我ら超常現象パトロール部

桜餅 大福

第1話 我ら超常現象パトロール部

「みなさーん、がんばって走って下さいねえ。校舎の外周、あと七周ですよぉ」


 どこかの球団のロゴでも入っていそうな、青いメガホンを口許に当ててそう言い、ジャージ姿で並んで走っている、彼女が顧間を引き受けている部活の生徒達の前を、後ろ向きに走る。


「せんせー、外周十五周はきついっすよぉ」


 などという反発が生徒のうちの一人から聞こえてくるが、彼女……石見いわみ顧問はくるりと背を向け、彼らに構わず走るスピードをあげてしまった。


「甘いこと言ってるんじゃないわよぉ。超パト部は体力がものを言うのよぉ」


 少し間延びした声であるが、息を切らしている様子など全く伺えない声であった。

 この、石見顧間に超パト部と呼ばれた、呼び名だけでは何の部活か分からない部は、「超常現象パトロール部」という正式名称であった。いかにも怪しげな名前だが、私立霞ケ丘かすみがおか学園高等部のれっきとした部活の一つである。

 活動内容は学園内部における、超常現象の被害を無くすためのパトロールであるのだが、霞ケ丘学園が特殊な立地で、そう言った事件を引き起こしやすい土地であるとはいえ、そんな事件など多発することもないので、常日頃はこうして体を鍛えているのだ。

 見た目はほとんど健全な運動部と言っていいだろう。

 そのおかげかどうかは知らないが、怪しげな部活ではあるが、彼らはきちんと学園から部活として認可されているのである。内訳は男子七人、女子四人の合計

十一人と、石見顧問でなりたっている。だが、そのうち殆どの部員が他の部と掛け持ちなため、今日の部活にはたったの三人しか顔を出していなかった。


 その一人が先程から不平を漏らしている男子生徒、木村ゆかり。一応文化部に属する超パト部が、石見願問の方針で運動部さながらに走らされているのが気にいらないのである。


「なんで石見いわみ先生ってそんなに元気がいいんすか。本当に、一児の母親なわけ?」


 再び発せられた木村ゆかりの言葉に、彼女は振り返ることなく、


「今年で小学校一年生よお。可愛いわよお」


 などと、子煩悩なところを発揮させている。

 だがそんな紫以外の二人は、不平など漏らしたりはしなかった。

 一人は、鶴来韻つるぎひびき。彼はもともと温厚な性格で、生真面目なタイプであるし、超パト部に体力が必要だと言うことも納得しているので、あまり不満はないようだ。

 そして、もう一人。

 こちらはひびきゆかりとは違って、喜んで走っていた。


「コラ! ユカリ! 先生の言ってる事は正しいんゾ! 文句言わずに走れヨ! イザと言う時に体力不足じゃ、目も当てられないヨ! サア、鍛えル、鍛えル!」

 恥ずかしげもなく、そんな台詞をいっている彼女の名前はキョウ・ヒガシヤマ。長い銀髪のポニーテールがトレードマークのイタリア帰りのハーフである。 ちなみに彼女こそが、この超パト部の部長なのだ。


「ボクにつづけ!」


 そう言った彼女は意気揚々と、気だるげに走っている紫を追い越して、彼の前の石見顧問と並んだ。それを見た石見顧間がにっりと笑って、


「じゃあ、あと七周がんばりましょうねぇ!」


 そう言ってスピードをあげる。


「せんせぇー、さっきも七周って言った! もう一周してるって!」

「あら、そうだったかしら。ま、いいわ。七周も六周もそう変わらないじゃない」

「かわるってえ!」


 泣き叫ぶような紫の声を後ろ目に、石見顧問は足を緩めることもせず、胸元につるしていた笛を取り出し、リズムを刻むように吹き鳴らした。超パト部のいつもの部活動の光景が、今日も繰り返されていた。





 そんな超パト部の光景を、冷たい視線で見下ろす者がいる。


「相変わらずバカなことを……」


 そう呟いた彼は、二階の視聴覚室の窓を閉め、さらにプロジェクターを使う時のように遮光用の厚くて黒いカーテンを勢いよく閉じる。

 先程まで明るかった室内が、一気に暗くなる。


「会長、準備が整いました!」


彼の他に何人かがその視聴覚室にいたが、そのうちの眼鏡を掛けた背の高い男子生徒が、少し興奮ぎみにそんなことを言う。窓もカーテンも閉め切っているために暑いようで、その色白の額は汗でてかてかと輝いている。


