邪神なぼくと人の君
カミシロユーマ
ぼく邪神
ぼくは神です。
生まれた時から世界を好き勝手に弄る力を授かり、自慢ではありませんが敵はいません。千の剣と万の矢と無限に届く兵をそろえても、ぼくには傷一つ付けられません。神ですし。
神は何時だって世界を意のままに操作できます。基本的にできないことはありません。国や文明を一晩で滅亡させるとか、億単位の生命体を天変地異で消し去るとか、朝飯前ですよ。
凄いと思いますか? でも……ぼくはそんな自分の力を凄いとは思っていません。
だって当たり前じゃないですか、ぼく神ですよ?
神ってのはそういう存在なんです。「次元が違う」なんてフレーズをよく耳にしますが、本来の意味は「絶対的にどうしようもない違い」なのです。低次元の存在が何をどうこうしたところで、高次元の存在には絶対に敵わないのです。絶対です。二次元の美少女と三次元世界で結ばれることくらい、不可能な事なのです。
……今、言っててとても悲しくなりましたが。
とにかく、ぼくは神です。でも神にも色々います。
例えばぼくの父さんは創造の神です。今ぼくたちが存在する宇宙そのものを想像した至高の存在です。
そう紹介しろといつも言い付けられています。
ぼくの姉さんは愛の女神です。その名の通り超の付く美人で、慈愛に溢れた永遠の母性の象徴です。
少なくとも低次元ではそういうことになっています。
ぼくの義理の兄は太陽の神です。イケメンで文武両道でなんかカッコイイ名前の武器とか持ったリア充です。
最近では音楽を始めたそうです。
ぼくの妹は海の女神です。詳しくは言いたくありませんが、強いです。
悔しいことにぼくは、こいつに一度も勝ったことがありません。
そしてぼくは――邪神です。
よこしまな神と書いて
断っておきますが、ぼくは別に悪逆非道な行為に手を染めたわけでも、冷酷無比な性格の持ち主でもありません。
先に言いましたよね? 生まれた時から力を授かったって。つまりぼくは育ちに関係なく、生まれた時からよこしまな神になることが決まっていたそうです。
ちなみに決めたのは、ぼくの父さんです。理由は穢れた手を洗った時に誕生したからだそうです。何それぼく関係ないし!
……でも、ぼくは父さんに逆らえないので、仕方なく邪神をやってます。
何やら低次元の世界には「職業選択の自由」というものがあるそうですね?
ぼくにはありませんが。
決められた手続きを踏めば、自分の職務を自由に変更できるそうですね? しかも仕事をしなくて良い日もあると聞きます。
ぼくにはありませんが。
神なんて、いわゆる世間で言うところのブラック企業ですよ。いやブラック職業? 選ぶ自由どころか辞める権利すら無いんですよ? おかしくないですか?
その上、姉さんや義兄さんや妹が低次元の世界を訪れると、みんな歓迎して神殿とか神像とか建てるのに、ぼくが訪れると「世界の終わりが来た」とか「破滅の始まり」とか言って追い返そうとするんですよ?
極めつけにその時の記録には、ぼくの容姿について「筆舌に尽くし難いほど、おぞましい」とか記録される始末。
神なんて! 邪神なんて! やってて何にも良いことありません!!
ぼくに職業選択の自由があれば今すぐ辞めてますよ!
とにかくぼくは神ですが、低次元の皆さんが考えるほど恵まれた境遇ではないのですよ。加えて
この前、父さんがぼくの結婚相手を探してくれる事になりました。
姉さんからは「自分で嫁も見つけられないのかこのクズ」と
だけど父さんがどうしてもと言うので、前から気になってきた大地の女神の娘さんを指名したんですよ。すると父さんは早速ぼくを彼女に引き合わせてくれました。
近くで見ると想像以上に可愛いなぁ……なんて思ってたら突然、その子が泣きだしました。
「こんなのの妻になるなんて死んでも嫌だ」と。
あの時のことは今も忘れません。
だってマジ泣きされた上に、こんなの呼ばわりですよ? 死んでも嫌だと拒絶されたんですよ?
理由を聞いたら「生理的にダメ」とか、最大級の嫌悪じゃん!
彼女には完全に拒絶されるし、後で母親である大地の女神が怒り狂って父さんの神殿に怒鳴りこむわで、ぼくのお嫁さん探しはご破算となりました。
これが邪神の現実ですよ?
いいことなんて何一つないですよ?
なのでぼくは今日も
ちなみにぼくの本業は深夜アニメと新作ゲームの批評家で、趣味は冥府の管理です。逆じゃないかって? いえいえ、神なんて誰でも同じです。世界とか人間を正しい方向に導こうとか、悪を糺し正義を守ろうなんて、基本的に気が向いた時にしかやりません。
もし全ての神様が真面目に世界を管理しようとすれば、低次元の世界なんて今頃はどこも幸せいっぱいのユートピアになっているでしょうね。
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冥府と書いてタルタロスと読む、ぼくの世界には太陽は存在せず、いつも闇と雲が天を覆っています。大地は絶え間なく火山が噴火し、雨の代わりに灰を降らせる生産性ゼロの世界です。その為、僕を含めた冥府の住人は、僕が
もちろん僕がその気になれば、この世界を緑豊かな大地に変えることも可能です。
その為には、父さんや司法の神にお伺いを立てる必要があるのですが……
『そもそも冥府って、わしの言うこと聞かないで死んだ奴とか、逆らったアホを突き落とす世界だし? そこを住みやすくするとか本末転倒じゃね?』
そんな父さんの私怨もとい意向により、改善要求はただの一度も通ったことはないですけどね!
