼくはそんなもの全く求めてはいないと言うのに。


「助けて……助けてください……」


 ぼくは邪神です。

 冥府を支配するぼくは、それ以外の世界への干渉を固く禁じられています。


「恐い……死にたくない……」


 今も多くの世界では戦乱や災害が発生して、たくさんの命が無慈悲に散り続けています。どんなに愚かで悲惨な行為であっても、それは全てその世界で生きる者たちの責任です。

 神はたとえ善でも悪でも、管轄外の世界に干渉するべきではありません。

 そんなこと――百も承知です。


「喜べ娘よ。冥府の王は汚れなき乙女の血を欲しておられる。我らが復讐にその命を捧げる栄光――甘受せよ!」


 違う! ぼくは「生物ナマモノより可愛い女の子が好きだ」と言ったのだ。

 笑顔が可愛い、見ているだけで心が安らぐような女の子の事だよ!

 ぼくが! 新手の嫌がらせか!


「おとうさん、おかあさん、かみさま……助けて……」


「そう泣くでない娘よ。お前の父も母も既に冥府の王の下に旅立った。良かったなぁ、これからは王の下で家族と幸せに暮らすといい」


 告げられた絶望に声を失う少女。それをわらう殺戮者たち。

 嗚呼、お願いだからそんな目でぼくを見ないでほしい。ぼくにはきみの両親を生き返らせることはできない。一度死んで冥府へと送られた魂は、ぼくであってもどうにもできないのだから。

 ぼくは邪神だ。きみに奇跡を授けることもできない存在ロクデナシだ。

 だから――だけど――こんなぼくにだって決して手放せない矜持きょうじがある。ただのひとつだけ、君の為にしてあげられる力がある。


 それは――あいつらをことだ。


 そして、ぼくは干渉しました。

 受肉した体で大地に立ち、今まさに少女の心臓に刃を突き立てようとする男の肩を掴みます。


「おお、おお……遂に降臨されましたか。我が王よ!」


「うるさい。ぼくはお前なんか


 少女から男を引き剥がし、そのまま後ろに投げ捨ててやる。

 彼は打ち出された弾丸のように空を切り、岩壁に激突して真っ赤な花を咲かせました。


「かみ……さま?」


「ごめん……ぼくはきみの知ってる神様なんかじゃない。もっともっと弱くて情けない奴なんだ」


 羽織っていた外套で呆然とする少女をすっぽり包み込む。

 つらい想いをさせたね。これ以上君の事を脅かすものがいなくなるまで、目を閉じ耳を塞いでいてほしい。

 すぐ、済むからね。


 あっさり死んだリーダー格のかたきを討とうと武器を手にする者、腰を抜かして立てなくなっている者、慌てて逃げ出そうとする者、その全てにぼくは同じ境遇を辿らせることにしました。

 ぼくが指先から放つ死の煙に包まれ、誰も彼も苦悶の中で死んでいきます。死の煙は蛇のように素早くまとわりつき、穴という穴から体内に侵入して内蔵をぐちゃぐちゃに燃やして溶かすのです。

 本来は死体が穢れを撒き散らす前に処理する為の力ですが、生者に対しては想像を絶する苦痛を与えながら死に追いやる悪趣味極まりない力となります。

 義兄さんの魔を浄化する太陽の矢や、妹の全てを海に還す潮騒の竪琴に比べて、なんて醜く、おぞましい力なのだろう。


 ――そう、ぼくは邪神です。

 冥府を司る、死とけがれの化身です。


 なのに――なのに君は全てが終わった後、「ありがとう」と言ってくれた。

 君から何もかもを奪ったのは、自分の立場も考えずに軽口を叩いてしまったぼくなのに。


「……かみさま、泣いているの?」


 違う。これは心の冷や汗だ。

 後悔から生まれた、単なる生理的反応なんだ。


「泣かないでかみさま、わたし――お礼に何でも言うことをききます」


 じゃあ――ひとつだけ、いいかな?

 汗が止まるまで、君には後ろを向いていてほしいんだ。



 それが、ぼくとクロニカの出会いです。

 管轄外の世界に干渉したぼくは司法の神――つまりに呼び出されて説教された挙句、罰として一連の事態の尻拭いを命じられました。

 具体的に言うと、ただ一人生き残った少女を冥府で引き取る事になりました。

 彼女はまともな教育を受けていなかったので、色々と扱いにくい一面もあったけれど、本が大好きで特に歴史書を好んだことから、ぼくはその少女を「クロニカ」と名付けました。


「……半年、かぁ」


 その間、みすぼらしくて貧相だったクロニカは、たったの半年で見違えるほど綺麗になりました。元々結構な美少女だったのかもしれません。山羊頭の連中が彼女をとっておきの供物として扱っていたことからも、何となく予想できます。

 恐怖のあまり白くなった髪だけは今も変わらないけれど、それ以外はぐっと女の子らしく成長しました。胸のあたりもこころなしか盛り上がってきて――と考えていたところで、ふとクロニカと目が合います。視線の先が先だっただけに、ぼくは慌てて手元の書類へと目を逸らします。

 しかしクロニカはぼくの視線に気付いていたらしく、今も目を細めて非難の視線を向けています。


 だが大目に見てほしい。

 ぼくだって神である前に男なのだし、可愛い女の子の胸元についつい目が行くのは逃れられない宿業なんだよ! そう弁解しても、クロニカはぼくに非難の視線を向け続けます。

 ごめんなさい。もうしません。


「……失礼します」


 相当気分を害してしまったのか、クロニカは部屋から出て行こうとします。

 ぼくはバツの悪さから、彼女を引き止めることもできませんでした。


「……かみさまの、えっち」


 だから見えなかったのです。

 去り際のその一言を、クロニカがどんな表情で口にしたかなんて。

 ぼくには分かる筈もありません。




おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

邪神なぼくと人の君 カミシロユーマ @umakamishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