バージョン5.3 奉納◯◯

 スマートシティーYKTNには、12ヶ所の海水浴場がある。そのうちで最も広い恋人海岸は、大きく湾曲しているため、朝陽も夕陽もいい角度で眺められる。砂浜は白くてキメが細かい。海水はマリンブルーで不細工な人を寄せ付けない。



 清が浜辺に着くと、先に来ていたお世話係の3人が出迎えてくれた。3人のリーダーの佐智子が言った。


「ごめんなさい。女子の人数が多くて、貴方のロッカーはないのよ……。」

「あはははは。じゃあ、俺はその辺で着替えるよ」

「本当にごめんなさいね。けど、貴方には休憩室があるって聞いたから」

「あっ、そうだった。じゃあそこで着替えるよ」


 便所掃除係専用休憩室の存在は、すでに多くの住民が知るところ。清は隠すでもなく利用することにした。密室なので、AIとはなせるのが清には嬉しい。


「ったく。何、鼻の下を伸ばしてるんですか! ふしだらなっ!」

「そんなつもりはなかったけど。かすみとあきが俺の手を放さなくって……。」

「モテアピールはよそでしてくださいね!」

「はっ、はーい……。」

「かすみさんもかすみさんです。ちゃっかりここまで上がり込もうとして!」

「かすみさんは、追われる身で不安だろうから仕方ないよ……。」

「どうしてかすみさんを庇うんです? 清様から半径1kmは安全と説明済みです」


 いつになくイライラしているAIの反応が面白くって、清はちょっとからかってみようという気持ちになった。バーカウンターで乳酸菌飲料の原液を牛乳で割った飲み物を2つ用意した。1つは自分用で、もう1つがAI用というパフォーマンスだ。これにはAIの怒りが心頭に発した。


「まぁまぁ。そう言わずに、どうぞ!」

「あっありがとうって! 私に飲めるわけないでしょう! 揶揄わないでください」

「ごめんごめん。俺、2杯飲むから……。」

「コップの洗浄資源の無駄遣いですよ。スコアを大幅に減点します!」

「あっ、いやいや。それだけは、どうかご勘弁を……。」


 清は、自分がロースコアのFランカーだと思い込んでいる。だから、減点だけはご勘弁なのだ。だが、AIは冷たい。


「駄目です!」

「そこを何とか!」

「お断りします!」

「お願いします!」

「無理です!」

「俺とAIの仲じゃないか」

「いやです!」

「この通り!」

「無駄です!」


 AIはスコアをつけるいわば人間の評価者。清はAIの気を鎮めるのに5分を要した。


 式典を前に、清には2つの仕事があった。1つは便所掃除。もう1つは……。降りてきた清を待ち構えていたさくらが言った。


「きよぽん! 塗ってーっ!」

「そんなの、自分でヤりなよ……。」

「えーっ。でももう、行列ができてるんだよーっ!」

「はぁ……。」

(あとでまた、AIに叱られそう……。)


「今日はビキニの子が多いから、大変だろうけど、なるはやでシクヨローッ!」


 さくらの日焼け止めは、直ぐに空っぽになったが、パネーパネルがあるから直ぐに補充された。結局、行列がなくなるまで30分かかった。


 式典まではあと30分。準備は追い込みに入っていた。


「佐智子ーっ。巫女装束の着付け、手伝って!」

「オッケー! 今行くから待ってて」

「佐智子さーんっ! テントの張り方、教えて!」

「はいはーい。ただ今!」

「佐智子様ーっ! 火がおこせないのよーっ!」

「新聞紙敷いたの? 燃えやすいものを下にして!」

「佐智子殿ーっ! 浮輪の空気入れはどこでござる?」

「たぶん、じゅんかさくらが持ってるわ。聞いてみて」

「佐智子さーん! 飲みものあるー?」

「麦茶ならあるわ! たくさん作ったから、ご自由に。あと梅干しもあるから!」

「さっちゃーん……。」

「さっちー……。」

「佐智子様様……。」


 忙しい世話係の3人だが、その中でも佐智子は群を抜いていた。ほぼ全ての住民が佐智子に何かを頼んだり確認したりしていた。


「はぁーっ! 疲れたぁーっ!」


 まだ式典がはじまってもいないのに、疲れ果てている佐智子を見て、清は気の毒で仕方がなかった。当の佐智子はそれを楽しんでいるようだったのが唯一の救い。そんな佐智子の痛恨事が発覚。汗を拭おうとバッグに手を伸ばしたが、タオルがない。