じゃあそんな世界に常駐させられる、ぼくの生活環境はどうなるの? ネットとゲームくらいしかやることないよ?
女の子がいないこともないですが、半身が人外のキメラだったり、貞操観念なんてムダ毛くらいにしか思っていない淫魔だったり、血色悪い
え? いたとしても既に恋人がいたり、会った途端にドン引きされるんじゃないかって?
うるせぇよ! ぼくのトラウマをほじくり返すのやめてくださいます?
自分で言うのも何ですが、冥府はロクな場所ではありません。
でもこの世界にだって一生懸命生きる人達がいます。また宇宙全ての死と穢れを引き受ける冥府が存在しなければ、宇宙の秩序は崩壊します。
だからぼくはアニメを見てゲームをする傍ら、冥府が崩壊しないように適度に干渉して、宇宙の均衡を保っているのです。そうなのです。
そんなぼくの世界につい最近、新しい住人が加わりました。
名前はクロニカ。15歳の女の子です。
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「お茶です」
その日、東部溶岩海に面した宮殿からのクレーム処理に追われていたぼくは、机の上に湯気を立てるカップを置かれるまで、彼女――クロニカの存在に気付きませんでした。
「あ、あの……えっと、ありがとう。悪いねわざわざ――って、何その格好?」
クロニカの気遣いにどもりながらもお礼を返した直後、ぼくの目は彼女の衣装に釘付けになりました。
「――?」
クロニカは何故そんなことを聞くのかと、きょとんとした表情を浮かべていましたが、いやいや君の今の衣装については、男ならば是が非でも言及せずにはいられない!
クロニカが着ていたのはメイド服でした。濃紺のワンピースの上にフリルの付いたエプロンを着たあの! 伝説の! メイド服!!
「アフロディア様に頂きました。小間使いの制服であるとお聞きしましたが?」
ちなみにアフロディアとは愛の女神の名前であり、ぼくの姉さんです
「確かに小間使いというかハウスキーパーの制服だけど……あ、ありがとうクロニカ! ぼくはうれしい!」
感激のあまり、ぼくはクロニカの手を掴み、涙ながらに感謝の気持ちを伝えました。当のクロニカはそんなぼくのリアクションに戸惑っていましたが、まぁ彼女には分かるまいて。
何故なら以前に宮殿で働く女性達へメイド服の着用をお願いしたことがありました。理由はぼくの趣味ですが。
そうしたらあの
ぶち殺すぞ手前ら!!
そんな訳でぼくは即、メイド服の着用を撤回しました。
ちなみにナース服もセーラーもブレザーも同様の理由で、提案後即撤回した記憶があります。それからどれだけの月日が流れたことでしょう。
今、ぼくの前に立つクロニカはシンプルなメイド服を着用し、髪は作業の邪魔にならないよう後ろで結わえています。下品に飾り立てない清楚で気品のあるメイドの登場にぼくは、無情の喜びを知ったのです。
「そ、そうだ。せっかくだからぼくのこと『ご主人様』とか呼んでくれると……嬉しかったりするんだけどな――って、あれ?」
期待を込めてお願いしてみたものの、その時にはもうクロニカの姿は目の前になく、彼女は執務室のソファーに腰かけて本を読んでいました。
「かみさま、私は今読書中です。邪魔しないでください」
「………はい」
そうでした。清楚なメイドルックにすっかり意識を奪われていましたが、クロニカは元々こういう子なのです。言われたことはほぼ完璧にこなすのに、言葉で明確に指示しないことには無頓着なんです。
例えば「メイドらしい振る舞いをして」と言っても彼女には通じません。なので「時々主人にお茶を出したり、掃除をしたりするんだよ」と云うと確かに時々お茶を持ってきてくれるし、掃除もしてくれます。
ただし、それは僕が望むタイミングではなく、彼女の気が向いた時だけ。仕事で忙しい時に掃除を始めたり、特に喉も乾いていないタイミングでお茶を持ってくることもしばしばです。彼女の生い立ちを知っているぼくとしては、あまりうるさく言えないし嫌われても困るので、こちらから時間を指定してお願いすることにしました。
だから今日もクロニカは指定された時間に指定されたお茶を持ってきて、それが終わったら主人の前でも堂々とくつろぎ、趣味の読書を始めています。
正直に言えば、色々と扱いにくい子です。
でも決して悪い子ではないので、ぼくは今日も何も言えないままでした。
クロニカが持ってきてくれたお茶を口にして、ぼくは再び仕事に戻ります。
彼女が淹れてくれたお茶は相変わらず美味しくないけれど、嗅ぎ慣れた安っぽい香りと強い渋みは、ぼくの思考を多少はすっきりさせてくれました。
ふとクロニカを見ると、彼女は未だに読書に耽っていて、書物に記された知識を追うその顔はとても真剣です。
ぼくが彼女と出会ってから、もう半年。
出会った時はげっそりとやつれていた頬も今はふっくらとして、指で突いたらぷにぷにですべすべなんだろうなぁ……もちろん想像するだけで試したことはありませんよ? ぼくにそんな度胸はありません。
青い瞳を縁取る長い睫毛、血色の良い唇、出会った当時の面影は次第に薄れていくのに、今も老母の様に真っ白い髪だけは変わることはなくて。その度にぼくの
つづく
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