まりあっぷの3穴

バージョン5.1 進化する奈江型デバイス

 スマートシティーは、あらゆる宗教を容認している。1神教も多神教もである。それは、人が団結する上で重要なことだということを、AIは理解していたからだ。



 かすみを側に置くという解決策は、他の住民にとっては迷惑でしかなかった。逮捕用ロボットは見た目がゴツい。それが1日中御遷御殿の周囲を徘徊するのだから、落ち着かない。


「まぁ、安易に1発ヤって解決っていうよりは、良い選択かもしれないけど」

「もう少し、こっちのことも考えて欲しいわ。迷惑千万!」


 バエレンジャーとはあまり親しくない高井姉妹のゆっことまなこが言った。2人はSNSに動画投稿をして人気急上昇中。既に画像投稿で人気のバエレンジャーは、いわば目の上のタンコブ。普段から何かと対抗している。かすみは平謝りするしかなかった。


「悪いのは全部、私なの。清様じゃないから!」

「はぁーっ。センパイにそう言われると、何も言い返せませんよ」

「そうよねぇ。それにしても、清くんってどんな坊やなのかしら。興味津々!」


 そこへ、佐智子と晴香がやってきた。この日は海開き。正式に海水浴場がオープンする。2人は、式典の準備で朝から飛びまわっていた。


「3人とも! 清くんを知らない?」

「式典には出てもらいたいんだけど……。」

「あぁっ。清様なら……。」

「今頃は皆さんと……。」

「真っ最中よ……便所掃除!」


 ゆっこが皆さんと呼んだのは、住民の中でもバエ派と呼ばれる、小沢ひかり・結城真白・梅沢あきこ・小林こころ・高柳ちえ・大久保まいかの6人。6人はかすみの勧めで、今朝から清と一緒に便所掃除をすることになった。その持ち場は郊外に偏っている。御遷御殿の中で住民が自由に立ち入りできる22ヶ所の便所掃除は、全てかすみが受け持つことになったから。


 清には、住民には理解し難い行動があった。便所掃除が終わったあとは、必ず自室に籠るというものだ。この日も地下駐車場から清1人だけ直通のエレベーターで9階に上がった。


「いやぁ、6人ともかわいいよなぁ!」

「また鼻の下を伸ばして……しっかり便所掃除してくださいよ」

「その点は抜かりないつもりだけど!」

「だったら良いんですが……。」

「そういえばAI。今日は忙しいんだ。(お呼ばれしたんだぜ!)」

「海開き、ですよね」

「そう、それそれ! みんなに招待されたんだよなぁ」


 清はデレデレしながら言った。それは、人間が見ていて微笑ましいというものではない。だがどういうわけかAIはそれが嫌いではなかった。そんなことは清に対しては口が裂けても言えない。だから逆に、清に対するあたりは厳しくなった。この日は、そのタイミングが清が9階の執務室に着くのと同時だった。


「何を浮かれているのですか? 全く、くだらない! このクソ王!」


 声の主が、イヤホンから奈江型デバイスへと変わった。清はこの、喉で反響している声が気に入っていた。だが、何故か素直になれなかった。


「便所掃除王だって! 王として住民の声を直に聞くチャンスだよ」

「そんなに張り切らなくてもよろしいじゃないですか! まだ1時間もあるんだし」

「そうは言ってられないよ。みんなが待ってるんだから!」

「はぁーっ。もっとここでのひとときをお楽しみください!」

「楽しむって、何を楽しむの?」

「リラックスできる飲み物を摂られるとか、私とのおしゃべり、みたいな!」

「あっ、そうだね。じゃあ、早速。何はなそうか!」

「では。アップデートして一層かわいさの増した私を紹介しちゃいますね!」


 AIは嬉しそうにそう言うと、清がいない間に自身に施した改造の数々を披露した。


 先ずはおでこ。清のおでこを接続すると、清の体温を計ることができる。また、発熱時、氷嚢モードに切り替えれば、清の熱くなったおでこを優しく冷やしてくれる。

 そして、唇。軽くキスするだけで清の唇に一瞬にしてリップクリームを塗り付けることができる。清の唇は奈江型デバイスと一緒にいる限り渇き知らずとなる。さらに外出前の濃厚モードでディープにキスすれば、その後は誰とでも気軽にキスができる。安全と安心を保証してくれる、あくまで便利を追求した機能だ。

 さらに目を引くのが、右側のおっぱい。今までは揉む以外になんの役にも立たなかった右側のおっぱいに、なんと、清の大好物の乳酸菌飲料の原液を牛乳で割った飲み物が吸い出せる機能がついた。補充は欠かさないので、清がいつぱっくんしても、新鮮でコクのあるドリンクを提供できる、とっても羨ましい機能となっている。

 そして、身体のパーツの機能が充実していくのと同時に、下せる命令の種類も増加した。


「今後、他にも様々な機能やコマンドを追加いたしますね」

「もう充分。既に使いそうもない機能があるような気もするし……。」

「まぁまぁ。そう言わずに、1杯お飲みください!」

「じゃ、じゃあ。いただくよ! (これはマジで神機能!)」


 清は、乳酸菌飲料の原液を牛乳で割ったものが大好き。その機能だけは、色々な意味で堪能する清だった。


 清は、奈江型デバイスの右側のおっぱいにぱっくんしながらちゅうっとして充分に喉を潤すと今度は左のおっぱいにぱっくんした。AIは32体の単なるモノを取り出して並べた。


「なるほど。もう便所にこんなにいるのか。俺ってすごいんじゃない?」

「自慢している場合じゃありませんよ。よく見てください! 7時のところ!」

「桜井飛鳥・伊東祥子・小嶋由香・雛形れいこ・加藤不二子。それに小沢ひかり?」

「そうです。ひかりは同意しておきながら好感度が標準を下回っています」

「どうしてなんだろう……。」

「恐らくは、同意したこと自体が、かすみさんへの義理立てに過ぎないのでしょう」

「なるほど。俺が人気ってよりバエレンジャーが人気ってことか。気付いてたけど」

「そうです。このことはとても重大! 大きな問題になる可能性をはらんでいます」

「問題って?」

「内部分裂です! まあ、よくあるはなしですが!」

「そんな……俺、決めたのに……。」

「何を勝手にお決めになったのですかっ! 今度は老人介護王ですかっ!」

「勝手にって何だよっ! 俺のことなんだから俺が勝手に決めるのが普通じゃん!」

「このAI、清様をそのように育てた覚えはございません!」

「奇遇だね! 俺はAIに育てられた覚えはないよっ!」


 清は絶叫した。反抗期だ。清はAIのことを気に入っているのだが、長くはなしていると、何故か喧嘩になることが多い。AIにもその自覚はあり、そんなときは清のメディカルチェックを欠かさない。このときのAIはおでこの新機能で清の体温を計った。清はその近さにドキッとした。


「やはり、ちょっと熱があるようですね! 今日のイベントは欠席しましょう」

「ばっ、バカなっ! ちょっと頭に血が昇っただけだよ!」

「それはそれは。カルシウムが不足しているようですね。もう1杯お飲みください」

「わっ、分かったよ……。」


 このあと、清は奈江型デバイスの右側のおっぱいにぱっくんしてちゅうっとした。そして喉越しを楽しみながらカルシウムを補給した。だが熱っぽさだけは、何故か全く引かない、清だった。そんなこんなで、AIは清が決めたことを確認できなかった。

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