(やっば! また忘れてきちゃったかも……。)


 佐智子は仕方ないと言った表情をして、バッグの中の手を引っ込め、汗も拭わずに式典の最前列に並ぼうとした。


「すごい汗! これ使ってよ」


 清は見かねて佐智子に声をかけた。2人が直接会話をするのは、これがはじめて。清はしょっちゅう佐智子を模した単なるモノを見ている。そのせいで話し方が馴れ馴れしい。それが、佐智子には気に食わなかった。佐智子は素直に受け取らず、タオルをそのまま清に返そうとした。


「いいわよ。こんなことくらい!」

「こんなことって言うなら、使えばいいじゃないか!」

「なっ、何で私が貴方のものを使わなくっちゃいけないのよ!」

「困ったときはお互い様。旅は道連れ世は情け。遠くの親戚より近くの他人!」

「何よ。まなこのモノマネ? 似てないわね。(四文字熟語じゃないし……。)」

「俺の親父のモットー。俺はそれを受け継ぐって決めたんだ!」

「……わーったわよ! 貴方のお父さんに免じてタオルを借りてあ・げ・る!」


 佐智子はしっかり者に見られ人に頼られることが多い。だが実際はどこか間の抜けたところがあり、ミスも多い。いつもは自力で何とかすることが多いが、このときは偶々清がフォローした。それが、さくらには気に入らなかった。


「ああっ、さっちーったら、ずるーい!」

「なっ、何がずるいのよ……。」

「そのタオル、きよぽんの汗付きだよーっ!」

「それのどこがずるいのよ。罰ゲームじゃない!」

「あんなにしっかりとお肌に押し付けちゃって!」

「言い方! 押し付けてなんかいないわよっ!」

「汗と汗。それは心と心の交流試合!」

「きっ、気持ち悪いこと言わないでよ……。」

「あぁーっ。私もタオルを忘れていれば、きよぽんの汗が手に入ったのに……。」

「いっ、意味不明なこと言わないでよ……。」


 タオルを持て余した佐智子は直ぐに清に返却した。清が苦笑いしてそれを受け取った。


「みんなーっ! 並ぶよーっ」


 さくらが号令を発すると、清の背後に続々と行列ができた。かすみが並ぼうとしているのを見て、ひかりはまわり込んで前に並んだ。


(かすみ様をお守りしないと!)


 清はそのタオルをまだ1度も使っていないということをみんなに言いそびれた。


 厳かな雰囲気を取り戻し、式典がはじまった。佐智子が祝詞を捧げ、晴香が御神酒を振り撒いた。2人は巫女に扮していた。清は、佐智子と晴香の巫女姿をデレデレと眺めつつ、奈江の巫女姿を想像し、ムフフとなった。

 そのあとには、ひなのというもう1人のお世話係が、同じく巫女に扮していて、舞をさした。それはとても艶やかで、清は鼻の穴も目も大きくしてまじまじとそれを見て楽しんだ。


(おっ俺、この都市に来て良かった!)


 式典そのものは10分ほどで終了。堅苦しい挨拶をしたがる大人のいないことが、これほど式を円滑にするものかと、この都市に来たばかりの清とあきは思った。


「いよいよ、はじまるのねっ!」

「えっ?」


 清は、隣にいた美穂が呟くのを聞いて、息を飲んだ。


(一体、何がはじまるというんだろう……。)


「今年はたしか……。」

「……椅子取りゲームよ!」

「いっ、椅子取りゲーム……。」


 佐智子たちが27脚の椅子を円形に並べた。その周りにお世話係以外の住民が輪を作った。清やあきもいつのまにかその輪の中にいた。そして、佐智子が曲をかけた。『藁の中の七面鳥』という、オクラホマミキサーでお馴染みの曲だ。その曲に合わせてぐるぐると参加者の輪がまわった。清もまわった。曲が途切れるのと同時に、一斉に椅子を目指ことになっている。しかし、輪を作っている住民は清を含めて30人なのに対して椅子の数は27脚。3人が座れず脱落する計算だ。清は、いつのまにか負けられない戦いに巻き込まれていた。


「相手が清様といえど、負けるわけにはいかないわっ!」

「そうよっ! ここまで来たら、優勝しか目指せないわ」


 まだ1回戦である。にも関わらず優勝をほのめかしたのは、飛鳥とれいこ。この日の朝、かすみの勧めで清と一緒に便所掃除をした2人だ。


(くっ、させるかぁーっ!)


