バージョン4.6 温泉

 スマートシティーのエネルギーはほぼ全て電力。発電方法は太陽光を利用したものがほとんどだが、稀に風力や地熱による発電がある。YKTNの場合、地熱が40%を占める。


 清たちが最期に訪れたのが温泉。


「……温……泉……長旅の……疲れ……癒す……。」

「あぁーあ。間に合っちゃった……。」

「あと少しでしたのに……。」

「だから強引にでもドライブすればよかったんだ……。」

「仕方ないよ……JJは肉食なんだからねぇーっ!」

「あははははっ。なんだかみんな、元気ないね」


 清まだ知らないが、他の4人はここへ来たくなかった。そのために思わせ振りなことをして、各施設の滞在時間を引き伸ばしていた。清が良い雰囲気になりながらもギリギリのところで打ち逃していたのは、全部計算。誤算は、清のバスがあまりにも速いこと。


 だが、じゅんだけは別。彼女は生粋の肉食。この場で清を食べて、残ったものはタッパーに入れて持ち帰るくらいのことは平気でする。清は自分がじゅんの毒牙にかかろうとしていようとは、思いもよらなかった。ある意味では、清にとっても身を任すだけでじゅんとヤれるおいしいシチュエーションではあったが。


 この温泉施設、脱衣所は男女別だが中は1つ。つまり、混浴。ただし、脱衣所の上部は壁がなく、声が筒抜けになる構造をしていた。だから清はAIにアドバイスをもらうことができなかった。


 古今東西、女子更衣室では最もおっぱいの大きい者が餌食となる。


「くぅーっ! JJったらこのおっぱいで清くんを襲う気ねーっ!」

「……かすみん……触ら……ないで……うっとう……しい……。」

「あらあらーっ。そんなこと言ったら、私たちも同行しちゃうわよーっ!」

「そうよ。それじゃあ、戦力値半減でしょう!」

「いやいや。10分の1以下よっ!」

「……分かった……今……だけ……もんでも……許す……。」

「キャーッ! ストレス発散にJJのおっぱいを堪能しようーっ!」


 かすみは張り切ってじゅんのおっぱいを揉みしだいた。他の3人はそれを眺めているだけでもご満悦だった。そしてかすみの声は、当然、男性用の脱衣所まで届いていた。清は、何か恐ろしいことに巻き込まれそうな予感がした。


 清は腰に手拭いを巻いて洗い場に行った。女性陣はまだ誰も来ていないようだ。しばらく待つと、じゅんがやってきた。さすがにちゃんとタオルを巻いていたが、清を目のやり場に困らせるだけのおっぱいを装備していた。そのカップ数、何とJカップ。JJの前のJは名前のじゅん、後のJはJカップのJ。着痩せするトランジスタグラマーなのだ。


「清くん。奥には乳白色の天然掛け流し温泉があるのよ!」

「そ……そうなんだ……。」

「一緒に行く? それとも私のおっぱい揉む?」

「じゃ、じゃあ。先ずは温泉……。」


 清は、不意打ちを食らってしまった。それに、じゅんがあまりにも滑舌が良くて、恐怖さえ覚えた。今までのゆっくりした喋りが嘘のよう。じゅんは、女性の前では気怠くてゆっくり喋るが、男性の前では普通にマシンガントークができる。


 こうして、清はじゅんに連れられて、背中流しっこに向かった。


 他の4人は、その様子を物陰から見ていた。はじめは、清がじゅんに襲われて食われるのをのぞき見て楽しむつもりだった。女子しかいないこの都市では今まで決して見ることのできなかった他人の情事に、興味があったのだ。

 しかしそのうち、美穂は清と2人きりで過ごした時間を思い出し、考えた。

 清は、童貞独特の緊張感というか、へたれ感は満載。考えていることが全部顔に出ていた。だが一方では常に誠実で自分のことを大切に思ってくれていた。そんな清が食われるのを黙って見過ごしてもいいのだろうか。自らの身を捧げようとは思わないまでも、清のことをもっと大切にしなければいけないのではないか。

 その思いは、1つの結論を導き出した。

 美穂は恵理子とさくらと顔を見合わせた。そして、互いにうなずき合い、同じ意思を持つことを確認した。その瞬間、作戦は開始された。


『JJから清の尊い童貞を護る大防衛作戦』


 清にしたら、迷惑この上ない作戦だ。

 3人はさぁーっと散った。


「あぁっ。そっちは、JJが向かったわ」

「……。」

「……。」

「……。」


 3人はかすみの静止を無視。猛獣JJのいる洗い場へとどんどん足を踏み入れた。


 そのとき、清は乳白色の天然掛け流し温泉に浸かっていた。じゅんと背中合わせだ。


「清くんって、女慣れしてるんだね!」

「そっ、そうかなぁ……。」

「そうだよ。私なんか、心臓がどきどきして止まらないんだから」

「そっ、それは、俺だって同じだよ……。」


 じゅんは水音を立てて振り返りざまに言った。


「わっ、私の方がドキドキなんだ……か……ら……。」

(あぁん。触ってって言おうと思ったのに。何でさくらがここに……。)


