噂の種

yurihana

第1話

夜道を少女が歩く。

名前は華奈かな。真面目で賢い優秀な女子大学生。周りの大人達からはそう思われている。

だが彼女には誰にも言えない秘密があった。


もう!どうして誰も襲ってこないのよ……。

夜道を一人で女が歩いてるのよ?

普通襲うでしょ!?


華奈は自傷行為をしている。それは快感を得るためだった。

華奈は自分が傷つけられることで喜ぶ性格を持っている。

もちろん、まだ誰にもばれていない。

実際に暴力をふられても良し。言葉責めでも良し。とにかく自分が傷つけられること。

それを彼女は望んでいた。


彼女は自身の異常性を理解していた。

自分の性癖に気づいたのは、小学生低学年の頃だった。友達にぶつかられて転んだ時に、浮かび上がってくる快感を、ひっそりと感じたのだ。

意識すれば意識するほど、そして成長するほど、自分の異常性は明らかとなった。

彼女は誰にも気づかれないように、気を配って暮らしていた。


小学生の高学年の時にいじめられたのは、ラッキーだったと彼女は思う。

ある日、「華奈ちゃんはトイレの後に手を洗っていない」という噂が広がったのが切っ掛けだった。

噂の種は拡散し、「トイレどころか、いつも手を洗っていない」「お風呂にもあまり入っていない」という噂も聞こえてきた。

華奈は鬱憤を溜め込んでいた小学生の格好の獲物となった。

汚いからと誰も近寄らず、たまにわざと触られては「ほら、菌がついたー!」と男子に囃し立てられた。

女子は華奈をトイレに呼び出し、「洗ってあげる」などと言って、汚い水を思いきりかけた。

全く、一つの噂からとんでもないことが起きるものだ。

華奈は他人から見れば、「かわいそう」「だけど、自分の代わりにいじめられてくれる子」と認識されていた。

だが本人は全く苦しくなかった。

それどころか、学校こそが自分の欲望を満たしてくれる場所だと思っていた。


だって私が噂を広めたんだもの。


友達と遊んだ時にそれとなく噂の元となる話をした。

一人に話せば百人に広まる。

そうして華奈はいじめられっ子になった。

だがあまり長くは続かなかった。

正義感のある誰かが先生にいじめを報告したのだ。

いじめは詳しく調べられ、もう起こることはなかった。

それ以来華奈は自分を傷つけることでしか快感を得ることができていない。


華奈はため息をつく。

足を止め、家へと戻る。

「こんなことしても……不毛」

おそらく自分の性癖は一生誰にも理解されない。

理解されようとなんて、思いもしない。

これからもこのまま……。


「ん……!」

背後から誰かに口を塞がれた。

口を塞いでいる手を離そうと、抵抗をしてみる。

その抵抗も虚しく、華奈は路地裏に連れ込まれた。

危機的状況で彼女は。

無理やり……!

なんて素敵なシチュエーション……!

私は何をされるのだろうか?

暴行?もしかして殺される?

どれにしろ、素晴らしい!


こんなことを考えていた。

彼女は自分の命をそんな重要に考えていない。

快楽を感じられるのであれば、喜んで差し出すくらいだ。

世間は彼女を狂っていると言うだろう。

華奈を理解している者ならば「自覚した狂人」と。


路地裏で華奈は押し倒される。

華奈は犯人の顔を見た。驚き、目を見開く。

口を押さえる力が弱くなった。

「杉田君。どうしてここに……?」

杉田は同じ大学の生徒だ。

何回か、同じ授業に出ていた気がする。

席は偶然近くになることが多かったから覚えていた。

だが、この状況を見ると、杉田君は狙って華奈の近くに座っていたことが推測される。


驚いている華奈に、杉田は口を開く。

「小林さん、好きです!

一目惚れです!

付き合ってください!」

華奈は混乱した。状況を上手く飲み込めなかった。

杉田は申し訳なさそうに話す。

「怖い思いをさせてごめん。

僕は好きな相手を傷つけたくなってしまうんだ。病的なまでに。

本当はなにもしないつもりだったんだけど、ずっと君を見ていたら我慢できなくなっちゃって……」

「傷つける……?」

「うん……。僕は人を傷つけることでしか快楽を得ることができない……。

本当は近づかないようにと決意していた。

でも噂で君の最寄り駅と大体の家の場所を聞いて思わずここに……」

その家の場所の噂は、もちろん彼女が流していた。


杉田の話を聞いて、彼女は目を輝かせる。

家のおおよその場所が分かるからといって、実際に来るか?いや来ない。杉田は私と同じ「普通じゃない人間」。

それに人を傷つけることで快楽を得るって……?

運命の人!


「いいよ」

華奈はすんなり承諾した。

受け入れられると思っていなかった杉田は、ぎょっとして目を見開いた。

「えっ?本当?」

「うん。でも私は抵抗するよ?だから無理やり私を傷つけて。

躊躇とか、しないでね」

今度は杉田が混乱する番だった。

「どうして……」

「私もなの」

杉田は華奈の目を見る。

互いを理解するのは、二人にはそれで充分だった。


「『素敵な』恋人になろうね?」

「ああ!」


これは理解されることを諦めた男女が、初めて理解し合えた物語。

二人だけの、幸せの物語。











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