第18話 闇夜の飛竜
うゎっ!! なになに!? 爆発?
真っ白に飛んだ画面が元の状態に戻るのを待って、状況を確かめる。
ほとんどのカメラが撮影対象を見失い、画面には地面の草や木の幹、月のない夜空なんかが映っている。
カメラを取り付けていた人が吹き飛ばされちゃった?
まだすごい勢いで回転しているカメラもあるし。
みんな大丈夫かな……
僕は全体の状況を確かめるため、お城のてっ辺カメラに映像をスイッチした。
うーん、爆発地点は地平線の向こう側だから、望遠機能を使ってもここからじゃ見えないや。やっぱり現場カメラに頼るほかはないか。
それより、父さんたちは爆発に気付いたかな?
最初の光は見えただろうけど、爆音も爆風もここに届くまでにはまだ時間がかかるからね。教えてあげた方がいいかな。
僕が思案していると、爆発があったと思われるあたりから一筋の赤い光が夜空に上るのが見えた。
「お館様、第2小隊の救援信号です。負傷者多数のもよう」
副団長は赤い信号弾を見た後、テーブル型の魔道具地図〈天視図〉で兵士の状態を確かめると、慌てることもなく父さんに報告する。
腕を組んで地平線を睨みつけていた父さんは一言「出るぞ」と言い、小脇に抱えていた兜を被った。
「御意」
既に魔道具〈天視図〉を収納し終えていた副団長は、そう答えると父さんから少し離れた場所に立ち位置を移す。
父さんが両手を広げる。
漆黒の鎧に纏うマントが夜風にゆれている。
何が始まるんだろう?
僕は録画を開始した。
低く
淡く緑色に輝くそれらは、ゆっくりと回転しながら上がってゆく。
「ばぁぶぅぅぅ(何か出てくる)!」
思わず声が出る。
まるで3Dプリンターみたいだ。
魔法陣が上がり切ったところでカメラ映像に表示が現れた。
〈召喚獣:
個体名(オーロラ)
召喚主:アクィラ・ソーリス・タキトゥス〉
〈召喚獣:
個体名(ミラージュ)
召喚主:アクィラ・ソーリス・タキトゥス〉
召喚術! 父さん竜を呼び出しちゃったよ、それも2頭……
僕は初めて目にする竜種をつぶさに観察する。
全身が輝く鱗に覆われているけど、とてもしなやかで硬さは感じない。
身体を支える力強い後足には鋭いかぎ爪が光り、前足と一体化した翼は溢れる魔力で淡く発光していて、広げると10メートルはあろうかいう大きさだ。
美しい……
その佇まいからは、何というか、気品が感じられる。
今まで見てきた動物や魔物とは一線を画す存在だということは、僕にだって一目見れば分かる。
カメラを顔の位置まで上げていくと金色の瞳と目が合った。
見えないはずのカメラに気が付いている?
まさか……いや、気が付いているね。
カメラをぺろりと舐めてきた。
このカメラは神さまからのギフトで、赤ん坊の少ない魔力でも発動できるようにできている。だから、魔力感知にも引っ掛かりにくいはずなんだけど……
“チンチロリン”
〈竜種は幻獣に属する。幻獣は神気を好むため神の加護であるカメラ機能に反応したものと考えられる〉
幻獣? ってなんだろう?
“チンチロリン”
〈幻獣は肉体を持たず、魔力により現世に顕現する存在。時空に縛られることがなく、そのため召喚の術式に対応して異空間への出入りが可能〉
あぁ、そういうことか。
生物は異空間への行き来ができないはずなのに、どうして召喚できるのか不思議だったんだ。
竜種はエネルギー体だから召喚できるのか。
僕にも召喚術は使えるかな?
“チンチロリン”
〈可能。ただし、そのためには召喚獣と契約する必要がある〉
なるほど、召喚獣と契約すれば僕もあんなことが出来るようになるんだ!
