第3話 僕は命を狙われた
誕生日の夜、僕は命を狙われた。
言うまでもなく、生まれて初めての経験だ。
神々しい声色で高らかに誕生を宣言した後、僕はまずまずの結果に終わった初仕事に満足して眠っていた。
“ピューイ、ピューイ、ピューイ、ピューイ”
耳に優しく、さりとて聞き逃すこともない、程よい音量に調節された警告音が頭の中に響く。
いくら危機が近付いているったって、あまりに禍々しい音を警報に使うのはどうかと思う。僕は前世でも地震警報を耳にするとしばらく身体が固まってしまうタイプだったから、このソフトなアラートサウンドは気に入っている。
これはマップに組み込まれたセキュリティシステムの警告音で、神さまが付けてくれたものだ。
◇◇◇
「危険を知らせる仕組みを付与したわ」
「あのぉ、神さま? それは必要なものですか?」
「――念のためよ」
その時の神さまの声は、いつものように穏やかなものだったけど、その響きの中には有無を言わせない芯のようなものがあった。
神さまは、念のためにとは言っていたけど、本当は、必要だからと言いたかったのだと思う。そんな感じの声だった。
神さまと話をしながら僕は薄々感じていた。
この世界に送り込まれたのは僕が初めてじゃないんだろうと。
この世界はまだ若く、成熟させていくためには
それで、一本のかき混ぜ棒として僕が呼ばれたわけだけど、そのことを語る神さまの言葉の端々に時折、過去に向けた後悔の念がチラリチラリと顔を出していた。
今までどんなことがあったのか、気にならないわけじゃないけれど……
でも、僕は自分が何本目のかき混ぜ棒か、なんて訊く気はなかった。
だって、それはとても格好の悪いことのような気がしたし、神さまに対して失礼なことだと思えたんだ。
そんなことより大切なことは、まだ世界は変えられていないってこと。
僕は、この世界を変える初めての棒となるチャンスを与えられたことに、柄にもなく興奮していた。
本来、クールでカームでストイックな高校生だったはずなのに、まったく調子がくるっちゃうよ……いつの間にかその気にさせられている。
そして、神さまは神さまで、そんな僕に期待をかけてくれている。
その神さまが、君のためにと付けてくれたセキュリティシステムが、いま僕を守ってくれているというわけだ。
◇◇◇
どれどれ、どういう状況かな?
マップを見ると、部屋の外に赤いマーカーと黄色いマーカーが一つずつ、廊下からドア越しに中をうかがっている。僕はすぐさま、そのそれぞれに集音マイクをくっつけた。
「一刻も早く
うゎぁ、赤いのが物騒なことを言ったよ……で、カラミトって何?
「いや、アムートの使徒かもしれぬ、今しばらく様子を見た方がいい」
黄色の方は、それにブレーキをかけている。
この人知ってる。昨日、僕の誕生宣言で改心してマーカーの色が赤から黄色に変わった人だ。
カラミト? アムート? 何のことやらまったくわからないや。この世界独自の言葉だね、どういう意味だろう?。
“チンチロリン”
そのとき軽やかな音が頭に響いた。お茶碗の中にサイコロを落したような音だ。マップを見ると、僕の疑問に対する回答が表示されている。
〈カラミト:踊る厄災のこと。モーレ教における神々の対極にあたる存在。舞い踊りながら世の中に災いの種を撒くと言われている〉
〈アムート:慈愛の神のこと。モーレ教の三大神の一柱。世に幸福と安寧を
おぉ……便利な機能がついてた。
神さま、ありがとうございます。
なるほど、僕が神の使いか悪魔の種かで揉めているわけか……
でも、こいつらはいったい何者なんだ? もう少し情報が欲しいなぁ。
それにしても、よく赤ん坊を
「5番、いったいどうしたんだ? 我々庭師の役目は何だ?」
赤いマーカーがささやく。声を潜めてはいるけど、その口調は随分と険しい。
「庭師の役目は……
5番と呼ばれた黄色いマーカーがささやいて返し、そして黙り込む。何かを考えているようだ。
ん? 何? この人たち庭師なの?
