第4話 辺境伯の次男坊

 庭師の襲撃から一夜が明けた。


 去り際に『出直しだ』とかなんとか言っていたから、いろんな仕掛けを用意して待っていたんだけど、結局のところ奴らは現れなかった。最後のメッセージが効いたのかな?


 早朝にもかかわらず、部屋の中は騒然としている。


 睡魔呪詛コーマの状態異常だった衛士の2人は、術が解けるやいなや、僕の様子を見に飛んできた。


 何者かに眠らされたという自覚はあったみたいで、「お子は大丈夫か? 大丈夫なのか?」と言い合いながら僕のことを覗き込んでいた。


 新生児の僕はまだ目がはっきりとは見えない。だからよくわからなかったけれど、衛士たちの声色からすると、今にも泣きそうな表情をしていたんだと思う。余程心配だったんだろうね。


 僕は、2人を安心させるために手を挙げて挨拶しようとしたら、足がぴょこんと動いてしまった。どうなってんだ? 赤ん坊の身体って。


 まぁ、衛士たちはそれ見てホッとしていたようなので、動いたのが手だろうが足だろうが、どちらでもよかったんだろう。


 その後、すぐに青いマーカーの人たちが押し寄せて、衛士から状況を聴取したり部屋の隅々まで調べたりしている。


 僕も裸に剥かれて、ひっくり返されたりぶら下げられたり、身体中を隈なく検査されているんだけど、とてもくすぐったい。


 まぶたは少し開くようになった。だけど、まだぼんやりとしか見えないので、状況はよく分からない。


 目がちゃんと見えるようになれば、神さまにお願いしているもう一つの機能が使えるようになるんだけどな……もう少し時間がかかりそうなので、いつものようにマップ機能で情報を集めることにした。


 マップを見る。

 部屋の中に12人、廊下に2人。

 片っ端からマイクを付けて発言を記録する。


「良かった、お子はご無事だ。早く御館おやかたさまと奥方様にお知らせを……」

 僕の身体を裸に剝いてそこらじゅうをペタペタと触っていたおじいさんが、僕をベッドに下ろして言った。


「この防御力の高い結界越しに睡魔呪詛コーマをかけられたというのか? そんな事が出来るのか? どれだけ強力な魔法なんだ……超級オーバーレベルなのか?」


「いや、結界に引っかからない強度ぎりぎりの軽睡眠スペルを何度も重ね掛けしたのかもしれない、もしそうだとしたら、相当緻密な魔力制御力を持っているということか……いずれにせよかなりの手練れだ。術の残滓はもう消えかけている、読み解きは無理か……」


「なんにせよ賊が侵入したことは大問題だ。至急対策をせねば……」


 これは扉の辺りを調べている2人の会話だ。

 超級オーバーレベルという言葉が出てきたけど、何のことだろう?


“チンチロリン”

 聞きなれた音が響き、解説文が頭の中のスクリーンに浮かび上がる。


 この便利な機能は、頭の中で疑問や質問を思い浮かべるだけで答えを教えてくれる。

 知らない間に神さまが付けてくれていたこの不思議なヘルプ機能を、僕は『チロリン先生』と呼ぶことにした。


超級オーバーレベル:魔法の強度を表す言葉。が発動可能な魔法の強度を第1位階から第10位階までの10段階で評価する尺度において、第5位階以上のものを言う〉


 なるほどなるほど、そういうことね。

 ところでチロリン先生、魔法位階って定量的な評価?


“チンチロリン”

〈否:魔法位階はヒト種が感覚的に定めた5段階評価〉


 感覚的かぁ……なんとなく「凄そう」なレベルってことか、、、あれっ?  確か僕のマップには賊のかけた睡魔呪詛コーマはレベル0.1と表示されていたような。

 あのレベルというのは何?


“チンチロリン”

〈レベル:が使用可能な魔法の強度を定量的に計測し、段階分けして表す際の単位。強度が低い順にレベル1から10までの10段階で表示する。ヒト種が定める最高強度の第10位階魔法はレベル1とほぼ同等〉


 ほうほう、この世界のヒト種が認識している魔法強度の上限は、生物全体の魔法強度から見ると10分の1程度か、かなり低いね。


 うーん、人間以外も魔法を使うんだ……ってゆうか、むしろそっちが本家ってことか。レベル10なんてのは、やっぱりドラゴンとかが使うのかな。是非ともサンプリングせていただきたい!