「そうか。だが、もう少し待て。もっと日が落ち、放課後の人間の雑念が少なくなってからの方がいい」


 会長と呼ばれた彼はそう指示を下してから、近くの机の上に置いてあった分厚い本に視線を落とし、しおりをはさんだページを開く。そこには幾重もの円のなかに、様々な絵文字が刻まれた図が載っていたが、今現在彼の足下の床にもそれと全く同じような図柄が描かれていた。


「ふふふ。今に見てろよ、超パト部。今日こそこの魔法陣から、悪魔を喚び出して使い魔とし、我々オカルト同好会の実力を証明してやるからな。我々が超パトよりも優れていることが証明されれば、奴らに変わって、このオカルト同好会が部活認定を受け、オカルト研究部となるんだからな!」


 不敵な笑みを浮かべてそう語った彼に、先程の男子が相槌を打つように言う。


「そうっすね。部活認定されれば、部費も生徒会予算の方から出ますからねぇ」

「そう! そうなれば、このロウソクも、この黒ローブも、この魔導書も! みんなでお金を出し合わなくても、部費というお金で買えるのだあ! はっはっはっ!」


 そこまで言ったとき。彼はふと自らの周りの同好会のメンバーを見やり、はっと息を呑んだ。彼らはみな先程の会長の言葉に、涙を拭っている。彼の言葉に感動し領いているのだ。オカルト同好会として、崇高なる精神に基づいた活動を行っていくには、先立つ物が必要であり、彼らはその貧しさを堪え忍んできていたのであった。


「おのれ! にっくき超パトのキョウ・ヒガシヤマ! あいつさえ我がオカルト同好会に入っていれば、このような屈辱を受けることもなかっただろうに!」


 彼は自らの右の拳を堅く握りしめ、そのまま高く振り上げた。


「打倒、超パト! 我らの栄光のため、今日の召喚の儀式は、必ず成功させるのだぁ!」

「おおーーーーーーーーーーーーっ!」


 声を張り上げた会長も、そしてそれに応えた同好会メンバー達も、すでに集団心理の渦に巻き込まれ、見るからに怪しい集団となってしまっていた。貧しさとは、人の心理まで変えてしまうのかもしれない。



*****



 超常現象パトロール部。

 ここは、霞ヶ丘学園に巻き起こるありとあらゆる超常現象から 学園とそこに通う生徒、果ては教員までも守るために結成された部活である。決して単なる好き者の集まりではない。


 この学園では、実際に奇怪な事件がたびたび巻き起こるのだ。


 広い学園の敷地にある藤の木には、鬼が封印されていると言う噂もある。夜中に幽霊が運動場で宴会をするのを見かけたという噂もある。結構昔の事になるが、度々ここの生徒が学園から異世界に飛ばされたという記録も残っている。その他数え切れないほどの事件があったのだと伝えられているが そのうちどれだけが本当の出来事であるのかは、超パト部も把握していない。

 ただ一つだけ言えることは、その山のような事件の中には、必ず本当に起こった事件が含まれているという事。そう、超常現象は実際に起こるのである。そして、彼ら超パト部は自らそれを証明する事もできるのだ。

だが、人前でそれをすることを彼らはタブーとしてきた。


「だって、不思議なことは、起こるか起こらないか、証明されていない方が夢があっていいじゃない」


 初代部長のその言葉が、いまだにこの部活の精神となっているからである。それにごく普通の生徒に、そんなことを証明してパニックに陥られても困るというのも、理由の一つであった。

 超常現象パトロール部は、霞ヶ丘のごく普通の生徒達には、変わり者の集団と見られているのである。


「さて、これで今回の分はおしまいですね。いやあ、今回はなかなかに本物がありましたよ。やはり、二年生の臨海学校の後だけありましたねぇ」


 体力作りのマラソンの後、部長であるキョウの教室で、ひびきがノートパソコンのキーボードを叩きながらそんな事を言う。彼の座っている席の机の上には、大まかに二つに分けられた、写真やSDカード、USBメモリ、DVDRなどの山がある。