「先生」ありがとう! 今度召喚獣を探しに行くよ、またその時に詳しく教えてね。
“チンチロリン”
〈その時までに相性の良い召喚獣をリストアップしておきます〉
「先生」が受け身のガイダンス機能から能動的なサポート機能に進化している件……ありがたいです、ますます頼りにしちゃいます。
「んぱ! だぁだー?(うぉっ! なんだなんだ?)」
僕が「先生」のバージョンアップに感心していると、突然広場全体がライトアップされた。
思わず声が漏れてしまう。
慌ててカメラを振ると、さっきまで何もなかった場所に大きなテントがいくつも設営されていた。
テントには“
医療部隊の救急テントだ。
「あなた、私も行きます」
いつの間にそこにいたのか、父さんの側に母さんが立っていた。
「だ……分かった……」
ダメって言いかけたね、父さん。
でも、母さんの姿を見て断るのを諦めたみたい。
だって母さんは、医療用のローブの上に白い部分鎧をしっかりと身に着けて出動態勢万全なんだもん、それに「私も行きます」っていうのは許可を求めているんじゃなくて宣言だよね。
そもそも現場では重傷者が多数出ているので、治療魔術師の派遣は必須。もう誰にも止められないや。
結局、父さんの騎竜(オーロラ)には母さんが、副団長の騎竜(ミラージュ)には“
4人は待機していた2頭の
僕はすかさず副団長の兜にカメラを設置する。
副団長とエドさんを乗せた
眼下を黒々とした木々が流れるように後方に飛び去って行く。
目指すは救援信号が打ち上げられた森の奥、ずいぶんと距離があるため、地平線にそって薄っすらと夜空が赤く染まっているのが見えるだけだけど、進むべき方向は分かる。
前方には、羽ばたくごとにぐんぐんとスピードを上げていく父さんの
羽の動きに合わせて淡く発光する魔力と術式が、風の流れに乗って渦巻き、闇に溶けていく。
竜種に固有の魔法かな? それにしてもこの術式、どこか聞き覚えのある旋律だな……
いや、旋律というより鳴き声? この透き通るような高音で、ゆったりと波打つ抑揚は……そうだ! クジラの鳴き声に似ている。あれはテレビの海洋調査ドキュメンタリーで聞いたんだっけ。
僕は飛竜が身に纏う魔法の旋律をサンプリングした。きっと風属性の術式だ。
でも、このままじゃあ使えそうにない。
どうやら人には聞こえない音が含まれているようで、所々術式が抜けている。
僕は、欠けた音を補完するいくつかのメロディーラインを思い浮かべると、その中から一番自然で素直な音の流れを選び、キーボードで打ち込んだ。
うん、いい出来じゃないかな。
上々の手応えに、僕はご機嫌でファイルを保存した。
ファイル名は「
あぁ、ファンタジーの王道……イイ。
ちょっと試してみようかな。
まずは、魔法発動の対象としてマップ上の自分の星型マーカーを選択する。
次にトラックリストから「
『ゴォーッッッ! バサバサッッ! ガチャン! ドタン!』
その途端に自分の周りでなんかすごい音がし始めた。
おまけに身体がなんか揺れているような……
(うゎぁ、回ってるぅぅぅ!)
これはマズイ! 僕は慌てて停止ボタンをタップ! タップ! タップ! 何度も押しまくる。
徐々に周囲の音が小さくなっていく。
身体の揺れもおさまった。
僕はホッと一息ついてゆっくりと目を開けると、微笑む天使と目が合った。この人には見覚えがある、天井に描かれたフレスコ画だ。
「
「坊っちゃま!」
「お坊っちゃま〜!」
下では衛兵と乳母さんが僕を探して騒ぎ始めたので、僕は「ん、まぁ〜!」と一言上げて居場所を知らせておいた。これですぐに下ろして貰えるよね。
ちょっとびっくりしたけど、旋律の効果は確かめられた。これを巧く使えば風に乗って飛べる気がする。
でも、これは部屋の中で使っちゃいけないやつだね……僕は、カーテンが引き裂かれ、置物やら何やらが散乱した部屋の様子を見て思った。
ごめんなさい、散らかしちゃって。
そうこうしているうちに
僕はカメラ映像に視点を切り替える。
「ぷわっ!」思わず声が出る。
これは……
そこには直径1000メートルほどもある大きな窪みがあった。
『暗い森』は鬱蒼とした森林だ。
そして、奥に行けば行くほど森の木は高く、太くなっていく。
探索開始から4時間、精鋭部隊は人間離れしたスピードで森の入り口から相当奥まで進んでいる。距離にすると100キロメートルほどだ。
このあたりまで踏み込むと木の高さはゆうに50メートルを超え、幹の太さは直径2~3メートルにもなる。その巨大な木々ごと地面が掬い取られたように消えて、窪みの中が炭の
まるで大きな火の玉をジュッと押し付けたような感じに見えるけど、何が起こったのかは見当もつかない。
まぁ、何にせよ今までの魔物たちとはけた違いだ。これと戦うのはどう考えたって無理でしょ。
僕は、副団長の兜に取り付けたカメラをグルグルと動かして、その大きな窪みを作った原因を探してみたけど見当たらない。
そんな時はこれだよね。
僕はマップ画面を表示してマーカーを探した。
いたいた、爆心地で三角のマーカーが白く点滅している。どうしてカメラには写らないんだろ?
もう一度カメラ映像をよく見ると、窪みの真ん中で、ブスブスと燻る炭火に混ざって、赤い光を放つ石のようなものを見つけた。
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