第19話 レベル5の治癒再生魔法(自重)
これ、なんだろう?
僕は広大な爆発現場の中心にぽつんと転がる赤い塊をアップで映し出した。
いつもなら被写体の情報を表示してくれるはずの画面には、さっきからずっと「解析中」という文字が出ていて、まだ正体はわからないみたい。
「先生」に聞いてみても同じ回答しか得られなかった。
まぁ、そうだろうとは思っていたけど……
だって、マップの情報を統合管理しているのはきっと「先生」だ。
同じ答えしか返ってこないのは当然だよね。
あらためてその塊をよく見てみる。
ラグビーのボールのような形をしてる。
大きさもラグビーのボールほどだ。
じゃぁ、もうラグビーボールでいいんじゃないかな? これ。
うん、ラグビーボール(仮)と呼ぶことにしよう。
何だか真っ赤に焼けているけど。
ラグビーボール(仮)の正体は考えてもわからないので「先生」が答えを出してくれるまで周辺の情報収集をすることにした。
副団長カメラに目を移すと、飛竜の背に魔道具〈天視図〉を広げて地図と空からの目視とで団員の位置と安否を確認している。
でも苦戦しているみたい。
あの魔道具は魔物と人のマーカーが同じ形で表示されちゃうので区別がつかないんだよね、敵性や健康状態も分からないし。
まぁ、生物の位置がわかるから無いよりはずっといいんだけど。
僕のマップでは全員の位置も安否も確認できている。
団員達のマーカーは人数分青く光っているので、死んだ人がいないのは分かっている。一安心だ。爆発をもろに受けたわけじゃなく、爆風で吹き飛ばされたという感じだね。
でも、中にはマーカーの光が弱々しく点滅している人たちもいるので、急いで治療しないとまずい状態ではあるんだけど……
母さんたちは間に合うかな?
母さんと父さんが騎乗する飛竜(オーロラ)の方を見ると、上空にホバリングしながら白と緑の2色の眩い光を放っていた。
それは救援の到着を知らせる希望の光。
出発時に副団長より説明があった緊急時対応の1つ、負傷者の報告を促す合図なんだよね。あの合図を見た各隊長は、速やかに照明弾で負傷者の位置を示さなくてはいけない。
タキトゥス兵は練度が高く、緊急時でも慌てずに迅速かつ段取り通りに動いている。
だけど、負傷者の救済活動開始までにはまだ少し時間がかかりそうだ。
これじゃぁ間に合わないかも……
お手伝いしちゃう?
しちゃおうか?
よし、しちゃおう!
僕はマップで負傷者を選び始めた。
いまはまだ魔力が少ないので全員は無理そう、だから重傷者優先で。
地上にいる155名のうち、マーカーが点滅している負傷者は37名、その中でも光り方が弱く今にも消えてしまいそうな重傷者は5名。
まずはこの人たちだな。
吹き飛ばされたカメラはいったん回収して、新たに5つのカメラを重傷者の側に設置した。
まずは1人目。
兵士が一人、大きな木の根元に倒れている。
爆風で吹き飛ばされてこの木に叩きつけられたんだね。
木の幹が鎧の形に
あぁ、手と足が曲がっちゃいけない方向に折れ曲がっちゃってるよ……
中は見えないけれど鎧の胸部もかなり大きく凹んでいるから、きっと内臓の損傷も大きいと思う。
「しっかりしろ! すぐに救援が来る、それまで耐るんだぞ。すぐだ、すぐに来るから……」
分隊長が横たわった兵士の傷口に、これでもかとポーションをドバドバかけながら話しかけているけど、兵士はピクリともしない。
隊長はよろよろと立ち上がり周囲を見渡す。
分隊の残る4名も横になってはいるけど、隊長の呼びかけには答えられる。致命傷はないようだ。
僕のマップ上でもこの4名のマーカーは点滅していない。
その時、隊長が上空に輝く光に気が付いた。