「あそこはホントに、 薄気味の悪い心霊スポットがあるからネ。ボクも去年行ったケド、ナカナカ面白い所だったヨ」

 さすがに、ボクにはハッキリ見えてタカラ、写真を取る気にはなれなかったケドネ。


 キョウが机の上に直に座り、何枚かあった写真の山の中から一枚の写真を取り上げる。


「おい、そっちは本物なんだろ? やめろよ、そんなふうに軽く扱うの。祟りとかあったらどうするんだよ」


 キョウと韻から机三つ分ほど離れた席に座って紫が言うが、そんな彼に側に座っていた石見顧問が優しげに論すように言う。


「あら、ゆかりちゃん。臨海学校の心霊写真は殆どが地縛霊だから、写真をどうこうしようと、被害はないのよ?」


 と。

 彼ら本日の活動内容はマラソンともう一つ、ここ数週間の内に超パト部に寄せられた、心霊写真を韻が本物かどうかの鑑定と、本物であった場合の処理であった。今回は高等部二年生が臨海学校を行った後のため、その時の写真が数多くある。


「いくら地練霊って言っても、気持ち悪いもんは気持ち悪いし、祟るものは祟るだろっ!」


 紫が肩を震わせながらそんなことを言うが、韻は全く気にすることもなく、鼻歌すら出てきそうなほどの、機嫌の良さそうな表情で心霊写真の山をまとめて角を揃え、その上にDVDR、SD、USBメモリと重ねている。


「さて、それでは偽物はこのまま焼却処分して、本物のほうは供養して、我が家のお蔵で眠ってもらいましょうかねぇ」


 などと、彼が呑気につぶやいたその瞬間。

 その教室の前の廊下が突然騒がしくなったかと思うと、巨大な影が扉の向こうに現れたのが、扉に嵌め込まれているガラス越しに見えた。


 ばたーーーーーーん。


 そんな巨大な音をたて、扉の向こうの巨大な影が教室の入り口の戸を押倒して、内部へと侵入してきたのだ。嵌め込まれていたガラスの割れた音も同時に響く。


 扉を倒し、割れたガラスの上を気にすることなくノシノシと歩いて?侵入してくる巨大なそれは、信じられないほどに大きなカエルであった。

 教室入り口の二枚の引き戸をいちどに押し倒したほどの大きさだった。

 不思議な事にその体色は朱色で、鋭いトゲが首輪のように首の周りを一周している。


「うわっ、何だ、何だ!」


 紫が慌てふためいて、何が起こったのか確認しようとする。


「ワオ! これは久々に超パトが出動できル!」


 喜ぶキョウ。そんな彼女の傍らでは、韻がいまだに心霊写真とそのデータを整頓しており、彼がその存在に気がついたのは、巨大カエルの長い舌がのびて、彼の側の机をなぎ倒した時であった。

 パソコンと何枚かの写真は死守しながら立ち上がり、巨大なカエルを見据えた。


「危ないではないですか。おや、また珍しい」


 心霊写真を胸のポケットにしまいながら、そう呟く韻。


「ほんと珍しいわね、朱色のカエルなんて」


 同じような感想を口にしたのは石見顧問である。

 だが、そんな彼らの声をかき消すように、巨大朱色カエルの上方から声が届く。


「前ら! 少しは動揺しろ!」

「……お前ハ! オカルト同好会の、会長!」


 キョウがカエルの上を指さして、そこに現れた人物に言う。


「はははは! 驚いたか! キョウ・ヒガシヤマ! 私が喚び出したこのカエルを見ろ! これで、お前達超パトもおしまいだぁ!」


 会長がそんなことを叫ぶ。彼の振り上げた右手の指はまっすぐにキョウの方を指しているが、その視線は半分白目を剥き、焦点が全くあってはいなかった。


「あちゃぁ、ありゃぁ、完全にいっちまった目、してるぞ?」

「そうですね。部長にふられたのがヨほどショックだったんですね」

「そうねぇ。熱心にオカルト同好会に入らないかって誘ってたものねぇ」


 巨大カエルの見た目の驚きもなくなったのか、みながのほほんとした会話ををはじめる。


「覚悟しろ、超パト! 踏み砕いてくれるわ!」


 会長の怒りの声が響き、それに反応したのかどうか分からないが、巨大朱色カエルは大きなあくびをするようにそのロを開き、そこから勢いよく炎を吹き出した。はっきり言って、会長の命令した事とは大分違うのだが、それでも会長は満足しているらしい。


