バージョン4.5 映え狙いの嗅覚
スマートシティーにおいて最も貴重とされる資源は水。だから都市は流域ごとに区切られている。東京は荒川流域、多摩は多摩川流域、キタカンは利根川流域という具合だ。
清の食欲は満たされていた。だが、性欲は全くもって不満だった。それはかすみも同じ。
「あっ、あれ? 空港跡付近は、通行止めって……。」
「これじゃあ、1周は無理だね」
「……精々……半周が……いい……ところ……。」
「じゅんの言う通りかな。かすみ、諦めて!」
「その代わり、また今度みんなで行きましょうよ」
「そうだね。次こそ絶対にヤろうね!」
清や他のみんなに説得されて、かすみの企画、島1周ドライブは叶わなかった。その代わり、山を北へ抜けて、反時計回りに半周するルートをドライブすることになった。3ヶ所目の便所が浜辺の中央なので、その手前までがドライブコース。
山を降り、島の北側の便所掃除をしている間に、バスは別のものに代わっていた。その見た目は、とっても変わっていた。
「今度のは、とっても速そうね! 早そうの間違いかしら」
「立派に黒光りして」
「……フロント……ガラス……曲がって……る……。」
「オープンカー。雨が降ったら幌を下ろす……仮性ってことかしら」
「すりすり!」
「ははははは。もらいものなんだよ。はははははははっ!」
その形について、あえて説明するつもりはない。微妙な空気が流れたとだけ示そう。
しかし、バスの速度は半端なかった。30kmを5分足らずで走り抜けた。
「どうして? どうしてどこにも映えがないのかしら?」
「かすみん、ちょっと荒れてるね……。」
「……バスが……早過ぎて……映えない……。」
「こほん。まぁまぁ、かすみん。今度はきっとあるから!」
「映えは、案外身近なところに隠れているものよ!」
「ははははは。かすみさん、便所掃除がんばろうよ……。」
かすみは、あまりにも映えがなくて、自信をなくしてしまった。バエレンジャーとしてのプライドがズタズタになっていた。自身の嗅覚の衰えを感じずにはいられなかった。だから不貞腐れてしまい、便所掃除さえ放棄した。他のバエレンジャーのメンバーはかすみを気遣い、何も言わなくなった。清だけが同意が欲しくって誘うのだが、かすみは聞く耳を持たなかった。
「仕方ない。今回は俺も諦めるよ……。」
こうして、島半周ドライブでは、このときは何事も起こらなかった。
すっかり日が傾いてきた。清たちは大急ぎでプールにいった。入り口にはカクレミノに囲まれた大きい建物があった。途中でさくらと清が便所掃除をして、プールサイドに出た。すると、そこは映えの天国だった。住民たちは知らなかった。プールが日没後も営業していて、こんなにもライトアップされていることを。
「どういうこと? こんなに映えを感じたこと、今までにないわ!」
「……映え……映え……映え……映え……映え……。」
「まるで、映えの宝石箱ってことね!」
「うまいうまい。捨てる映え神ありゃ、拾う映え神ありよ。ねっ、かすみ」
「なんか、複雑な気持ち。こうなったら、やけよ! 自撮りまくるわ!」
「ははははは、無理しないでね……。」
引き摺っていたかすみも、ここへきて多少機嫌が治った。清は安心して、プールで泳ぐことにした。すると、さくらの姿が見えなくなった。プールの言い出しっぺはさくら。清はさくらの写真が撮りたくて、周囲を探し回った。すると、さくらは大きな建物の側にいた。
「さくらさん。こんなところにいたの?」
「あっ、清くん! ちょうど良かったわっ!」
「どうしたの? こんなところで」
「この建物の中から、非常に強い映えを感じるの」
さくらは難しい顔をして言った。
「どうしてそんなことが分かるの?」
「だってほら。このガラスの扉の向こうのらせん階段、どう考えても映えてる」
清は、さくらにそう言われて、はじめて気付いた。この建物にも、あったのだ。美穂や恵理子と昇った階段が。暗くて清からは見え難いが、明らかに同じつくりをしていた。清は緊張の面持ちで言った。
「まさか……ひらけーっ!」
清がただそう言うと、開いた。2m離れたただの壁が。だから清は、さくらをその中へと連れ込んだ。さくらははじめ、扉のことでびっくりしてしまい弱腰になっていたが、清に声をかけられて安全と分かると、いつのまにか清を追い越していた。そして、大きな部屋の前にたどり着くと、看板をたしかめもせずに勢い良く扉を開けた。そこは、天国よりも居心地の良さそうな場所だった。
「まるで……まるで、秘密基地だね!」
「あぁ。俺たち2人だけの、秘密の場所さ!」
清はあらん限りの恋愛知識を駆使して、なるべくロマンティックな言葉を選んで言った。さくらはそれを聞いてゆっくりと頷いた。2人にはもう言葉は要らなかった。さくらがひと通り自撮りさせたあとで、2人で便所掃除を済ませた。そして、清はさくらに頭ぽんぽんを連発。そのままさくらをソファーに誘い込んだ。それはもう、強淫に! だが、会話をリードしたのは常にさくらだった。
「清くんって、何だかミステリアスねーっ!」
「そうかなぁ。ははは」
「だって、突然王様宣言するし、変なパネル持ってるしーっ!」
「あぁ、あれはジョークだよ、ジョーク!」
「けど、バスもいっぱい持ってるし、ここの扉も開けちゃうしーっ!」
「あれはきっと、ひらけーって言ったからだよ。言葉に反応したんだよ」
「そっか。そうなんだぁーっ!」
さくらは、おもむろに立ち上がってから、清に正対した。そして、羽織っていたものをするすると脱ぎ捨てた。そしてゆっくりと手のひらで、ある方向を指した。
「ねぇーっ! そろそろ、どうかしら……。」
さくらはまだ水着姿なのに、清は思わず生唾をゴクリと飲み込み、顔を真っ赤に染めた。
(なんだ! さくらさんの方から誘ってる? これなら、今度こそ……!)
清はなるべくさくらにヤりたい気持ちを気付かれないようにして、さくらが示す指の先に視線を移した。もしそこにベッドがあれば、今度こそ童貞卒業、さくらと春を楽しみ、100連発の花火を打ち上げることができるかもしれない。だが、ここで打ち逃すわけにはいかない。必ず決めてやる。そう思えば思うほど、身体は重くなった。
そして、さくらの示す先にあったのは……。
「ウ、ウォータースライダー……。」
清は腰を抜かしそうになるほど驚いた。
「すごいよーっ! ここ、相当高いはずだもーんっ!」
「そ、そうだね。20m位は昇ったかな……。」
「2人で滑りましょーっ!」
「はっ、はい……。」
こうして、2人してウォータースライダーを滑り降りた。
プールに残された4人は、清とさくらがいないことを気にもせずに夢中になって自撮りしていた。しばらくして、プール内の電気が暗くなり、代わりに大輪の花が夜空を埋め尽くした。それは、10連発の花火だった。
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