 とにかく、犯人の魔法はそれほど強度は高くないというのが分かったけれど、高度な魔力操作で証拠も残していない。犯人の特定は難しそうかな……


 そう思ったとき、窓際で声を潜めるおじさんたちの会話に聞き捨てならない単語が飛び出した。


「まさか、神聖国のか?」

「やり口はそれらしい……しかし我々が標的にされる理由がわからない。は敵対勢力に対するけん制だ、神聖国と友好関係にある我々が狙われるのはおかしい……それに、されるのはルナーニ以下でルナーイには手を出さないと聞いているが」


 はい、出ました

 そうか、あいつらは神聖国という国の連中だったのか。

 そういえば神とか悪魔とか、それっぽいことを言ってたっけ。


 それと、ルナーイとルナーニって何のことかな?


“チンチロリン”

〈ルナーイとルナーニ:月のこと。大月をルナーイ、小月をルナーニという。ローテンブルム王国では次男をルナーイ(大月)、三男をルナーニ(小月)と呼ぶ習わしがある。ちなみに嫡男ちゃくなんのことはソール(太陽)と言う〉


 なるほど……先程の会話の内容から判断すると、どうやら僕はローデンブルムという国に、ルナーイ、つまり次男坊として産まれたらしい。


 それと、剪定は通常、敵対する勢力の三男坊、いわゆるルナーニと呼ばれる存在以下に対して牽制のために行われるらしいこともわかった。


 剪定ったって暗殺のことなんだけどね。

 それにしても人を植木扱いとか……なにさまのつもりだろう? クールでカームな僕でもなんだかムカついてきたぞ。


 他に情報はないかな? あればもう少し絞り込めるんだけど。


 そういえば昨夜、庭師たちが『タキトゥスの連中は強い』とかなんとか言ってたっけ。


「チロリン先生、タキトゥスってなに?」


“チンチロリン”

〈タキトゥス:ローテンブルム王国の最北に位置する士族と領地の名。現在の領主は第24代タキトゥス辺境伯、アクィラ・ソーリス・タキトゥス……ところで、チロリンという名前はいかがなものかと〉


「えっ? チロ……先生って意思を持っているの?」

〈……〉


 答えてくれない……

 でもどうやら意思とか人格とかを持っているらしい。


「ごめん! 気に入らなかった? でも、悪気はなかったんだ。許してくれる?」

〈謝罪を受け入れました。〉


 いい名前だと思ったけど本人が嫌がるなら仕方がないので、僕はただ『先生』とだけ呼ぶことにした。


 気を取り直してと……僕はローデンブルム王国の北方、タキトゥス領にいるらしい。ここの人たちの会話の中に御館さまという言葉が出ていたので、おそらく辺境伯、アクィラ・ソーリス・タキトゥスの次男として生まれたということだろう。


 辺境伯といえばかなり上位の爵位なので、いろいろと動きやすそうだ。食いっぱぐれる心配もなさそうだし、次男なので家を継ぐ面倒もない。


 うん、素晴らしい環境だ。

 いきなり命を狙う奴らがいてちょっと驚いたけど、神様はちゃんと対策を用意してくれていたし、それは僕が解決すべき問題だと思う。

 神さま、完璧です。僕は、この家を選んでくれた神さまに心の中で頭を下げた。


「さてと、どう動こうか。まずは守りからかな」

 僕は頭の中で呟いた。

 不思議なもので、自分の置かれた状況が見えると、がぜんやる気が湧いてくる。足元が定まったっていう感じかな?


 昨夜襲撃を受けたことで、僕はこの世界で生きていくことの難しさを知った。


 別にこの使命を舐めていた訳じゃないよ。

 だって、先輩たちが出来なかったことに挑戦するんだから、それなりに難易度は高いだろうと覚悟はしていたんだ。だけどまだまだ甘かったよ、まさか産まれて早々に命を狙われるなんてね。


 だから僕は、世界をかき混ぜる前に、まず守りを固めることにした。


 でも、守りを固めるったって、ただ黙って敵の攻撃を受けてやる気なんて、まったく、これっぽっちもない。


 僕の使命を邪魔するものは排除する。

 専守防衛ではなく積極防衛というやつだね。


 攻撃は最大の防御って言うからね。

 この言葉はこちらの世界にもあるのかな?

 なければ僕が広めてあげようと思うんだ。

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