「はははははぁ! みたかぁ、オカルト同好会の真の力を!」


 たからかな笑い声。


「こら、校内で花火はいけません!」

「あのぉ先生、それはチョット違うと思うのだけれどネ」

「うあっちっち、俺のズボンがあ!」


 三人三様の声がわき起こるが、ただ一人、韻の声だけはあがらなかった。

 彼は吐き出された炎が消えてすぐに、巨大カエルの真正面へと移動をしはじめていたのだ。もちろん、カエルのすぐ目の前まで移動すれば、真っ先に彼が敵認定されてロックオンされる。

 カエルが再びその大きなロを開けた瞬間。


「そこまでですよ?」


 どこかおっとりとした口調でそう言った韻であったが、その声とは裏腹に彼の視線に強い力が込められ、ギロリとカエルを睨み付ける。細く半眼となった視線に見据えられて、巨大なカエルがビクリと震えて、口を開けたまま動きを止めてしまう。

 まさしく、蛇ににらまれたカエルのようだった。


「封じさせていただきます」


 相変わらずに半眼ながらも、唇にうっすらと笑みを浮かべてそういった彼は、まだ身動きうのとれないカエルに向けて、いつのまにかてに握っていた黒板消しをカエルの頭に向けて放り投げる。

 そのため、カエルの頭に黒板消しが直撃し、ぼふっという音をたてて真っ白な粉が広がる。


「うわっぷ」


 もちろんカエルの上にいた会長にも、舞い上がった真っ白なチョークの粉が届き、彼はそれを吸い込んでそんな声をあげる。

 だがそれだけではなかった。普通ではあり得ないほどに、なぜか広範囲に舞い上がったチョークの粉が霧のように辺りの視界を悪くする中で、巨大なカエルが一瞬にしてその姿を消してしまったのだ。


「韻ちゃん偉いわ!」


 などという石見顧問の声が聞こえる。韻はそんな彼女の声に応えるように片手をあげ、カエルが消えたのと同時に床に落ちた黒板消しを拾い、


「これで、この黒板消しは我が家のお蔵行きですね。あんな物を封じたのでは、黒板消しとして使ってもらえそうもないですし」


 などと呟く。

 つまり、先程のカエルをそ黒板消しの中に封じてしまったというのだ。

 韻の家である鶴来つるぎ家は代々、《封じる》力を強く保持している家系であり、韻はその鶴来家の若き頭主であるのだ。

 そして、こんな韻のような超常の力を持つ者の集まりが、超パト部なのである。


「一体、これはどう言うコト! アレは間違いナク、異世界から喚び出された魔物だったゾ!」


 韻と石見顧問が一息ついている間に、キョウがそんな事を言い出す。その向こうでは、紫が未だに床でくすぶっている、カエルがはいた炎の消火活動にいそしんでいた。

 そしてもう一人。

 オカルト同好会の会長は、韻によってカエルが封じられて消えてしまった瞬間に、勢いよく床に転がり、教卓の隅っこに思い切り頭をぶつけ、気を失ってしまっていた。


「ヤッパリ、オカルト同好会が召喚したノ?」

「ひょうたんから駒というところですかね」


 そんな話をしていると、今度は石見顧問が大きな声をあげた。


「まあぁ、廊下に不思議な生き物がいっぱいいるわ!」


 と。その言葉のとおり、キョウの教室に続く廊下には、普通ではあり得ない姿をした生き物が、沢山うごめいていた。羽のはえたウサギ、角のある猫、長い毛におおわれた馬(ただし大きさは大型犬程度)、子猫サイズの狼(金色)など。現実には存在しないモノなうえに、なぜかモフモフした毛におおわれれたモノばかり……。

 巨大だったものも、モフモフしていないのものも、最初に封じられた朱色のカエルだけであった。


「いやあ、本当に沢山いますね。良かったですよ。放課後で」

「でもなんか、さっきのカエルと系統がちがわないか?」

「ちょっと、何匹かオモチカエリしたくなるネ」


 と言いつつも、みなは廊下にでて、蠢いているモフモフ達の間をかいくくぐって、ある場所へと進んで行った。そのモフモフ達はみな、キョウ達が居た教室に向かって進んできているために、彼等が元来た方向へと、逆にたどっていったのだ。

 廊下を教室三つ分進み、そこにある階段をモフモフ達を避け進む。最初に居たカエルがすでに封じられているせいか、それともオカルト同好会の会長が気を失っているせいか、モフモフ達は全く統制されておらず、それぞれが好きなように動き、キョウ達に襲いかかってくるモノも、半数もいなかった。

 もちろん、襲いかかってくるようなモノは、韻が封じたり、紫が蹴りをいれるなどして追っ払い、倒す事よりも彼等が溢れて来る原因があると思われる場所への移動を優先させた。


 階段を登りきり、右へと曲がればようやく、モフモフ達が教室の入り口から廊下へと、ぞろぞろと出てくる場所へとたどり着いた。そこはオカルト同好会がよく集まっている第一視聴覚室であった。


「確かに、アノ視聴覚室は召喚の儀式をするには丁度いいトコロだとは前々から思ってたケド、何で、まだまだ出てくるのサ!」


 先程まで超パトの出動だとかなんとか言ってはしゃいでいたキョウだが、いつの間にかその顔には真剣な表情があった。


「ここに来るまで、廊下を埋め尽くすとは言わずとも、かなりの数の……えっと、魔物?っぽいモノがいたけど。人間一人で、こんなに沢山の物を召喚できるはずないのに。一匹喚ぶだけでかなり精神に負担がかかって、発狂してもおかしくないはずよ。その証拠に、さっきの会長さんはもう、ちょっとおかしかったわね」


 先頭を行く紫と韻の背後から、石見顧問が言う。


「一体何が、まだこれらを喚び続けてるノ!」


 そんなキョウの叫びと同時に 彼らはなにかわからない真ん丸でモフモフなものに羽根をつけたような魔物の横を通り抜けて、視聴覚室の中へと足を踏み入れた。


「おい、あいつら生きてるか?」


 視聴覚室の黒板の下の方でぐったりしている生徒達を、指さして紫が言うが、 そのすぐ後には石見顧問が彼らの元へと駆け寄っていた。


「大丈夫よ。ただ気を失っているだけ」


 彼らの様子を見て、そう判断する。彼女は、この学園の保健医でもあるのだ。


「キョウ、早く、この毛玉達をどうにかしてちょうだいね?」


 視聴覚室のなかをキョロキョロと見回しているキョウに、石見顧問がそう言うが、その声は部屋の中にひしめくモフモフ達の「ぎゃああおうう」だとか、「ひひいいいーーん」 だとか、「ぐるるるう」だとか、「ぶうぶう」だとかいう、

鳴き声に遮られ、キョウには届かなかった。

 そんな中キョウは、学園規定の長さには十五センチほど足りないスカートをひらめかせて仁王立ちになると、たゆんと揺れる豊かな胸を張って言う。



「霞ケ丘学園、超常現象パトロール部見参!!」


 と。そしてさらに続けざまに叫ぶ。


「行ケ! ボク専属のお庭番!」


 その叫びには右手を腰にあてて、左手でモフモフ達を指さすという動作も伴われ、言葉自体は傍らにいた紫に向けられていた。


「誰がお庭番だ! それも、お前専属だと?」

「ええ、だってえ、葵クンが日本のニンジャはお庭番っていうんだっていったもん!」

「誰だ、そいつは。俺はれっきとした忍者だが御庭番じゃねぇ!」


 キョウの言葉に間髪いれずに返した彼の手には、いつの間にか手裏剣が存在しており、彼はそれを自分達を取り囲もうとしているモフモフ達に向けて投げる。

すたたたっと、やけに軽快な音を立てて、その手裏剣はモフモフ達と自分達を隔てる境界線のごとく、床に突き刺さって、彼等を牽制した。紫は木村忍軍と呼ばれた忍者の一族の末商であり、自らもまた忍者の修行を受けた者なのだ。