 清は、思わぬ好敵手の出現に、力を込めた。そして、曲が途切れた。全員が一斉に椅子に群がった。


「そこぉーっ!」

「いただきーっ!」

「やらいでかーっ!」


 SSランクの超級美少女たちが、本能剥き出しにして椅子を目指した。清は楽々と椅子を確保。右隣の椅子は美穂と飛鳥が、左隣の椅子はかすみとれいこが尻競り合いをしていた。清の肘にも太腿にも、自然と女体が触れた。


(この競技、おいしーいっ!)


 密かにやる気になる清だった。そして、ついに穴着した。勝者たちは、ひとしきり勝利の余韻に浸り、互いの栄誉を讃え合った。抱き合う者、ハイタッチをする者、握手をする者もいた。


「ま、負けた……。」

「うぐぅ! くやじぃ……。」


 大口を叩いた飛鳥とれいこだったが、あえなく1回戦で敗退した。そして、もう1人の敗退者は、あきだった。あきは、その場で立ち尽くした。


「あ、あれぇ……私……負けちゃったの……私……まだ……何もしてないのに……。」

「あきさん。君は、よく頑張ったよ……。」


 清は、あきのところへ駆けつけ、健闘を讃えてハグをした。


「んんっ!」

(そ、そうか。その手があったんだ……。)


「あぁっ……。」

(あきとかいう女、できる!)


「なにぃ……。」

(負ければ、清様にハグしてもらえるのかっ!)


 清が、敗退するあきをハグする姿は、参加者たちに少なからず動揺を与えた。直後に会場は拍手・喝采に包まれた。何故かは分からないが、みんな感動していた。そんな中、さくらとじゅんと恵理子は互いに顔を見合わせたあと、作戦会議を行なった。それは、勝つためのものではなく、上手に負けるためのもの。3人とも、とっとと負けて清とハグしたいのだ。普段から気脈を通じる3人だけに、短い時間にはなしをまとめることができた。


 負けた3人は、お世話係と入れ替わり、裏方を務めることになった。佐智子たちが巫女装束を脱ぎ捨てると瑞々しい素肌を露出した水着姿になった。


 椅子の数は27のまま。参加者も30人のまま。3人だけが入れ替わっての2回戦が幕を開けた。曲はスムーズに流れていた。それがいつ途切れるかもしれない緊張感の中、清は前を歩く美穂にはなしかけた。


「美穂さん、教えて。これは一体、何のための競技なの?」

「清くん、ごめんなさい。今ははなしかけないで!」

「えっ!」

「音がよく聞こえなくなるから……。」

「そっ、そうか。そうだよね、俺の方こそごめんなさい」


 清は素直に謝ると、美穂は微笑みで返した。清にもこの競技のルールは分かっていた。楽しげな音楽をよく聞いて、それが止まった瞬間に空いた椅子を目指す。出遅れはほぼ敗北を意味し、緊張感はたっぷり。2人以上が同時に椅子に腰掛けた場合の対応方法は様々あるが、今回は『力尽くで奪ったもの勝ち』という最もキケンなルールを用いている。つまり、ガチなのだ。そのことは、1回戦の様子で清も察していた。だが、清にはどうしても分からないことがあった。それは、何故みんながここまでガチになるのかということ。それが聞きたかった清だが、競技の最中に聞き出すには無理があった。だが、清の背後には佐智子がいた。佐智子はお世話係であり、人の面倒を見るのが大好きな性格だった。だからつい、清と美穂の会話に口を挟むのだが、この日は素直じゃない。


「へぇー! 随分と余裕じゃないの!」

「ん?」

「パネーパネルで『ザギンの中トロ・お吸い物付き』も食べ放題ってわけね」

「ザギンの中トロ・お吸い物付き? それが……賞品ってことか!」

「その通りよ。ザギンの中トロ・お吸い物付きは、ここでは入手が……。」


 そのとき、音楽が止まった。清や美穂は素早く椅子を確保。恵理子はわざともたついて、目の前に空席があるというのに腰掛けないでいた。とっとと負けて清とハグしたいから。

 一方、完全に出遅れたのが佐智子だった。清とおしゃべりしていたのが災いした。その佐智子は、テンパりながらも席を確保して言った。


「ず、随分と固い椅子ね!」


 その瞬間、どよめきが起こった。それは、清を中心に輪の両側に徐々に拡がった。


「んんっ!」

(そ、そうか。そんな手があったんだ……。)


「あぁっ……。」

(さすがは佐智子さん、できる!)