「あっれーっ! こんなところに紛れ込んじゃったわ。JJごめーんっ!」

「さっ、さくらさん。良いよそんなに気を使わないで!」

「そうもいかないのよーっ! 清くんまったねーっ!」


 さくらは、はやてのように去っていった。


 倦怠感から抜け出したじゅんは、清の手を鷲掴みにして歩き出した。


「こっちは危険! 清くん、もっと奥へ行きましょう!」

「あっ、あぁ。そうだね! あははははっ!」


 たどり着いたのは、洗い場だった。シャワーがあり、シャンプーやリンスもあった。当然、ボディーソープもあった。


「清くん。背中流しっこしましょう!」

「せっ、背中……流しっこ……。」


 背中流しっこ。互いの背中を洗い合う行為。背中は自分だけでは上手に洗えない。だから他人の手を借りるのが『背中流し』。それを相互フォローのように助け合って行うのが『背中流しっこ』。しっかり洗うのに、何故か流すという言葉が使われていて男子の邪な心に付き纏う罪悪感を和らげる。

 この瞬間、清はじゅんに背中を向けて洗わせ、次にはじゅんの背中を洗うという、とってもエッチな行為を何の躊躇いもなく遂行する権利を得た。欲張りにも清は思った。ポジションを工夫すれば、鏡越しにじゅんの大きいおっぱいが拝めるかもしれない、と。


「俺がそっちに……。」

「清くんがこっちに……。」


 2人の言葉が重なり、互いに遠慮して最後まで言わなかった。しかも、互いに同じポジションを狙っていたということは、何となく相手に伝わった。清には気恥ずかしさが襲った。そのあと直ぐにじゅんが微笑みながら付け足した。


「清くん、こっちにおいで!」

「は……はい……。」

「じゃあ、最初はじゅんが背中流すねっ!」

「あっ、ありがとう……。」


 じゅんは、丁寧に背中を流した。序盤はエロを封印、中盤にあれっと思わせて、終盤一気に詰めるというのが、じゅんの作戦。清は、自分の身体からあらゆる汚れが洗い流されていくような気持ちの良さに、思わず鼻歌が出た。

 じゅんは、それを待っていた。それまでは肩越しから背中にかけてしかゴシゴシしていないのに、いきなり脇腹に手を伸ばしたのだ。普通ではあり得ないことだが、じゅんの場合、それだけでおっぱいが清の背中に達する。

 清は一瞬ギクッとした。リラックスしていたから余計に。脇腹に手が伸びているという事実。見えてはいないが、もしかしたら今、おっぱい当たっちゃったのという疑惑。どちらにしてもオイシイ展開。ただし、童貞の清にとって、それはあまりにも刺激が強すぎた。だから、何の手も打てなかった。


「あっ! ごめん。ここは自分で洗えるよね……。」

「いっ、いや。良いんだよ。そんなの……。」

「そう? じゃあ、サービスしちゃうね!」


 言うが早いか、じゅんの両手は清の両側から太腿をとらえていた。そして背中には明らかにおっぱいが当たっていた。


「うわぁーっ! なんか、気持ち良いーっ!」

「ふふふ。私なら、清くんの……か……ら……だ……を……。」

(もぉーう。包み込めるって言おうと思ったのに。何で恵理子がここに……。)


「あらっと! ちょっとのぼせたからあっちで涼もうと思ったら。JJごめーん!」

「あっ、恵理子さん。恵理子さんも一緒にどう?」

「そんなことできないよ! 清くん、じゅん。あとでねー!」


 恵理子はそそくさと去っていった。


(あの2人、絶対わざとっ! ってことは、美穂も。これは、急がないと!)


 清の童貞が、危うくなった。

 じゅんは清の手を取り、さらに奥へと急いだ。じゅんは知っていた。その先には休憩施設があることを。


「まずいわね……。」

「あっちには、何故か休憩施設が……。」

「休憩施設には、何故かベッドが……。」


 いよいよ、じゅんは決めにかかった。じゅんは、清の手を取ったまま、つかつかと歩き、真っ直ぐに休憩施設へと向かった。最早ムード作りも何もない。あるのは、食うか食われるかだけ。だからじゅんは足早だった。そして休憩施設にたどり着くと、何の前振りもなく清を押し込めるようにしてから、自分もその中に入った。中をよくたしかめることもなく、内側から施錠した。そこは、清が美穂たちと迷い込んだ大きな建物とは全く違う、何の変哲もない休憩施設だった。


「清くん! これでやっと、ふ……た……り……き……り……。」

(もぉーぅ、イヤ。エッチしようって言おうと思ったのに……。)


「あっれーっ! JJったらどうしたのよ。鍵なんか掛けて! 私、出れないわっ」

「美穂さん、休んでたの?」

「そうなの! ちょっと気分が悪くなったっていうか、寝たくなったのよ!」

「……何で……じゃ……じゃ……じゃま……す……。」

(言えないわ。滑舌が悪くなって。美穂! 許さないんだから!)


「じゃあ、美穂さんはここで休んでなよ。俺たちはあっちへ戻るから!」

「あっ、清くん! どこ行くのよーっ!」


 今度は、清がじゅんの手を鷲掴みにして、真直ぐに来た道を急いだ。そしてそのまま入り口にある大きな建物に行った。そこにはガラスの扉があり、奥には暗くて清たちからは見え難いが、らせん階段があった。清は何の躊躇いもなく大きな声で言った。


「ひらけーっ!」

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