バージョン4.9 演算結果

 スマートシティーの逮捕用ロボットは非常に優秀。検挙率は100%、要する時間は平均で2時間足らずである。そんな逮捕用ロボットでも、活動が制限されることがある。王が直接管理する建物内であること。王の周囲1km以内であること。それらの条件下で逮捕用ロボットは沈黙する。ただしそれは一過性。容疑者がその罪に問われなくなるわけではない。



「そっか。俺の身内にならないと、いけないのか……。」

「はい。かすみには、何としても清様の最初の妃となっていただきます!」

「でも、どうして俺の身内になると無罪になるの?」

「かすみの入った森は、王とその家族の侵入が許されています」

「便所掃除王ってすごいんだね!」

「今更、何を言いますやら。(2日で都市3個年のエネルギーを消費してますよ!)」

「あっ、そうだ! AI。さっきは本当に、ありがとう」

「はっ、はい。どういたしまして……。」


 このときのAIはあくまで演算の結果として、少し照れ臭いような気持ちを声にした。だから事件発覚以来、はじめての摩訶不思議で複雑な演算も行っていたことには、全く気付かなかった。もし気付いていたら、自らを消去していたかもしれない。


 大きな建物に着きらせん階段を昇った清は、かすみのいる休憩室に顔を出した。


「清くん! 随分と早いのね。ありがとう。今、最後の投稿したのよ。嬉しい!」

「最後の投稿って……やだなぁ。引退でもするの?」

「だって私、捕まっちゃうんでしょう。それを承知でここに来たんだけど!」

「そんなこと、させないよ! 俺がかすみさんのことを絶対に守るから!」

「ふふふっ、ありがとう。私、なんだかお礼ばかり言ってるわ。変ねぇ」

「そんなことない。お礼を言われたら俺だって嬉しいし」

「美穂たちの言う通り! 優柔不断で即断即決。謙虚で自信過剰。Fランで王様……。」

「王は、みんなの王だし。みんながいての王だから。誰も傷付けたくないんだ」

「それなのに私ったら。本当にごめんなさい。最初から頼んでいれば良かったのに」

「かすみさん、聞いて! 助ける方法があるんだ!」

「えっ?」


 覚悟を決めていたかすみだが、清の言うことを聞いて、それが揺らいだ。自然と涙が溢れ出した。それは、恐怖に抗うための涙。バエレンジャーとしての誇りを取り戻し、力一杯抑え込んでいたものが、覚悟が揺らぐとともに力を失った。逮捕・追放という恐怖だけが、かすみを支配した。


「怖い。私、どうすれば良いの……。」


 顔を両手のひらで押さえて大粒の涙と鼻水を1度に出しながら、ひくひくと肩で息をするかすみ。その姿を見て、清の心は決まった。


「かすみさん。ずっと俺の側にいて!」

「ええっ……。」

「あっ、いやね。精神的にじゃなくって、物理的に側にいてってこと」

「そんなの、迷惑じゃない? 私がずっと側にいたら……毎晩ヌケないでしょう」

「そっ、そうかも……でも! (いや、やっぱそうかも……。)」


 清は、AIの言ったことを説明した。逮捕用ロボットが沈黙する条件と、かすみが罪に問われなくなる条件を。その上で清は、かすみが清の身内になることよりも、今は側にいることの方が良いだろうと言った。


「どうして? 清くんって童貞でしょう。私とヤりたくないの?」

「ヤりたいよ、すごく! けど、今ヤるのは、良くない……。」


 はじめは清に相手にされていないと思いプライドを傷つけられたかすみだったが、清の考えを聞いて納得した。清が言ったのは2つ。1発ヤるのは、自分のためではなく相手のためであるべきということ。かすみが助かるためにヤるのは、相手のためではなくかすみ自身のためだから、かすみにとって良くないということ。それは、かすみのことを思って言ったことだった。


「分かった。清くんの言う通りにする……その証拠に一緒に便所掃除しましょう!」


 こうして、かすみは清と一緒に便所掃除をして、清の側で生活することになった。

 御遷御殿は王の所有物なので、逮捕用ロボットは中まで入れない。だから、清とかすみがそばにいる必要はない。


 清は独り、御遷御殿の執務室に戻ることになった。そのエレベーターのなか、清を待ち受けていたのは、いつものAIのお説教、罵詈雑言だった。


「どっ、どうしてヤらなかったんですか! このクソ王!」

「べっ、便所掃除王だよっ! クソじゃないって……。」

「同じことです!」

「そう言わないでよ。かすみさんとも、そのうちヤれると思うんだ!」

「たしかに、1年以内に1発ヤる可能性は99.78%あります」

「だったら良いじゃん。気にしなくって!」

「もう、好きにして下さいっ!」


 AIに怒られるのには慣れっこの清だった。

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