「おっと、それ以上近づいたら命の保証はしないぜ!」

「ばかっ! その子達はほとんど知能のない魔物だゾ! 脅しナンカきかないヨ!」


 キョウの言葉通り、モフモフ達は紫の言葉など無視して、楽々と手裏剣をまたいで近づく。モフモフしていてつぶらな瞳だったりして姿も怖くないので、あまり襲ってきているという雰囲気ではなく、どちらかというと人間に興味をもって近づいてきているといった感じである。


「トニカク、ユカリはそいつら足止めしテ! ボクは床で輝いてる魔法陣を封じル!」


 視聴覚室の黒板に近い場所はすこし広い空間になっていて、教室の3分の2あたりから机が並べられているのだが、手前の広い空間には先程から、モフモフ達をとめどなく生み出し続けている魔法陣が存在していたのだ。

 この魔法陣が、異世界とこの教室を結ぶ扉の役目をしているのだ。

 故に、それを塞がないことには、このモフモフ達はへらない。


「先生はこいつらのムコウで化け物喚び出し続けている何かを、なんとかしテ!」


 生徒達を安全な所まで引きずっていった石見顧問に対してキョウが言う。彼女はその声をなんとか聞き取り、領いて見せた。

 魔方陣からは沢山のモフモフな魔物達が溢れ、ポニー暗いの大きさのものから手のひらに乗るサイズまで、とにかく沢山ごちゃっとしているため、キョウ達と反対側にいるであろう、魔物達を喚び出しているであろう存在を目視で確認することができなかったのだ。

 そのために、石見顧問は両手でをぐっと握りしめて、ちょっと可愛らしいガッツポーズをとる。


「それじゃあ、真打ちの登場ということで!」


 そんな風ににこやかに笑った彼女は、紫が投げた手裏剣と、その付近にいるモ

フモフ達をハードルを飛び越える要領で、助走をつけて飛び越そうとした。そして、丁度彼らの頭上にさしかかった時、彼女の体は一瞬にしてオレンジ色に近い

金色の光に包まれた。

 光の塊に変わった彼女の姿は、床への着地と同時に彼女を包み込んだ光とおなじいろあいの、オレンジ色に近い金色の長い毛をもつ、犬に似た獣の姿へと変わってしまっていた。それはたてがみのある狼犬と言って良いような姿であったが、狼犬よりも大きい。

 それに、体全体の毛がふわふわとして柔らかく、毛並みで言うならスピッツとかサモエードのようだった。

 その姿を見て、魔方陣の上にいた沢山のモフモフ達が慌てたように、その場から逃げ出していく。


「あらぁ、石見家に受け継がれる狛犬変化に、異世界の毛玉達には刺激が強かったかしらぁ」


 そんな石見顧問の間の声が聞こえ、次の瞬間にはコウモリの羽根を羽ばたかせた犬の姿の魔物が、けたたましい悲鳴を上げて、教室の天井へと逃げていった。

 一方キョウは守りは彼女のお庭番……もとい、忍者の木村紫と、とにかく封じる事が得意な韻に任せ、自らは燦然さんぜんと輝きを放ち続ける魔法陣の前に立った。


「マッタク。喚び出し専門の一方通行の魔法陣だなんて……。安物の魔導書なんか使うから、こんなコトになるんだゾ」


 彼女は足下に転がっている、五千八百円という値札のついた《オカルト大事典・召喚の書》というタイトルの本を左手で拾い上げ、ちらりと確認してそれを背後の教卓の上へと置く。そうしてから彼女はもう一度魔方陣をみやり、両手を胸の上で組んで、そっと瞳を閉じた。

 やがて、彼女の唇から独特なイントネーションの、高校生にはなじみのない、 外国語が紡がれ始めた。それがたぶん、魔法陣を封じるための、呪文の詠唱なのだろう。

 彼女は、オカルト同好会が喉から手が出るほどにほしがった人材、西洋黒魔術に精通した、《魔女》であった。



 超常現象パトロール部には、ごく普通の高校生など存在しないのだ。彼ら自身がすでに、超常現象なのだから。



*****



「あら……?」


 モフモフな魔物達を見つつ、石見顧問はそんな驚きの声をあげた。


「声? こんな所で子供の泣き声?」


 狛犬変化の、犬のような前足で、モフモフな魔物達を転がしながら顔を上げ、耳を澄まし、同時に辺りを見回した。そして、目の前に飛び込んできた獅子の体に蛇の尻尾を持つ魔物をジャンプして飛び越えると、彼女はその声の主を、自らの視線の隅に捕らえた。


