バージョン5.4 真剣勝負

 スマートシティーにおいて、SNSは重要な意味を持つ。『いいね!』がポイントになるからだ。ポイントがあれば、欲しいものが手に入りやすい。そんなSNS全盛期だからこそ『バエレンジャー』や『まりあっぷ』が超絶人気者となったともいえる。



 6回戦に用意されている椅子は4脚。まりあっぷは当然、独占を狙っていた。それを知った美穂は、大きな葛藤を抱えてしまった。集団で意思を統一して臨むまりあっぷ。清がまりあっぷに負けるようなことがあれば清の膝の上は存在しなくなる。清はあまりにも非力で、まりあっぷに抗い勝利するには、誰かのサポートが必須。美穂が清に勝たせるために骨を折れば、清の膝の上はさすがに諦めざるを得ない。つまり、どう転んでも美穂には清の膝の上をゲットできないということが確定していた。

 ならば……と、美穂は清にはなしかけた。美穂はテンパっていた。


「清くん。共同戦線を張りましょう!」

「美穂……さん……。」

「私は清くんに勝ってもらいたい。そのために犠牲になるから、その代わり……。」


 そこまで言って、美穂は顔も目も真っ赤にして泣きじゃくり、黙り込んでしまった。清はその仕草にどこか愛おしさを覚え、美穂をそっと抱きしめた。美穂は心がすーっとなり、落ち着きを取り戻すのを感じた。それはまるで、水洗便所の水を流したが如くだった。


「美穂さん。何だか分からないけど、いいよ!」


 それは、最高に駄目な男がときどき見せる、最高に駄目なセリフだった。内容をよく理解していないのに安請け合いして、問題を先送り。あとで困ってしまうがそれさえも誰かに解決してもらう。その循環の最初の一言だった。


「清くん……ありがとう……これで私、穴心がついたわ!」


 美穂は、厳しい表情を、まりあっぷに向けた。


「面白い!」

「私たちまりあっぷに……。」

「……勝てると思っているのかしら?」


 まりあっぷの面々には驚きと戸惑いがあった。矮小なる2匹のありに挑まれた巨大な象のように。

 だが、ありは2匹ではなかった。敗退者からこの日、2度目の拍手・喝采が湧き起こった。清と美穂に向けられたものだ。皆、なんか感動するというだけで騒ぎたいお歳ごろなのだ。この騒ぎには、勝ち残っていた他の2人も参加。清への支援を約束した。これで清陣営は4人。まりあっぷの5人と充分に対抗し得る勢力へとなった。


「まっまりあ、どうする?」

「特に何も! 御手洗清の悪足掻きはここまでよ!」


 こうして、4脚の椅子をめぐる熱い戦いがはじまった。


 清は辛うじて椅子を確保した。それもこれも3人が協力してくれたお陰だった。同時に、まりあっぷ陣営に不協和音をもたらす事件が起こった。ガニ股で椅子に腰掛けた清の膝上、左右両方の太腿に2つのお尻が乗ったのだ。まりあっぷのメンバーのひとみとあえりだ。これはあくまで不可抗力だったが、まりあっぷの絆をズタズタに切り裂いた。


「あっ、貴方達……。」

「勝負を捨ててお色気に走るなんて……。」

「それでも、まりあっぷの一員か。恥を知れ!」

「待ってよ、まりあ。これは不可抗力よ。ね、あえり。って……。」

「はぁん、んん、ん……。」


 裏切りを慌てて否定するひとみ。ふと横を見ると、悦を覚えたあえりがいた。あえりは、清の膝の上というはじめての経験に、お漏らし寸前だった。


「あえりをごらんなさい!」

「ひとみ、どうせ貴方も……。」

「……。」


 あえりの裏切りは明らかではないが、少なくとも勝負は真剣というまりあっぷの哲学に反する行為だった。だから、疑いの目は同じ状況にあるひとみにも向けられた。


「ちっ、違う。私は……あぁあっ、うっふん……。」


 ひとみが弁解しようともがけばもがくほど、清の太腿の感触がひとみに悦を運んだ。そして、最早弁解の余地のない悦びの嬌声をあげてしまったあとには、もう気力は失せていた。そうなると、人間は弱い。快楽に溺れ自尊心を失う。ひとみは人目をはばからず、清の太腿で悶絶した。

 ギャラリーからもどよめきが起こった。それは、拍手・喝采などというなまやさしいものではなかった。羨望の的となったのだ。


(おいしいけど、もう保たないよ……誰か助けてくれーっ……。)