「なにぃ……。」

(どうやら、作戦の変更が必要のようね……。)


 恵理子はどよめきのどさくさ紛れに目の前の空席をゲット。どよめきの中心、清の膝の上にちょこんと腰かける佐智子を見たから。ドジな佐智子はそのことにまだ気付いていない。


「あっ、あのさっ。退いてもらえるかなぁ……。」

(なっ。何という競技なんだ! これは、刺激が強過ぎる……。)


 清は顔を真っ赤にして、膝上にある奈江型デバイスのおっぱいと同じくらい柔らかいがどこか芯のあるアルデンテのような佐智子のお尻を堪能しながら言った。言われた佐智子はようやく気付き、慌てて清の膝から立ち上がった。同時に敗北をシリ、落胆を隠して言った。


「何なのよ、貴方! いつのまに人の席にっ!」

「ごっ、ごめんなさい……。」


 見苦しい佐智子に、何故か素直に謝る清だった。


「あっ、あの……清くん、だっけ……。」

「私たち……負けちゃったの……。」

「はっ、はぁ……。」


 旅人を歓待するのは、古来より王の勤めとされる。清の前に現れたのは、旅人というにはあまりにも妖艶な2人、竹内向日葵と佐川朋子だった。清は、2人のことをよく知らない。2人も、清のことをよくは知らない。そんな状況でも2人は積極果敢に清にアタックした。それは、ハグの催促だった。とっとと負けて清とハグしたいと思っていたのは、恵理子たち3人だけではなかったのだ。


(引き続き、おいしい!)


 協議の結果『負けたら清とハグできる』ということが、公式ルールに追加された。それは、1回戦に遡り適用された。だから、このときに清は都合5人にハグをした。さらにこの2回戦は、今までは清と距離を置いていた一団が、清に興味を持つきっかけとなった。


「あの男、どうやら只者じゃないわね」

「便所掃除王を名乗るだけのことはあるということね」

「私たちにとっての唯一の天敵、佐智子を負かしてしまうのだから……。」

「……みんな、そんなに気にしないのっ!」

「そうよ。優勝は、私たち『まりあっぷ』の誰かにコミットするわ!」


 まりあっぷ。天本まりあを中心にこの都市で活躍する、運動神経抜群・スタイル抜群の美少女集団だ。まりあっぷは、SNSを通して応募した特定の子女を対象に、日夜励まし、ダイエットや体型改善を成功に導く。相手の精神状態や健康状態を完全に把握しているからこそできる芸当だ。しかも、まりあっぷのメンバー5人は、乗馬・フィギアスケート・バレエ・テニス・ゴルフというお嬢様的競技において、世界トップクラスの実力を備えている。それでいて彼女たちにとって、まりあっぷとしての活動も、これらの競技も、単なる暇つぶしに過ぎない。


「佐智子の敗退でつまらなくなると思ったけど、充分楽しめそうね」


 まりあが言った。だが序盤、1番楽しんだのは、清だった。負けたい参加者が続出。3回戦以降の各回の敗退枠は6人。皆、負けることに必死だった。負け方にも拘っていて、椅子取りゲームはさながら、清の膝の上取りゲームへと変貌していた。そんな中、3・4・5回戦とみごとに清の膝の上を勝ちとって敗北とハグを手に入れたのは、さくらとじゅんと恵理子の3人だった。この時点で勝ち残っているのは9人。


「清様。どうかご武運を!」

「恵理子さん。君の尊い犠牲は、決して忘れないよ!」

(あはははは。何のこっちゃ……あとでAIに叱られるだろうな……。)


 清は、後先考えずに行動する自分の性格に、少しだけ疑問を持つようになった。

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