「まあ!」


 思わずこぼれた石見顧問のその声は、今の状況には相応しくない程、喜びと感嘆符で彩られていた。彼女の視界にはその声の主しか入っていないと思われるほ

ど、モフモフ達を無視した動きで、彼女はその声の主の元までたどり着いた。


「ママァ!」


 声の主が、ハッキリとそう言って叫んでいるのが、彼女にも分かる。

 なんとその声の主は、まだ言葉を覚えたばかりと思われるほど小さな子供であたのだ。いや、子供というよりも、赤子である。

 だがたの赤子ではない。その髪の毛は生まれてから今まででは絶対にその長さになるのは不可能だと思われるほどに長く、赤い。

 そして瞳も赤かった。おまけに……


「まあ、額にも目があるなんて、珍しいわぁ」


 そう。石見顧問の言葉通り、赤子は額にも目を持つ三つ目だったのだ。人目で普通の人間ではあり得ないということがわかる。見つけたのが石見顧問でなけれ、もっと驚いたことだろう。


「どうやら突然魔法陣で喚び出されて、ママとはぐれてしまったのね。オカルト研究会も可哀想なことをするわね」


 彼女はそう言って、


「ママ、ママ、ママ」


 と、自らの母親を求めて泣き叫ぶ赤子を宥めるためにその近くへ寄っていく。そこで分かったのだが、その子供が泣き叫びながら、ばんばんと魔法陣を叩く度に、その魔法陣からモフモフな魔物が生まれてくる。

 きっと、魔法陣から最初に喚び出されたのは、朱色のカエルであったが、何らかの要因でこの赤子も巻き込まれて喚び出されてしまったのだろう。訳も分からず泣き叫び、そのまま人間以上の桁外れな魔力で、これらの魔物を無意識に喚び出していたのだろう。


「ほらほら、泣かないでえ。いい子ねぇ。お姉さんと遊びましょうねぇ」


 狛犬変化のままの姿の、自分の長い尻尾をばたぱたと赤子の目の前にちらつかせて、そう言葉をかける。

 そのため、赤子は突然の視界の変化に、


「あうぅ?」


 と、声を出して体の動きを止めた。赤子の何倍もの大きさのある狛犬の姿では、赤子が恐怖にかられて、泣き叫んでもおかしくはないと言う状況であったが、幸い赤子は喜んで彼女のふさふさした尻尾にしがみついた。


「しっぽぉ、しっぽぉ」


 などと言って、はしゃいでいる。


「かわいいわぁ。ほらほらいい子ねぇ。男の子はもう、泣いちゃダメよぉ?」


 彼女はその赤子を抱き上げたくて、モフモフな魔物だらけの教室の中央で、狛犬変化の姿から、もとの人間の姿へと戻ってしまった。ただ、赤子が尻尾に抱きついたままであったので、尻尾だけは元に戻せずに、出したままだ。おかげでスカートが少しめくれてしまう。

 その時、ようやくキョウの呪文が完成し、今まで光を放っていた魔法陣は、その光を失い、ただの落書きへと変わってしまった。モフモフの魔物達は赤子が魔方陣をバンバン叩くという行動が止まったため、彼が石見顧問に保護されて以降一匹も喚び出されてはいない。後は残った魔物達を韻の力で封印するだけである。

 もちろん、できることならば後々もとの世界への送還も考えている。だがそれを行うには彼等が何処から来たのかということまで分かってなければできないので、今の状態ではできなかった。

 もともとはオカルト同好会が喚び出したので、キョウ達が送り返すには情報不足なのだ。当然一緒に喚び出されてしまったであろう赤子も。調べなければいけないことが山積みである。


「だから、そんな危ないガキは、とっとと韻に封印させるのが一番だって!」


 すべてのモフモフな魔物達が封印された後、ただ一人、紫がぼろぼろの姿でそんなことを言う。彼だけは一部攻撃的であった魔物達の相手をして、所々怪我を負ってしまっていたのだ。


