第5話 聞き取り調査と分析

 生まれて3日目の朝。

 僕は、今日も完璧に赤ん坊を演じている。


 最初は、この身に宿る高校一年生の照れる気持ちが邪魔をして、なんていうか、リアルな赤ちゃんプレイ? に没頭できなかったけど、もうすっかり馴染んじゃいました。


 絹のような光沢のある柔らかい寝具にスッポリと収まって、まだ思い通りに動いてくれない手足の制御に手こずりながら、お腹がすいたらお母さんや乳母さんのおっぱいをねだり、満腹になれば眠りにつき、そして下半身が濡れる不快感に目覚めて泣いたりしている。


 だけど、敵への逆襲を心に決めた以上は、赤ん坊の立場に甘んじているわけにはいかない。


 僕は身体が寝ている間も、小さな頭脳をフル回転させて、マップ範囲内の人たちの会話を聞きまくり、それらの内容を整理し、そしてつなげていった。


 それにしても、この新しい身体はとてもスペックが高いみたい。

 身体はまだ自由に動かせないけど漲る力のようなものを感じるし、頭の出来もいい。前世で偏差値80、IQ値測定不可能の判定を受けた僕だけど、明らかにそれよりも思考速度が速い。


 ありがたいことに神様の祝福であるマップの性能も上々だ。

 これは自動的に拡張する仕様のようで、生まれたときには部屋の周りを映すのがやっとだったけど、今では見ようと思えば自分を中心にかなりの範囲まで表示エリアを広げることができるようになっている。町一つがすっぽりと収まる程だ。


 そのため集まる情報の量は増えて処理は大変だったけど、高性能な頭脳のおかげもあり、かなり確度の高い状況分析ができるようになった。


 この神様の加護を最大限に活用したたゆまぬ情報収集と分析によって、ホギャーホギャーと時々泣きながらも、生後僅か3日で、僕は自分の置かれたおおよその環境を把握することができた。


 わかったことを簡単に整理するとこんな感じかな。


 僕が生まれたのはタキトゥス領主の居城で、それはローデンブルム王国の最北、『暗い森』と呼ばれる前人未踏の森林が迫る境界線上にある。


 『暗い森』は広大で、どの国にも属さない。

 その森がどこまで続いているのか、その向こうに何があるのかを知る者はなく、人々の会話からわかったことは『暗い森には近寄るな』ということだけだった。


 『暗い森』には魔物が住んでいるらしい。

 その魔物たちは普通に暮らしているだけなのかもしれないけれど、人間の目から見た魔物たちの行いは、およそ捕食、殺戮、破壊という言葉で語りつくせる。


 はるか昔、といってもそれがどのくらい古い話なのかは、今の僕の情報収集手段、人々の話に聞き耳を立てる、という方法ではよくわからない。

 とにかく、その昔、ローデンブルム王国が興ったころは、森だけではなく、この辺り一帯が魔物たちの生息域だったようで、時々ローデンブルムの王都近くまで魔物が南下することがあったらしい。


 人の住む領域にまで踏み込んでくるような魔物は例外なく強大で、一度出現すると天災並みの大きな被害をもたらした。


 それらの魔物を森に封じ込め、出てくるものがいれば食い止める。

 それが僕の生まれた家、王国の盾と謳われるタキトゥス辺境伯家の役目というわけだ。


 では、現タキトゥス辺境伯とはどのような人物か?


 これは調査を開始してすぐにわかったことだけど、父、アクィラ・ソーリス・タキトゥスは家臣だけではなく、領民たちにも慕われている。


 父を語るときに領民たちが使う単語を分析してみたところ、「勇敢」、「武闘派」、「型破り」、「情に厚い」でほぼ70パーセントを占め、「優しい」、「紳士」、「イケメン」、「顎鬚あごひげ」がこれに続く。


 ここまででほぼ90パーセント、残りの10パーセントの言葉はまちまちで「アニキ」とか「たれたい男」とかいう意味不明の言葉もあったけど、驚いたことにネガティブワードが一つもなかった。