「見ろ! 緑! 御館様の光だ! それと白!? せ、聖女様! スワニー様の光も!! 大丈夫だぞ、もう少しの辛抱だ!」
隊長は夜空に現れた光を見上げながら動かない兵士に声をかけ続ける。
自分たちの居場所を知らせるために照明弾を発光させようとしているけど、中々うまくいかない。
それもそのはず、分隊長の片目はつぶれ右腕は肘から先がなかった。
うわぁ……もう見ていられない! 僕は母さんと作った術式〈治癒再生魔法:レベル7〉のファイルを選択して、術式実行の対象に兵士と分隊長を設定した。
いや、ちょいまち。
レベル7だと若返っちゃうからまずいよね……
僕は詠唱の旋律から和音をいくつか削除して、術式をレベル5にデチューンした。
「よし、レベル5なら大丈夫なはず。実行!」
ほのかな光が二人を包み、身体の中に沁み込むように消えていく。
レベル7のときほど派手じゃないね。
あのときはもっと眩しかったし、光っている時間も長かった。
でも効果は十分みたい。
倒れている兵士の身体が本来あるべき姿に戻っていく。
おぉ、すごい!
足も手も元通り。うん、顔に血の気も戻ってきた。
隊長はさっきから照明弾を発光させることに集中していて、まだその変化に気が付いていない。
「早く、早く御館様に重傷者の報告をしなければ」
焦りながらも照明弾の発光に成功した隊長は、ようやく灯った赤い光に少しだけ表情を緩めて倒れた兵士に向き直る。
「もうしばらくの辛抱だぞ! ……えっ!?」
隊長が目を見開いたまま固まってしまった。
うん、そうなるよね。
だって、生死の境をさまよっていたはずの隊員が、上体を起こして隊長を見ているんだもの。
「だ、大丈夫なのか!」
「はい、大丈夫ですけど……隊長、ど、どうしたんですか? そんなにゆすると首がとれちゃいますよ」
隊長に両肩を掴まれ、激しくゆすられながら隊員は目を白黒させている。
「いや、お前死にかけてたんだぞ! あの木を見てみろ、お前がめり込んだ跡だ。体中の骨が折れて意識もなかった! 俺だって腕が飛ばされて目が……潰れ……あれ?」
隊員の肩を掴んでいた自分の手を顔の前に掲げて見る。
「手がある……目も見える……」
「こ、これは……聖女様が?」
隊長は胸に手を当て、夜空に輝く光を見上げた。
「隊長? 私は聖女様に助けていただいたのですか?」
「あぁ、それ以外は考えられんからな……しかし、遠隔で治癒魔法というのは聞いたことがない……とにかく聖女様にはお礼を言わなければな……あっ!」
隊長は慌てて立ち上がると隊員たちを集めた。
爆発の直後はダメージで動けなかった者たちもいたが、いまは各自ポーションで復活している。
「点呼!」
「1」、「2」、「3」、「4」、「5、異常なし!」
鎧は壊れ、所々赤黒く固まった血がこびりついてはいるけど、みな背筋を伸ばして整列している。
「重傷者は無し。ということは……この照明弾は誤報? になるのか……」
漆黒の森を赤く照らす光を見つめ、隊長がつぶやいた。
緊急連絡の誤報は厳罰の対象だ。
「減給と特訓かぁ……」隊長はため息とともに吐き出すと、笑い出した。
そして、まだ状況が理解できていない隊員達に向かって楽し気に言った。
「生きててよかったな、特訓が受けられるぞ」
ふぅ、何とか間に合ったね。
ここはもう大丈夫かな。
「ダァ、アブブブ(よし、次行ってみよう)!」
僕はベッドの上で小さな拳を勢いよく突き上げて、次の重傷者にカメラを切り替えた。
かき混ぜ棒クロニクル ナルハヤ @WandR
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