「あらぁ、こんな可愛い子が、危ないはずがないじゃないの。怖いお兄たんでちゅねぇ」


 今までの出来事をまるっとスルーするかのような石見顧問のその言葉に、彼女にだっこされて、彼女の尻尾をきゅっと掴んでいる赤子は、幸せそうに笑う。


「しっぽぉ、ぽぉ。ママ……しっぽぉ!」


 よほど、彼女の尻尾がお気に入りらしい。彼のママには尻尾があったとでも言うのだろうか? だがそのために今回の超パトの任務の成功は、すべてこの石見顧問の尻尾にあったと言っていいかもしれない。


「先生、その子供が今回の騒ぎの張本人だったんですよ?」


 しつこく紫が食い下がるが、すでに彼の言葉は誰にも聞いてもらえていなかった。彼を除く他の三人は、この不思議な三つ目の赤子に興味が移ってしまっているのだ。


「坊や、お名前はなんて言うんでちゅかぁ?」

「しぃ~」

「チョット、しぃ、じゃわかんないヨ。もっかい言ってミテ!」

「ヴぁぁ」


 赤子から返ってくる言葉は、殆ど意味をなさなかったが、それでも自らの子供を育てた経験を持つ石見顧問には分かったらしく、彼女は一度ぎゅっと赤子を抱きしめて、


「そうでちゅかぁ、シヴァちゃんって言うんでちゅかあ。じゃあ、シヴァちゃん、貴方はこれから本当のママのもとに帰れる日まで、お姉さんのお家の子になりましょうねえ。今日から私がママでちゅよぉ」


 などと言う。

 その言葉が分かったのか、それともただ喜んでいるだけなのか、赤子は……シヴァは尻尾を個んだまま、きゃっきゃっという笑い声をあげた。すでに、紫の入る余地なしである。


「くそぅ! いい加減にしろよ!」


 そう叫んで、苛立たしげに何度も足を踏みならした時、彼の足下で白い物がいくつか舞い上がった。よく見れば、視聴覚室の床のそこかしこに、そんな白い紙や、DVDRなどが転がっている。


「なんだ……?」


 不思議に思ってそれを拾い上げた紫は、次の瞬間には顔を真っ青にさせて

悲鳴をあげる。もちろん手にしていた紙は、勢いよく放り投げてしまっている。


「ああ、それですか」


 紫の行動に、韻が落ちついた声でそう言って、再び床へ落ちてしまった紙切れを拾い集め始める。


「魔物達を封じ込める器が用意できなかったものですから、とっさにこれを使ったんですよ。大丈夫です。後からきちんと他の媒体に厳重に封印しなおして、蔵におさめておきますから。もちろんこっちは、お祓いしてもらいますが」


 にっこりと笑った彼のその手に集められてたのは、封じた魔物たちの姿がしっかりと写し出された写真であった。だが、奇妙な事にその写真にもとから写っていたであろう人物の足が片方消えてしまっていたりする。


「いくら物がないからって、心霊写真に封印するな!」


 紫が声を張り上げてそう叫んだが、彼は一歩として韻に近寄ろうとはしなかった。魔物たちは平気だったのに、心霊写真や幽霊は怖いらしい。実体がないからだろうか?


「ちょっと前にいわみ先生が言ったように、この心霊写真達は祟るような物ではありませんよ? 怖がらなくてもいいじゃないですか」


 そう言い、韻は何事もなかったように、魔物が封印された心霊写真を胸のポケットにしまい、その他の媒体は自分の手に持つ。


 そんな彼らの姿を、いつのまにか廊下からそっと覗いていたオカルト同好会の会長が涙ながらに、


「覚えておけよ、超バト! 次こそは我々が上だと証明してみせるからなぁ!」


 と、叫んでいたのは言うまでもない。

 とにかく、超常現象パトロール部の出動のおかげで、事件は解決したのである。

 しかし、彼らは知らなかった。

 彼らが救った?子供が、またさらなる騒ぎをこの超パト部にもたらすことになると言うことを。


 だが、それはそれで また別の話である。

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我ら超常現象パトロール部 桜餅 大福 @mayuki74

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