 これは有効調査件数857のデータ分析なので、例えるならYouTu〇eに上げた動画が、高い評価857に対し、低い評価0の超絶高評価と言うことになる。


 うーん、とんでもない人気者だ……

 自ら先頭に立ち猛々しく領民を守る生まれながらの領主さま。

 持つ者の責務を果たさんとする貴族の鑑といったところか。

 僕はこの分析結果から、まだ見ぬ父さんを表現する二つ名を導き出した。


『ワイルド・ボンボン』

 分析完了。



 次に母の調査結果だけど……

 この結果を見たとき、僕は自分の目を疑った。

 これまた愛されているなぁ。と言うか、崇拝されている。

 ものすごく……


「聖女様」99パーセント、「優しい」95パーセント、「美しい」95パーセント、「可愛い」88パーセント、「おっぱい」88パーセント……


 パーセンテージの合計が100を軽く超えてしまうのは、皆が母の話をするときに、これらの単語を複数使うからで、僕の集計の仕方が間違っているわけじゃない。


 ちなみに、調査対象のすべての人が、これらのキーワードのうち最低でも3つを組み合わせて母さんの話をしていた。


 ついでに言うと、この調査で初めて知った母の名前「スワニーさま」は80パーセントの頻度で出現してるけど、これは本人の印象を表すデータではないので集計から省いている。


 この調査結果に乳飲み子の僕からの感謝を合わせて、母さんを表す二つ名を決めた。


『おっぱい聖女様』

 うん、ぴったりだ。



 さて、今までの話は市井しせいでの評判を分析したものだけど、実を言うと僕は、この2人の会話から直接プロファイルした人間像も把握している。


 結論から言うと……

 この父アクィラは親バカだ。

 そして、母スワニーも負けず劣らずの親バカだ。


 父さんと母さんは、人前ではキリリと自分の立場に相応しい立ち居振る舞いや発言を心掛けているけど、公務を終えて二人きりになると、その本性を現す。



 まず、長男のリオン、つまり僕の兄さんから届いた手紙を読む。


 二人で一緒に。

 声に出して。

 抑揚も付けて。


 声色も真似ているようだけど、僕は兄さん本人を知らないので似ているかどうかはわからない。


 読み終わると、2人で「「リオン愛してる~」」と声をそろえ、手紙にキスをする音がして、その後、なぜか互いに長ーいキスをする。


 手紙の内容から察するところ、リオン兄さんは王都にある王立魔法学院で寮生活をしているらしい。


 お城で働く人たちの会話から得た情報によると、兄さんは今年8歳になるということだけど、手紙の文面は大人顔負けで、両親を安心させようとする気遣いあふれる日常の詳細な報告に、思わずクスッと笑ってしまうエピソードなんかが織り込まれていて……これ、子供の書く文章じゃないよね、うん、とても優秀な兄です。



 それが終わると次は僕のお姉さん、長女ヒルダの番だ。


「瞳の色は君と同じ、なんて涼し気な青なんだ」

「髪の色はあなたと同じ、なんて情熱的な赤なのでしょう」


「ほら、バラの花びらような唇は君の生き写しだ……」

「この優しい目元にあなたを思います……」

 この調子でしばらく続く……


 音だけだとよくわからないけど、どうやら姉の肖像画か何かを2人で眺めているのかな、そんな気がする。


 そしてお約束、2人で「「ヒルダ愛してる~」」と声をそろえ、肖像画だかなんだかにキスをする音がして、その後、またまた互いに長ーいキスをする。

 

 5歳の姉はこの城にいる。

 つまり、毎日顔を合わせているというわけだ。

 なのにこの有様……

 親バカと言うより、もはやバカ親だ。

 呆れるを通り越して感心してしまう。



 そして、最後は僕。名前はまだない。

 今までの二人の時とは違ってなんだか神妙な雰囲気を感じた。


「城の者たちがアムート神の使いだと噂している……」

「ええ、教会の人たちも慈愛の神の使徒だと噂しています……」


「だが、あの子は私と君の愛の証し」

「そう、あの子はあなたとわたしの愛の結晶」


「神聖国の庭師が動いているという。君の国を疑いたくないが……」

「神聖国の庭師が動いたというなら、あの国を見限ります……」


「「あぁ、慈愛の神アムートよ、あの子をお守りください」」


 最後は二人で神さまにお祈りをしてからの、長ーいキス。

「スワニー、素晴らしい子供たちをありがとう……」

「アクィラ、素敵な子供たちをありがとうございます……」


「もう身体は大丈夫なのかい?」

「えぇ、あの子、とてもお利口さんに産まれてくれましたので、身体に負担がかかりませんでした。それと自分でヒーリングもかけましたのでもうすっかり……あぁっ、アクィラったら……それはあの子のための……あっ……」


 僕はそっとマイクをオフにした。

 僕はこの人達のことが大好きになってしまった。

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