バージョン4.7 逃した魚

 スマートシティーにおいて、裕福な者が多くの伴侶を得ることは許されている。多夫多妻制だ。



 清が叫ぶと、扉から2mほど離れたただの壁だったところが開いた。じゅんはあんぐりと口を開けっ放しにしていた。


「こっちだよっ!」


 そして清はらせん階段を昇った先にある『便所掃除係休憩室』の看板をたしかめた。じゅんは終始怯えていて無言。そんなときに側にいるのが清で良かったと思った。


「背中流しっこの続きでもしようか!」

「……。」


 2人してシャワーで身体を温め直して、ついでに身体をきれいに清めた。そして清は、脱衣所でじゅんにタオルを渡し、自分の身体を拭かせた。清も自分の身体だけを拭った。清は、シャワー室からの出しなに、じゅんに向かって微笑んだ。その微笑みが、じゅんの心に変化をもたらした。この男を食いたいから、この男に食われたいへと。


 清は、そんなのお構いなしにどさっとベッドに横たわった。膝から下ははみ出していた。そうしないと、自分の身体が震えているが隠せないと思ったから。


(俺、どうすれば良いんだろう……。)


 清に遅れて、じゅんがベッドに横たわった。清と同じように、膝から下はベッドの外。変則的な大きいおっぱいをアピールする第1ポーズをしていた。手を組んでいる分だけ、じゅんの肩は少し浮いていた。肩とベッドの隙間に清が少し手をまわせば、いつでもじゅんを抱き寄せることができた。だが、清はそれをしなかった。その代わりに、横を向いてじゅんにはなしかけた。


「俺さ、童貞なんだぜ!」

「き、清くん……。」


 当たり前のことを言われても、じゅんは真剣に聞いた。


「今日、青春を謳歌しようと旅立ったばかりだもん!」

「……。」

「でも、いきなり便所掃除係になったって聞いたときは、お先真っ暗になったよ」

「……。」

「もしかしたらA、悪くてもBって思っていたから」

「……。」

「Fランクだぜ。真面目に働いたって、青春を棒に振った挙句、精々Cランク!」

「……。」

「でも俺、決めたんだ! 絶対に便所掃除王になるって!」

「……清くん……。」


 清は立ち上がった。そして窓辺へと歩いた。ブラインドの隙間に指を突っ込んで下にした。隙間が広がり、外がよく見えた。


「俺さ、いつか本当の王になったら、誰かとしたいな!」

「その誰かって……!」

「……まっ、まだ、分からないよ」


 清が振り向いたら、じゅんが悲しそうな目をしていた。清は目を逸らし、バーカウンターの奥へ行った。冷蔵庫から乳酸菌飲料の原液と牛乳を取り出した。それを見てじゅんが慌ててコップを2つ用意した。


「ごめん。もしかしたらじゅんさんかもしれないし、他の誰かかもしれない」

「……。」


 清が横からコップを眺めながら原液を注いだ。その目の高さはちょうどじゅんのおっぱいと同じだった。清はグッときていたが、何とか持ち堪えて続けた。


「でも、その人のことを、一生大切にする。絶対に守る!」

「清くん……ごめんなさい。私、清くんの気持ち……。」

「いっ、良いんだよっ! それはお互い様だと思うし」

「ううん。私が悪い。清くんは、悪くない!」


 清はコップに牛乳を注ぎ終わったあとで、原液と牛乳を元の位置に戻した。そのあと、2人でコップを傾けた。それを合図に、10連発の四尺玉が打ち上がった。


 清は、便所掃除しないといけないと言い、じゅんたちだけを先に帰した。スマートシティーでは、夜間でも車はライトを照らさない。完全自動運転だから、その存在を知らしめたり、危険を察知する必要がないのだ。だから車は直ぐに見えなくなった。


「清様、お疲れ様です!」

「はぁーっ。俺のJカップが……。」

「はい。清様のJカップは行ってしまいましたね!」

「う、嬉しそうに言うなよ! 腹が立つなぁ!」

「まぁまぁ。次に備えて、私たちも戻りましょう!」

「……。」


 AIがそう言うと、直ぐにバスが来た。トンネルを潜るからバエレンジャーよりも先に着くと、AIは豪語した。


「清様の選択は、間違いじゃありませんよ!」

「そうかなぁ……。」

「正直、最後はできましたよね!」

「あぁ。そうだろうな。でも、何だか虚しいっていうか、違うなぁーって」

「どうしてそう思われたのです?」

「それは、よく考えたらじゅんさんも男性経験ないんだろうなって思って」

「それで、それでーっ?」

「同じなんだよ。俺と。ヤろうって必死でさぁ……。」

「人間であれば、ヤりたい気持ちになるのは当然ですよ」

「そうかもしれないけど。もっとお互いを理解してからというか……。」

「ふむふむ」

「愛がなきゃ駄目なんだって、思ってさ……。」

「なるほど。では、清様はバエレンジャーのこと、好きじゃないんですか?」

「好きか嫌いかって訊かれたら、好き、だよ!」

「では何故、抱かなかったのですか?」

「なんでだろうな……。」

「好きか嫌いかっていうと、好き! ヤりたいかヤりたくないかっていうと、ヤりたい!」

「そうなんだよっ!」

「でも、好きじゃなきゃヤらない!」

「そう! って俺、矛盾してる。好きな女の子とヤるのって、当たり前!」

「同意があれば、ですけどねっ!」


 バスは既に御遷御殿の地下駐車場に着いていた。そこで清はエレベーターに乗り換え、9階を目指していた。


「なんだぁ……俺……じゅんさんとヤれば良かった……。」

「それは違います。そんなことしたら、じゅんさんとしかヤれなくなりますよっ!」

「えっ?」

「じゅんさんの性格というかSNSの威力というか。兎に角、修羅場迎えてました」

「はぁーっ。結局、逃した魚は大きいってことか」

「そうですね。でも、逃したあと、大きくなって戻ってくれば、良いだけですよ!」


 清は9階の執務室に着いた。そこには奈江型のAIが待ち構えていた。さらにかわいく、目も唇も、潤んで揺れていた。肉感が増し、髪の毛はさらさら、体温も高くなっていた。どこからどう見ても、人間としか思えないクオリティだ。


「AIは随分と器がデカいよなぁ……。」

「まぁ、800年もいろんな人を見てきましたから」

「はぁーっ。いつになったら、花火100連発が見れるんだろうな……。」

「案外、早いかもしれませんよ!」

「そんな気休めはいら……。」

「……きっ、緊急事態です! なんてことを……。」


 清には、AIの声が震えているように聞こえた。

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