いやいや、こんな庭師はいないでしょ。夜中に人の家に忍び込むとか。
家の中に木なんか生えてないよ、ましてや生まれて間もない赤ん坊を葬るとか言ってるし……おそらく何かの隠語だろうね。そして、隠語を使う連中なんて、どこの世界でも裏側の住人と相場は決まっているんだ。
僕は、2人が揉めている隙に部屋の中にいる人たちに敵襲を知らせることにした。
部屋の中には、青いマーカーが3つある。
1つは乳母で、2つは衛士だ。
母親は僕に最初のお乳を飲ませてくれた後、別の部屋に移ったのでここにはいない。
「メーデー、メーデー、メーデー。ドアの外に敵がいますよ!!」
衛士たちの耳元にスピーカーを設置して声をかける。
ここで言うスピーカーは、音の出る場所と言う意味で、実際に物があるわけじゃない。
――あれ? 反応がない。
マイクで様子を伺う。
かすかに寝息が聞こえる。
マップを見直すと、3人ともマーカーの横に〈状態異常:
どうやら部屋の外から魔法だか呪詛だかをかけられているらしい。
この状態異常、解くことはできないのかなぁ……
その時ふと、僕は神さまの言葉を思い出した。
◇◇◇
「この世界は、君のいた世界とは少し違うの……」
そう神さまは言った。
「君の記憶にある言葉で一番近いのは、そうね……加護……と魔法……」
「加護? 魔法?」
「そう、加護は私からの祝福。この世界でただ一人、君だけが持つ力。魔法は……わかるわよね?」
「はい、言葉としてなら……神さまの世界では魔法が使えるのですか?」
「使えるものもいれば、使えないものもいるの。君は……」
神さまが微笑んだような気がした。
「……君は、もう使い方を知っている」
神さまって不思議なことを言うもんだと思った。
だって、僕のいた世界では“魔法”という言葉には〈使えないもの〉という意味まで含まれているのだから。それの使い方を知っていると言われてもねぇ……
「産まれてすぐは魔力の量が少ないから、まだ魔法は無理よ。でも君の魔力の器は大きくしておいてあげる、楽しみだわ……だって、君はもう魔法の使い方をこの世界の誰よりも知っているのだから」
神さまは僕に言い聞かせるように、もう一度繰り返した。
◇◇◇
神さまの言葉を頭の中で反芻しながらもう一度よく見ると、それぞれのマーカーの横に〈状態異常解除〉と言う文字があった。
だけど、その文字は灰色で、何度も触ってみたけどアクティブにはならない。いまはまだ掛けられた魔法を解くだけの魔力がないということらしい。
さて困った……
味方はみんな眠らされている。
そして僕は今日産まれたばかりの赤ん坊だ。
逃げることはおろか、まだ身体を動かすこともままならない。
例えば、手を動かそうと思ったら足が動いたり、握ったままの手を開こうとしたら口が開いて、そのまま
「悪かった、剪定をする」
そうこうしているうちに、5番が説得されて黄色いマーカーが赤色に変わってしまった。
うーん、いよいよピンチだな。
扉には内側からカギがかけられているけど、裏の世界の連中なら開錠して入ってきてしまうだろう。少しの時間稼ぎにしかならない。
でも不思議と焦りは感じない。
一度命を落とした経験があるからかな? まぁ、とにかくパニクッてはいない。
まだ魔力が少ない赤ん坊だから魔法は使えないけど、僕は神さまから頂いた加護でマツプ表示範囲内の音を操ることができる。
この祝福を使って乗り切って見せるよ。
だって、こんなところで死んじゃったら面白くないからね。
僕はあわてず騒がず頭の中でサウンドコントロール卓に向かうと、指をぽきぽきと鳴らして上唇をぺろりと舐めた。
目の前のディスプレイには、前世で使い慣れたDTMソフトウェアとそっくりの操作画面が映し出されている。なんと、OSはリンゴのマークそのままだ。大丈夫かなこれ、知的財産権とか……でもテンション上がってきたぁ。
僕はお気に入りのマーチを口ずさみながら、昼にサンプリングしておいたサウンドデータの中から鎧騎士が歩く音を引っ張り出した。
まずは1つ目のトラックにデータをドロップ、再生してみる。うん、いい足音だ。
それを4つのトラックにコピーして、少しずつ再生のタイミングとピッチがずれるように調整する。これで4人分の足音が出来上がった。
ループ再生の設定をすれば音源の準備は完了だ。
次に、マップを眺めてスピーカーの設置位置を考える。
部屋の前の廊下につながる曲がり角、その向こう側がいいかな。
僕がスピーカーをセットし終えたとき、2つの赤いマーカーはまだ扉の鍵を開けている最中だった。
よし、間に合った。
僕は再生ボタンを押し、音量を徐々に上げていく。
「ガチャリ、ガチャ、ガチャリ、ガチャ」
遠くからだんだんと鎧騎士が近づいてくる様子を表現してみた。
うん、臨場感があふれている。我ながらいい仕事だねぇ。
「なに!? まだ見回りの時間ではないはず、なぜだ……」
「分からん……」
2人の赤丸は近づいてくる足音に固まっている。
「3人、いや、4人か……やれると思うか?」
「いや、タキトゥスの連中は強い……1対1でもきつい……」
「ガチャリ、ガチャ、ガチャリ、ガチャ」
さらに足音が近づいてくる。
近づくにつれて音量を徐々に上げていく。
低音を強めに、さらに音の立ち上がりを強調し、ほんの少しディレイもかければ重騎士の出来上がり。
「「ガチャリ、ガチャ、ガチャリ、ガチャ」」
うん、いい感じ!
「……こ、これはマズイ」
「出直しだ、
僕は、赤丸たちがマップエリアの外に逃げ出す前に、その耳元で
ハーモニーとリバーブを重ねがけして、さらに頭の中で音が回るように音場を設定してやった。大サービスだ。
「「
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