 清は叫ぶのを心の中に留めた。


 いよいよ穴着のときが訪れた。用意された椅子は、背もたれのない椅子1脚だった。穴勝戦だ。1対3。清は、圧倒的に不利な状況にあった。椅子を中心に半径5mの円が描かれた。4人は、この外側を時計回りに歩かなくてはならない。清の向かいには、まりあっぷの主催者で美尻で爆乳のまりあが、清の前後にはいずれも美尻で知られる紀香とすみれが立った。目のやり場に困るような清に対する完全包囲網だ。


 曲がはじまった。清の前を行く紀香はゆっくりと歩いた。清の背後を歩くすみれは心なし早歩きをした。だから清は直ぐに紀香に追い付き、すみれに追い付かれた。3人が団子状になったのに対して、まりあは清の向かいを単独で歩いていた。あからさまなシリフトだった。


「さすがは、まりあっぷの3穴!」

「死角がないわね……。」

「清くん、大丈夫かしら……。」


 まりあっぷの3穴とは、まりあっぷのなかでも特に優秀なまりあ・紀香・すみれの3人を指す言葉。ギャラリーの多くが心配そうに清を見つめるなか、清はただの1点しか見ていなかった。それはギャラリーではなく、前後に密着してくる2人でもない。目指す椅子というわけでもない。向こう正面に立つまりあのおっぱいだった。


(うわぁっ、でけぇーっ!)


 これが奇跡の1歩目だった。

 曲が止んだ。紀香とすみれが清にお尻を擦り付けてきた。あからさまな進路妨害だが、ルール上は何の問題もない。


「くらえぇーっ!」

「どりゃぁーっ!」

「……。」


 清はその肉弾をするりと交わした、ように見えた。


「んんっ!」

(あんなに激しい攻撃を、容易く躱すだなんて……さすがは清くん!)


「あぁっ……。」

(いっ、いや。清くんは真っ直ぐに突き進んでいるだけ)


「なにぃ……。」

(避けているのは相手の方! 清くんに触れて、感じてしまうのを恐れて……。)


 真っ直ぐにどこかへ向かう清の進路上に覆い被さるように進路をとった紀香とすみれ。それをまとめて躱す清。椅子まであと3mに迫ったときには、既に清が半歩先にいた。


「まだだぁーっ!」

「させるかぁーっ!」

「……。」


 紀香とすみれは、悪足掻きしながら清に追いすがる。その執念が実り、紀香の右脚が清の左脚にわずかに引っかかった。清はその微妙な接触に進路をやや右に変えつつ、次の1歩で大きく飛んだ。最も早く反応したのがまりあだった。まりあは次のタイミングで清同様、大きくジャンプした。砂を噛むような地上戦は一転、空中線へと変わった。


 そして……。奇跡が起こった。


 何故そうなったのかは、観ていた者にしか分からない。椅子に座っているのは清。足を大きく開いたガニ股をしている。腰と顔は何かに挟まれていて、左右の膝小僧はそれぞれ別の何かに隠されている。清の腰を挟んでいるのは、まりあの両脚。まりあは清と向かい合って、清の太腿の付け根の上にお尻を乗せるような位置にいる。清の顔を挟んでいるのは、まりあのおっぱい。2人の腰の高さの違いが、清の頭の高さとまりあのおっぱいの高さを奇跡的に揃えていた。そして、清の右脚の膝小僧を隠しているのはすみれのお尻で、左脚は紀香のお尻。

 つまり、清の膝の上という狭いところにまりあとすみれと紀香が鎮座しているのだ。


 繰り返す。何故そうなったのかは、観ていた者にしか分からない。だが、1つ言えるのは、それはとても美しい奇跡のオブジェのようだということ。


 清は口を塞がれていて息苦しさを感じた。だから自然にもぞもぞとうごめいた。それは、まりあのおっぱいに振動を与え、まりあを気持ち良くさせた。まりあはその気持ち良さがはじめての経験だったから怯え、脚を震わせた。まりあの脚の震えは、今度は清の脚を震わせた。そして清の脚の震えはすみれと紀香のお尻との間に摩擦を生じ、すみれと紀香に悦を運んだ。


「ぐっ、ぐるじい……。」

「あっはぁんっ!」

「んっんんっ!」

「いやぁんーっ!」


 ギャラリーからは、割れんばかりの拍手・喝采が起こった。

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