バージョン4.8 かすみの意地
スマートシティーには、空白地が存在する。そこは一般人が立ち入ることを決して認めない場所だった。何らかの理由で一時的に立ち入り禁止となる場合もあれば、特定の条件を満たす者以外は永久に立ち入れない場所もある。ただし、王やその身内が立ち入りを制限されることは決してない。
AIは、かすみを模した単なるモノを掴んで、服を脱がせた。そして、清の腕を取り、強引につんつんさせた。それが最速で今の状況を清に理解させる方法だと心得ていた。清の腕には電撃が走った。だが、清は3D映像装置が映し出した映像を見て、血の気が引く思いになった。何故なら、それは漆黒の闇だったから。
「どうしたの。故障かな?」
「違います。かすみが森の中に入ったんです」
「森って、立ち入り禁止なんじゃないの?」
「はい。そこへ立ち入ったということは、法律違反。追放です!」
「そ、そんなぁ! かすみさん、悪い人じゃないのに……。」
清は肩を落とした。知らないうちにいなくなるならまだしも、追放される原因となることを知ってしまったのだから。
「私も同感ですが、法律は法律。執行せねばなりません」
「そんな法律なんて、変えちゃえば良いじゃん! AIならできるでしょう」
「できません。そんなことをしたら、王の命を脅かすことになります」
「そんな……なんとかならないの?」
清はすがるような目で清を見つめた。AIはしばらく黙っていたが、重い口を開いた。
「方法は、2つだけあります……。」
「どうすれば良いの?」
「逮捕用ロボットよりも先に、かすみに会い、1発ヤってください!」
「えっ! どうしてそんなことしないといけないのさ! (ヤりたいけど……。)」
「王の身内は、法の適用外となります」
「分かった。助けに行かないと!」
「逮捕用ロボットは優秀です。既に捜査を開始しています」
「俺、行き先にアテがあるんだ! そこへ急ぎたい!」
「はい。バスをお使いください。さあ、便所掃除王、出撃せよ!」
「ラジャー!」
こうして、清はバスでかすみを探しに出かけた。清は勘をはたらかせた。かすみは海沿いの道のどこかにある『便所掃除係専用休憩室』に向かった、と。AIは、空港跡にそれがあると言った。だから、清を乗せたバスは、今日来た道を逆走した。空港跡の記憶は清にはない。そこまで大型船舶で来たという記憶もない。覚えていないというよりは、知らない。
「かすみ発見。休憩室に接近中! 清様の読み通りですね」
「あぁ。かすみんの映え狙いの嗅覚は、正しかったんだ」
「ですが、既に逮捕用ロボットも接近中です」
「そんなぁ。俺たちとどっちが先に接触できる?」
「予測では5秒ほど逮捕用ロボットが先。それだけあれば、彼らは仕事を終えます」
「くっ。俺の初動が、あと5秒早ければ……。」
「清様、諦めるんですか? もう、かすみを救うのは辞めにしますかっ」
「そんなこと、するわけないじゃないかっ!」
「そうですね。後悔してもはじまらない! 速度を上げます。つかまってください!」
「おーっし、行けーっ!」
バスは大きく揺れた。安全に走れる限界を超えたから。それは、AIがバスを制御不能になるという危険と隣り合わせだった。だが、清にもAIにも躊躇いはなかった。清は自分の命に代えてでも逮捕用ロボットからかすみを守りたいという一心、AIは清の願いを叶えたいという一心だった。
「AI。遠隔で扉を開けることはできないの?」
「無理です。休憩室周辺には、音声を再生する機械がありません」
「じゃあ、かすみさんのデバイスに、俺の声を届けられないの?」
「それなら! 法律は今、変えました。ハッキングも終了! いつでもどうぞ!」
「AI、ありが……。」
「……お礼はいつでも。時間がありません。早くっ!」
「分かった……かすみさん!」
清は持っているデバイスに向かって叫んだ。
その声は、遠く離れたかすみのデバイスに届いた。
ーーかすみさん! かすみさん聞いてください!ーー
「なっ、何? 清くんの声が、どうして?」
かすみが驚くのも無理はない。音声は必ずイヤホンからで、デバイス本体から他人の声が聞こえることは、普通はないのだ。清は慌てて次の言葉を叫んだ。
ーー説明している時間がありません。デバイスをガラスの扉の前に掲げてくださいーー
「この状況で説明できないなんて、あり得ないでしょう!」
かすみの声は怒っていた。だが、清は怯むことなくかすみに言った。
ーー逮捕用ロボットがそちらに向かってるんですーー
「逮捕用……もうバレたの? やだ。私、まだ捕まりたくない!」
ーーだったら早く! デバイスをーー
「分かったわ。こうで良いの?」
かすみは大慌てで、デバイスをガラスの扉の前に掲げた。
ーーひらけーっ!ーー
清の叫びに呼応して、扉から2mほど離れたただの壁だったところが開いた。
「なっ、何? これ。扉?」
ーー中に入って、待ってて下さい。迎えに行きますから!ーー
「分かったわ! ありが……。」
ーー……お礼はいつでも! さぁ、早く!ーー
かすみは扉の中へと駆け込んだ。その一瞬あとに、逮捕用ロボットが到着。その4秒後になって、清を乗せたバスが到着した。
「何とか、助かった……。」
「いいえ、まだです。まだかすみは完全な自由を手に入れていません」
AIは、意味深にそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます